地域スタートアップを飛躍させる応援とは?|経産省×デロイト トーマツ対談

日本の地域スタートアップはどのような形で生まれ、成長を遂げていくのか?経済産業省でスタートアップの支援を続ける石井芳明氏と、デロイト トーマツで長年地域のスタートアップを支援してきた香月稔による「地域スタートアップを飛躍させる応援とは?」

スタートアップが日本経済全体や地域にもたらすもの

「スタートアップは日本経済に新しい活力をもたらします」

そう話すのは、長年スタートアップ支援に携わってきた経済産業省の石井芳明氏だ。

「日本の研究開発の多くは大企業が担っていますが、その多くの技術が事業化されずに消えてしまう現状があります。これは、大企業が新しいものに挑戦する際に、自らの主力事業を否定しなければならないジレンマに直面するケースが多いためです」

経済産業省の「起業家主導型カーブアウト実践のガイダンス」によると、大企業で事業化されない技術の約6割が、そのまま消滅しているという。

スタートアップはこの問題を解決するための鍵となる。石井氏が続ける。

経済産業省 大臣官房 参事、独立行政法人中小企業基盤整備機構 審議役 / 石井 芳明氏

「スタートアップは大企業が取り組むことが難しい新しい市場や未確立の市場に対して、積極的にリスクを取ってチャレンジできます」

地域のスタートアップ支援を行っているデロイト トーマツの香月稔は、石井氏の話にうなずき、次のように述べた。

「私自身、全国でアクセラレーションプログラムや共創支援をしていますが、スタートアップの中にはユニコーンを目指す企業はもちろん、日本各地の地域課題に向き合う企業もあります。スタートアップにもグラデーションがある。そこで今回は石井さんと私で地域とスタートアップについて話せたらと思っています」

有限責任監査法人トーマツ 地域未来創造室 パートナー / 香月 稔

日本、特に地域のスタートアップはどのような形で生まれ、成長を遂げていくのか?経済産業省でスタートアップの支援を続け、現在は独立行政法人中小企業基盤整備機構の創業・ベンチャー支援部の審議役兼ファンド事業部審議役を務める石井芳明氏と、デロイト トーマツで長年地域のスタートアップを支援し、自身も出身地・九州に身を置く香月稔が語る「日本を変える地域スタートアップとは?」。

地域のスタートアップは、長期目線で経済性と社会性を両立するゼブラ企業であってもいい

経済産業省はスタートアップ企業の育成支援プログラム「J-Startup」を2018年に立ち上げている。2020年には地域展開も始まり、2023年の「J-Startup WEST」の立ち上げを機に、全国7地域で「J-Startup LOCAL」として連携する動きも誕生した。

岸田首相は2022年、年頭記者会見で「スタートアップ創出元年」を宣言し、経済産業省は「スタートアップ育成5カ年計画」をまとめ、スタートアップを生み育むエコシステムの構築を進めているが、「J-Startup」はこれに先駆けて動いている取り組みだ。対談は香月の問いかけから始まった。

「石井さんたちが推進するJ-Startupは日本全体をグローバルで戦える企業に育成することを目指している一方で、地域にも目を向けていますよね。地域のスタートアップは、地域課題に対して長期的な視点で取り組み、その解決に向けた新しいビジネスモデルを創出する役割を果たしています。都市部だけがスタートアップの活躍する場ではないと考えています」

石井氏は深くうなずく。

「その通りです。J-Startupの地域版として『J-Startup LOCAL』を展開し、地域の独自性を生かしながら全国的なブランディングを行っています。これにより、地域のスタートアップもグローバルに注目されるようになることを目指しています。やはり国内外で日本のスタートアップはメジャーなプレーヤーと目されていない。海外からも全然見えていない。ブランディング化して国内、そして海外からも注目を集めていく必要があります」

石井氏によると、J-StartupのLOCALは地域から声があがり生まれたという。J-Startupが政府主導であるならば、LOCALは地元主導とも言えるかもしれない。香月が話す。

「国が支援するJ-Startup LOCALがあることで、地域もスタータップを支援するマインドになりやすい。実は地域の最大の課題は、地域の課題を解決しようとするプレーヤーが少ないということ。新しいプレーヤーが地域で出てくることが重要です」

(参考記事:ローカルなイノベーションエコシステムで鍵となる「スタートアップ」北九州市市長×デロイト トーマツ対談

石井氏が「J-Startupの選定ラインは地域に任せています。国としてこれを選んでほしいという判断の仕方はあえてしていないんですね。これは地域特有のエコシステムもあるし、地域が伸ばしたいスタートアップもあるだろうということから」と答えると、香月は「宮城は震災もあり、ソーシャル系のスタートアップに厚みがありますし、北海道は農業や宇宙など色がありますよね」と話す。

「そうです。J-StartupとLOCALは1軍とか2軍とかではなく、スタートアップという中で色合いが異なるだけ。LOCALで取り組んできた課題解決策が、全国・海外に拡大されるべきものであればJ-Startupに移動するといったようなものではないでしょうか」

