DeSciが科学研究のコミュニティと資金調達スキームを脱構築する ブックマークが追加されました
科学技術とイノベーションは、経済成長と社会の発展を支える大きな柱である。しかし、わが国においては、必要な研究資金の確保、優秀な研究者の育成、研究成果の社会実装など、研究開発(R&D)をめぐるさまざまな課題が存在する。
そうした諸課題を解決するものとして注目を集めるのが、Web3を活用して研究資金の調達や研究データ・知的財産へのアクセス、研究者コミュニティの活性化などを促進する「DeSci」(Decentralized Science:分散型科学)である。
海外ではすでに多くのDeSciプロジェクトが立ち上がっているが、日本にはまだ皆無だ。そこで、大学側、企業側それぞれの立場から研究成果の事業化や産学官連携に長く携わってきた株式会社キャンパスクリエイト専務取締役の須藤慎氏、弁理士・知財経営コンサルタントの江川祐一郎氏をゲストに迎え、日本においてDeSciが持つ大きな可能性について議論した。デロイト トーマツ コンサルティング合同会社で先端技術の調査・研究、ビジネス実装などを手がける寺園知広と山名一史がホストを務めた。
寺園 DeSciが持つ可能性を議論する前に、そもそもDeSciとは何かという点について簡単に整理しておきたいと思います。DeSciは、ブロックチェーンやDAO(自律分散型組織)などWeb3の基盤となる分散型の技術や仕組みを活用して、R&Dの脱中央集権化や民主化、効率化などを目指す取り組みです。
研究資金の調達、研究データの共有や研究成果の公開、スタートアップの設立など、R&Dに関連する全てのプロセスの分散化を図るのがDeSciです。DeSciが大きく注目される背景には、既存の仕組みの機能不全があります。研究資金が不足する一方で、研究資金を獲得するには非常に煩雑な手続きが求められる、分野横断型の研究や比較的リスクが高い中長期のプロジェクトには資金が配分されにくいなどの問題があり、科学技術力の向上やイノベーションの促進という点において大きなハードルになっています。
これに対してDeSciは、DAOを通じたトークンの発行により、地理的な制約を受けず世界中から資金調達が可能、研究テーマや資金配分はDAOメンバーの投票など民主的で透明性の高いプロセスにより決定、研究データや論文・特許などのIP(知的財産)はブロックチェーン上で管理することでDAOメンバー間で自由に共有したり、相互評価したりすることが可能といった特徴があります。
山名 海外では多くのDeSciプロジェクトが立ち上がっており、市場規模はすでに20億ドルに達したという推計もあります。
例えば、長寿研究に特化したVitaDAOには世界的製薬企業ファイザーの投資部門が410万ドルの資金を拠出しました。そのほか、脳の健康と神経変性疾患の予防に特化した研究を支援しているCerebrum DAO、女性の健康に関する研究にフォーカスしたAthenaDAO、合成生物化学の研究を支援するValleyDAOなどがあり、幅広い資金調達と研究者コミュニティの構築を進めています。
また、バイオテクノロジー関連の研究を支援しつつ、研究者や企業にDeSciプロジェクト立ち上げのノウハウを提供したり、他のDeSciプロジェクトに資金を出したりする、Bio ProtocolというDeSciプラットフォームもあります。
今はライフサイエンス系が主流ですが、他の研究領域でもDeSciの活用がどんどん広がりそうな勢いです。
須藤 私が所属するキャンパスクリエイトは、電気通信大学の卒業生や教職員を中心とした個人出資によって設立されたTLO(技術移転機関)で、電通大に限らず、幅広い大学や研究機関の産学官連携やオープンイノベーション、自治体と組んだ産業振興などを支援しています。
私自身はWeb3の専門家ではありませんが、大学における研究活動や研究成果の産業界への還元、オープンイノベーションの促進などにDeSciが大きなインパクトを与える可能性を感じています。様々な用途が考えられますが、まずは大学の産学連携業務が抱えている課題に直結し、社会的な関心度や共感性も高く、工夫次第で現状でも実現可能性が見えやすいところから検討を進めていくのが良いのではと考えています。
キャンパスクリエイト 専務取締役 オープンイノベーション推進部・プロデューサー
須藤 慎氏
例えば、政府はスタートアップ育成を成長戦略の柱の一つに据えていますが、DeSciを活用できることが分かれば、大学発スタートアップが今よりもっと増える可能性があります。起業のための資金、起業後のR&D資金を調達するハードルがDeSciを使うことで大きく下がるかもしれませんし、事業の管理・運営を任せられる経営人材をDAOメンバーの中から発掘できるかもしれません。
DAOに参加するさまざまな大学、企業の研究者同士で議論を重ねればいいアイデアがたくさん出てくるでしょうし、エンジェル投資家やVC(ベンチャーキャピタル)などスタートアップ支援に関わる人たちとのつながりも得やすくなるでしょう。いいアイデアがあれば、そういう人たちと協力しながら、事業化にチャレンジできます。
寺園 投資家や企業がDeSciプロジェクトに出資すると、その対価としてDAOはトークンを付与します。そうしたトークンの一部は暗号資産市場で取引されており、出資者は資産価値上昇によって経済的利益を得られる可能性があります。
DAOには、プロジェクト全体を統治するためのワーキンググループ(WG)、トークンの発行・管理を行うWG、研究テーマ別のWGなど複数のWGが存在します。各WGには組織単位でも個人でも参加できます。ですから、研究室や研究者個人が、世界中から資金を集められる可能性もあるわけです。
