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最新動向/市場予測
宇宙スタートアップの最新トレンド 第4回
ロケットスタートアップの今後の戦略と日本企業の参入・協業余地
盛り上がりを見せるロケットスタートアップ市場であるが、近年は競争が激化している。スタートアップ各社は競争に勝つため、主に打ち上げコスト低減に向けた戦略を取っている。本稿では、競争が激化するロケットスタートアップの今後の展望、および競争に勝つための戦略に加えて、ロケット市場にこれまで宇宙ビジネスを手掛けてこなかった日本企業が参入・協業する方法について紹介していく。
盛り上がりを見せるロケットスタートアップ市場であるが、近年は競争が激化している。スタートアップ各社は競争に勝つため、主に打ち上げコスト低減に向けた戦略を取っており、①ロケットの大型化②ロケット以外の宇宙機器の開発③部品の共通化や共同開発④先端素材・製造技術の活用などの方向性を組み合わせ、技術開発を行っている。
例えば大型化では、スペインのスタートアップであるPLD Spaceは、2024年10月に大型再使用利用ロケット「Miura Nextシリーズ」の開発計画を発表した1。「Miura Nextシリーズ」は同社が現在開発を進める小型ロケット「Miura 5」と比べかなりの大型化を目指しており、計画通り2030年に開発が成功すれば世界で最も大型なロケットの一つになると考えられている挑戦的な計画であり、「欧州のSpaceX」と成り得るか注目されている。
PLD Spaceのように挑戦的な計画が話題となっているロケットスタートアップであるが、そのような計画を打ち出す背景として、ロケットスタートアップ市場の競争激化が挙げられる。ロケットスタートアップは、他社と差別化し、開発資金獲得を含む開発競争を優位に進めるべく、極めて挑戦的に開発計画を立てている現状がある。
そこで本稿では、競争が激化するロケットスタートアップの今後の展望、および競争に勝つための戦略に加えて、ロケット市場にこれまで宇宙ビジネスを手掛けてこなかった日本企業が参入・協業する方法について紹介していく。
選別が進むロケットスタートアップ
盛り上がりを見せているロケットスタートアップであるが、今後はロケット開発における技術的・資金的ハードルに直面し開発が想定通りに進まず、開発を休止・中止するスタートアップが一定出現する可能性がある。
下記図1は、2012年から2022年の各年に設立された小型ロケット開発を行う企業・組織の数と、現状ロケットの開発を休止・中止している企業・組織の数を示している2。2016-2018年頃に多くが設立されているが、一方で設立年が2018年以前の企業・組織では概ね3-4割程度がロケットの開発を既に休止・中止していることが読み取れる。
図1
データソース:1. Erik Kulu, Small Launchers - 2023 Industry Survey and Market Analysis(IAC2023), https://www.newspace.im/assets/Small-Launchers-2023_Erik-Kulu_IAC2023.pdf
なお、下記図2は小型ロケットの開発までにかかった年数(初回打ち上げまでの年数または初回打ち上げまでの予定年数)と企業・組織の数を示している2。この図から約8割の企業・組織が開発開始から8年以内に初回打ち上げまで到達または到達することを計画していることがわかる。
図2
データソース:1. Erik Kulu, Small Launchers - 2023 Industry Survey and Market Analysis(IAC2023), https://www.newspace.im/assets/Small-Launchers-2023_Erik-Kulu_IAC2023.pdf
図1の通り小型ロケット開発を行う企業・組織の設立が2016-18年に多かった事を踏まえると、今後それらの企業の中から当初の計画通り8年以内(2024-2026年以内)に初回打ち上げを達成することができず、開発を休止・中止するスタートアップが一定出現してくる可能性がある。
ロケットスタートアップの多くが、8年以内の初回打ち上げを計画している背景はいくつか考えられるが、背景の一つとしてスタートアップの資金を支える投資家にとって重要な要素である投資回収期間があげられる。マサチューセッツ工科大学が算出した小型ロケット開発の平均的な財務モデルによると3、ロケットの開発開始から6年で初回の打ち上げに到達するケースで、開発開始から17年後に先行投資額を超える利益を生むとされる。よって小型ロケットスタートアップが初回打ち上げまでに8年以上かかる状況に陥ると投資回収までの期間が20年を超えてくるため、小型ロケットへのニーズ増大を考慮しても投資回収が難しいという判断が投資家によってなされ、開発資金の確保が難しくなる可能性が高い。
よって今後個別の小型ロケットスタートアップを見る際は、技術を含む競合優位性等の情報に加えて、ロケットの開発期間・状況と資金調達状況を詳細に見ることが必要である。
ロケットスタートアップの戦略
ロケットビジネスにおける競合優位性構築の方法として、打ち上げまでのリードタイム短縮、信頼性向上、打ち上げコスト低減等があげられるが、多くのスタートアップが競争に勝つために重視して取り組んでいるのが打ち上げコストの低減である。打ち上げコストを低減する手法として、下記図3に示す通り「事業の多様化・高度化」と「製造コストの低減」の大きく2つの方向性がみられる。
