ナレッジ

オムニチャネル戦略

顧客の"心動"を創生する

オムニチャネルの構築には、単一企業だけでなく異業種間連携にまで踏み込み、論理と感性を融合させた世界をテクノロジーとオペレーションにまで適合させ、顧客の「心動」を創生する

はじめに

”数寄屋” -- 日本を代表する文化的嗜好「茶道」における茶室のことである。庭園に面した別棟として造られた小さな茶室であり、その創始者は千利休と言われている。数奇屋には掛け物や生け花が飾られており、独特の精神的雰囲気を備えている。茶道を行う上ではこの部屋の存在はかかせない。

茶道には実に日本の特徴的な文化を垣間見ることができる。本来、茶を飲む目的とは「喉を潤し、加えて、おいしさを楽しむ」ことが出来ればよいはずである。にもかかわらず、茶道においてはその様相が全く異なる。例えば茶道ではその茶を飲むまでですら3つもの空間を経る必要がある。「待合」「路地」「数奇屋(茶室)」だ。

まず「待合」で客が集まり茶を点るのに使うお湯を試飲し、亭主の迎付を待つ。その後、「露地」にある”つくばい”で手水を使い”にじり口”より席入りするわけだが、その路地で庭の景観にふれる。石畳であることも多く、徐々に精神が別世界に連れて行かれる。そしていよいよ「数奇屋(茶室)」に入る。床の間の掛け物、茶釜、炉を拝見し、座につく。このころにはすっかり”非日常の世界”の入口に立っている。そして、挨拶後、やっとこの数奇屋で初炭手前が始まっていく。

このように茶道とは「茶を飲むという”目的そのもの”よりも、“目的に至る過程”を重視」している。

オムニチャネル戦略と一体何の関係があるのか?と思われるだろうが、茶道は非常に興味深い。最近紙面を賑わすオムニチャネル(Omuni Channel)とは、ラテン語 「omnis(全て)」の語幹「omni」のことであり「いつでも、どこでも、何でも買えるような世界」を実現することで今までとは”別次元での購買体験”を実現し、巨大な購買生態系を構築しようとするものである。

しかし、紙面に上がる多くの企業名は、圧倒的資本力をもつ一部の大規模店舗保有型の流通業界大手がほとんどである。となると、流通業界以外のメジャーや、大手以外の企業はオムニチャネルに参入していくことができないのだろうか? また、先行して検討が進む流通大手もどのような観点で検討していくべきなのだろうか?

当考察では、まずオムニチャネル登場までの歴史を踏まえる。

【第一章:オムニチャネル登場までの歴史】
 1. マルチチャネル統合の時代
 2. o2oの時代
 3. オムニチャネルの時代

次に、オムニチャネルの今後の方向性を推察する。
オムニチャネルは各企業の取組みタイプごとに3つに大別されていく と予測する。

【第二章:オムニチャネルの今後の方向性と提言】
 1. 社会インフラ型オムニチャネル
 2. コンテンツ特化型オムニチャネル
 3. マーケティング企業間連合型オムニチャネル

そして、最後に、3つのタイプのオムニチャネルのいずれにおいても必要となる、オムニチャネルのさらなる成功な要件を提言したい。

【第三章:オムニチャネルのさらなる成功のために】
 1. 共動・共心と想像力

オムニチャネルを実現する目的とは「顧客に選ばれ続け、収益を拡大する」ことであり、どのような価値を提供し続けてけるかが鍵となるわけだが、物流や決済、商品やチャネルの統合による”利便性の向上”はもちろんのこと、その先にある 顧客の”『心動』を創生”していく ことが大きな鍵となる。”心動”というのは小さなワクワク感、驚き、新しい発見による心の動きのことを示すオリジナルワードである。”感動”という言葉とあえて分けたのは、感動は心の振れ幅が大きすぎて継続的に提供することが難しいものであると考えるからだ。

