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撤退マネジメントとその会計実務 第3回 撤退方針決定のための検討事項

『旬刊 経理情報』2018年11月1日号(No.1527)

会社が対象事業の撤退を決断すると、まず情報収集による基礎的な分析を行い、分析に基づいて論点を抽出し検討する必要があります。今回は、撤退方針検討にあたり必要となるポイントを解説し、あわせて失敗例をご紹介します。

会社が対象事業の撤退を決断すると、次にその方針について検討を行う。撤退方針は、その検討にあたり、まず情報収集による基礎的な分析を行い、分析に基づいて検討すべき論点を網羅的に抽出し、それらが矛盾しないような方法を選択する必要がある。撤退における論点は広範に及ぶため、十分な検討なきままにプロセスを進めると手痛い失敗を招くこととなる。今回は、撤退方針検討にあたり必要となるポイントを解説し、あわせて失敗例を最後にご紹介する。

1.機能と地域的特性の分析

事業の撤退にあたっては、その対象事業を取り巻く環境を精緻に分析・評価する必要がある。

(1)機能の分析
まず、撤退する事業の機能を識別する。製造業の場合には「開発・製造・販売(流通)・管理」のバリューチェーンのなかで当該事業がグループ内でどの位置づけとなっているかを分析する。例えば、「買収した子会社製造拠点のうちベトナムにある拠点の閉鎖を検討している」場合に、この拠点が製造機能のうち組立工場としての機能を有しており、同様の生産ラインがフィリピンにもあれば、製造機能が重複しており機能的にグループにとって閉鎖しても活動に支障がない、組立工場のため工場設備売却などの手法が比較的取りやすいことなど、先の詳細検討へ進むことになる。

(2)地域的特性の分析
次に、地域的特性を必ず理解しておく必要がある。海外事業からの撤退の場合にはその事業が展開している地域によって、その国の法規制・商文化が日本と異なることから慎重に見極めておく必要がある。また、対象事業(子会社)の保有者である地域統括会社がどの国にあるかについても押さえておく必要がある。

例えば、中国地域からの撤退の場合には労使交渉を相当慎重に行う必要があるが、地方自治政府により取り扱いが変わる。また、地域統括会社のおかれた国によっては、撤退による資金の引き上げを行うことに一定の制限がかかる可能性がある点も考慮しておくべきである。

2.内外環境分析

事業撤退を検討するにあたっては、環境分析においてできるだけ多くの情報を収集・解析しておく必要がある。それにより、将来的に具体的な撤退手法決定時およびその後のプラン実行時のリスク発生を予め予見し、それに対する対処プランを用意しておくことができる。検討主体となる本社サイドで意外と把握できていないことが多く、専門家のアドバイスが必要となる場合もある。
ここでは、そのうちのいくつかについて紹介する。

図表1:環境分析において把握しておくべき事項の例示

(1) 株主構成を含むステークホルダーの複雑性(社内外)
(2) 対象会社の財務状態
(3) 借入の有無(外部借入・グループ借入)
(4) グループ適用会計基準および対象会社の現地会計税務基準
(5) グループKPI(Good CoとBad Coを区分けする判定基準)
(6) 重要な長期契約の有無
(7) 重要な訴訟案件の有無
(8) 現地雇用制度
(9) 独占禁止法
(10) 現地法制度

 

(1)株主構成を含むステークホルダーの複雑性(社内外)
まず、株主構成を含むステークホルダーの複雑な状況を整理しておく必要がある。100%グループ会社という完全支配会社の場合、株主総会における意思決定などが比較的容易に行える。一方、外部株主や多額の外部債権者が存在する場合は、その利害調整が課題となる。グループ内で資本関係や取引関係が成り立っている場合でも、取扱製品の代替調達をグループとして検討しなければならない場合があり、当該事業に関連する社内の組織構造が多層にわたる場合には社内の意見調整を慎重に行う必要がある。

(2)対象会社の財務状態
次に対象会社の財務状態を正しく分析しておく必要がある。撤退手法として売却を選択するとしても、赤字のままで売却するか、黒字に改善したうえで売却するかによって事業価値も変わることから、売却先候補にも違いが生じうる。債務超過の場合は、それが一時的なのか恒常的なのかによって処理方針も変わってくる。また、借入の有無、借入の相手によって手法のスピードも変わり、結果的に選択肢も変わる。

(3)その他の調査
先述した以外にも検討すべき項目は多数ある。前述(1)~(10)の例示以外にも多岐の論点が存在するため、会社が速やかに対象事業から撤退することを望むのであれば、それらの論点を遅滞なく、矛盾なく一気呵成に解消する必要が生じるため、撤退方針決定前に相当な事前調査が必要となる。撤退方針検討にあたって初期に検討すべき論点について次に記述するとともに、当該ステップを疎かにしたことによる失敗事例について後述する。

