スポーツを一流の産業に
―いま、取り組むべき3つの視点―
スポーツの資産とスポンサーシップの関係を再定義する
森松:次に「クライアントValue」について、話を進めていきたいと思います。まず考えられるのは、プロリーグのチームはスポンサーシップの本質を理解しなければいけません。スポンサーから寄付を募ることから脱却し、自分たちが売ることができる権益・価値は何かということを整理していく必要があるでしょう。
スポンサーシップが悪いということは全くありませんが、その依存度を下げるため、自分たちが持っているプロパティや資産を使って、新しいビジネスを作り出すという発想が「スポーツビジネスの産業化」においては重要と考えていますが、いかがでしょうか。
大河:そうですね。自分たちが「売れる権益・価値は何か」ということを理解できていないから、未だに「応援して、寄付してください」という寄付金のような感覚や発想から抜け出せていないのかもしれません。逆に企業側もスポーツをどう活用すると企業にとってもプラスになるのか、ということも理解しづらいところもあると思います。
森松:「クライアントValue」という観点から、外部のステークホルダーに提供する価値を生み出していくことを自ら考えていくのが重要だと思います。具体的には、ファンサポーター向けのマーケティングとB2Bのパートナーシップの観点が必要になるのではないでしょうか。
さらに従来の広告露出型のスポンサーシップ以外にも、最近は少しずつ増えてきた感がありますが、企業の経営課題とうまく結びつけたり、ニーズに合わせてアクティベーションを展開したりすることなどが肝と思っています。しかしそれらは、スポーツビジネスに限った特有のものではなく、他産業のビジネスにおける通常のB2B営業と何ら変わりはなく同じことです。
大河:やはりリーグの最終目標はマネタイズだと思います。NBAも「NBA Cares」というALL STAR開催時期にNBAの一流の選手が集まる開催地域の社会貢献活動をしていますが、その理由について彼らは「社会貢献活動を通してNBAの価値を上げ、その結果としてマネタイズしていくことだ」とはっきりと言っています。
森松:社会価値という点では、我々もSROI(社会的投資収益率)の手法を用いてさまざまな活動をしています。活動のなかでSROIを使った数字を出すことはできますが、それだけでは十分ではありません。SROIの数字が表す意味についてもきちんと浸透させておく必要があります。このような活動は期間限定ではなく、継続・拡大して活動していかなければなりません。そのためには、ヒト・モノ・カネなども必要になります。それによって、いい循環が生まれることが期待できます。
大河:例えば、スポーツビジネスというと、大きなイベントを招致した代理店が注目されるケースがありますよね。しかし、イベントを招致してもそれで盛り上がるのは一時的なことです。そうではなく、地域住民がウェルビーイングを高めることができるような日常のスポーツイベント、すなわちスポーツのリーグ戦が大切になってきます。
Jリーグが30周年で、印象に残った試合は? というアンケートでは「2011年4月23日の川崎フロンターレ対ベガルタ仙台」を挙げる人が多かったですね。震災後、仙台から多くの人が集まり、雨の中で試合をしていたのですが、これがとても感動的で、多くの人がスポーツの持つ力を感じました。これこそが社会的価値を示す「ソーシャルValue」におけるスポーツビジネスの醍醐味かもしれません。
海外の事例から今後のスポーツ産業のヒントを読む
森松:先日、オーストラリアに行った際、メルボルン駅直結の世界一稼働率が高いといわれるスタジアム「マーヴェルスタジアム」に行きました。そのスタジアムはAFL(Australian Football League)によりビジネスのアセットとして購入されており、経営陣もバランスシートを意識した経営に完全に頭を切り替えています。日本の現状と比べると、発想に大きく差があることに衝撃を受けました。
大河:現在、日本のスポーツビジネスは欧米と大きく差を付けられています。なぜ差がついているかと言えば、スタジアム・アリーナの整備の遅れ、放映権料の違いが大きな理由なのですが、もう一つ考えられるのは、プロ野球のようにチームの権益をバラバラに売っているところがあることです。スポーツビジネスは権利ビジネスだと思うので、チームの権益は統合した方が良いでしょう。
Bリーグを例に出すと、2019年に「B.LEAGUE BEYOND 2020」という中期計画を発表しています。全体を3つのステージに分けてBリーグの構造改革を行うという計画になっていました。
構造改革のテーマは「ソフト・ハードの一体経営」「デジタルマーケティングの進化」「メディアカンパニー化」「アジア戦略の本格始動」「地域創生×バスケットファミリーの拡大」です。現状を見るとほぼ計画通りに進んでいますが、まだ実現できていないのは「ソフト・ハードの一体経営」のなかにあげていたナショナルアリーナの取得です。ナショナルアリーナ計画では、音楽催事などのノウハウを持つ団体と協働し、収益率を上げる運営主体になるということを目指していました。