香月はJ-Startupはユニコーン企業を目指すものだが、LOCALをはじめとする地域のスタートアップはそれとは異なる方向性を持っていると話す。

「J-Startupは世界に向けて比較的短期間で急成長するスタートアップを選定しています。一方でローカルはもっと時間がかかるでしょう。向き合っている課題そのものが時間のかかるようなものが多いからですが、その点で見ても短期間での企業価値向上を目指すユニコーン企業ではなく、経済性と社会性を両立するゼブラ企業を目指してもいいと思うのです」

プレーヤーでなければ、応援者であれ

石井氏は香月に問いかける。

「香月さんは地域をいろいろ見て回っていると思いますが、私たちの悩みは地域でスタートアップを応援する人材がまだまだ少ないということ。スタートアップのビジネスモデルを理解した上で適切なアドバイスできるような人がまだまだ少ない」

もちろん、地域企業を支援する中小企業診断士や地域の金融機関がある。しかし、従来型の発想だとリスクを抑えながらキャッシュを生み出すというアドバイスになりがちだ。同じく中途半端なエクイティによってスタートアップのプレーヤーを縛るのも問題となる。

「石井さんのおっしゃる通り、都市部と比べてスタートアップの理解者は少ないですね。都市部にはそれこそスタートアップをEXITさせたプレーヤーも、彼らを応援した投資家やCFOクラスの人材がたくさんいます。地域でそれを期待するのは難しい…。私たちが地域で活躍しているスタートアッププレーヤーに話を聞くと、支えているのは都市部で活躍されているその地域出身の方だったりするんですよ」

「なるほどね!」

石井氏がうなずくと香月は続ける。

「いまは都市部で活躍されているけど、実は地元で貢献したいという方は多い。そんな方の中でエクイティファイナンスの知見を持たれる方に相談しているというんです。従来型の経営の考え方、つまり大企業などの考え方ではリスクテイカーの発想にはなりづらい。そこで東京などでスタートアップ界隈で活躍していて、かつ地域貢献したい人を結びつける――そんなことを考えています。トーマツの地域未来創造室の強みは、地域に根差す全国のスタートアップと最先端の技術を持つ東京のスタートアップの両方と連携できること。また、デロイト トーマツの多様な専門家と連携できることです。我々だからこそ、地域でできることが多分にあると考えています。」

石井氏は出身地をベースとしたつながりネットワークに興味を持ったようだ。

「確かに、そのつながりは大切ですね。そういう人たちの名簿、起業家出身地マップみたいなの一緒につくれないでしょうか。リストがあれば、地元で支援したいと思っている人たちが自分たちではちょっとわからないな…そんな風に思った時に、都市部で活躍する、しかも地元を応援したいという想いのある「誰か」にパスできると思うのですが」

香月も目を輝かせながら「マップはいいですね!」と話す。「起業家の方々に地域のスタートアップに関わってもらう上でぜひつくりたいです。デロイト トーマツは日本全国に拠点があるので、情報も集めやすいでしょう。それと同時に、石井さんのように国の視点でスタートアップを応援してくれる人、そして微力ながら私のように民間でスタートアップを支援する人、そんな人のリストもできるといいなと思います。困ったら連絡くださいといえるような」

社会を変えるために、全員が起業家になる必要はない。起業家の取り組みに共感できるなら、応援者になればいい。2人はそう話す。

起業家教育による意識変革も行っていく必要性

石井氏は、起業家出身地マップについて興味を強く持ったようだが、背景には教育問題もあるようだ。

「実はいま、高校生に対しての起業家教育プログラムを応援したり出前授業なんてものをやったりしているんですね。以前はコンサルタント中心の派遣だったのですが、いまは実際に事業に取り組む起業家でその地域出身、もっというとその高校出身の起業家に語ってもらいたいと思っています」

香月は民間でもそういった依頼は増えてきていると話す。

「国がそうやって高校生に起業家教育プログラムを提供してくれるのは心強いです。ちょうど私のところにも高校からの派遣依頼がありました。このような形で子どもたちともつながりあい、ネットワークが生まれてくればいいのではと考えています」

起業家教育は何も起業家を育てるわけではない。石井氏が話す。

「起業家教育の根本は『起業しろ』ではないんですよね。起業は方法論であって、目的ではない。選択肢であること。高校生に起業教育をして、起業させたいわけでなく、起業家のような行動の選択肢もあること、チャレンジすることの大切さを伝えていくことだと思います」

その通りですね、と香月は返す。

「地域には多くの企業があり、そこでの課題は『跡継ぎ』。後を継がれた方が、起業家のような取り組み方で会社を変革したケースも多々あります。こんなやり方もあるということを知っておくことの重要性ですね。起業家にならなくても事業承継や中小企業の経営でもその考え方は生かせる」

