DeSciはインキュベーションプラットフォームとして進化 ブックマークが追加されました
研究資金の調達や研究テーマの評価といった研究開発プロセスを、Web3の技術や仕組みを使って脱中央集権化、透明化、効率化するDeSci(分散型科学)。デロイト トーマツ コンサルティング合同会社の寺園知広と山名一史が、株式会社キャンパスクリエイト専務取締役の須藤慎氏、弁理士・知財経営コンサルタントの江川祐一郎氏をゲストに迎えDeSciが持つ可能性について議論する本対談の前編では、主に研究者の立場からDeSciの潜在力を探った。
後編では企業、大学から見たDeSciの可能性について意見を交わすと共に、スタートアップの育成やIP(知的財産)の流通においてDeSciがどのような力を発揮し得るかを考察する。
寺園 ここまでは主に研究者側から見たDeSciの可能性について議論してきましたが、ここで企業にとってのDeSciの可能性について触れておきたいと思います。
企業経営層に話を聞くと、R&D(研究開発)部門全体ではないにしろ、研究者の中には自社の中長期ビジョンや事業戦略に関係なく「自分の好きな研究だけやっているのではないか」、あるいは自社のアセット(資産)やビジネス機会を考えたとき「もっといい研究テーマがあるのではないか」といった声を耳にすることがあります。
ただ、研究者それぞれが取り組んでいる研究テーマは非常に専門性が高いものですし、研究成果の用途は思わぬところにあったりしますので、社内の目だけで研究内容の将来性やビジョン・戦略との整合性を的確に判断するのは難しいかもしれないし、社内では市場ニーズのない研究だと評価したものに大きな潜在ニーズがあるかもしれません。
DAO(自律分散型組織)のコミュニティには地理的な制約を超えてさまざまな研究者や投資家、専門家が参加し、互いにアイデアを出し合ったり、評価し合ったりしますので、第三者の視点を取り込む仕組みとして有効に機能します。少なくとも、研究テーマを選定して資金調達する段階と、調達した資金を配分する段階で専門家の視点、市場ニーズからの視点でスクリーニングにかけられます。それがR&Dのテストマーティング的なプロセスとなり、自社が本来取り組むべき研究テーマが見えてくるはずです。
R&Dだけでなく、CVC(コーポレートベンチャーキャピタル)部門の投資先選定でもDeSciを活用できます。DAOメンバーであれば、スタートアップとして法人化される前の研究シーズ、さらに前のプレシーズの段階の研究テーマにも触れることができますから、より早いステージで投資できる可能性があります。
山名 リスクマネジメントの観点から言うと民間企業の場合、不確実性が高い長期研究テーマに大きな資金を配分するのは難しいのが現実です。DeSciを使って、自社資金だけでなく他の企業や投資家からの資金を集めることができれば、リスクヘッジしながら資金規模を拡大し、長期テーマに取り組むことが可能です。次世代テクノロジーのR&Dプロジェクトなどで、この手法を活用できると思います。
須藤 CVCでの活用には大きな可能性を感じます。企業側からすると、事業化につながる大学の研究シーズを知りたいでしょうし、大学側はCVCを含むスタートアップ支援者とつながりたい。自治体にも、産業振興のために大学から地元企業への技術移転を進めたいニーズがあります。
キャンパスクリエイト 専務取締役 オープンイノベーション推進部・プロデューサー
須藤 慎氏
シーズを保有している大学研究者や起業を目指している学生と、企業やスタートアップ支援者のマッチングプラットフォームとして、DeSciが役立つと思います。
須藤 仮に一度目の起業がうまくいかなくても、DAOのコミュニティの中で高く評価され、それがトークンによって可視化されていれば、次の起業の機会や転職時の評価に繋がってくる可能性があります。経験を積むほど、起業の成功の確率は上がります。また、起業の失敗リスクが日本では高く起業者に抵抗感を感じさせることが課題とされますが、むしろキャリアアップの材料となる可能性もあり ます。その経験を経てまた起業することもあるでしょう。コミュニティでの評価が二度目、三度目の起業につながるようなエコシステムが、日本にもできるといいですね。
江川 企業のR&Dや事業開発において、これからはCVCの活用を避けては通れなくなると思いますが、投資先を選ぶときには保有している研究成果や技術だけでなく、経営者を見ることも重要です。