須藤 大学独自のスタートアップ支援基金を設立している例もありますが、卒業生から資金を集めるのはなかなか難しいのが現実です。でも、研究テーマが明確になっていればそのプロジェクトに絞って応援したいという卒業生がいるかもしれませんし、研究がうまくいってトークンの価値が上がる可能性があるなら出資のインセンティブになると思います。
山名 寄付ではなく、投資として資金を集めることが、大学経営にとって今後重要になります。須藤さんがおっしゃるように、母校愛だけでお金を出すのは難しいけれど、リターンが期待できるのであれば出資を考える人はいるはずです。そうなれば、大学としては質的にも量的にも新しい資金を調達する可能性が広がります。
寄付金のように所得控除を受けられるようにするかなど法的議論が必要な面はありますが、卒業生などのステークホルダーとのエンゲージメントの強化という点で、DAOを活用できる余地は大きいと思います。
江川 今のままでは、日本の科学技術研究が世界にどんどん後れを取ってしまうという強い危機感が私にはあります。同時に、DeSciなどを活用して既存の枠組みを変革できれば、夢が大きく広がるという期待も抱いています。
私は2024年末まで化学素材メーカーに勤務し、材料分析や技術営業、商品企画などの仕事を経て、知財業務に長く従事し、その後、事業開発や産学連携、バイオマス技術による地方創生などに携わりました。副業が認められていたこともあって、退職する2年前から弁理士事務所を開業していました。
ゆめ知財事務所 弁理士 知財経営コンサルタント
江川祐一郎氏
産学連携に関わるようになってから、大学研究者と接する機会が増えましたが、研究テーマの選定や評価において、透明性が必要だと思う場面が多々あります。例えば、国プロ(政府資金を使った研究開発プロジェクト)や科研費(科学研究費助成事業)の審査プロセスにおいて、どのように審査員が選ばれ、基準がどう設定されているのかが不透明に感じることがあります。
一方で、大学研究者は研究費申請のために膨大な書類を作成しなければならず、それを先生方が自分で作成しています。そうした事務作業は、私が学生だった頃よりはるかに増えており、これは大きな歪みだと思います。
産学連携を進める際には、企業側と大学側の意向が一致しないこともあります。企業側としては共同研究によって新たなシーズを見つけたいという希望がありますが、大学研究者には自分のオリジナルな研究を中心に進めたいという思いもあります。このようなギャップを埋めるためには、双方が本音で話し合うことが重要です。
共同研究の成果を自社だけで囲い込もうとする企業があるとすると、それも歪みと言えます。本当は他の企業の方が研究成果を生かせる可能性があるからです。
そうした数々の歪みをなくしていく枠組みとして、DeSciは大きな力を秘めていると思います。権威者や組織に縛られず、自分の意思でDAOに参加でき、自分の研究テーマが採択されるかどうか、どれだけの研究資金が配分されるかは透明性の高いプロセスで決定されます。また、自分の研究成果が特定の企業に囲い込まれてしまうこともありません。
寺園 おっしゃるように、DeSciではプロジェクトの選定や研究資金の配分はDAOメンバーの投票によって決まりますので、透明性が担保されています。研究者の声の大きさや知名度に関係なく、研究の質やプロジェクトへの貢献度、市場ニーズなどで評価されますから、本当に有望な研究が選ばれやすいと言えます。
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員
寺園 知広
DAOの中の研究者コミュニティで、研究成果の共有や相互フィードバックが行われることによって、研究のクオリティがさらに高まることも期待されます。
須藤 研究者が個人で参加できるのはいいですね。例えば、科研費の申請が通らなかった研究テーマでも、DAOの研究コミュニティでは評価されて、研究資金が獲得できることもあるかもしれません。
江川 大学でも企業でも、組織に属している限りは必ずしも自分がやりたい研究に取り組めるわけではなく、いったん始めた研究でも組織の論理や権威者の意向で続けられなくなることがあります。そういう意味では、研究者としての自分の立場や立ち位置を担保する手段として、DeSciを活用できる側面もあるのではないでしょうか。
須藤 大学の先生方はどんどん忙しくなっていて、「昔に比べて大学の敷居が高くなった」という民間企業からの声が聞かれます。先生方が個人で研究コミュニティに参加していれば、DAOメンバーは自分の研究内容のクオリティや有望性、企業であれば自社が出資している研究プロジェクトの事業性について、もっと気軽にアドバイスを求めることができそうです。
先生方にとっても、そこで自分の専門性を発揮できますし、評価やアドバイスをすることでコミュニティに貢献し、それによってトークンが得られる仕組みになっていればやりがいがあると思います。
山名 そうですね。トークンをたくさん受け取っている人ほど、価値のあるレビューやアドバイスをしていることになりますから、専門家としての信頼性がトークンの保有数で可視化されます。
共同研究を試みる民間企業からすると、ある研究領域において誰が本当の専門家なのか、研究者の経歴だけでは判断できません。そうした悩みを解決する一つの指標にもなると思います。
デロイト トーマツ コンサルティング スペシャリストリード
山名 一史
(後編へ続く)
デロイト トーマツ インスティテュート フェロー 金融機関・製造業をはじめ、様々な産業向けに先端技術の調査/探索・評価・ユースケース検討・ビジネス適用/実装などのコンサルティングを数多く手掛け、AI・量子技術・空間コンピューティング(メタバースなど)・web3/DAOなどの技術を幅広く担当している。大学などアカデミアを含めた産学官のテクノロジーエコシステム形成の経験も豊富。 >> オンラインフォームよりお問い合わせ