参考にしたのがアメリカのマディソン・スクエア・ガーデンというアリーナです。そこでは、その不動産を運営している会社がバスケットボールやアイスホッケーなどのチームを持っていて、スポーツだけでなく、コンサートや各種イベントをコンテンツとして活用しています。日本でもDeNAが京急電鉄と組んでアリーナによる街作りなどを目指していますが、こういった発想が広がっていけば可能性はあります。
またNBAは「メディアカンパニー」を志向しています。これまではテレビを代表する視聴習慣がありましたが、その関係を大切にしつつ、自分たちが主体的に発信するメディアを作ろうとしている。こういった活動は、日本のスポーツ産業でも参考になると思います。
森松:日本国内でもメディアカンパニーに注目しているチームはありますが、海外のように導線をしっかりと考えて作っているというケースは少ないですね。例えば海外では、SNSで拡散し、オウンドメディアに引き込んで固定化するといった戦略が見られますが、国内では複数のアカウントを作って同じコンテンツを掲載しているという状況をよく目にします。
日本のスポーツ産業が目指すべきこれからの姿
大河:冒頭にも申し上げましたが、やはりビジネスの世界で普通にやっていることを、スポーツ産業でも行っていかなければなりません。その土台になっているのは「ガバナンス」、つまり「この話は誰がどういうプロセスで決めるのか、言い換えれば誰が責任を持っているのか」という役割分担が明確になっていることが重要でしょう。
リーグの意思決定という意味では、運営法人の代表権を持った委員が参加している会議を経て理事会で様々なことが決められます。一方、「オーナー会議」でないと決められないというケースもありますし、さらには、経営に関与していない競技運営担当者ばかりが参加している会議で大切なことを決定しているケースもあります。それではうまくいきません。
そういった部分から整備していかなければならないリーグは少なくありません。そう考えると、リーグは株式会社でもいいのではないかなとも思います。
森松:我々も改革プロジェクトをしていると俗にいう「ちゃぶ台返し」に遭遇することもあります。そうならないために泥臭い根回しなども必要です。改革するためには、ガバナンスと泥臭い作業の両輪が必要だと実感しています。特にスポーツは、先輩・後輩という関係の中で成り立っている部分もあるので、どこでも起こりうる話だと思います。改革の必要性に迫られていない競技では特に難しいですね。
大河:ガバナンスはもちろん重要ですが、個々人で考えると、「物事を深く考えて、成功するための仮説と検証を繰り返す」ことが大事です。しかし、ある成功体験が自分の競技やクラブで成功するかどうかはわからない。同じことを真似してやっても大抵上手くいきませんからね。
森松:確かに民間企業とプロジェクトをしていても「事例の紹介」のニーズはあります。しかし、事例はカタログではないので、クライアントが「これをやりたい」と言っても、それで課題が解決できるわけではない。そのため、事例を紹介するためには「表面はこうだけど、本質はこういう課題があり、その解決のためにやっている」というように掘り下げて説明しています。クライアントの状況に合わせた考察を入れていかなければ、議論にはならないことを理解しなければなりません。
自分のチームを分析し、例えばSWOT分析でも「弱みも見方によっては強みになる」といったことを実行するだけで、全く違う議論ができます。我々はそういったコンサルティングの経験をスポーツの世界でも活かしていこうとしています。もちろんデロイト トーマツ コンサルティング単独ではできないことは多いのですが、共感を得られる団体や個人と繋がってコミュニティでやれば、大きく展開していくことができると考えています。
大河:デロイト トーマツ コンサルティングのようなプロフェッショナルファームが、大学や僕個人と伴走してくれると本当に嬉しい。そういったモデルを作っていきたいですね。
森松:環境の変化が激しく先が読めないこの時代に、1企業だけの努力でやれることは限界があります。スポーツ産業化に向けては、「Value経営」の観点を持つこと。そして共感を得られる企業、団体や個人と繋がり、コミュニティを形成しながら新しいビジネスを共創していくことに日本のスポーツ産業の未来があると、本日お話を伺って改めて感じることができました。本日は、ありがとうございました。
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日本のスポーツビジネスの発展に取り組む、スポーツビジネスコミュニティ
選手・チームとの双方向の関係性を通じて日本のスポーツビジネスの発展を促し、デジタルテクノロジーの活用により、様々な社会課題の解決に寄与する取り組みを展開しています。
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