総合商社の逆襲(中編) ブックマークが追加されました
執筆者 岡田 直毅
総合商社の逆襲(前編)において先述した商社の事業ポートフォリオは長年の積み重ねで実現してきたものであるが、不確実性時代を戦い抜くには将来の変化に対する適応能力も求められる。前者が時代の大波に飲み込まれないための防御策とすれば、後者は時代の波を乗りこなす攻めの策と取れるだろう。目下、総合商社はどの様に事業環境変化へ対応しているのだろうか?
2010年代半ばの資源バブル崩壊時に総合商社は相次いで減損を計上し赤字に陥った過去がある1。以降「脱資源」というキーワードが商社経営の中心にあったことは間違いない。しかし今も尚、総合商社の稼ぎ頭が資源・エネルギー領域であることは事実である。先述の通り、前期は総合商社の好業績が相次いだが、実際のところ資源価格高騰の恩恵があったことは否めず、単純な「脱資源」ではなく、「資源ポートフォリオの良質化」への動きが強まっている。資源・エネルギー領域に対しては環境対応要請が旺盛であり、各社ともにGXに積極的に取り組んでいる姿勢が見て取れる。最近では石炭火力発電からの撤退を進めており、住友商事に至っては、石炭と比して環境負荷が低いとされていた石油資源開発についても新規案件は手掛けない方針を掲げている2。また、三菱商事は南米での銅資源開発に力を入れており3、2022年には日本企業として持分生産量1位、かつ世界18位となり、将来的には40万トン・世界13位の銅生産量を目指している4。銅は電動自動車(EV)や洋上風力発電の普及により需要増が見込まれており、環境対応のための投資として位置づけられている。バリューチェーンの上流における権益投資は一般的にハイリスク・ハイリターンと言われており、売り先となる多岐にわたる事業領域や豊富な資金力、業界での知見・ネットワークがあってこそ挑戦できるビジネスであるため参入障壁は非常に高く、今後も天然資源に乏しい日本にとって必須の事業として位置づけられるだろう。どこまでいっても資源事業のボラティリティが高いことは避けられない事実ではあるが、資源それぞれの特性・ファンダメンタルを捉え世の中の潮流にあったポートフォリオに組み替えていくことは重要であり、また地域や商材といった観点での分散投資によってリスクを一定抑制することは可能である。資源事業への依存は解消しなければならないものの、商社の中核事業としての強化は今後も継続していくだろう。
2010年台後半では「脱資源」に向けて各社が動きを強めていくのと同時に、デジタル技術を活用したビジネスの変革、所謂デジタルトランスフォーメーション(DX)が社会で脚光を浴び始める。2018年に経済産業省が「デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会」を発足し5、日本企業でもDXに向けた活動が活発化していくにつれて各商社も対応を迫られていく。実は「脱資源」の推進に対してDXへの取組は非常に親和性が高い。資源ビジネスがバリューチェーンの川上を押さえるビジネスモデルであるのに対して、デジタル技術の活用により、豊富なデータがバリューチェーンのユーザーサイド(川下側)から逆流することでバリューチェーン全体の価値向上を実現するビジネスモデルが生まれ始めた。故にDXの主戦場として、より膨大かつ価値のあるデータが広がるバリューチェーンの川下領域をいかに捉えていくかが鍵となっており、所謂B2Cと呼ばれる消費者事業領域の重要性が商社においても一層高まりを見せている。元々資源事業への依存度が低い伊藤忠商事では、「利は川下にあり」として6、「消費者接点の高度化」に注力している7。消費者接点を持つ各グループ会社において、例えばファミリーマートでは広告ビジネスや金融サービスの拡大、ほけんの窓口ではオンライン接客、リテール関連事業ではAIカメラを活用した顧客行動分析等を先駆けて実践した8。また、自社グループだけでなく社会全体でのDXの需要が伸長することを捉え、ITシステムの開発・販売を担うCTCの完全子会社に踏み切った9。三井物産は先述の通り健康事業群を束ねた取組を進めているが10、東南アジアの病院事業(IHH)を中心に、ヘルスケア領域でのDXを「脱資源」の中核戦略に据えている11。また、DXは先述した既存の事業領域の垣根を超えた取組にもつながりやすい。データが業界を跨いで流動するようになると、リアル空間とは別にデジタル空間に新たなバリューチェーンが構築される。消費者向け事業で培った膨大なデータをハンドリング・分析するノウハウは企業向けの事業(B2B)であっても同様に適用することができるため、各社にとって事業機会は多岐にわたっている。(図表D)
