Posted: 30 May 2024 3 min. read

総合商社の逆襲(前編)

執筆者 岡田 直毅

本稿は、総合商社に対する投資の狙いを紐解くことで、総合商社の将来的な成長の余地や課題について考察する。

不確実性時代における投資戦略

所謂VUCAの時代と呼ばれて久しく、最近でも新型コロナウイルスに始まり、世界的なインフレーション、ウクライナや中東における情勢悪化等、様々な場面でリスクインシデントが発生し、先の読めない事業環境下にある点についてはご存知の通りである。World Uncertain Indexが発表している1990年以降の不確実性指数(図表A)を見てみると、直近で言えば新型コロナウイルスによるパンデミックの発生等、特定のリスクイベントによる上下はあるものの、全体として不確実性は確かに増している。

リスクが高まる一方で、企業による投資活動は活況であり、特にデジタル技術の進展や社会価値に配慮したルール形成によるゲームチェンジャーの登場を見据え、未だ成熟した市場が形成されているとは言い難い新領域への投資の金額も増加している。Deloitteが保有するスタートアップ企業への投資データベース(TechHarbor)からは、ここ10年間で世界的にスタートアップへの投資が増えていることが示されており、2021年にはコロナ禍において各産業で大きな変革の起爆剤と目されるデジタル系のスタートアップへの投資も相次いでいた(図表B)。

従って、今の時代はより高い外的リスクにさらされていながらも、よりリスクを取った投資活動を株主らステークホルダーからは求められている状況であり、企業の事業に対する目利きが一層重要になっていることは言うまでもない。かつては商材取引の仲介業を起点に成長を遂げた総合商社も、現状の収益の大半は事業投資から創出されている1。資源の権益だけではなく、様々な業界で上流から下流までバリューチェーンを面で押さえる投資戦略により収益を積み上げてきた。バフェット氏も総合商社への投資に際し、自身が経営するバークシャー・ハザウェイ社と総合商社の類似性に言及しており2、総合商社をある種の投資会社とみなした上でその投資戦略に共通の価値観を見出したが故に投資することを判断したのではないだろうか。それは即ち商社が取り組んできた方向性が不確実性時代における投資戦略の考え方にマッチしている、と評価したことに他ならない。

総合商社の事業ポートフォリオ

総合商社の事業ポートフォリオ自体が不確実性時代において好まれる理由は大きく三つあると考えている。

①「強い個」への分散投資

まず投資におけるリスクヘッジを考える上で、一般的な手法として分散投資が存在する。多岐にわたる領域/銘柄に投資を行うことで、ある事業で失敗しても他でカバーするという方策ではあるが、実はバフェット氏は過去に分散投資に対して懐疑的なコメントを発信したこともあり3、素人が無闇矢鱈に手を広げても効果はなく、最終的には個別投資先に対する目利きが重要になると主張している。総合商社はありとあらゆる業界へ投資を行っている一方で、それぞれの事業運営は各事業本部に任せていることが多く、採算に責任も負っているため、事業単体の観点でも収益性への拘りは強い。例えば、伊藤忠商事は関係会社の黒字会社比率を公表しているが、2009年段階では約7割であった一方で4、直近では約9割まで改善されており5、如何に強い個を重視して経営してきたかが読み取れる。また、投資におけるリスクアペタイトとして、商社の投資戦略がいかに“セカンドペンギン”となるかに注力していることも背景にあると考える。実際のところ、商社が既存事業からかけ離れた所謂“飛び地”や、スタートアップが蠢く未成熟な市場に最初からベットするケースは少ない。但し、ある程度市場の成長/収益の目途が立ってから参入までのスピードは目を見張るものがある。決して大きなリスクはとらないが、取れるリターンは確実に取るという戦略が功を奏しているのであろう。

即ち、確かにコングロマリット企業ではあるものの、事業間のシナジーといった要素に胡坐をかくことなく、投資の目利きや不採算事業の経営改善と売却(事業ポートフォリオの組み換え)に確りと取り組んできた成果が現れている。いずれかの事業に外部からの逆風が吹いたとしても、致命傷とならないための安全策/強化策が日々講じられており、また「強い個」の集合体となることで、一事業の多少の業績悪化であれば、他事業で十分カバーできるだけの底力があると言える。

②収益貢献に結び付く事業間シナジー

次に、個別事業の採算に拘る一方で、戦略ストーリーとして一貫性のない投資をしている訳ではなく、戦略に従った事業ポートフォリオを構築しているのも興味深い。企業価値を高めるためには、リスク耐性を高め資本コストを下げるだけでなく、成長期待を高める取組も重要になってくる。商社はもとより、事業投資の勝ちパターンとして、ある業界のバリューチェーンの上流(資源やエネルギー)から下流(製造や小売り)までを面で押さえていく戦略で事業を拡大してきた。一方で、デジタル技術の浸透や社会課題への取組といった文脈により、業界そのもの境界が曖昧になってきており、今後は業界を跨いで事業をいかに繋いでいくかが成長のための重要課題となっている。業界と業界を繋ぐ投資に成長機会を見出すということは、異業種への投資となるためその判断は容易ではない。この点において、従来の商社も同様の課題を抱えており、事業運営における縦割りの意識が強く、事業間連携を阻む組織的障壁が存在していた。この課題を克服するために、昨今では各社ともに本部を跨ぐ連携強化を志向し始めている。例えば、三井物産は自社のビジョンである「360°business innovators」には業際(産業横断的な取組)という意味も込めていると述べており6、食料やヘルスケアといった異なる組織に跨る事業群を、全社横断的に健康という軸で束ねた「Wellness All Mitsui(WAM)」と称する取組を進めている7。洋上風力発電の開発事業においては、開発受託に向けて商社を含むコンソーシアムによるコンペティションが相次いで実施されているが8、その中でも事業と事業を結び付けて地域産業の発展に貢献できるかが評価項目で重要な要素を占めており、多様な事業機能を持つ商社がいかに事業を跨いで必要な機能を集結できるかにおいて、腕の見せ所になっている。事業間のシナジーを蔑ろにしている訳ではなく、現実的に収益貢献のあるシナジーにはフォーカスしており、利益を取れる所では貪欲に取りに行く姿勢が結果的に個別事業の採算を確保することにも繋がっているのだろう。

