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意思決定の質とスピード向上を実現する権限設計

環境変化が加速する中でも企業が持続的な成長を実現するための意思決定の質とスピード向上に向けた権限設計の在り方とは

近年の急激な環境変化の中で、企業が持続的に成長するためには、経営として先手を打って改革を進めることが求められている。攻めの改革の実行による自社の競争力強化に向けて、企業の意思決定の質とスピードの向上の重要性は年々増している。本記事では、意思決定の質とスピードの向上に向けた重要な論点の一つである「権限設計」の在り方に焦点をあて、日本企業によくみられる課題と設計時の要諦について解説する。

はじめに

昨今、日本企業を取り巻く環境は大きく変化している。ここ数年においても、COVID-19の蔓延や地政学リスクの増大に伴うサプライチェーン分断、あるいは、テクノロジーの進化による業界のディスラプションといった、企業の命運を左右する環境変化が以前にも増して加速している。

このような急激な環境変化の中で、企業が持続的に成長するためには、企業経営として先手を打って改革を進めていくことが求められる。攻めの改革の実行による、自社の競争力強化に向けて、企業の意思決定の質とスピードの重要性は年々増大している。

本記事では、意思決定の質とスピードの向上に向けた重要な論点の1つである、「権限設計」の在り方に焦点をあて、日本企業によくみられる課題と権限設計時の要諦について解説していく。

日本企業における権限体系の課題

日本企業では、長年にわたり組織の権限体系や内容が大きく見直されていないことが多い。見直しをすることがあっても、組織変更などに伴う権限規程の決裁者、対象項目、金額の細かな修正といったマイナーアップデートに留まり、権限の設計思想や権限体系にかかる抜本的な見直しは、長い間されていないことが多い。

しかしながら、昨今の環境変化の加速を踏まえると、3-5年といった時間軸でさえも、経営環境、事業領域やビジネスモデルが大きく変化していることも少なくない。故に、抜本的な見直しの機会がなく、過去を踏襲してきた権限体系と、求められる経営の意思決定の在り方の間にギャップが生じていることも少なくない。

企業の権限体系は、大まかに図1に示す3つのレイヤーに分けることができる。1つ目のレイヤーの「会社法上の重要な経営方針に関する事項」については、会社法に定められる株主総会決議事項であり、権限設計の自由度は大きくない。また、3つ目のレイヤーの「現場での業務遂行に関する事項」については、円滑な業務遂行ならびに適切な内部統制の観点から設計される実務的な事項のため、企業全体の経営への影響は少ない。一方で、2つ目のレイヤーの「重要な経営方針に関する事項」については、経営方針やガバナンスの考え方に応じた企業独自の設計が可能なため、最適な権限配置の実現に向けて頭を悩ませている企業が多い。

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「重要な経営方針に関する事項」については、コーポレートで主導すべきか、事業に一任すべきかといった、求心と遠心のバランスの考え方が定まっていないが故に、コーポレートと事業の間の役割と責任の在り方が曖昧になってしまうことが多い。

環境変化に対応しながら先手を打って改革を進めるためには、意思決定の機動性確保は前提としつつ、統制すべきところはしっかり抑えるという、権限の遠心と求心のメリハリが重要になる。企業の生き残りをかけた新事業領域への進出や事業モデル転換が求められる局面では、過去の慣習に囚われない意思決定を実現するための権限体系が求められる。しかしながら、脈々と受け継いできた制度や慣習を変革するハードルは高く、権限体系の抜本的見直しに踏み切っている企業は多くはない。結果として、多くの企業で2つのギャップが生じてしまっている。
 

ギャップ①コーポレートへの権限の集中により意思決定の機動性が損なわれている

日本企業に多くみられる傾向の一つが、コーポレートに権限が集中しすぎており、企業全体の意思決定の機動性が損なわれているケースである。

事業領域が限定的(単一事業)で、環境変化も激しくなく市場そのものが右肩成長していた時代においては、過去の知見や経験が意思決定における重要な要素であり、コーポレートへ権限を集中させ、意思決定を進めることが求められていたと想定される。

