Posted: 25 Jul. 2024 12 min. read

総合商社の逆襲(後編)

執筆者 岡田 直毅

総合商社の逆襲(中編)において先述したとおり、時代の荒波を乗り越えてきた総合商社は、目下、あらゆる業種の企業が直面している共通的な課題に対してもいち早く対応しようとしており、対応の成否に次の時代でも生き残っていけるのかが掛かっている状況にある。

総合商社経営のネクストステージ

総合商社の取組の本丸にあるのはやはり不確実性への対応と言えるだろう。伊藤忠商事は不確実性への対応として、従来の中期経営計画の公表を取りやめ、羅針盤とすべき「経営方針」及び、目の前の1年間しっかりと自信を持って約束できる利益計画・財務関連指標や株主還元を公表すること発表した1。商社の経営計画・事業管理の在り方も変化が必要な時期に来ているのかもしれない。

①不確実性時代の事業管理

仲介業から投資業へと業態を変容させてきたこともあり、商社の経営は非常に複雑化している。各事業に対してある程度のグリップをきかせなければいけない一方で、金融的な目線も取り入れながら全体のポートフォリオ管理にも取り組まなければならない。先述の通り、ナレッジマネジメントに課題がある商社においては、事業間連携同様に、個別事業の面倒を見る事業本部と全体のポートフォリオを管理するコーポレート部門の連携にも課題はある。(図表F)

出所:デロイト トーマツ グループ

図表Fは商社経営の全体像を示しており、不確実性が高まる時代においては、事業に関する情報・データを組織の中を流れる血流の様に各関連部署にタイムリーに連携できるかが重要となるが、課題は山積している。例えば、経営環境に変化があり当初立てた計画の通りには進まないことが見えたとしても、その様な情報が事業本部からコーポレート側にすぐには連携されないといった問題は日常茶飯事であろう。また、投資稟議時の情報は事業運営が経過するとともに過去の遺物となり、参照することすらできなくなってしまうため、結果としてその投資判断が良かったのか悪かったのかが評価できず、投資プロセスの見直し/改善に至らない、といった問題も発生している。この様な状況下で不確実性の高まりに向き合おうとすると更なる課題に直面することになる。図表Gではコングロマリット企業の経営における、ポートフォリオの組み換えを実行していくためのチェックポイントを纏めている。(図表G)

出所:デロイト トーマツ グループ

例えば、1-4に記載の通り、不確実性時代においては状況変化に対していかにして施策を柔軟に切り替えていくかが重要となるが、現場と経営のコミュニケーションが円滑でないと、現場からは情報はあがってこない、或いはリスクシナリオに備えた対抗策は検討されていないため“為すがまま”となる、ということが想定される。また、2-1の通り、事業が多岐にわたるため、本質的には統一的な基準で評価することはできず個別事業の役割や位置づけに応じた評価が必要とされる一方で、全社的な経営資源配分を考える上では公平な評価が求められるといったジレンマにも陥りがちである。背景にあるのは、商社が投資会社としての特性を有する一方で、事業管理のスタンスがあくまで事業会社のままであることが挙げられる。打開策としては、個別事業の収益管理は事業本部側に任せ、経営/コーポレート側は投資管理に振り切った経営に移行することも一案ではある。事業運営にも強く関わっていくというのが商社らしい経営姿勢として理解はできるものの、投資管理が不要ということでもないため、より役割分担を明確にした経営の在り方を模索していく必要があるのかもしれない。

そして、商社の事業管理の複雑性に更なる拍車をかけているのがSDGs/ESGに代表される社会価値との向きあい方である。単純に資源を化石燃料から再生エネルギーにシフトするといった話ではなく、企業経営の良し悪しを図る尺度として経営にいかに組み込むかが重要となる。

②社会価値経営

商社においても他の企業同様に、経済価値を追い求めるだけでなく、社会価値を経営の良し悪しを測定する尺度としてマネジメントシステムへ組み込むことが求められている。社会価値に対する取組もGHG排出量削減といった環境面だけでなく、労働における人権問題や企業の内部統制・コンプライアンス、人的資本経営といった形で経営のイシューとして取り上げられており、それぞれの要素が複層的に絡み合うことで経営の複雑性は一層増してきている。図表Hの様に、商社の様なコングロマリット企業においては複数の事業を有するが故に単一/少数の事業を運営する企業とは異なる課題に直面している。(図表H)

