SDGsに係る世界的な取り組みの概要と、SDGsゴール別の主要国特許出願の状況 ブックマークが追加されました
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SDGsに係る世界的な取り組みの概要と、SDGsゴール別の主要国特許出願の状況
近年SDGsへの取り組みや認知が急速に拡大している。金融分野においても、SDGsを支援する動きとしてESG投資が活発で、企業のSDGsの取り組みの評価が進んでいる。また、WIPO GREENでは、環境技術に係る主要な当事者をつなげることで、気候変動に対する世界的な取り組みを支援している。こうした動きを背景に特許出願の観点でのSDGsに係る動向を踏まえつつ、SDGsの取り組みに対する企業への格付け評価において特許が貢献をし得るのかの初期的な検討を行った。
SDGsの活動促進に係る取り組み
昨今、「SDGs」が広く巷間を賑わせている。電通の調査*1によれば、生活者のSDGs認知率は54.2%で、2020年1月の第3回調査からほぼ倍増し、10代のSDGs認知率は7割を超えたという。また、ビジネスにおいても、各社のホームページや中期経営計画等において、SDGsの取り組み推進を謳うものが散見されるようになってきている。
SDGsは、Sustainable Development Goalsの略であり、持続可能な開発目標と訳されている。2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として、2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載された。2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標であり、17のゴール、169のターゲット、232の指標から構成され,地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っている。
日本政府は、2016年5月に、総理を本部長、官房長官・外務大臣を副本部長、全閣僚を構成員とするSDGs推進本部を設置し、同本部の下、広範な有識者が集まり意見交換を行うSDGs推進円卓会議を設置して、SDGsの取り組みを推進している。
直近のSDGs推進本部の動きとしては、第9回会議(2020年12月21日実施)にて、SDGsアクションプラン2021を示し、第10回会議(2021年6月22日) 「SDGsに関する自発的国家レビュー(VNR)」の公表を行い、翌7月に国連持続可能な開発のためのハイレベル政治フォーラム(HLPF:持続可能な開発目標(SDGs)の 実施をレビューするグローバルレベルでのフォローアッププロセスと位置づけられている会合)にてこの自発的国家レビュー(VNR)を発表している。
SDGsアクションプラン2021においては、次の下記4つを重点領域として掲げ、様々なアクションを提示している。
2021年6月に本年度版が発表された「Sustainable Development Report 2021」*2によれば、SDGsの17目標すべてを対象にした世界ランキングの結果では、日本は18位にランクインしている。17目標で概ね高評価であるものの、目標13(気候変動対策)・目標14(海の豊かさ)、目標15(陸の豊かさ)の評価が低くなっており、さらなる取り組みが求められていると思料する。
上記にてSDGsに係る日本政府の動向の概要を取り上げた。一方で、企業のSDGsの取り組みも進められている。この企業の取り組みに対して、投資家が投資を通じたSDGsの後押しがなされている。いわゆるESG投資であり、投資の意思決定の際に、気候変動リスクや社会的責任といったESG観点(環境・社会・企業統治)を重視するものである。
ESGを重視する投資家の増加に対して、企業や国際機関等や証券会社等の金融機関がSDGsを意識した情報開示ならびに金融商品の発行・提供を拡大させている。
代表的なESGの格付けを行っているMSCIでは、業界固有のESGリスクに対するエクスポージャーと、同業他社と比較した当該リスクに対する管理能力に応じて、「AAA」から「CCC」の尺度で格付けしている。
高評価企業の一例として、Microsoftの事例をあげる。同社はMSCIの企業格付け評価*3にて「AAA」の最高評価を得ている。
※1 「電通、第4回「SDGsに関する生活者調査」を実施」
(2021年4月26日公表、2021年8月閲覧)https://www.dentsu.co.jp/news/release/2021/0426-010367.html
※2 SDSN(Sustainable Development Solutions Network)とBertelsmann Stiftungにより作成されるSDGsに係る各国の取り組み状況、評価結果等が記載されている