3.初期に検討すべき論点

撤退方針を検討するにあたっては、事業・清算実務、法務、会計・税務などの分野ごとに検討を行うとともに、これらの論点を突き合わせてさらに矛盾のないように検討を深化させていく必要がある。撤退方針検討の端緒において俎上に上げるべき論点を図表2に例示を列挙した。当該論点以外にも対応すべき課題は膨大にあることから、撤退検討にあたっては、初期段階でできるだけ多くの論点を抽出し、優先順位をつけつつ対応していくことが望ましい。

図表2:撤退方針検討にあたって初期的検討論点の例

全体

•      全体検討項目の洗い出しとマスタースケジュール策定
•      個別課題のプロコンの整理
•      対象会社および親会社各部門との折衝・調整 など

事業・清算実務

•      資産処分方法の検討
•      債務支払交渉と債権者保護手続
•      従業員配転・解雇パッケージ策定・再就職支援プランの策定・組合との交渉(労務や契約キャンセルなどの現地レピュテーションリスク)
•      顧客およびサプライヤーとの交渉
•      JV先・金融機関・当局との交渉 など

法務

•      販売契約の現状整理と全体計画を踏まえた論点出し
•      調達契約の現状整理と全体計画を踏まえた論点出し
•      雇用契約の現状整理と全体計画を踏まえた論点出し
•      会計/税務面の要請を踏まえた清算スキームの構築
•      会計/税務面の要請を踏まえた解雇スキームの構築
•      交渉戦略の立案

会計・税務

•      清算費用、残余財産分配額の試算
•      グループ影響試算および税務コスト試算
•      資金繰り計画策定およびモニタリング
•      解散時の財産目録の検討
•      清算スキームの税務面での検討 など

 

4.撤退方針決定時の主要タスク

環境分析、初期的な論点整理を踏まえて、最終的に撤退方針を決定するにあたっての主要タスク10項目を以下で紹介する。採られる方法や手法によって細かくタスクは分かれてくるが、ここではいずれにも共通する主要タスクを取り扱う。

図表3: 主要タスク10項目

1. 影響範囲の特定
2. 資産・負債の識別および確認
3. 撤退損失の試算と計上時期の検討
4. 事業継続と既存契約の確認
5. 撤退スケジュールと予算の決定
6. タスクフォース組成と役割定義
7. 顧客移行プログラムの策定
8. ステークホルダー・コミュニケーション
9. 従業員取り扱いの決定
10. 事業体の解散・売却

 

(1)影響範囲の特定
撤退計画の検討にあたっては、影響範囲を特定することが最も重要となる。したがって、影響範囲特定にあたっては、生産、仕入、販売、雇用、ステークホルダー・インパクトなど想定される側面を多面的にその要素を洗い出すことが求められる。

(2)資産・負債の識別および確認
撤退損失試算の前提となる情報の検討を行うために、現状計上されている項目にとどまらず潜在的影響項目を含む資産・負債を識別し、その状況を整理することが求められる。

(3)撤退損失の試算と計上時期の検討
撤退損失の大きさ如何では、採り得る方法やタイミングが変わりうる。撤退損失の試算項目としては、例えば、解約金、割増退職金、異動費用、移設費用、環境対策、廃棄損・除却損などがあげられ、さらにそれらをキャッシュ・非キャッシュ項目に分類のうえでの積算を行う。さらに、その計上方法とその計上時期の検討を行うことが求められる。

(4)既存契約の確認
対象事業の取引関係を整理し、撤退に係る影響を確認する必要がある。

(5)撤退スケジュールと予算の決定
決定されたスケジュールと予算に従い、撤退計画を精緻化のうえ、社内意思決定を行う。社内意思決定を行うことで、撤退プランを実行に移すことができる。

(6)タスクフォース組成と役割定義
社内意思決定を正式に行ったら、ただちにタスクフォースを組成し、社内・社外の各担当者の専門性に基づき役割分担を決定する。

(7)顧客移行プログラムの策定
親会社への信頼性および評判を保つためにも既存顧客への影響を最小化するための撤退プログラムを策定することが求められる。

(8)ステークホルダー・コミュニケーション
従業員、債権者、株主などの各ステークホルダーの立ち位置と利害関係を洗い出し、その対応を検討しつつ、適切なメッセージを適時に伝える方法を慎重に策定することが求められる。

(9)従業員取り扱いの決定
配置転換や雇用解消を含む従業員の取り扱いや各種手当などについて、従業員との間で透明性を維持したうえで、協議・対応を行うことが求められる。

(10)事業体の解散・売却
事業撤退における法務・税務課題を適切に処理し、事業体の解散や売却を実行することが求められる。

5.失敗事例の紹介

以上に整理したような撤退方針決定にかかる初動に失敗すると、問題が大きくなりやすく、結果として撤退に向けた難易度がさらに上がるという悪循環に陥ることがある。以下で不十分な検討による撤退失敗事例を7つ紹介する。

