Posted: 01 Feb. 2024 6 min. read

TNFD:ネイチャーポジティブの先駆けへ

SCI agenda 1

サステナビリティ・気候変動(Sustainability & Climate)は、世界中の国家・企業・社会・個人に実効性のある変革を迫っている。デロイト トーマツでは、「Sustainability and Climate Initiative」(SCI)をグループ横断で組織し、様々な切り口からクライアントを支援できる体制を整えている。自然関連財務情報開示タスクフォース「TNFD」のフレームワーク公表を機に、日本企業は“ネイチャーポジティブ”で先駆けるべきとする赤峰 陽太郎によるアジェンダセッティング。

赤峰 陽太郎

Situation/課題

自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD : Taskforce on Nature-related financial Disclosures)は2023年9月18日、企業や金融機関が自然資本および生物多様性に関するリスクや機会を適切に評価し、情報を開示するためのフレームワーク(v1.0)を公表した。2020年に国連開発計画(UNDP)、世界自然保護基金(WWF)、国連環境開発金融イニシアティブ(UNEP FI)、環境NGOの英グローバル・キャノピーの4団体によって発起され(正式発足は2021年)、金融機関や民間企業(デロイト含む)から約40名がタスクフォースメンバーとして参画し、検討を重ねてきた集大成である。

TNFDが設立された背景には、人の経済活動が地球の自然環境を悪化させ、それが回りまわって経済活動に負の影響を及ぼしつつあるという強い危機感がある。空気や水、土壌の汚染、生態系の破壊などによる生物多様性の損失は既に甚大であり、2030年までにマイナスをプラスに反転させる「ネイチャーポジティブ」が世界目標となっている。2022年12月に開かれた生物多様性条約(CBD : Convention on Biological Diversity)第15回締約国会議(COP15)で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組み」(GBF : Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework)において、2030年ネイチャーポジティブが明文化された。

手法の根幹は、金融・投資の流れをネイチャーポジティブな事業・成果に誘導すること。そのためには、企業が自然への依存と影響を評価・管理・報告する必要があり、今回のTNFDフレームワーク(v1.0)は企業が情報を開示するためのガイドラインをまとめたものである。前述した生物多様性条約(CBD)の締約国は2023年4月時点で194カ国にのぼっており、ネイチャーポジティブの推進は企業が今後の国際社会において生き残っていくための重要な責務となりつつある。

先行したのは、G20の要請を受けて2015年に設立された気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD : Task Force on Climate-related Financial Disclosure)だった。企業による気候変動対策や企業活動による影響に関する情報開示の枠組みを検討し、2017年に最終提言が公表された。開示推奨項目として「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」という4つの柱を立て、さらに細かい開示内容を記述している。大きな枠組みや考え方はTCFDからTNFDに受け継がれている。

TNFDフレームワークによって、「自然」全体を対象とする情報開示の枠組みがひとまず整った(図1)。TCFDが先行したのは、気候変動対策の緊急性もさることながら、温室効果ガスの排出量といった対象が明確であり、データの計測・集計や目標設定に着手しやすく、企業による情報開示が現実的に可能という判断もあった。裏返せば、標準的な定量化・指標化の手法が確立されていないTNFDへの対応は、温室効果ガスの排出量のような開示項目が明確にあるTCFDよりも難易度が大幅に上がる。何をどのように開示するか、から検討しなければならない。

一方で、「企業活動が自然を犠牲にしていないか?」「どのくらいの負荷をかけているか?」「適切な対策が取られているか?」など、投資家やステークホルダーが企業に向ける視線は一層厳しさを増していく。ネイチャーポジティブな企業へのトランスフォーメーション競争が、世界的なスケールで始まろうとしている。

※クリックかタップで拡大画像をご覧いただけます

Focus/焦点

日本企業はTNFDにどのように対応すれば良いのか――。デロイト トーマツ グループ横断のSCI(Sustainability & Climate Initiative)の「TNFD」チームでは、このテーマを追究し、深めていく。

現時点で、日本企業のサステナビリティ担当者、経営企画担当者、役員・経営トップに伝えておきたいポイントが、大きく3つある。

 

①  TNFDフレームワークおよび関連文書は、膨大かつ難解であり、企業の担当者が独力で読み解き、対応するのは容易ではない。

TNFDフレームワークは、「概念的基礎」「一般要件」「推奨事項」「推奨開示事項」から構成される。また、自然関連の問題を評価するための統合的な手法として「LEAPアプローチ」を提唱している。LEAPとは、Locate(自然との接点の発見)、Evaluate(依存と影響の診断)、Assess(重要リスク・機会の評価)、Prepare(対応・報告への準備)の頭文字をとったもので、LEAPアプローチに沿って分析をしていけば、上記のTNFD推奨開示事項(14項目)に対応した情報が一定程度整理できるとされている。

ただし、フレームワーク文書を読み込み、LEAPプロセスに従って作業を進めていけば、開示文書が完成する、というわけではない。第一に、産業分野ごとに企業ごとに自然との関わり方は大きく異なるので、マニュアル的な対応が難しい。第二に、LEAPアプローチは概念整理のレベルなので企業ごとの実務に落とし込んでいくためには詳細かつ具体的な手順を検討・確立する必要がある。ここは外部の専門サービス会社の力を借りるのが得策である。

だが、情報開示だけで止まってしまっては企業の活動はほとんど変わらないだろう。最も重要なのは、情報開示の先にある「ネイチャーポジティブ戦略」の策定と実行なのである。長期計画の立案と伴走の面で、我々デロイトはベストパートナーとして企業を支援できると自負している(図2)。