※3 ESG Ratings Corporate Search Toolにて公表。格付は2021年9月現在の直近格付を採用
https://www.msci.com/our-solutions/esg-investing/esg-ratings/esg-ratings-corporate-search-tool
技術を通じたSDGsへの貢献
SDGsの動きは、環境技術を始めとする技術開発においても活発であると考えられる。2013年に世界知的所有権機関(WIPO)によって設立されたWIPO GREEN*4は、データベースおよびネットワークを通じて環境に優しいイノベーションに関する主要な当事者をつなげることで、気候変動に対する世界的な取り組みを支援している。その目的は、この分野におけるイノベーションを奨励し、気候変動、食糧安全保障、環境に関する地球規模の課題に対処する発展途上国の取り組みに貢献することを掲げている。
WIPO GREENでは3,500件以上のテクノロジー、ニーズ、専門家が参加しており、小規模の新興企業からFortune 500企業に至る100社以上のパートナーが存在している。世界中に、1,400人以上のユーザーがおり、今後のコラボレーションにつながる可能性のある640件以上のコラボレーションの支援を実施している。
WIPO GREENは、特定の地理的地域または技術的ドメインに焦点を当てた、いわゆる加速プロジェクトを数多く運営している。これらのプロジェクトでは、供給者と探求者が環境に優しいテクノロジーの移転または展開に至るような重要なつながりを作れるようにしている。
WIPO GREENの取り組みに日本の特許庁も協力している*5。特許庁は2020年2月19日にWIPO GREENのパートナーとなり、2021年6月に「国際知財シンポジウム
~WIPO GREENを通じた環境問題解決への取組み~」*6を開催する等の活動を行っている。
※4 WIPO GREEN https://www3.wipo.int/wipogreen/en/
※5 日本国特許庁 「WIPO GREENとの協力」https://www.jpo.go.jp/news/kokusai/wipo/green.html
※6 日本国特許庁 「国際知財シンポジウム~WIPO GREENを通じた環境問題解決への取組み~」https://www.jpo.go.jp/news/kokusai/seminar/wipo_green.html
SDGsテーマ別の主要国出願動向
前章までにSDGsに係る主な取り組み内容を紹介した。こうしたSDGsの動きに呼応して特許出願が行われているかの確認を行った。簡易的な特許出願の動向把握にあたっては、SDGsの17ゴールに対応する169のターゲットを確認し、技術的な課題が存在すると考えられる13ターゲットを抽出した。各ターゲットに対応する目的・課題を抽出して、各目的・課題に対応するIPC(国際特許分類)および関連キーワードを設定して検索式を作成後、ゴール別に検索式を統合した。検索条件は、日本・米国・欧州・中国の特許出願(実用新案を除く)を対象とし、集計を発明単位であるファミリー数で集計した。また期間は、2015年のSDGs公表前後の動向を探るため、2009年以降の特許出願を対象とした。なお、上位出願人の名寄せを行っていない点はご承知おきいただききたい。
《日本》
日本においては、全般的に増加率が減少している傾向にある。企業のSDGsの取り組みが加速している現状を考えると、単にSDGsの公表を通じて刺激されて出願を意識づけられたのではなく、むしろ従来から課題と捉えられていた環境保護等の普遍的テーマに対しての取り組みを継続して行っていたのではないかと思われる。一方で、’15~’19出願年平均増加率で5%以上の増加が見られるテーマとして、「雇用」があげられる。
ただし、SDGsに刺激されて出願増加に至ったのかは、詳細な検討が必要と考える。「雇用」では中小企業の成長支援や、資源の効率化、職業訓練、労務管理、持続可能な観光業の促進、金融・保険分野におけるアクセスビリティの確保といったターゲットを検索対象としており、これらのうち出願件数の比重が高いのが、労務管理と金融・保険分野におけるアクセスビリティの確保であり、労務環境規制やブロックチェーン等のフィンテック等の新技術開発による出願数の増加によるものとも考えられる。この点についは詳細なターゲットベースでの分析が必要であろう。
《米国》
米国においては、日本と比較して減少しているゴールは少ないものの、横這いの傾向と考えられ、その点では日本と同様に、以前からの取り組みの継続をし続けているものと考えられる。ただし、’15~’19出願年平均増加率で5%以上の増加が見られるテーマは、「不平等是正」、「雇用」、「司法・説明責任」があげられ、「不平等是正」と「健康」は10%以上の増加を示している。
