Posted: 05 Feb. 2025 6 min. read

次世代ERPへの挑戦とAI活用の未来

「Ecosystems & Alliances Summit 2024」ダイジェスト vol.4

加速する事業環境の変化に柔軟に対応するために、多くの企業がERP(統合基盤情報システム)のクラウドシフトに取り組んでいる。しかし、クラウド化には特有の壁があり、単なるシステム導入にとどまらず、業務改革や組織変革を伴う難しい挑戦となる。本稿では、デロイト トーマツ グループが主催した「Ecosystems & Alliances Summit 2024」のブレイクアウトセッションの中から、ERPクラウドシフトにおける課題や成功の鍵、さらにはクラウド化後のAI活用を議論したセッションの一部をお伝えする。

ERPクラウドシフトで乗り越えるべき3つの壁

セッションは、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員 パートナーの工藤貴之による課題提起から始まった。クラウドシフトに取り組む企業が年々増える中で、SAPの調べによれば、日本ではクラウドERPの導入にかかる期間がグローバル平均に比べて30〜40%も長期化する傾向にある。

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員 パートナーの工藤貴之

「導入期間が長くなるほどコストが上がりますし、導入後の効果刈り取りが遅れ、ROI(投資収益率)が悪化します。さらに、長期化するほどプロジェクトの成功確率が下がることが、統計的にも分かっています」(工藤)

セッション参加者に提起したのは、「なぜ日本ではクラウドERP導入に時間がかかってしまうのか」という課題である。そのディスカッションの切り口として、「人材」「プロセス」「方法論」の3つの観点から、課題克服のために乗り越えるべき壁について仮説を提示した。

まず「人材」については、現状の業務を理解しつつ、グローバルやグループ全体を見据えた業務改革を描ける人材の不足が挙げられる。また、アプリケーションの標準機能活用を前提とするため、業務部門側のエンゲージメントが欠かせない。

「プロセス」に関しては、従来のシステム品質重視から業務改革と定着化へのシフトが求められることから、組織改革やチェンジマネジメントの実行が乗り越えるべき壁と言える。

そして「方法論」では、業務を分解して適切なソリューションを当てはめ、段階的にクラウドへ移行する企画力が求められることから、ビッグバン(一括導入)方式から段階的な導入を前提としたインクリメンタルアプローチへの方法論の転換が必要となる。

この課題提起と仮説を踏まえて、SAPジャパン株式会社 Enterprise Cloud事業統括 バイスプレジデントの高橋正直氏から、ディスカッションに向けた情報のインプットが行われた。

SAPが提唱するクラウドERPの導入アプローチ

50年以上にわたってERPを進化させ続けてきたSAPが提唱するクラウドERP導入アプローチは、「Fit to Standard」(F2S)である。現状の業務にシステムを合わせる「Fit & Gap」のアプローチは、高度なカスタマイズが必要で、時間とコストがかかる。それとは逆に、ベストプラクティスに準拠したシステムに業務を合わせるのがF2Sであり、迅速な導入を可能にする。

「全ての業務がERPの標準機能だけで成り立つわけではありませんから、企業が独自に必要とするアドオンツールやテンプレートなどは、クラウド基盤上で開発することが大きなポイントになります」(高橋氏)

SAPジャパン株式会社 Enterprise Cloud事業統括 バイスプレジデントの高橋正直氏

ERPの標準機能を最大限に活用し、アドオンなどによるカスタマイズを最小限に抑えることを、SAPでは「Clean Core」(クリーンコア)と呼ぶ。クリーンコアな状態を保つことで、保守運用や管理のコストを抑制でき、システムのバージョンアップもスムーズに進む。標準化されたデータモデルでデータが蓄積されるので、データの品質が高まり、AIなど先端テクノロジーを活用するのが容易になるメリットも見逃せない。

高橋氏は、F2SとクリーンコアのアプローチでERPのクラウドシフトを成功させた企業事例をいくつか紹介した。

米国のオイルメジャーの1社は、業務全体の70%についてSAP®のクラウドERPで対応、残りの30%は他のクラウドソリューションあるいはアドオンで対応することにより、構想策定から2年間で第1弾のクラウドシフトを完了した。日本の空調メーカー大手は、メインフレームで出力していた帳票の95%を廃止、導入開始から短期間でクラウドERPを稼働させた。また、測定・分析機器の国内大手メーカーは、抜本的な業務プロセス改革とERPのクラウドシフトを並行して進め、約9000あったアドオンを20程度に大幅削減。海外拠点、日本の本社、そして国内工場向けと段階的にクラウドERPへの移行を進めている。

壁を乗り越えた先に開けるAI活用の未来

グループディスカッションでは、さまざまな企業・団体からの参加者が、「人材」「プロセス」「方法論」のテーマごとに現実的な課題や解決策を議論した。

「人材」グループからは、「合議制のため意思決定に時間がかかる」「業務部門のITリテラシーの不足などもあり、クラウドERP導入の価値について理解が深まらない」といった課題が挙げられた。「プロセス」グループでは、現場の反発やトップのリーダーシップ不足が議論され、それを乗り越えるには「組織の各レイヤーに対して、クラウドシフトによるメリットを説明し理解してもらう必要があり、外部のプロフェッショナルにその橋渡しをしてもらうのが有効ではないか」との意見が出た。そして、「方法論」グループからは、経営課題を明確にし、それを解決するためのシステム導入ステップの議論の必要性が指摘された。

グループディスカッションでは、各人の意見をメモにして貼りだしながら、活発に意見を交わした

工藤は、「クラウドシフトの前段階として、業務プロセス改革やクラウドERP導入を行う意義、そこから生まれる価値について、経営層から現場までしっかり理解、浸透を図ることの重要性が、皆さんの議論からあらためて感じられた」とコメント。高橋氏は、「5年先、10年先を見据えて会社としてどうあるべきか、どうありたいのか。トップも現場もそこに立ち返った上で、ありたい姿に近づくための手段やツールに落とし込む議論ができるといい」と補足した。

最後に、高橋氏よりSAPが目指す「SAP Business AI」の世界観を紹介。次世代ERPの壁を乗り越えてクラウドシフトした後のAI活用の世界として、ERPと周辺システムをAIがシームレスにつなぐ革新的なUX(ユーザーエクスペリエンス)デモを披露した。デモを通じて、クラウドERPがAI活用の基盤となる重要性が強調された。

ERPのクラウドシフトでは、業務プロセス改革を中心とした企業の決断と実行力がこれまで以上に問われる。デロイト トーマツは、グローバルネットワークの豊富なプロジェクト実績とチェンジマネジメントの経験を活かし、実現性の高いサポートを提供している。また、AIを始めとする新しいテクノロジーの活用においても、業界をリードする100以上のユースケースとアセットを備え、企業の未来志向の成長を加速させる具体的な提案を行っている。

「乗り越えるのが困難と思われる壁であっても、突破口は必ずあります。その先にある果実をいち早く手にすることができるよう、私たちはこれからもご支援を進めてまいります」と工藤が締めくくり、セッションは終了した。

Ecosystems and Alliances/デロイト トーマツのアライアンス