出所:デロイト トーマツ グループ

単一事業であれば、その事業の継続≒企業としての継続であり、その事業の社会価値が低いとなるのであれば、何とかして社会価値を向上する手立てを考えなければならない。即ち事業の将来的な持続可能性を高め、ターミナルバリューを向上することから逃れる術がないのである。一方で、コングロマリット企業の経営の基本は事業ポートフォリオの組み換えであり、もしある事業の社会価値が低く改善に相当量の労力が必要となるのであれば撤退するという選択肢も取れる。先述の通り、商社においても石炭火力発電事業からの撤退を進めているのは社会価値を軸に経営判断をした結果と言える。他方、この様な判断を下す上では、社会価値を含めて複数の事業を評価・比較できる尺度を持つことが前提条件となるが、社会価値の統一的な尺度を持つことは経済価値以上に難しい。例えば、ある資源開発事業が環境といった側面では負の影響を持っているとしても、その事業によって周辺地域に雇用を生み出し、貧困を解消していくのであれば社会的に正の影響があるとも言えなくもない。同じ火力発電であっても石炭よりも環境性は高いガスについては、当然再生エネルギーに比べれば環境負荷は高いものの、日本における火力発電の比率が未だに高いことを踏まえれば、その原料確保(LNGの権益投資)は商社にとって社会的意義のある重要事業とも言える。そして経済価値同様に、各事業部がそれぞれの事業に対して責任を負う分、事業を守りたいというインセンティブが働きやすいのも撤退判断を一層困難なものとしている。コーポレート部門と事業本部、或いは本社と関係会社の間でのコミュニケーションにおいて、経済価値だけでなく社会価値への貢献という言葉が飛び交い、結果的に単なる不採算事業であっても事業継続を判断することが起こり得る。この様な事態を回避するためには会社として明確な尺度を示していく必要がある。昨今では、社会価値を測定する非財務指標の開示について各国の規制やルールが整いつつあるものの、管理会計レベルで経営の重要な判断ができるほどの環境が整っているとは言い難い。会社として社会価値をどう分解し、どの項目を優先的な指標として事業を評価するのか、方針を示していくことが不可欠となる。実際にコングロマリット企業のESGスコアの算定方法を見るとE(環境)やS(社会)ではなくG(ガバナンス)の占める割合が非常に高く設定されている。(図表I)

データソース:MCSI “ESG Industry Materiality Map” (2022年5月22日時点の評価)

この様に経済価値と社会価値を組み合わせれば事業の評価軸が無数のパターンを持つ状況においては、その評価軸を設定することそのものが企業の戦略の方向性を示すことになる。事業ポートフォリオのあるべき姿を描けたとして、本当に重要なのは意図した方向に事業ポートフォリオを変革できるかではあるが、そこには経営の意思だけでなく支える仕組みや組織文化が伴わなければ機能しない。事業それぞれの個別の取組を強化していくだけでなく、全社としての方針を事業の評価軸として定め、数百にわたる事業それぞれの取組を管理・監督し、ガバナンスを効かせていけるかが、社会価値経営の巧拙を判断する見方となるのである。

不確実性の高まりや社会価値経営の要請が商社における事業管理をより一層労力のかかる形にしている中で期待されるのが、ChatGPTに代表される生成AIのブームによってもたらされた、知的労働のデジタルシフトである。これは単純にAIを業務に組み込み効率化に取り組めばよいというものではない。人材とAIが協業する形となることで、更なる付加価値・競争力を生み出す源泉となり得る中で、組織としてどう使いこなしていくかが肝となる。