心動の一例として最初に取り上げた「茶道」が参考になる。茶道は非日常の提供ではあるものの、何年、何十年も"継続的"に続けられる方がいらっしゃる日本の文化的価値の根幹をなす行為であり「目的よりも、目的に至る過程に焦点を当てる」といった要素がオムニチャネル考察の上でのヒントを提供してくれる。

以上のような観点を踏まえストーリーを展開していく。 

第一章:オムニチャネル登場までの歴史

あるべきオムニチャネルの話に入る前に、機能的なチャネル統合に重きを置いたオムニチャネル登場までの歴史を踏まえておきたい。オムニチャネルには大きく分けて3つの時代に大別される「マルチチャネル統合の時代」「o2oの時代」「オムニチャネルの時代」である。

それではまず「マルチチャネル統合の時代」を見ていきたい。 

1. マルチチャネル統合の時代

「オムニチャネル」という言葉が出る10年以上も前からマーケティング領域においては「マルチチャネル統合」や「マルチチャネル戦略」といった名前でこれらのテーマの必要性が叫ばれていた。

「優良顧客であるほど各チャネルへの接点を多く持つため、営業・店舗・コールセンターといった各チャネルが連動し、一貫した顧客対応を行っている必要がある」というものである。現在のオムニチャネルの必要性が説明される際も「店舗とオンラインストアとの併売顧客の客単価は、リアル店舗だけを利用している人に比べ、2倍以上高い(※UNITED ARROW LTD. ONLINE STORE例)」というような事例はよく見るが、マルチチャネル時代から複数チャネル利用の効果は何度も言われてきた。
しかし、当時はチャネル統合の"必要性"を疑う企業はほとんどなかったが、"必然性"を問われることはほとんどなかった。

一言でいえば、費用対効果が合わなかったからである。理由は以下のようなものがあげられる。

  • チャネル統合への投資の優先度が低かった
    2000年前半においては各業界の再編が行われたが、そこではチャネル統合より、チャネル"拠点"の物理的統廃合のほうが重要であった。というのは、当時は店舗やコールセンターなど物理的拠点を伴うチャネルが多く、顧客データを含めた仕組みの統合まで踏み込んだチャネル統合までを実現する敷居は高かった。さらに2008年のリーマンショックあたりではコスト削減一辺倒で攻めの戦略を打てる企業はほとんどなかった。
  • 横串での顧客捕捉が困難であった
    今でこそ自社クレジットカード、ポイントカード、スマホアプリ会員・WEB会員などを活用し、企業間での横串会員IDを十分な顧客数に行き渡らせる事で、顧客の購買活動を”多少”は捕捉することが可能となったが、小売では単独企業内ですら顧客情報をそもそも蓄積していなかったし、保険のような契約単位で情報管理している業態の多くはそもそも顧客単位で情報を見ることすらできなかった。そしてそれら顧客情報の整備には莫大なコストが必要であった。
  • 顧客接点数が少なく、戦略・戦術に反映させるためのデータ量が十分でなかった
    デジタルメディアが十分に浸透していなかった時代においては絶対的に顧客接点のトランザクション数が少なかった。また数少ない顧客接点である店舗・営業・コールセンターは情報を残す行為が面倒なため、顧客情報がきちんと蓄積されていなかった。よって、応対状況が分からないから統合的な顧客対応はできないし、データ分析をしてもデータが不十分なため「なんとなく感覚では分かっていた事が定量化されて見える」という程度であった。

上記のような理由から、機能統合に重点を置いたマルチチャネル統合は重要であることは間違いなかったが、高頻度で利用される一部のロイヤルカスタマー対応を除けば、マルチチャネル統合による費用対効果を十分に享受できた企業は少なかったように思う。

2. o2oの時代

次に来た言葉が「o2o」である。「o2o」はリーマンショック後の2010年頃から使われはじめた言葉であるが「Online to Offline」の略称である。その名の通り「オンラインでオフラインのリアル店舗へ来店を促すような施策をうち、オフラインでの購買につなげる」というものである。この時代も巨大なチャネル同士をつなぐという機能統合に重きがおかれている。