③日本市場での事業基盤

そして最後に、商社はグローバルに事業を展開しているイメージが強いが、日本国内での収益基盤も着実に構築してきた9ことは、バークシャー社が商社へ投資するにあたって、非常に重要な要素となっていたのではないかと考えている。日本という国単位で見た場合、自動車産業を中心に輸出大国に見えなくもないが、実は日本経済の貿易依存度は19.32%と国際的にも高くなく10、内需主導型の経済と言える。各国が漸くコロナ禍から立ち直り始めた最中で、地政学的なリスクの高まりや大幅な物価上昇に伴う金融引き締め等、グローバル経済には暗雲が立ち込めている。2023年の名目GDPではドイツに抜かれ4位に転落し11、人口減少等の課題もあり大きな経済成長は見込めないものの、内需に支えられリスクに強いと評価されている日本という国への投資は、リスク回避の策として有用と考えられる。そうした中で日本の特定業界に属する企業ではなく経済全体へ投資するということを考えれば商社は有望な候補となる。実際に各商社もグローバルでのリスクの高まりに対して、サプライチェーンを見直したり、国内事業の推進組織を新設したりと、国内事業に活路を見出して拡大を模索している。商社だけでなく日本企業全体でも国内回帰の動きは見受けられている(図表C)。

為替市場の急速な円安の影響により、必要な投資金額が増加している海外よりも国内を中心に投資戦略を立てざるを得ない側面もあるため、国内回帰の流れが暫くは継続すると見込まれている。商社の国内回帰の方針に対してはバフェット氏も理解を示しているとの見方もあり12、日本企業全体としても海外よりも国内への投資への比重が高まってきた状況を踏まえれば先見の明があったと言えるだろう。

以上の3点(①「強い個」への分散投資、②収益貢献に結び付く事業間シナジー、③日本市場での事業基盤)を満たす総合商社の事業ポートフォリオの魅力が、改めて海外投資家から注目されていると考えられる。

岡田 直毅

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー

計量経済学/データアナリティクス領域に強みを有し、主に商社・インフラ・産業機械業界に携わる企業に対して、デジタルを活用した事業戦略立案、データを活用した意思決定の良質化/オペレーションの変革、デジタル人材の育成、組織変革といった案件を推進している。

※本ページの情報は掲載時点のものです。

1

「統合報告書2021」三菱商事株式会社2022年1月4日

2

「Warren Buffett explains why he bought 5 Japanese trading houses: I was ‘confounded’ by the opportunity」CNBC 2023年4月12日

3

「Afternoon Session - 1996 Meeting」CNBC 2018年11月23日

4

「2009年度決算補足説明資料」伊藤忠商事株式会社2010年5月11日

5

「2018年度決算説明会」伊藤忠商事株式会社2019年5月8日

6

「「未来をつくる」人をつくる人的資本レポート2023」三井物産株式会社2024年2月28日

7

「保健同人社の株式追加取得及びMBK Wellness Holdingsによる国内ウェルネス事業の推進体制強化」三井物産株式会社2022年4月22日

8

「「秋田県男鹿市、潟上市及び秋田市沖」、「新潟県村上市及び胎内市沖」、「長崎県西海市江島沖」における洋上風力発電事業者の選定について」国土交通省2023年12月13日

9

「Industry Eye 第80回 商社セクター 商社における国内事業投資の動向」デロイト トーマツ グループ2023年10月12日

10

「Trade openness index, 2022」UNCTAD Trade indicators 2024年4月11日

11

「名目GDP、ドイツに抜かれ4位 23年4兆2106億ドル」日本経済新聞2024年2月15日

12

「伊藤忠会長とバフェット氏「日本市場見直しで一致」」日本経済新聞2023年4月11日

プロフェッショナル

鈴木 淳/Atsushi Suzuki

鈴木 淳/Atsushi Suzuki

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

重電・重工業界、航空業界、産業機械業界の製造業および商社を中心に、サステナブルを見据えた事業戦略、DX戦略、オペレーション・IT改革、事業統合等、広範囲なコンサルティングサービスを手掛けている。 外資系コンサル、IT系コンサルを含めて長年業界リーダーとして活躍。 関連するサービス・インダストリー ・産業機械・建設 >> オンラインフォームよりお問い合わせ

野澤 英貴/Hideki Nozawa

野澤 英貴/Hideki Nozawa

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

大手総合商社などを経て現職。重電、電機等の製造業をはじめ、ITなどの業界において、クロスボーダー案件、グローバル経営・営業改革等のグローバル・プロジェクトを多く展開。 AI/IoT領域の新規事業立ち上げ、組織再編、M&Aプロジェクトの経験も豊富であり、戦略立案から組織設計はもちろんのこと、戦略がなかなか実行に移されない日系企業特有のボトルネックを解消する仕組み作りに近年は注力している。 2022年9月東洋経済新報社より『ジャパニーズ・ディスカウントからの復活』を出版し、多事業多地域展開する企業に対する経営改革のアプローチを提言している。 Deloitte Asia PacificのIndustrial Products & Constructionsセクターのリーダーも兼任している。 関連サービス ・ 産業機械・建設(ナレッジ・サービス一覧はこちら) >> オンラインフォームよりお問い合わせ