ここで言う「事業の多様化・高度化」は、より技術的難易度が高い事業を展開するか、もしくは多様な事業を統合することで、結果として打ち上げコストの低減を実現することを指す。一方で、「製造コストの低減」はロケットの製造コストを削減することで、打ち上げコストの低減を目指す。
具体的には、「事業の多様化・高度化」の方向性においては、①ロケットの大型化・②垂直統合、「製造コストの削減」では③部品の共通化や共同開発・④先端素材・製造技術の活用があげられる。多くのスタートアップがこれら4つの戦略の内、複数の戦略を組み合わせる形で打ち上げコストを低減する事業・開発計画を打ち出している。
図3
以下、①-④の戦略の詳細を説明する。
① ロケットの大型化
多くのロケットスタートアップにおいて、開発の難易度が相対的に低い小型ロケットの開発を入り口とし、技術の蓄積によるロケット大型化による事業の多様化・高度化により打ち上げコストを低減する戦略がとられている。この戦略の背景として、大型ロケットは有人宇宙船を含む大型貨物の輸送、打ち上げの重量当たりコストの低減等が可能であることからニーズが高い一方で、技術的難易度が高く開発が難しいため、多くのスタートアップでは小型ロケットから開発をはじめ、技術を蓄積した後に大型ロケットの開発を進めていることが考えられる。
実際に世界で最も成功している宇宙企業であり超大型完全再使用利用宇宙輸送システムStarshipの開発を進めるSpaceXも、設立間もない2000年代はFalcon 1と呼ばれる小型ロケットの開発・打ち上げを行っていた。
国内ではインターステラテクノロジーズ株式会社が宇宙空間への到達に成功した小型ロケット「Momo」の技術をベースに、小型衛星打ち上げ向け小型ロケット「ZERO」および再使用型大型ロケット「DECA」の開発を発表4している。
ロケットの大型化は小型ロケットの開発に一定成功したスタートアップのみがとれる戦略であり、厳しい競争環境における王道の勝ち残り戦略といえる。
② ロケット以外の宇宙機器の開発(垂直統合戦略)
次にあげられる戦略が、ロケット以外の宇宙機器も開発し打ち上げサービスと統合して提供する戦略である。本戦略は①で述べた大型ロケットの開発と合わせて用いられることが多い。大型化したロケットによる打ち上げサービスと打ち上げた宇宙機器によるサービスを統合して提供することで、収益規模の拡大・打ち上げ数の安定確保を実現し、結果として打ち上げコストの低減を目指していく。
具体的には、前述のPLD Spaceのほか、米国のロケットスタートアップFirefly Aerospaceがこの戦略をとっている。Firefly Aerospaceは小型ロケット「Alpha」の開発を進めた後、現在は中型ロケット「MLV」の開発に加えて、月面着陸機「Blue Ghost」および軌道間輸送サービス等を提供する「Elytra」の開発を進め、提供サービスの拡大を進めている5。実際に、「Blue Ghost」を用いた月面への輸送に関する1億ドル以上の契約を、2023年に米国航空宇宙局(NASA)と締結しており、事業の多様化を実現している6。
③ 部品の共通化や共同開発
前稿で紹介したBlue OriginやFirefly Aerospaceが、大手ロケットメーカーと提携し大型ロケットの部品等の共通化を行っている。具体的には、ロケット部品の中でも最も開発リスク・コストが高いエンジンについて共通化することで、開発時のリスク・コストを低減させるほか、生産数を増やすことによる製造コスト低減を目指している。国内では将来宇宙輸送システム株式会社(以下 ISC)が米国のロケットエンジン開発企業と協業することを発表した7。具体的には米国企業が提供するロケットエンジンをISCが購入し、ISCが開発を進める再使用型ロケット向けに共同で改良するとしている。ISCは2022年設立と歴史の浅いロケットスタートアップではあるが、今後5年程度でロケットを開発するとしており、先行企業との部品の共通化により開発コスト・リスクの低減・開発期間の短縮を目指しているとみられる。
④ 先端素材・製造技術の活用
最後に挙げられるのが、AI・3Dプリンター・カーボン素材等の先端製造技術を活用することで、ロケットの製造コスト低減やロケットを軽量化する戦略である。インドの小型ロケットスタートアップAgnikulは、ロケットエンジン全体を3Dプリンターにより一度で製造することで、製造工程を短縮し製造コストを大幅に圧縮することを目指している。実際に2024年5月に打ち上げられた試作ロケットは、3Dプリンターによりわずか72時間で製造したエンジンを使っており、高度6.5kmに到達した8。ロケットエンジンは製造時に非常に精密な加工・溶接工程が求められるが、その工程がロケットコストの大きな要因となっている中で、3Dプリンターによる一体形成により短期間での製造を実現することが出来れば、ロケットの価格を大幅に低減することが可能となる。
日本企業の参入・協業余地
各ロケットスタートアップが勝ち残りに向けて多様な戦略を取るなかで、日本企業、特に非宇宙企業の中でもロケット市場への参入が有望であるのが、上述の④で挙げられた先端素材・製造技術活用分野の企業である。例えば、日本の大手光学・精密機器メーカーが金属3Dプリンター技術によりロケット市場に参入している事例があげられる。当該企業は光学・精密機器製造で培った光学(レーザー)技術・精密制御技術を活用して小型金属3Dプリンターを開発し2019年に発売したのを皮切りに、2021年には航空宇宙向け3Dプリンターを製造する米国企業を買収し宇宙ビジネスに参入した。さらには、2024年秋には日本政府の宇宙開発に関する研究開発・事業推進に資金を提供するプログラムにおいて、ロケット用大型構造部品製造を対象とした金属3Dプリンター事業が採択され、ロケット向け金属3Dプリンター事業の開発を進めるとみられる。また、3D金属プリンター領域においては、造形速度が従来の500倍にもなる技術を開発したスタートアップや、造形しやすく強度が高くロケットエンジン回りの部材への適用が期待される金属粉を開発した大企業が日本にはあり、ロケットスタートアップ側に高い価値を提供できる可能性がある。