そもそもo2oの言葉が生み出された背景は、日本の小売業界の「モノ消費」135〜140兆円程度と「コト消費」120~130兆円程度のうち、約10兆円市場に達したEC/ネット企業がさらに広大なリアルマーケットエリアに拡大を目指していくために使われたからであった。EC市場は世界的にも2018年まで年率17%で成長と店舗小売市場の年率6%を大きく上回る高成長が予想されており、いまやオンラインの有効性を疑う必要はないだろう。

オンライン市場が拡大している背景には顧客構造の変化も大きい。特にグローバルでは1%の富裕層による消費から、世界70億人の30%の中間層が消費をリードするようになり、全顧客の2割から売上の8割を上げていた2:8の法則の時代から全顧客の4割から売上の6割を獲得する4:6の法則という考え方が台頭してきた。つまりターゲットとしなければならない顧客の数が従来よりも増えたのである。

加えてそれらターゲット顧客は数が多いだけでなく、好みも多様で、昔よりも速いスピードで情報を手に入れ学ぶため、従来の画一的なマスマーケティングではなく、個客マーケティングが求められるようになってきた。そのため近年各企業が力を入れる「デジタルマーケティングオートメーション」という手法により大量の複雑化した顧客を理解し、かつ、個別にマーケティングするというスタイルが重要視されるようになってきたというわけだ。

まさに「マーケティングを論理(ロジック)で制する」という”デジタルマーケティング”の世界はオンライン市場において最も威力を発揮するためますますオンラインの重要性は今後も増していくだろう。

しかし、「オンラインからオフラインに”送客”する」と言った瞬間に話が難しくなる。実際にGoogleでの検索件数は直近1年でオムニチャネルはo2oの2倍近くに増えている。一体それはなぜか。

2010年当時のo2oは、クーポンやキャンペーン情報などの一時的な金銭的価値提供により、大型のネット企業がリアル店舗保有企業に送客するというやり方が主流であった。これは考えてみればすぐにわかることではあるが、オンラインからリアル店舗に送客するのはそれほど簡単なことではない。ECにカートに商品を入れてもらうためにもA/Bテストを繰り返し、ボタンの位置を巧みに操り、最適なデザインに張替え、やっと1クリックをしてもらうわけだが、o2oの世界ではオンライン上で情報を参照させ、腰をあげさせ、外出させ、店舗にまで誘導することは行動喚起のためのモチベーションの絶対量が違う。

無論、昨今のo2oはスマートフォンをベースとして設計されることが多く、ジオフェンシング機能などを活用し、ユーザーの場所・時間を認識しながら効果的に店舗誘導を計ることが前提とはなっている。それでも、筆者も何度かo2oの取り組みを行ったことがあるが、送客できる基人数が相当数いて、かつ送客先のコンテンツの魅力が十分でなければ、機能させることは容易ではない。

例えば、ある1万円の商品を100人に購入してもらうとしよう。そこから必要人数を逆算してみる。

結果 : 1万円の商品を100人が購入 ⇒ 100人
  ↑
購入 : 店舗に来た人の10%が購入 ⇒ 1,000人
  ↑
来店 : 情報配信された人の0.1%が来店 ⇒ 1,0000,000人 (百万人)
  ↑
認知 : 情報配信による認知が10% ⇒ 10,000,000人 (1千万人)

上記は理解の促進を促すため単純化しているが、各パラーメータは実際にある業態で起きた数字に近しい値を置いている。

このケースでは通常のキャンペーンを想定しているためコンバージョン率はやや低い数値ではある。とはいえ、このケースでは100万円の販売のために、送客側に1,000万人級の顧客を囲う必要がある。1,000万人の顧客を持っている企業は存在するが、1,000万人に情報配信が可能な企業はそれほど多くはない。加えて、これらの顧客が来店可能な店舗が行動範囲にいなければいけない。大量の情報配信が可能な企業も、顧客の行動可能範囲と実際のリアル店舗配置がかけ離れていることも多い。これがo2oによるリアル店舗送客が難しかった理由である。