③AIによる知的生産革命

昨今ブームになっている生成AIの活用も商社の経営に対して大きな影響を与えている。米国を中心にChatGPTに代表される生成AIツールが開発されて以降、日本でも多くの企業が業務への導入を検討し始め、独自にLLMの開発に取り組む企業も現れており、商社においても業務での活用や新たなビジネスの検討が進んでいる。真っ先に恩恵を受けられる領域が営業やカスタマーサポートの自動化である。資源や食料を中心に、商社の生業となっている仲介業は人的コミュニケーションを基軸としているが、営業リソースが限定的であるため、全ての顧客に本社の人員が対応できるわけではなく、例えば子会社に専門商社を保有することで、営業のキャパシティを拡充し対応しているといったケースもある。もし営業リソースをAIで代替できるのであれば、これまで取りこぼしていたロングテールの顧客を獲得できるチャンスが生まれる。この様に人が実施している業務をAIで代替できないか検討するケースは様々な企業で行われているが、実際にAI導入の実証実験を進めてみると、人を完全に代替できるだけの精度を伴わないことの方が多い。但し、同じサービスであっても、顧客に応じて人の営業が必要な場合と、AIによる営業でも十分な場合を使い分けることは可能であり、またAIでない方法で今のやり方を効率化する余地を見出せることもある。図表Jの想定される検証結果①ではある業務或いはサービスについて、三段階の品質レベルを定義しているが、それぞれの品質レベルを顧客の要求に応じて使い分けることも一手となる。(図表J)

出所:デロイト トーマツ グループ

特にロングテールの顧客を取り込む上で重要となるのは、2ndレイヤーに定義された領域への対応となる。生成AIに関わらず、効率化を進める上では必ず既存業務そのものの課題も見えてくる。そこに対してデジタルツール以外の解決策(セカンドブランドの構築やクラウドソーシングによるリソースの外注等)も組み合わせ、手札を増やしていくことは有用であり、AI導入の実験を行う中で精度が低いと簡単に切り捨てるのではなく、部分的な代替や人との協業も念頭には置きつつ、AIのみならず効率化の余地の探索に繋げていくことを取組の当初から目的として定めておくことが成功の肝となる。

また、図表Jの想定される検証結果②の通り、人とAIが協業する世界は特にAI活用の過渡期において必ず直面する課題となる。人とAIが協業する中で、人はAI以上の付加価値を生み出すことに集中し、一方でAIの活用領域を広げることにも取り組むことで、断続的に成果を刈り取ることが可能となる。そのためには業務を人だけでなくAIを活用していくことを念頭においた形へ再構築していくことも重要である。例えば、商社における投資管理の様に、より高度な領域へのAI活用を検討する際に、過去の投資稟議書や事業モニタリング時のレポート等、モデルに組み込むべきデータは容易に想像できる。一方でその内容は必ずしもAIによって理解しやすい形で整備されていることはなく、データセットを準備する段階から障壁に当たるであろう。情報の分かりやすさを、人に対してもAIに対しても担保することは従来の技術では困難であったが、生成AIの普及により両立を目指すことが可能となった。必ずしもAIによって全てを代替するのではなく、人とAIが協働する場合を前提においた業務の再構築も、将来的なAIの活用範囲の拡大に向けては重要な取組となるだろう。

AIの活用によって、属人的であったノウハウの形式知化も進むため、商社の人材の価値にも一石を投じることができる。確かにこれまでは複雑なオペレーションを回せる優秀な人材を獲得する必要はあったが、いくら複雑であっても創造性が必要ないのであれば、AIによって実施した方が正確かつ低コストとなる場合は想定される。優秀なAIを開発するためにはAIの開発者だけでなく学習対象となる優秀な人材も抱えている必要はあるが、いずれにせよ商社の人材に求められるケイパビリティが変化していくのは不可避である。これまで仲介業としてモノの流れを押さえるところから始まり、事業投資や事業経営といった観点でカネやヒトの流れを押さえることで上手く収益を確保してきた商社の主戦場が、第四の経営資源である情報とデータ、或いはデータを扱うAIを押さえる戦いにシフトしていくのは想像に難くない。もちろんAIの活用を進めるのは商社だけではないため、事業機会も広がりを見せていくだろう。業務効率化ソリューションの外販といった事業だけでなく、普及のためのインフラとなる計算資源(半導体やデータセンター事業等)やシステム構築といった事業を押さえていくことも考えられるし、普及した後に必須となるサイバーセキュリティや真贋判定等のリスク対策ソリューションといった守りのための事業に取り組む方向性もある。現状、このブームがいつまで継続するのか、どこが勝ち馬になるのかが確定しているわけではないため、各社ともに様子を見ながらビジネスチャンスを虎視眈々と狙っている状況ではあるが、そろそろ大きな動きも出てくるだろう。