「いま私がいる中小機構自体も中小企業を応援しているわけですが、その課題がまさに事業承継。跡継ぎがうまく継承すると、一歩伸びるケースも多々あります」石井氏はそう話すと、自分自身がスタートアップを支援し続ける自身のモチベーションの源泉について語り始める。

「実は私は岡山の五代続く商家の跡継ぎでした。結局継げなかったのですが、だからこそ中小企業を応援したい、スタートアップを応援したいという強い思いがあります。どちらかではなく、どちらも支援することでそれぞれの良いところをそれぞれに作用できる。例えば、販路開拓を中小企業とスタートアップが組んでやるとか、そういったことも考えられる。組み合わせて新しい価値を生み出せるのではないでしょうか」

2023年に企業マッチングで官民共創スペースNETSUGEN(群馬県庁)を訪問した際の香月(写真左)

応援者によって地域のスタートアップは飛躍する

2人は地域のスタートアップについて、先輩であるその地域出身の起業家をつなぐことで成長が加速することを話してきた。石井氏はさらにそこに地元と深く関わり合う応援者が集うことで変革が起きやすくなるという。

例えば、群馬県前橋市はデロイト トーマツが「めぶくID」などの取り組みを行政や地元の企業らと取り組んでいるが、この地域を引っ張ってきたリーダーはアイウェアブランド「JINS」を手がけるジンズの代表取締役CEO田中仁氏などが挙げられる。前橋市は出身地であり、JINSの創業地でもあることもあり、地域貢献に邁進している。

(参考記事:「本当に価値あるデジタルサービスを市民に提供する」前橋市が取り組んだ前代未聞のプロジェクト

香月は「私たちのチームでは、地方豪族と言わせていただいているのですが、彼らに動いてもらうことが、地域変革、そして地域のスタートアップを推進する鍵となってきます。日本各地でそういう企業があり、彼らと地域、そしてスタートアップが三位一体になる」

とても重要なことだと石井氏は同意しながらも、「見極める力の重要性」を説く。香月もうなずく。「この方は本当に地域を思っていらっしゃるのかという、財務諸表では分からない熱量のようなものがないと、どこかの地域で成功した事例をまねてもうまくはいきません」。

それを聞いて石井氏は香月に次のような助言をした。

「仲間を増やし、見極めるために、ニュービジネス協議会や商工会議所、金融機関やJC(日本青年会議所)などをぜひ活用していただきたい。頼りになる方が多くいらっしゃるはずです」

行政がファーストカスタマーになる

デロイト トーマツでは東京都「先端事業普及モデル創出事業(King Salmon Project)」(以下、キングサーモン)の運営業務を受託している。ここでは先端事業と都政課題のマッチング、都政の現場を活用した実証実験と販路拡大のための戦略立案等の支援、事例のモデル化による水平展開を行っている。

香月はキングサーモンを例に、行政がスタートアップのサービスやプロダクトを調達し、ファーストカスタマーになることでブランディング化、ひいてはスタートアップの成長に寄与できるのでは?と石井氏に問いかける。

石井氏は同意し、次のように話す。

「調達の関係ですと、日本版SBIR(Small Business Innovation Research)制度が挙げられますね。内閣府を司令塔とした予算支出目標を設定、研究開発初期段階から政府調達・民生利用まで、各省庁連携で一貫支援し、新しい技術の社会実装によるイノベーション促進、ユニコーン創出を目指しています」

ただ、政府調査の場面でスタートアップはその規模感から入札資格がCランクかDランクになることが多く、実際に大きな入札には参加できない課題もあるという。

「そこでいま、J-Startup、LOCALの企業は入札資格をAランクと同等にしたり、随意契約が可能となる手続を導入したり、調達を促進しようとしています。ただ、課題はスタートアップ側だけにあるわけではありません。政府や自治体からするとスタートアップが見えてこない。そこで私たちはカタログなどをつくり認知活動もしています」

2024年4月には東京都の宮坂副知事が率いるGovTech東京が都内30の自治体・団体でDXツールの共同調達を実施し、デジタル基盤強化・共通化を進め、かつ20億円のコスト削減につながった。調達時にスタートアップも視野に入ることで、双方にとって効果が生まれる可能性は高い。

それにしても、応援者の代表のような2人のモチベーションの源泉はどこにあるのだろうか。石井氏は次のように話す。

「先ほどの自身の思いはもちろんですが、それにより挑戦を是とする社会をつくっていきたい。自ら挑戦者になる人や挑戦者を応援する人が主流となる社会を創ることこそが新しい資本主義を推進することになると考えています」

「石井さんと同じ思いです。とにかく選択肢と機会を作り出したい。また地域にいる人間として、地域のプレーヤー・応援者とともにシビックプライドを持って変革を推進する人でありたいと思っています」

2人の立場は違えども、スタートアップの熱烈な応援者であり、支援者であり、実践者であることに変わりはない。日本の社会を変えていくために起業家の心に火をつけるために、挑戦できる機会と選択肢を2人は与え続けていく。

※本ページの情報は掲載時点のものです。

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