無論、送客先のコンテンツの力が強ければ短期的に成功させることはもちろん可能であったが、定常的な仕組みにできた企業は非常に少なかった。

3. オムニチャネルの時代

最後に「オムニチャネル(Omuni Channel)」である。オムニチャネルはメイシーズ (Macy's)が発祥と言われているが、o2oがネット企業を中心に発信されているのに対して、オムニチャネルはリアル店舗企業が中心となって発信されている言葉である。

米国であれば「AmazonとWalmartの真っ向勝負」と言われるようにネット企業vsリアル店舗企業の激しい攻防戦が繰り広げられているが、日本においても同様の展開となっている。オムニチャネルの特徴としては、リアル店舗企業がネット企業の攻勢に対抗するために、”店舗を基点”としたオフラインとオンラインの融合というところに重きを置かれた戦略という見方が強い。

オムニチャネルの主戦場である小売市場はメガリテーラーのBuyingPowerがますます拡大しており、規模の拡大が一層必要になっているが、足元の日本においては少子高齢化による購買層の減少に加えて、小売の要である新規出店もオーバーストア化が進む。そこにきてメガECの勢力の拡大により店舗を持つ業態の存在意義が問われることとなった。これは小売だけでなく、金融や不動産などあらゆる業態で同時に起きている現象である。

これらの背景により、日本においては店舗基点の企業は、1顧客あたりの単価を上げていくことがより重要となる。一度来店した顧客を逃がさず、あらゆる商品を自社グループから買ってほしい。セブン&Iであれば「いつでも、どこでも、あらゆる商品・サービスが利用できること」がオムニチャネルであると定義している。様々な顧客・商品をもつ企業を買収することで圧倒的なコンテンツをもち、かつ、その基点となるセブンの店舗に行けばそれらの商品・サービスを買うことも受け取ることもできる『小売の社会インフラ』となるというわけだ。こうなれば1顧客あたりの単価向上だけでなく、その利便性を感じた他企業の顧客もやってくる。

こうした仕組みを実現しようとすると、「店舗」が基点となるためサプライチェーン領域の施策が多くなる。

・何でも買える:グループ企業間レベルでの在庫情報の共有化による、あらゆる商品の購入、欠品率低減、在庫削減。さらにはグループ全商品の注文・決済の一元化
・どこでも受け取れる:物の受取範囲の拡大(EC/他店舗・他業態購入品の店舗受取)によるサービスの向上。さらには30分指定宅配などの宅配高度化・返品の店舗対応

施策だけを見ると10年前から変わらないものが多いが、ここでオンライン領域のチェンジドライバーが活きてくる。

ECであれば店舗にも置けない「大量の商品の情報を、いつでも、どこでも」見せることができる。そしてスマートフォンの台頭により、多くのユーザーの手の中にダイレクトに情報を届けられるようになった。そこから店舗へ誘導する。

ここまではo2oと同じ世界であるが、昨今叫ばれているオムニチャネル戦略の1つのポイントは、リアル店舗へ”購入送客”させるのではなく、ネットで購入した商品の”受取送客”をするのである。いわゆるclick and collectである。これが店舗を持たないネット企業主導のo2oとは違うところである。前述したとおりオンライン上で集客した顧客は、オンラインで決済させた方が簡単である。あとは物の受取のみを店舗で行い、店舗に“集客“するのである。

そこに何の意味があるのか。例えば、Walmartの事例ではオンラインで注文した客のうち、店舗での商品受け取りを選択した客の60%が、来店した時に平均60ドルの付加購買をしている事実を発見した。ネットで買う時とは違い、店舗を訪問すると、いろいろなものが目に入ってくるため「ついで買い」をしてしまうというものだ。

店舗に商品を受け取りに来る客の中には、ちょっと迷っていて、実物を確認してから購買決定をしたいと思っている客もいる。だからWalmartでは、ネットで注文しても支払いは店舗可というシステムも提供している。また実際に、実物を見たら、サイズが合わないとか色がしっくりこないということがあるが、それらの在庫がなかったときに店員がもっているタブレット型PC、あるいは客がもっているスマートフォン(スマホ)で、他店舗やネット上で在庫があるかどうかチェックできる。在庫があれば、その商品を自宅へ届けるように注文する。