一方、昨今では事業領域の多角化を進める企業が多い中、コーポレートから全ての事業領域のビジネスモデルや収益構造を深く理解した上で、意思決定を迅速かつ適切に行うことは困難になってきている。それにも関わらず、コーポレートに中央集権的に権限が集まっているが故に、コーポレートが過度に介入する構造となっており、事業の自立性や機動性を損ねてしまっている企業は多い。

また、外部環境変化が激しく経営アジェンダが複雑化している中で、経営トップに多くの業務執行の権限が集中しているが故に、個別の事業や機能の意思決定の承認に忙殺され、重要な経営アジェンダの対応に必要な時間を割くことができないといった事態も散見される。

加えて、(日本企業によるM&Aの件数は過去20年で飛躍的に増えているが)M&Aで自社グループに参画した企業に対して、自社で従前から運用されている権限をそのまま適用してしまうことで、買収先の機動性や自律性を奪ってしまい、結果的に買収先の強みを失ってしまうケースもある。例えば、大手企業が新規事業領域への進出へ向けてスタートアップなど企業規模や文化、事業のスピード感の異なる企業を買収した際に、従前の自社制度をそのまま適用したことで、買収先の強みである、スピード感のある自主自立的な事業運営が損なわれ、当初目論見が達成できないといったことが挙げられる。
 

ギャップ②権限の分散によりグループ全体で最適な資源配分やシナジー創出、リスクマネジメントができていない

前述のギャップとは逆に、過去からの企業文化により事業部長や工場長等の声が大きく、事業側が多くの権限を持ち、グループ全体最適の視点でコーポレートが推進すべき経営資源配分やシナジー創出、リスクマネジメントが適切に行えていないといったケースも見られる。

特に、組織の縦割り文化が強い企業や、過去から事業部出身者の経営トップが多くを占めている企業では、組織の中で事業担当役員や事業部長の声が大きいことが多く、上述したケースが生じていることが少なくない。現場の力が強いのは、日本企業の強みの一つであることは間違いないが、コーポレートが求心力を発揮して、事業とは一定の距離を保った上で全体最適の視点から物事を推進していかなければいけない場面では、弱みに繋がるリスクもある。

例えば、DXやサステナビリティ推進など、多額の投資や事業間の横連携が求められるグループワイドの取り組みは、コーポレートが求心力を持って推進する必要がある。一方、コーポレートと事業間の権限の遠心と求心のメリハリがないまま事業に大きく権限が渡されていると、個々の事業が独自に動くことで、グループ全体目線での最適なリソース配分ができず、結果として取り組み自体が中途半端な形に終わってしまうケースもある。

また、最近ではCOVID-19や地政学リスクへの対応など、グループ全体で方向性を定めるべき重要リスク対応が求められる局面も増えている。重要リスク対応に関しては、1事業だけでは判断が難しく、グループとしての意思決定が必要であり、コーポレートが迅速にグループとしての方向付けを担うための仕組みを整えることが肝要である。

M&Aにおいても、買収先に適用する権限体系が、自社から買収先に必要な牽制を効かせる設計になっておらず、結果として買収先に対して遠心力が働きすぎてしまい、買収先の経営がブラックボックス化してしまっている事態も散見される。特に海外企業の買収時において、言語やビジネス慣習の違いによる買収先への遠慮や交渉力の弱さがあいまって、このような事態に陥ってしまっていることが多い。

権限設計の見直しの要諦

ここからは、意思決定の質とスピードの向上を支える権限設計上の要諦について、具体的な事例とともに紹介する。
 

役割・ミッションを起点に検討する

権限設計の見直しの際は、権限の具体的な変化点の検討から入るのではなく、取締役会、CxO、組織長、グループ会社といったグループ全体において、自社の戦略や目標の達成に向けて各組織レイヤーが担うべきミッション・役割・責任を起点に検討することが重要である。

いざ権限見直しの方向性の検討を始めると、社内における所属組織や個人の立場などによって権限に対する考え方が異なり、方針がまとまらないことも多い。企業内においてコーポレート、事業、あるいは地域など、それぞれの組織レイヤーのミッション・役割・責任が曖昧だからこそ、いざ具体的に権限に落とし込もうとすると、領域によって権限有無やその大きさの一貫性が無いなど、不必要に多くの承認や報告を必要とする設計に陥ってしまうことも多い。

