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第1回 放送業界 -各業界セクターの事業リスクと財務諸表分析-

テクノロジー・メディア・通信業界に関する業界レポートの一部として、放送業界における「事業のリスク」「主要プレーヤーの財務諸表に関する特徴分析」を取り扱います。全13回シリーズの第1回。

はじめに

本稿は、テクノロジー・メディア・通信業界に関する業界レポートの一部として、放送業界における「事業のリスク」「主要プレーヤーの財務諸表に関する特徴分析」を取扱うものである。

なお、本稿の意見にわたる部分は筆者の私見であり、筆者の所属する法人の公式見解ではないことを申し添える。

事業のリスク分析

放送業界(ここでは、テレビ放送事業者に限定ししている)の事業リスクのうち、いわゆる在京キー局が有価証券報告書(2016年3月期)に事業等のリスクとして記載している内容は、図表1のとおりである。

まず、一つめの特徴は、在京キー局5社の全てが「テレビ広告収入への依存」を事業等のリスクに掲げていることである。在京キー局の売上高の大半は、地上波放送事業およびBS放送事業における広告収入である。広告の出稿量は、広告主である企業の業績やその背景となる国内景気の影響を受けやすい。なお、電通の「日本の広告費」によると、テレビ広告費は金融危機後の景気後退で2008年から2009年にかけて大幅減少しており、在京キー局の中には最終赤字を計上する局もあり、大きな影響を受けた。

【図表1】 在京キー局が開示している事業リスク

出典:2016年3月期 各社有価証券報告書 有限責任監査法人トーマツ作成

次に、二つめの特徴は、在京キー局5社の全てが「メディアの多様化による競合」を事業等のリスクに掲げていることである。テレビ放送事業において競争といえば、従来は放送事業者間での競合のみであった。すなわち、広告主からの契約獲得や、CM枠の販売価格に影響する視聴率争いを他の放送事業者と行っていた。しかし、情報技術革新とデジタル化の波を受け、多くの家庭で高速通信回線の普及が進み、ケーブルテレビ、インターネットを通じた映像視聴環境が整ってきたほか、スマートフォン、タブレットといった新たな携帯型高機能端末の普及も始まり、通信機能を通じた動画配信等、映像コンテンツへの接触機会は、ますます拡大している。図表2を見てみると、こうしたメディアの多様化により、若年層を中心にテレビ放送の視聴時間が減少傾向にあり、テレビ放送の媒体価値が低下していることが分かる。

【図表2-1】 世代別の主なメディア平均利用時間 平成24年

出典:平成 24 年 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査 報告書 
   有限責任監査法人トーマツ作成

【図表2-2】 世代別の主なメディア平均利用時間 平成27年

出典:平成 27 年 情報通信メディアの利用時間と情報行動に関する調査 報告書 
   有限責任監査法人トーマツ作成

地上波テレビ放送事業各社の対応としては、認定放送持株会社制を導入して、BS放送子会社およびCS放送子会社を傘下に入れ3波協業を推し進めている。また、日本テレビホールディングス㈱では、2014年4月に、アメリカの動画配信会社「Hulu, LLC」の日本市場向け事業を承継し、定額制動画配信事業に参入している。これらも含め、【図表3】に示したような、動画配信を巡る業界を超えた連携が進んでいる。

【図表3】動画配信を巡る業界を超えた連携

出典:有限責任監査法人トーマツ作成

最後に、三つめの特徴としては、在京キー局5社の全てが、法的規制等に関連するリスクを事業等のリスクに掲げていることである。放送事業を行うにあたっては放送法・電波法などの法令による規制を受けている。とくに、電波法では放送局の免許に関する基準が定められており、放送免許の有効期間は5年間とされている。また、在京キー局5社は認定放送持株会社制を採用しているが、認定放送持株会社は、総務大臣の認定を受けることが必要である。当該認定を受けるためには、認定放送持株会社の資産に関する基準など、放送法で定める要件に適合する必要がある。これらの要件を満たさない場合、総務大臣から免許や認定の取り消しを受けるリスクがある。さらに、在京キー局5社は、放送およびインターネットを通じて通信販売事業をおこなっているため、顧客の個人情報等を保有している。当該個人情報を紛失・漏洩した場合、会社は社会的信用を失うとともに、顧客の経済的損害に対する損害賠償等が発生する可能性がある。

財務諸表分析

ここでは、放送業界に属する企業の財務諸表の特徴を紹介する。まず、在京キー局の主な経営指標について情報通信業287社平均値と比較したものを【図表4】として示している。

まず、売上高成長率について、在京キー局平均値が情報通信業平均値よりも低くなっている。これは、地上波放送が成熟産業にあたることを示している。今後も、広告媒体の多様化等により、放送収入の成長は見込まれないと考えられる。また、総資本経常利益率についても、在京キー局平均値が情報通信業平均値よりも低いものとなっている。これは、放送業界に属する会社が多額の放送設備を保有していることに加え、最近の傾向として放送外収入を拡大するために不動産事業を展開している結果、総資産が膨らむ傾向にあることを示している。

一方、自己資本比率については、在京キー局平均値が情報通信業平均値よりも高くなっている。これは、これまで蓄積してきた内部留保が多額にあり、在京キー局が安定した財務基盤を有していることを示している。また、1人当たり売上および1人当たり経常利益についても、在京キー局平均値が情報通信業平均より高くなっている。これは、テレビ放送局における番組の制作は、外部の番組制作会社を活用することが多く、他業種に比べて少ない従業員数でコンテンツを制作していることに起因していると考えられる。

【図表4】在京キー局の経営指標について

出典:在京キー局平均値はSPEEDA、情報通信業287社平均は開示ネット 有限責任監査法人トーマツ作成

次に、在京キー局のセグメント情報の特徴について説明する。㈱フジ・メディア・ホールディングスの2011年3月期および2016年3月期の有価証券報告書に記載されているセグメント情報について、抜粋したものが【図表5-1】および【図表5-2】である。

【図表5-1】(株)フジ・メディア・ホールディングスのセグメント情報(2011年3月期)

出典:有価証券報告書(2011年3月期)

【図表5-2】(株)フジ・メディア・ホールディングスのセグメント情報(2016年3月期)

出典:有価証券報告書(2016年3月期)

2011年3月期の報告セグメントは5つであり、このうち売上及び利益の核となっているのが放送事業であることが分かる。

しかしながら、2016年3月期のセグメント情報を見てみると、放送事業の売上および利益は4年前に比べ減少している。これは、メディアの多様化による競争の結果、広告収入が減少傾向にあることが分かる。一方で、都市開発事業といった放送事業以外のセグメントの規模が大きくなってきている。これは、連結子会社である㈱サンケイビルでの分譲マンションの販売や、2015年4月に㈱サンケイビルが㈱グランビスタホテル&リゾートを子会社化した影響である。

また同様に、他の在京キー局のセグメント情報を見ても、放送事業以外のセグメント規模が大きくなってきている傾向がある。たとえば、㈱東京放送ホールディングスでは不動産事業のセグメント利益割合が大きくなってきており、また、日本テレビ・ホールディングス㈱も、㈱ティップネスを連結子会社化したことに伴い、新たに生活・健康関連事業を報告セグメントとしている。このように、放送業界では、今後も放送外事業を模索して事業を多角化していく動きが一層加速していくものと思われる。

 

執筆者
公認会計士 パートナー 秋山 謙二
公認会計士 シニアマネジャー 横田 真也

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