こうやって「確実に来店するオフライン(店舗)」と「いつでもどこでも使い勝手のよいスマホ・ネット(オンライン)」が、『オフライン側が基点となりオンラインを融合』する世界が生まれると、「地域に密着したオンライン顧客の獲得」ができるようになる。そうすれば大勢のオンライン顧客を捕まえても送客先の店舗がないということはない。ここが従来のo2oとは決定的に違う。こうなることで、かつてのo2o(オンライン to オフライン)は、o2o2o(オフライン to オンライン to オフライン)という仕組みに生まれ変わろうとしている。

これが現段階で検討が進んでいるオムニチャネルの世界である。 

第二章:オムニチャネルの方向性と提言

現段階ではオムニチャネルは構築段階であり、本当の意味で成功させた企業はまだほとんどないといってもいいだろう。オムニチャネルの実現は、サプライチェーン上の統合から、顧客の統合まで含めた一大事業であり、前述のようなclick&collectは意味があると思うが、実現には莫大な投資と時間がかかる。それだけに、オムニチャネル検討の大号令はかけられたものの「今後どのような世界になっていくのか。その上でどこから手を付けるべきなのだろうか」という声は驚くほど多い。

そういう意味においても“実現したいことに的を絞る“ということは必須であり、そのためには今後のオムニチャネルの世界を予測し、最適なアプローチを検討することが求められる。そこで筆者は今後のオムニチャネルは「社会インフラ型」「コンテンツ特化型」「マーケティング企業間連携型」の3つの形態に集約されていくと予測する。この3つのオムニチャネルのパターンごとの構成要素を提示したい。

1. 社会インフラ型オムニチャネル

1つ目は「社会インフラ型」のオムニチャネルだ。いつでも、どこでも、何でも買える世界の実現である。

・あそこに行けば、とても便利で快適である
・あそこに行けば、必ずほしいものがある
・あそこに行けば、必ず楽しいことが待っている
・あそこと付き合えば、人生が豊かになる

この勝負はまさしくパワーゲームであり、チャネル・在庫・決済・物流の異業種間統合を支えるプラットフォーム投資に耐え切れる資本力とM&Aなどの活用も含めた圧倒的な店舗・商品数の保有、そしてそれらを多数の店舗でオペレーションする人財力が鍵となる。

いわゆるプラットフォーム戦略であるため、クリティカル・マスを超えてくるとサービスそのものが社会インフラ化し、マーケティングコストを最小化しても自然と集客が見込めるようになる可能性が高い。また、オムニチャネルの要である顧客情報を集中的に蓄積できるため、集客すればするほど強くなる。そして、集客が進めば集中購買でコストリダクションが可能となる。

代表的な例としてはセブンやイオンが挙げられる。セブンは小型ながら圧倒的な店舗網を誇るコンビニを活かした戦略であるのに対し、イオンは物買いから事買いまで何でも完結する巨大旗艦型SCを主軸に置くように、同じ社会インフラ型でもその戦略は企業の強みによって性格は異なる。

いずれのケースも主な現在のテーマは『物流統合』であり、巨大な物流インフラを構築中というのが現状ステータスという企業が多い。
 

  • 社会インフラ型の実現ポイントは「徹底的な顧客目線」

それでは社会インフラ型の実現において何が必要となってくるのだろうか。物流系の話は他文献でも多く見られるため、あえて違った角度から本質的に必要な課題を提起したい。

それは社会インフラ型を実現する上でのポイントは「徹底的な顧客目線」である。
いまさら顧客目線というと新鮮味がないように思うかもしれないが”オムニチャネルだからこそ”より重要になる。