権限設計の際には、各組織のミッション・役割・責任の方針を起点とすることで、役割・責任を達成するためには誰が何の権限をどこまで持つべきなのか、社内で共通認識を持ちながら一貫性をもって権限を設計することが可能になる。また、特に日本企業では、変化に対する抵抗感が強いことも多く、だからこそ、「自社が目指すべき姿に照らした各組織のミッション・役割・責任およびそれを達成するための権限とは何か」といった、トップダウンでのあるべき論から詳細設計に落としていくことが効果的である。

A社では、ある地域を重要戦略地域と定義し、その地域に対して「中長期ビジョンの達成を見据えた地域における事業成長の牽引」というミッションを設定した上で、地域軸組織により多くの権限委譲を行った。その際、リスクマネジメント機能はコーポレートで保有し、事業の機動性を高める権限を地域に委譲することで、遠心と求心のメリハリのある設計を実現した。元々国内事業が主力であり、海外事業にかかる役割・責任が国内事業部と地域で曖昧となっていたが、役割・ミッションレベルで共通認識を持ったことで、国内事業の声が大きいという従来の慣習を乗り越えた権限委譲を実現することができた。
 

権限の実効性を担保する仕組みを併せて整備する

権限設計の際は、権限の項目・保有者・基準といった権限そのもののみならず、権限の実効性を高めるために必要な組織としてのケイパビリティや、権限委譲する前提としてのリスクマネジメントといった仕組みをセットで整備することが重要である。

コーポレートから事業に権限を委譲することで事業の機動性や自律性を向上させようとしても、事業側にその権限を有効活用するケイパビリティがないと、実効性が伴わず、実態として従前と変化のない状態に陥ってしまう。例えば、成長事業に他事業よりも大きな投資権限を付与したものの、権限保有者は当該金額規模の投資是非の判断をしたことがなく、結果的にコーポレートに相談することになり、意思決定の質・スピードともに上がらないといったケースである。権限設計の目的である意思決定の質・スピード向上を達成するには、単純に権限を適切に見直し、渡すだけでなく、組織としてのケイパビリティを強化・補填する仕組みをセットで検討することが必要である。具体的には、権限に応じた稟議内容の是非の考察・判断を実施するスキルを持った社内人材の配置や外部人材の採用によるケイパビリティの強化・補完や、平時からナレッジ・スキルの形式知化を行うことによる組織全体のケイパビリティ底上げなどが施策として挙げられる。

また、権限委譲の結果、事業としてはコーポレートにお伺いを立てずとも機動的に意思決定が可能になったものの、コーポレートから事業の意思決定の内情が見えなくなり、全社に波及するリスクのある案件や対外的な影響を伴う案件などに対して適切に把握・介入できない事態に陥ってしまうこともある。例えば、OEMやITシステム、広告などにかかる重要取引契約について、他事業も同一の取引先がいる場合は、全社での取引条件などを統一すべきだが、ある事業が単独で動いてしまったために他事業にも波及してしまうケースなどが挙げられる。そういったリスクを最小化するため、透明性の担保に向けたレポートラインの整備やモニタリングの仕組み構築、重要案件にかかるコーポレートが介入できる仕掛けなどを構築しておくことも重要である。

B社では、自社の事業環境を鑑み、ある事業部へ投資に係る権限を委譲するとともに、財務などのコーポレート系機能のレポートラインや人材配置の見直しも併せて行った。それにより、事業部長の意思決定プロセスに対して、コーポレートの専門的観点から必要な知見やケイパビリティが補完され、より実効性のある権限の運用が実現された。
 

意思決定を加速させるため、稟議フローも併せて見直す

日本企業は海外企業に比べ意思決定が遅いことが指摘されることも多いが、その大きな原因の一つは、「事前の根回し」「情報共有」といった慣習に起因して、明文化された規程上の権限・フローと実態としての意思決定プロセスが乖離していることに一因がある。

権限見直しの際には、規程上で定義されている事前相談先や回付先のみならず、明文化はされていないが実務上運用されている事前相談先や回付先も含め、実態のフローを可視化した上で、その要否を改めて検討する必要がある。