実際に3Dプリンター技術によりロケットスタートアップとの協業を行っている海外の事例としては、前述したインドのロケットスタートアップであるAgnikulがあげられる。Agnikulは金属3Dプリンター大手のドイツEOSの3D金属プリンターを用いて、競合優位性のある一体形成ロケットエンジンの開発を進めており、3Dプリンター技術がロケットスタートアップのコア技術を支える可能性を示している。
しかしながら、先端素材・製造技術に強みを有する日本企業の協業先候補として、すべてのロケットスタートアップが対象となる訳ではない。なぜならロケット開発においては、一定開発が進んだ状態で新たな技術・製造プロセスを導入することは一般的に非常にリスクが高く、一定の条件を満たしたスタートアップでなければ先端素材・製造技術に関する協業に積極的になり難いためである。従って、条件の一つとして考えられるのが、当該スタートアップがシード期または大型化の開発を始めた直後ということである。こうしたスタートアップは、長期に渡る開発期間を経た後でも高い競争力を有するロケットを開発する目的において、比較的挑戦的な技術・製造プロセスを取り入れる可能性があるためである。
まとめ
今後、小型ロケットスタートアップを中心に、競争に勝つために多様な戦略をとる中で、非宇宙領域の企業が有する技術にニーズが生まれる可能性は大いにあると考えられる。その中で非宇宙系の日本企業がどのように参入・市場を開拓していくのか、引き続き注視したい。
執筆:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
シニアコンサルタント 森 智司
監修:
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
パートナー 木村 将之
協力:
デロイト トーマツ スペース アンド セキュリティ合同会社
マネージングディレクター 松岡 巌
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社
シニアマネジャー 福田 紘己
デロイト トーマツ ベンチャーサポート株式会社/Deloitte Consulting US San Jose
Senior Manager, Mina Hammura
1. PLD Space, Release” PLD Space unveils its strategic plan to lead the future of space access with MIURA Next family and LINCE”, https://www.pldspace.com/en/news/corporate/pld-space-unveils-its-strategic-plan-to-lead-the-future-of-space-access-with-its-miura-next-family-of-large-reusable-launchers-and-the-lince-manned-capsule
2. Erik Kulu, Small Launchers - 2023 Industry Survey and Market Analysis(IAC2023), https://www.newspace.im/assets/Small-Launchers-2023_Erik-Kulu_IAC2023.pdf
3. MIT Technology Roadmap, Small Launch Vehicles, https://roadmaps.mit.edu/index.php/Small_Launch_Vehicles
4. インターステラテクノロジーズ株式会社, WEBサイト, https://www.istellartech.com/
5. Firefly Aerospace, WEBサイト, https://fireflyspace.com/
6. Firefly Aerospace, Release” Firefly Awarded $112 Million NASA Contract for Payload Delivery to Lunar Orbit and the Far Side of the Moon”, https://fireflyspace.com/news/firefly-awarded-second-nasa-clps-contract/
7. 将来宇宙輸送システム株式会社, プレスリリース「米国企業と協業開始。現地法人も設立」, https://innovative-space-carrier.co.jp/articles/20240404/
8. IEEE Spectrum, “Indian Startup 3D Prints Rocket Engine in Just 72 Hours”, https://spectrum.ieee.org/amp/3d-printed-rocket-2668492729