私はバイオマスによる新産業創造や森林資源活用のプロジェクトに携わった経験がありますが、木質系バイオマスの主成分はセルロース、ヘミセルロース、リグニンの3種類しかないので、あらかた研究し尽くされています。私の知り合いでヘミセルロースを使う素材で起業した人がおり、先端技術ではないものの、いろいろな会社のニーズを聞いて多数のサンプルをつくり、かなりいい素材に仕上げています。社長の行動力が用途開発につながったいい例だと思いますが、R&D資金の調達には苦労しています。経営者としてふさわしい行動特性があり、事業設計ができる人に、CVCや投資家からの資金が回る仕組みをDeSciで構築できないかと期待しています。
寺園 事業設計をDAOのコミュニティで評価する仕組みはできると思いますし、そういう行動力のある人がワーキンググループに入ってくれるとコミュニティが活性化されます。点と点をつないで用途開発したり、イノベーションを起こしたりする能力がある人は、必ずコミュニティの中で高く評価されるはずです。
山名 海外ではDeSciプロジェクト同士がつながる動きも出始めています。対談冒頭でご紹介したVitaDAOは他のDeSciプロジェクトに出資しています、また、バイオテクノロジー研究支援のBio ProtocolはDeSciを新しく立ち上げるためのプラットフォームを提供しています。それに加え、DeSciを活用した研究資金調達や起業を集中的に学べるプログラムを提供しており、そこで育った起業家に投資資金が集まるエコシステムを構築しようとしています。米アクセラレータのYコンビネーターのDeSci版のようなインキュベーションプラットフォームを目指しているのだと思います。
デロイト トーマツ コンサルティング スペシャリストリード
山名 一史
VC(ベンチャーキャピタル)がDeSciプロジェクトに投資する例もかなり増えており、リアルとWeb3のスタートアップエコシステムのつながりが深まる動きが加速していくのは間違いないでしょう。
寺園 DAOメンバーに米エヌビディアの先端半導体を装備した計算リソースを提供している例もあります。そうした新しい仕組みを取り入れながら、DeSciはインキュベーションプラットフォームとしての機能を強めていくことになると考えられます。
須藤 大学から民間企業への技術移転を行う場合、IPの売却やライセンス供与を行い金銭的な対価を得るのが一般的ですが、資金力が乏しいスタートアップの場合は金銭の代わりに株式や新株予約権を対価として得る場合もあります。DeSciでは、IP保有者が技術移転の対価としてトークンを得ることができますから、IPの流通促進という点からも効果を期待できそうです。もともと私がDeSciの話を聞いたとき、2007年に知財信託制度が出来た時のTLO特例措置を思い出しました。当時から大学IPの流通制度に課題感がありそれが続いているのが現状なので、DeSciが既存の技術移転手法の見直しまで波及する可能性もあると思います。
山名 大学や企業がDeSciプロジェクトに実験データやIPの管理・収益化を委託することも可能で、データやIPはDAOがブロックチェーン上で管理します。IPのNFT(非代替性トークン)化やスマートコントラクト化は海外ですでに実装されており、低コストでのIP管理と効率的な流通の基盤は整っています。トークンを保有していれば、DAOが管理するデータやIPの利用可否を決定する投票に参加することができます。
江川 WIPO(世界知的所有権機関)の特許データベース検索サービスに登録したり、ホームページに並べたりしているだけでは、IPは売れません。DeSciなら、誰が、どういうIPを必要としているかが分かり、リアルなニーズを肌で感じ取ることができます。知財化戦略を進める上で参考になるでしょうし、デッドストック化していたIPでも研究テーマにうまく合致していれば新たな利用価値が生まれるかもしれません。
ゆめ知財事務所 弁理士 知財経営コンサルタント
江川 祐一郎氏
須藤 枯れた技術やマニアックすぎる技術だと思われているものが、新しい製品・サービスに利用され、ヒット商品が生まれる例もあります。先端技術にだけ、市場ニーズがあるわけではありません。大学のシーズ発信活動はまだまだ足りていないので、DeSciを通じて大学が培った技術やノウハウ、ア イディアが多くの方の目に触れ、しかるべき方に評価される機会を増やすこと自体が、産学連携の活性化に繋がります。