(1)得意先への供給責任
新製品への移行が進み、既存製品の市場規模が縮小するとともに新興国メーカーが台頭したことから、価格競争激化による採算確保の困難、技術移行による部品・技術者確保の困難などが生じ、既存製品の供給停止を検討するに至った。長期供給義務は負っていないものの、既存製品の供給停止は大口得意先に設計変更を強いることが後から発覚した。大口得意先が既存製品の供給停止に強い拒絶反応を示し、1年以上の交渉の結果、数年分の在庫を確保することを条件に供給停止の同意を得ることができたが、当該在庫確保義務で数十億円の資金支援を余儀なくされる事態となった。

(2)生産移管に伴う計画の不備
工場閉鎖に伴い重要顧客(メーカー)向け商品の生産を別工場で継続することが必要になった。生産機械・原材料ともに同じものを使用する予定だったため、メーカーからの生産認証の再取得は不要と見込んでいたが、使用する水の水質変化を嫌ったメーカーから再取得が要請され、実際には最大2年かかることが判明した。当該期間の供給義務を果たすために在庫積み上げ計画を立案したところ、運転資本負担に加え、在庫置場など予想外の費用がかかることとなり、計画全体を見直す事態となった。

(3)サプライヤーへの補償
機械電子部品を生産する地方工場の閉鎖計画策定に伴い、資本関係はないが同工場への依存度が極めて高いサプライヤーに対して、当社以外の顧客比率を上げるように指導したが、うまく進まなかった。閉鎖決定の開示後、最終顧客である機械メーカーから一定期間の生産継続の要請があり、サプライヤーに対しても同様の要請を行ったところ、「我々の閉鎖コストまで負担してもらうことが条件」と提示され、最終的に数十億円の追加コストを支払う結果となった。

(4)労働組合・下請先との紛争
積極的なM&Aで急拡大したものの買収子会社の業績が軒並み悪化したことから、抜本的な事業構造改革のため事業所・工場の統廃合を計画した。計画策定後、対象工場従業員に対し広域異動または希望退職を提示したところ、労働組合の上部組織や地元有力議員を巻き込んだ労使紛争に発展した。労使協議に想定以上の期間を要したうえ、削減人数を大幅に見直す必要が生じた。さらには、取引依存度の高い複数の下請先から、取引解消の無効を主張して訴訟提起がなされ、最終的に売上数カ月分相当の補償金で和解することとなった。コスト増のみならずスケジュール遅延も招いた。

(5)従業員・下請先の離反
採算悪化から工場閉鎖を決定したが、顧客への長期供給義務から、数年にわたる段階的な生産縮小による漸次撤退を計画し、従業員に対し、広域異動か生産終了までの勤続を条件とする割増退職金支給を提案した。しかし、地元雇用の工員の多くが広域異動に難色を示し、かつ、再就職への不安から、生産満了前に大量退職が発生した。これに対処するために他工場からの配置転換による補充を試みたが、他工場のライン稼働においても慢性的人員不足が起きており、他工場からの配置転換では不足人員を賄えず、地元協力業者の協力も得られなかった。その結果として生産計画が大幅に遅延し、顧客への納入遅延を生じさせ、最終的に多額の違約金を支払う事態となった。

(6)自治体との関係のこじれ
第2工場を閉鎖し生産拠点を第1工場に集約することでコスト削減を図る再建計画を策定したところ、雇用への悪影響を懸念した地元自治体が難色を示した。地元自治体は、第2工場の撤退を阻むため、工場誘致時に負担した巨額のインフラ整備費用の即時返還を要求してきた。自治体との交渉が暗礁に乗り上げた結果、資金繰り破綻を避けるため工場閉鎖を断念せざるを得なくなった。

(7)適時開示とステークホルダー・コミュニケーションの錯綜
取締役会での事業閉鎖決議により適時開示が必要となったが、労働組合や主要仕入先との非公式事前協議が置き去りになっていたため、メディアも巻き込んだ騒ぎとなった。メディアや地元政府も巻き込む混乱状態のなかでの撤退条件の交渉を行ったため、予定より時間がかかったうえに条件譲歩も多数発生した。その交渉過程で、一時は生産にも悪影響を及ぼす結果になった。さらに、この騒動を顧客から嫌気された結果、ブランドイメージが毀損し、売上も減少する事態となった。

6.最後に

いずれの方法を採用するかはその会社の戦略に依拠するものであるが、共通していえることは、撤退方法を検討しプランニングするまでを迅速かつ丁寧に進めることが何よりも優先される。当然のことながら迅速であってもリスク分析が不十分だと後日想定外のリスクを背負うことになり、またリスク分析に時間をかけすぎると、速やかに実行していれば選択できた方法の機会を逸することにもつながる。

次回は、撤退方針の初期的検討を踏まえ、選択しうる撤退手法と会計上の論点について紹介する。

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
グローバルリストラクチャリングアドバイザリー

バイスプレジデント 曹 賢淑
バイスプレジデント 渡邊 敬太

(2019.6.26)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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