出所:デロイト トーマツ グループ
但し、ただ川下に事業を持っているからといってデータを取得するための仕組みを構築できていなければ意味はない。DXへの取組が活発化していると言っても、日本企業のDX投資は世界的に見れば未だ小規模にとどまっている。データや情報をヒト・モノ・カネに次ぐ第四の経営資源ととらえ、経営層から現場までが一丸となって、価値のあるデータを見極めて企業に蓄積させていけるかが鍵となる。川上の資源(モノ)だけでなく川下の資源(データ)の覇権争いは今後も激化していくと考えられる。
事業変革のためには、事業を運営する人材や組織文化も変えていかなければならない。そのためには変化に適応できる、或いは自ら変化を主導できる人材が必要となるわけだが、総合商社は学生からの就職人気が高く、特に社会科学系の学生からの志望度は伝統的に高い傾向にあった。他方、デジタルトランスフォーメーションの文脈では言わずもがなではあり、またグリーントランスフォーメーションにおいても新たな技術への知見が有用であることを踏まえると、所謂デジタル人材や、新たな技術に理解の深い人材を獲得していく必要性も高まっている。特に重要なのはある領域の専門性が高いだけでなく、様々な専門家の架け橋となれる二刀流人材の育成である。図表Eはデジタル人材の例であり、デロイトのフレームワークでは”Purple People”と呼んでいるが、デジタルの専門性が高いだけでなくビジネススキルも同様に高水準であることが求められる。(図表E)
出所:デロイト トーマツ グループ
この様な人材を確保する上で、商社は過去には新卒採用が中心であったが、昨今では中途採用も強化しており12 13 14、またデジタル知見を有する学生を狙い撃ちにした採用にも力を入れている15 16。採用だけでなく社内人材のリスキルにも目を向けており、単なるスキル獲得だけではなく、育成制度や新規事業開発をきっかけとした、組織全体の文化の変革にも着手し始めている。
一方で、組織文化を変革していくことは容易ではなく、例えば過去の成功体験が根強く残る事業等では変化を促すことに苦戦している側面もある。せっかく育成した人材も適切なポジションに配属できなければ意味はなく、そうした組織の閉塞感がある中で若手人材の流出といった課題も生じている。元より優秀な人材がそろっていることに加え、昨今の労働市場における人材流動性の高まりが拍車をかけ、これから事業の核を担っていくはずだった社員が外部に流出していることは大きな課題である。そこで重要となってくるのが人材の経験・ノウハウのデータ化・組織知化(ナレッジマネジメント)である。人材は外部に流出してしまう可能性があることを前提に、いかに属人的ではない業務設計をしていくかがポイントとなる。実はナレッジマネジメントは商社が長年苦手にしてきたテーマの一つであった。仲介業という事業の生業が、裁定機会の探索により利鞘を抜くことだとすれば、有益な情報を隠し持ち、取引条件を自社に都合が良くなる様に交渉することが当然の行動様式となる。隠された情報こそ価値が高いといった側面は否定できない部分もあるが、データは循環させて使えば使うほど価値が高まる、といった発想とは真逆にあると言えよう。こういった側面は社内でのナレッジの共有にも適応され、個人間での蜜な関係性に基づく閉じた情報共有は盛んではあるが、その全貌をシステマチックに把握していくことは容易ではない。行動様式を変えられたとして、そもそも知見やノウハウといった抽象的な対象を、誰もが使える形でデータ化し組織知化していく段階でもハードルはあり、これ単体でも数年をかけて取り組むべき規模の経営アジェンダとなる。人材流出がきっかけとなり、組織知を蓄積していくことの重要性がより高まっていく中で、閉じた情報連携といった組織文化・行動様式にまでメスを入れられれば、人材の価値が最大限レバレッジされるため、商社の大きな武器となるだろう。