その上で、牽制の観点から本質的に必要な事前相談先や回付先を見極め、絞り込んだ上で、過去の慣習で行われている不必要な根回しや情報共有は廃止し、規程・ルールとして明文化していく必要がある。明文化されていないが実務上運用されているケースにおいては、改めて正式なフローを周知するとともに、一定期間のモニタリングを通じて是正活動を行う、事前相談や回付が必要な理由を深堀し、対応策を打つといった踏み込んだ対応が必要である。

C社では、持株会社への移行時に意思決定の迅速化を目的に事業会社への権限の委譲を実施したが、結局は持株会社の経営陣に事前に根回しをする慣習が断ち切れず、意思決定の多層化につながってしまっていた。そこで、持株会社側の経営陣の役割や必要な介入方針を明確にした上で、特に課題感のあった具体的な案件について、稟議フローの全体像の可視化と各プロセスにおける事前相談や回付の必要性と発生原因の分析を行ったことで、意思決定の迅速化という持株会社体制移行時の目的を実現した。
 

事業の特性にあわせて権限のバリエーションを持つ

最近では、事業の多角化や海外進出によりグループ内でも多様な特性を持つ事業を抱えている企業が多いが、事業の独自性によっては、一律的な権限を適用するのではなく、事業特性に応じた個別の権限設定が必要となるケースもある。

また、海外M&Aでは、現地の比較的小規模な企業を買収するか、大規模な企業を買収するかによって、権限委譲にあたってのリスクが大きく変わってくる。特に、現地の非上場企業を買収すると、内部統制のプロセスが日本の上場企業の子会社としての水準を満たしていないことも多く、金銭に係る権限の委譲には大きなリスクを伴うことが多い。

上記のようなケースにおいて、個々の事業やグループ会社に応じて個別の権限を適用するのは非現実的なため、事業特性や組織のケイパビリティ(コーポレート機能の成熟度や内部統制上の信用度など)に応じた権限のバリエーションを持っておくことが有効である。

D社では、事業特性や規模、経営の成熟度といった観点で組織を分類の上、それぞれの特性に応じて権限のバリエーションを用意した。具体的には、祖業とは異なる新領域での事業成長をミッションとしている組織で、一定の規模や経営の成熟度に関する条件を満たしている場合には大胆に権限を委譲する一方で、経営の成熟度等の条件を満たさない組織については、コーポレートが権限をグリップするような設計とした。

また、E社では「M&Aによる事業成長の加速」を重要な戦略に据えているが、ひな型となる権限のバリエーションを持っていることで、買収先のケイパビリティに合わせどこまでE社側でグリップするのか、相手先とひな型をベースに交渉することができ、スピーディにPMIを進めることができている。

最後に

権限体系は企業の意思決定の在り方の根幹であるにも関わらず、先に触れたように多くの企業で長い期間抜本的な見直しがされていないことが多い。

多くの企業において、「企業の意思決定のあるべき姿を踏まえた権限体系の管理・更新」というミッションを担う責任主体が不明瞭になっていることが多く、故に定常的な見直しが出来ていないケースが多いと推察する。また、権限体系の抜本的見直しの機運を逃さないことも重要であり、組織再編や中期経営計画の策定などをきっかけとして、全社戦略の方向付けと併せて権限のアップデート要否を見極めることが必要である。

過去の慣習やしがらみにとらわれることなく抜本的な改革を進める上では、グローバルのエクセレントカンパニーの事例や、競合他社のスタディなど、外部の視点を改革の後押しに活用しつつも、自社の経営の方向性や目指すべき姿の実現に向け、本当に必要な権限体系とは何かを模索していくことが必要である。

著者

金田 あづき/Azuki Kaneta
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネージャー

デロイト トーマツ コンサルティングに入社後、一貫して組織再編/M&A領域に従事。製造業を中心に様々な業界に対し、持株会社化や全社コーポレート機能改革、子会社売却やJV化を伴う機能別改革、M&A・アライアンスなど、大規模組織再編/M&Aの構想策定から実行までの幅広い経験を持つ。
 

 

関 彩乃/Ayano Seki
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 マネージャー

M&A/組織再編領域に従事。組織再編やガバナンス改革、コーポレート機能改革、PMI等のテーマにおいて、構想策定から実行までの経験を有す。
省庁における海外グローバル企業のガバナンス動向調査事業を担当。

 

(2023.01.20)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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