 

※クリックかタップで拡大画像をご覧いただけます

 

 

デロイト トーマツ グループでは、2024年3月に『TNFD企業戦略―ネイチャーポジティブとリスク・機会』(デロイト トーマツ グループ編、中央経済社刊)と題する解説本を発刊する。TNFDの背景・目的、最終文書(フレームワークv1.0)の概要、LEAPアプローチの概要、企業のとるべき対応、他フレームワークとの関係、ケーススタディ、自然に関するツール・データ、今後の展望――などを網羅している。ぜひ手に取っていただきたい。

 

② TNFD開示は、段階的にレベルを上げていくことが容認されている。最初から完璧である必要はない。ただし、「ネイチャーポジティブ企業への転換」を目指す経営の覚悟が必要である

先行したTCFDとの違いには、①ダブルマテリアリティの視点、②地域性の考慮――の2点がある。前者は、自然が組織にどのような影響を与えるか(outside in)だけでなく組織が自然にどのように影響するか(inside out)を説明すること、後者は、バリューチェーンを通じて「どこの地域のどのような自然(生態系や水など)と依存・影響があるか」を説明すること、をそれぞれ求めている。

これらの情報を、正確かつ網羅的に把握することは難しい。膨大な時間がかかる。特にサプライチェーンを数段階にわたってチェックしていくのは大変な作業である。そのため、TNFDフレームワークでは、情報開示は、まずはできることから始め、徐々にレベルを上げていくことを容認している(図3)。初期段階としては、既存のサステナビリティ推進部門などができる限りの範囲で着手し、まずは情報発信、初期的開示までをやってみる。その次の段階では、事業部門、調達部門、研究開発部門、経営企画部門なども巻き込み、開示の質を上げていくのである。

最終目標は、ネイチャーポジティブ企業への経営変革を推進していくことである。ここに至るためには経営者の決意と覚悟、受動的な開示義務の履行ではなく能動的な経営アクションの断行が必要になる。そこがTNFDの最も重要な部分であり、デロイト トーマツ グループ一丸となって支援させていただきたいと考えている。

 

※クリックかタップで拡大画像をご覧いただけます

③ グローバルでは「Nature and Biodiversity」(自然・生物多様性)というように“Nature”が必ず先に来る。視点がより高く、包括的である。日本はこれまで「生物多様性」(Biodiversity)に熱心に取り組んできたが、今や追い越されている感がある。彼我のギャップを認識すべきである

今後、「自然」「生物多様性」という言葉を見聞きする機会がより一層増えるだろう。特に日本企業の経営者にお伝えしたい勘所は、「生物多様性」という言葉にとらわれ過ぎないことである。

日本では「生物多様性」という言葉がよく使われている。しかし、世界は「生物多様性」を包含するより大きな概念である「自然」というとらえ方をするようになっている。「Nature and Biodiversity」のように必ず「Nature」が先に来る。TNFDの「N」もNatureである。「生物多様性」で先行していた日本だが、「自然」という概念への拡張にはやや出遅れた感がある。

TNFD開示情報は、日本だけでなく世界の投資家やステークホルダーの目に触れることになる。グローバル視点を持って取り組むことがコミュニケーションの前提となる。

 

Commitment/方針

TNFD情報開示のレベルを上げ、ネイチャーポジティブ企業を目指す日本企業を支援するため、デロイト トーマツ グループの総力を結集していく。

「Sustainability and Climate Initiative」(SCI)は、監査・保証、リスクアドバイザリー、ファイナンシャルアドバイザリー、コンサルティング、税務、法務といったグループの専門部隊に、横串を通していく。

また、「Deloitte Tohmatsu Science and Technology」(DTST)と呼ぶ、科学技術とビジネスに精通したハイブリッド専門家イニシアティブもある。生態学、生物学、気候学などのスペシャリストを多数擁しており、サイエンス&テクノロジーの観点からネイチャーポジティブ戦略の構築を支援していく。

私自身は、SCIの共同代表であり、DTSTの責任者でもある。様々なカタチでデロイト トーマツ グループの知見を束ね、掛け合わせ、日本企業がネイチャーポジティブで先駆けるための支援を繰り出していく。

 

<関連情報>

TNFD最終提言の公表|会計監査|デロイト トーマツ グループ|Deloitte

TNFD最終提言のポイント|リスクマネジメント|Deloitte Japan

 

(構成=水野博泰 DTFAインスティテュート 主席研究員)

プロフェッショナル

赤峰 陽太郎/Yotaro Akamine

赤峰 陽太郎/Yotaro Akamine

デロイト トーマツ グループ パートナー

大学院博士課程修了後、新卒で電力会社に入社。主に企画部門(自由化対応戦略、電気事業連合会対応、需給計画、広域運営、系統計画、技術開発戦略)や人材育成部門を経験。 指名制選抜制度にて米国スタンフォード大学に社費留学(客員研究員)。 その後米国系戦略コンサルティングファーム、欧州系大手製造業(事業部長)、Big4系コンサルティングファーム(パートナー、エネルギープラクティス戦略チーム責任者)、グローバル戦略コンサルティングファーム(パートナー、エネルギープラクティス責任者)、起業(代表取締役)を経てトーマツ入社。 有限責任監査法人トーマツへ入社後は、環境・エネルギー分野のアドバイザリー業務に従事。