岡田 直毅
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 シニアマネジャー
計量経済学/データアナリティクス領域に強みを有し、主に商社・インフラ・産業機械業界に携わる企業に対して、デジタルを活用した事業戦略立案、データを活用した意思決定の良質化/オペレーションの変革、デジタル人材の育成、組織変革といった案件を推進している。
※本ページの情報は掲載時点のものです。
1 | 「商社、事業モデル大転換 資源依存から脱却」日本経済新聞2016年6月19日 |
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2 | 「住友商事、石油も新規開発撤退へ 再生エネに注力」日本経済新聞2021年1月23日 |
3 | 「三菱商、チリ銅鉱山事業に参画 安定供給目指す」Reuters 2023年6月22日 |
4 | 「金属資源グループ銅事業説明会」三菱商事株式会社2023年4月13日 |
5 | 「DXレポート~IT システム「2025 年の崖」の克服と DX の本格的な展開~」経済産業省デジタルトランスフォーメーションに向けた研究会2018年9月7日 |
6 | 「会長CEO挨拶」伊藤忠商事株式会社2023年5月9日 |
7 | 「統合レポート2021」伊藤忠商事株式会社2021年8月25日 |
8 | 「統合レポート2021」伊藤忠商事株式会社2021年8月25日 |
9 | 「伊藤忠、CTCを完全子会社に 非資源を強化へ3870億円で」日本経済新聞2023年8月2日 |
10 | 「中期経営計画」三井物産株式会社2023年5月9日 |
11 | 「IHHを中心とする当社のヘルスケア事業説明会」三井物産株式会社2022年6月16日 |
12 | 「人事データ」三菱商事株式会社2024年4月11日 |
13 | 「人事データ」三井物産株式会社2024年4月11日 |
14 | 「キャリア採用比率は4割超。人事担当者が語るキャリア採用強化の理由」住友商事株式会社ウェブサイト2024年3月8日 |
15 | 「三井物産のDigital Transformationを体感するインターンシッププログラムの運営に協力」株式会社Preferred Networks 2021年1月20日 |
16 | 「2025年卒 新卒採用選考情報」三井物産株式会社2024年4月11日 |
重電・重工業界、航空業界、産業機械業界の製造業および商社を中心に、サステナブルを見据えた事業戦略、DX戦略、オペレーション・IT改革、事業統合等、広範囲なコンサルティングサービスを手掛けている。 外資系コンサル、IT系コンサルを含めて長年業界リーダーとして活躍。 関連するサービス・インダストリー ・産業機械・建設 >> オンラインフォームよりお問い合わせ
大手総合商社などを経て現職。重電、電機等の製造業をはじめ、ITなどの業界において、クロスボーダー案件、グローバル経営・営業改革等のグローバル・プロジェクトを多く展開。 AI/IoT領域の新規事業立ち上げ、組織再編、M&Aプロジェクトの経験も豊富であり、戦略立案から組織設計はもちろんのこと、戦略がなかなか実行に移されない日系企業特有のボトルネックを解消する仕組み作りに近年は注力している。 2022年9月東洋経済新報社より『ジャパニーズ・ディスカウントからの復活』を出版し、多事業多地域展開する企業に対する経営改革のアプローチを提言している。 Deloitte Asia PacificのIndustrial Products & Constructionsセクターのリーダーも兼任している。 関連サービス ・ 産業機械・建設(ナレッジ・サービス一覧はこちら) >> オンラインフォームよりお問い合わせ