また、上述で投資家から高い評価を得ているMicrosoftも上位出願人にあがっているテーマも見受けられる。「教育」分野が該当するものの、10件程度に留まっている。MicrosoftがSDGs取り組みとして掲げている脱炭素に関連するテーマ「再生エネルギー」や「産業基盤」では上位出願人にあがっていない。再生エネルギー分野で上位出願人トップとなっているGENERAL ELECTRICは、MSCIの企業格付け評価にて「BB」の評価で、これは7段階の評価中5段階目の評価となっている。この点から、特許出願の件数が直ちに企業評価に紐づかないことを示唆していると考えられる。
《欧州》
欧州においては、日本と類似の傾向にあり、全体的に全般的に増加率が減少している傾向にある。’15~’19出願年平均増加率で3%以上の増加が見られるテーマとして、「海域保全」、「陸域保全」があげられる。一方で、上位出願人の欧州企業では、例えば、「MERCK & CO」、「VESTAS WIND SYSTEMS」、「JOHNSON MATTHEY」は「AAA」評価、「Nestle S.A」、「ERICSSON」と「Siemens」が「AA」評価といった格付けがなされ、比較的高評価を得ているように思われる。
《中国》
中国においては、全般的に増加傾向にある。この傾向は、中国全体の出願数の増加による作用が強く働いたものと推定される。中国の特許出願全体では、2015年に約110万件から、2018年にピークの約154万件に達し、2019年に減少に転じたものの約140万件の特許出願で、’15~’19出願年平均増加率は約6%に達する。出願増加の背景は経済成長が前提にあると考えられるが、出願の数ばかりが盲目的に追及され、質の高い開発や出願に十分に注意が払われず、補助金目当ての異常な特許出願行為が横行していた実態があるとされており、CNIPAも通知の発信を通じて、対策に乗り出している。2021年1月に発行された通知*7では、そのような異常な特許出願行為により、行政秩序が著しく乱され、公共の利益を損なっている点等を指摘し、異常な特許出願行為を厳しく取り締まり、特許出願件数の数量の追及から品質の向上への転換を強力に推進すると通知している。同通知では、2021年6月末までに、出願(特許・実用新案・意匠の出願)を行ったことに対して支払われる補助金を完全に廃止する旨が記載され、特許が付与された場合の補助金については当面支払いが継続されるものの、今後順次減額していき、2025年までに完全に廃止する旨が記載されている。
こうした中国全体の出願増加よりも’15~’19出願年平均増加率が高い分野として、「水資源」、「再生エネルギー」、「雇用」、「産業基盤」、「不平等是正」、「都市・居住」、「生産・消費」、「司法・説明責任」があげられ、特に「雇用」、「水資源」、「司法・説明責任」が15%以上の高い成長を示している。例えば「水資源」は、以前から水資源確保や汚染問題が指摘されており対策がなされている*8。中国にとって重要な問題で、関心が高い領域と考えられるため、出願が強化されていると考えられる。また、特徴として上位出願人が大学や研究機関が名を連ねていることがあげられる。代表的な企業としては、Ping An Insurance (Group) Company of China, Ltd.が「A」評価を受けているが、CHINA PETROLEUM & CHEMICALやCHINA RAILWAYが、「B」評価、ALIBABAやZTEは、「BB」評価に留まっていた。
※7 中国特許庁 「国家知识产权局关于进一步严格规范专利申请行为的通知」(2021年1月27日公表、2021年9月閲覧)
https://www.cnipa.gov.cn/art/2021/1/27/art_545_156433.html
※8 中国国務院 「国务院关于印发水污染防治行动计划的通知」
(2015年4月2日公表、2021年9月閲覧)http://www.gov.cn/zhengce/content/2015-04/16/content_9613.htm
まとめ
SDGsのゴールに関する大まかな出願の傾向として、日本と欧州が減少、米国が横ばい傾向、中国が増加傾向と考えられる。しかしながら、各国・地域ともに、SDGsの公表を契機とした特許出願行動の変化とは言い難いものと考えられる。
また、MSCIの格付けで高評価であったMicrosoftは上位出願人にあがらない一方で、GENERAL ELECTRICのように特定のゴールで出願人トップ企業の評価が低くなっていた。他方欧州では、上位出願人が高評価を得る傾向にもあった。この点から、特許出願とSDGsの評価格付けは、相関性がないのではなく、SDGsの評価において特許出願は補完的な関係と見なされているように考える。これは、技術的な優位性があればSDGsの取り組みに対して取り得る選択肢の数が多いため、どのように技術を取組みに活かすかが評価されるのではないかと考えるためである。