Posted: 16 Oct. 2024 3 min. read

AI創薬のトレンド

革新的な技術の活用による創薬の新たな世界シリーズ 第2回

AIが創薬プロセスを革新する時代が到来。製薬企業は独自データとAIを駆使し、新たな創薬標的の探索やドラッグデザインの高速化を実現している。特にがん領域では多くのスタートアップが技術開発を進め、臨床入りする化合物を創出。大手海外製薬企業も独自のAIを開発し、競争力を強化している。「革新的な技術の活用による創薬の新たな世界」シリーズの第2回ではAI創薬の将来像に迫る。

 

製薬企業は、創薬標的の枯渇や新規モダリティの台頭による開発の複雑化などによって研究開発における生産性が低下しており、その解決策の一つとして創薬プロセスにおけるAI活用(AI創薬)が期待されている。

創薬プロセスにおけるAIの技術開発は、主に①疾患メカニズム解明/新たな標的探索、②ドラッグリポジショニング、③ドラッグデザインの高速化、④臨床予測性の向上、を目的に行われている。

当社が行ったグローバルにおけるスタートアップ企業調査においては、特に学習データとなる遺伝子や医療情報が豊富ながん領域における①疾患メカニズム解明/新たな標的探索と③ドラッグデザインの高速化、において多くのプレーヤーが鎬を削る状況にある。

<図表:AI創薬スタートアップ企業の提供価値の分布>

 

各ユースケースの技術成熟度を評価した結果、①および③の領域で数多くのスタートアップ企業が盛んに技術開発を行っており、臨床入りする化合物を創出することができている。一方で、技術開発を行う企業数が少ない④の領域ではPoCが未報告のケースも多く、技術成熟度は低いのが現状である。

そのため、①および③の領域においては、外資大手製薬企業は技術の有効性を検証するステージが既に終わり、次なる一手として自社データを学習させた独自のAIを内製で開発することで、競合他社との差別化を図る取り組みに舵を切りつつある。

例えば、ファイザー社ではギリシャに500人のAI研究者を有するデジタルイノベーションラボを建設して自社独自のAIを開発しており1、モデルナ社でも同様にシアトルのデジタルラボで開発したAIを創薬のあらゆるプロセスに適応させることで創薬活動の効率化を推し進めつつある2

このような取り組みから、製薬各社の次世代の創薬像は、単なるAIによる研究プロセスの効率化にとどまらず、AI/自社データ/実験ロボット・仮想化技術が三位一体となって価値を生み出し続ける価値増幅プロセスの構築にあると考える。

自社データによって学習された独自のAIがデザインする候補物質のデータを実験ロボットや仮想化空間に構築したバーチャル実験環境に取り込ませ、絶え間なく高速に生み出される化合物や抗体のデータを読み込ませることによってAIを更に強化する、こういった創薬の価値増幅プロセスの構築がAI創薬の将来像である。

<図表:デジタル技術を用いた創薬における価値増幅プロセス>

 

実際にイーライリリー社においては、化合物の設計・合成や精製・分析・サンプル管理・アッセイ・仮説検証に至るまでが自動化されたLilly Life Science Studio(L2S2)を構築し、1か月以上かかる化合物合成~評価のサイクルを2時間から数日に短縮するなど、人間には実現不可能な速度で医薬品候補物質を創製している3

こういった価値増幅プロセスの構築を速やかに行うべく、我が国の製薬企業も創薬における新たな三種の神器(①AI・量子コンピュータ、②独自データベース、③実験ロボット・仮想化技術)に積極的な投資を行い、創薬プロセスの刷新を目指すべきある。

【シリーズ】革新的な技術の活用による創薬の新たな世界

執筆者

眞砂 和英/Masago Kazuhide
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ライフサイエンス&ヘルスケア シニアマネジャー

製薬企業にて創薬研究に従事後現職。製薬、医療機器メーカーに加え、民間保険会社や通信系企業といった異業種企業を対象に、最新のデジタル技術や医療データを活用したライフサイエンス・ヘルスケア業界への新規事業検討プロジェクト中心に手掛ける。
 

岩田 史也/Iwata Yasuhiro
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
ライフサイエンス&ヘルスケア マネジャー

化学生命工学における博士号取得後、現職。ライフサイエンス・ヘルスケア業界におけるイノベーション創出をテーマに、製薬企業を中心として、最新テクノロジーや医療データを起点とした新規事業検討およびR&D変革に関するプロジェクトを手掛ける。

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