おわりに

総合商社が不確実性の高まる時代において、巧みに事業ポートフォリオを構築し、また社会の変化に対しても柔軟かつ迅速に対応してきたことが、バフェット氏の投資を呼び込み、株式価値ひいては企業価値を高める結果に至ったことを述べてきた。日本経済の長期低迷からの復活の兆しが見えない中で業界をリードする大企業に期待されているのは、変化への柔軟な対応だけでなく変化を自ら主導し国際的に日本経済の立ち位置を高めていくかでもあり、多様な事業を手掛けているコングロマリット企業にとって日本経済の再建は、企業そのものの発展にも繋がっていく。コロナや戦争に代表されるインシデントリスクだけでなく、産業界における競争のルールさえも今後どう転ぶか不透明となっている時代において、日本独自のビジネスモデルとして、Trading companyとしての枠には収まらない形態で発展をしてきた商社が、更なる変革期を迎えている。

岡田 直毅

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー

計量経済学/データアナリティクス領域に強みを有し、主に商社・インフラ・産業機械業界に携わる企業に対して、デジタルを活用した事業戦略立案、データを活用した意思決定の良質化/オペレーションの変革、デジタル人材の育成、組織変革といった案件を推進している。

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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「適時開示経営方針「The Brand-new Deal」及び2024年度経営計画に関するお知らせ」 伊藤忠商事株式会社 2024年4月3日

MSCI ESG Research (UK) Ltd. (“ESG”) hereby grants revocable permission to Deloitte Tohmatsu LLC (“User”) to reproduce and use ESG’s proprietary material consisting limited ratings information taken from ESG’s Ratings & Climate Search Tool as of May 22, 2022 (the “Work”) solely in a graph to be placed in User’s article on its webpage, subject to the following reservations and conditions:

1. Any reproduction or use of the Work will include: (a) a footnote containing an acknowledgement of the source of the proprietary material and copyright notice as follows: 

“Reproduced by permission of MSCI ESG Research LLC ©2022 from its “ESG Ratings & Climate Search Tool” taken as of May 22, 2022. All rights reserved. No further reproduction or dissemination is permitted.”; and (b) a disclaimer that:

“Although Deloitte Tohmatsu LLC’s information providers, including without limitation, MSCI ESG Research LLC and its affiliates (the “ESG Parties”), obtain information from sources they consider reliable, none of the ESG Parties warrants or guarantees the originality, accuracy and/or completeness, of any data herein and expressly disclaim all express or implied warranties, including those of merchantability and fitness for a particular purpose. None of the ESG Parties shall have any liability for any errors or omissions in connection with any data herein, or any liability for any direct, indirect, special, punitive, consequential or any other damages (including lost profits) even if notified of the possibility of such damages.”

2. This permission is limited by its terms, including that the Work only be reproduced and used solely as specified above and for no other purpose.

3. This permission is personal to User and may not be assigned or otherwise transferred to any third party.

4. This permission is non-exclusive and ESG is free to permit the reproduction of the Work by any other third party according to ESG’s absolute discretion.

プロフェッショナル

鈴木 淳/Atsushi Suzuki

鈴木 淳/Atsushi Suzuki

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

重電・重工業界、航空業界、産業機械業界の製造業および商社を中心に、サステナブルを見据えた事業戦略、DX戦略、オペレーション・IT改革、事業統合等、広範囲なコンサルティングサービスを手掛けている。 外資系コンサル、IT系コンサルを含めて長年業界リーダーとして活躍。   関連するサービス・インダストリー ・産業機械・建設 >> オンラインフォームよりお問い合わせ

野澤 英貴/Hideki Nozawa

野澤 英貴/Hideki Nozawa

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

大手総合商社などを経て現職。重電、電機等の製造業をはじめ、ITなどの業界において、クロスボーダー案件、グローバル経営・営業改革等のグローバル・プロジェクトを多く展開。 AI/IoT領域の新規事業立ち上げ、組織再編、M&Aプロジェクトの経験も豊富であり、戦略立案から組織設計はもちろんのこと、戦略がなかなか実行に移されない日系企業特有のボトルネックを解消する仕組み作りに近年は注力している。 2022年9月東洋経済新報社より『ジャパニーズ・ディスカウントからの復活』を出版し、多事業多地域展開する企業に対する経営改革のアプローチを提言している。 Deloitte Asia PacificのIndustrial Products & Constructionsセクターのリーダーも兼任している。 関連サービス ・ 産業機械・建設(ナレッジ・サービス一覧はこちら) >> オンラインフォームよりお問い合わせ