寺園 さまざまな可能性を持つDeSciですが、残念ながら日本ではDeSciプロジェクトは一つも立ち上がっていません。
私たちデロイト トーマツでは2024年6月から、Web3や産学連携、企業リスク、会計・税務など幅広い領域のプロフェッショナルで構成されるDeSci推進チームが、活動を開始しています。
日本初のDeSciプロジェクト立ち上げに向けて、各方面へ説明に出向いたり、参加を募ったりしているところですが、課題だと感じているのは「Web3について理解していないので、DeSciの仕組みが分かりづらい」という声が多いことです。
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員
寺園 知広
確かに口頭や資料で説明するだけでは分かりにくいかもしれませんので、DeSciの可能性を実体験できるデモ環境の準備を進めています。
実際にDeSciプロジェクトを立ち上げると、現在の会社法の枠組みに当てはまらないDAOを法的にどう位置付けるのか、あるいはDAOから受け取ったトークンの価値をどう評価してバランスシート(貸借対照表)に反映させるのかといった問題が出てきますので、そうした点については、先ほど述べたDeSci推進チームの中で議論しています。
須藤 産学連携に関わっていてよく感じるのは、企業にしろ大学にしろ、お互いの経営や組織のことをよく分かっていない人が多いということです。DeSciプロジェクトには、企業、大学だけでなく、個人の研究者、起業家、投資家、スタートアップ支援者など多様なステークホルダーが関わってきますから、それぞれのステークホルダーについて、さらにはWeb3について深く理解している人が全体をコーディネートする必要があります。その点で、デロイト トーマツに大いに期待しています。
DeSciプロジェクトそのものが、新しいテクノロジーを使った新規事業を立ち上げるのと同じことですから、いきなり大きく始めようとせず、スモールスタート、クイックウィンを目指す方がいいと思います。その結果、「DeSciはこういうふうに使えるのか」と分かってきて、敷居が下がり、DAOでの議論が活発になって日本でもDeSciが発展していく。それが早く現実化することを待ち望んでいます。
江川 日本には慎重な組織風土を持つ企業も多く、DeSciの理解が進んでもすぐに導入に踏み切らないケースがあるかもしれません。DeSciは従来の中央集権的な研究開発プロセスとは異なるアプローチを取るため、導入には時間がかかることも考えられます。しかし、須藤さんがおっしゃる通り、実際に使い勝手が分かってくれば、参加する企業や研究者は増えていくと思います。
私は地方創生にサイエンスを生かしたいと考えているのですが、そういう研究テーマ自体がまだ少ない。一つのアイデアとして、ふるさと納税のサイエンス版はあり得るのではないかと考えています。地方創生にサイエンスを生かすプロジェクトを応援する意味で個人が小口出資すると、返礼品の代わりにトークンが発行され、そのプロジェクトから地域特性豊かな製品やサービスが生まれたら、トークンと引き換えることができる。そういった仕組みです。
そうしたプロジェクトには地方自治体、地域の大学や企業が参加し、一般の人たちから出資を募ることになりますから、DeSciという専門用語は使わずに、ふるさと納税のような分かりやすい名称にした方が、普及させるには得策かもしれません。
寺園 示唆に富んだご意見を伺うことができました。DeSciには日本の科学技術と経済、そして社会を発展させる大きな可能性があると確信していますので、強いパッションを持って日本初のDeSciプロジェクト立ち上げを実現させたいと思います。
デロイト トーマツ インスティテュート フェロー 金融機関・製造業をはじめ、様々な産業向けに先端技術の調査/探索・評価・ユースケース検討・ビジネス適用/実装などのコンサルティングを数多く手掛け、AI・量子技術・空間コンピューティング(メタバースなど)・web3/DAOなどの技術を幅広く担当している。大学などアカデミアを含めた産学官のテクノロジーエコシステム形成の経験も豊富。 >> オンラインフォームよりお問い合わせ