というのは、仕掛けが大きい分、検討が細分化しやすく、個別の仕組みづくりそのものが目的化しやすい。ひとつ例をあげるならば「多くの商品が買えるようになることは顧客にとって便利か」というものがある。近年の商品の購入はパッシブ型とアクティブ型に分かれる。Amazonに代表されるパッシブ型ECは大量の商品があるが、それだけに購買目的が明確であり、購買リテラシーが相当高くなければ「選べない」という現象を引き起こす。これにオフラインチャネルが入ってくると中高年層も多いため「大量の商品を各顧客別に適したものに、グルーピングし、提案する」というアクティブ型提案が求められる。別の言葉ではキュレーションとも呼ばれる。

社会インフラというからには、かなり広いターゲットを捉えていくことになり、前段に記述したとおり「顧客が複雑化した社会」においてはキュレーションするための仕組みが実現できなければアクティブ型を求める顧客を取り逃し、大量に集めた商品の相乗効果が意味をなさなくなる。

この課題に対する解決策の1つも合わせて提示する。
「店舗のデジタル化」である。LondonのAudiでは個客別に最適な車種・カラー・サイズをデジタルサイネージで提案する。物理的に商品も置いていない。

このような世界を作り上げることができれば、顧客別の興味に応じた大量の商品を見ていただくことができるようになる。小売の場合であれば物理的に置く商品はもちろん必要だが、一部をデジタル化することで少なくとも商品数の制約はなくなり、まさしく「自分がほしいものが何でも買える」が実現できる。この仕組みにはテクノロジーも重要だが、むしろ見せる商品の組合せやタイミングを考える「マーケターの感性」が必要だと考える。ビックデータは確かに過去の傾向から将来の予測の”確からしさをサポート”してくれるが、お客様が次に求めること、つまり未来の行動を読み解くには人間の感性は欠かせない。この点は意外に指摘されていないが重要なポイントである。

このように「何でも買える」という論点1つとっても顧客目線での議論はつきない。
 

  • 社会インフラ型のもう1つの実現ポイントは「経営トップの不退転の覚悟と関与」

社会インフラ型を実現する上でのポイントをもう1つあげるとするならば「経営トップの不退転の覚悟と関与」である。こちらも「何をいまさら」といわれるかもしれないが、オムニチャネルだからこそあえて取り上げる。

社会インフラ型のオムニチャネルの実現には様々な「統合」が必要となる。だから多くの事業部やグループ企業に対するガバナンスが重要であるが、各事業部に任せても事業採算の壁が大きくのしかかり自部門にとって効果が出やすい施策を優先しようとするし、横串部門に任せても力のある複数部門のパワーバランスを図ることは困難である。よって日本企業が得意な現場のすり合わせではなく、トップからの強力なダイレクションが必須となる。事実、巨大なプラットフォーマーで成功している企業の多くは「顔のみえる経営トップ」であることが多い。

また社会インフラ型は投資額が大きい割に、プラットフォームの価値が認知され、人が人を呼ぶ正のパラレルとなるまでに時間がかかることが多い。よって、将来の利益に賭け、”短期の利益を我慢できるか“が重要となる。四半期決算での容赦ない株主からの説明責任を求める声に対応するためにも覚悟とともに「どこで何をメッセージし利益が出るまでの信頼を得続けるか」というプランを裏に持っておくことが覚悟を維持し続ける上では必要となるだろう。

2. コンテンツ特化型オムニチャネル

社会インフラ型のオムニチャネルが浸透しはじめると、その他の少数の店舗しか持ちえない企業は集客を行うことがより難しくなるため、強力な集客力をもつ自社独自のコンテンツ(商品・サービス・メディアなど)に特化して勝負せざるを得ない。

これら企業は「店舗数が少ない」ということが特徴であり、オフライン系の少数店舗企業はもちろんのこと、オンライン系の巨大なWeb企業も、社会インフラ企業と同等の店舗網を持つことは投下する資本量が大きすぎるため、自社だけでそれだけの面を取りに行くことはなかなかないだろう。

特に近年はソーシャルメディアの進展により、良質なコンテンツであればマーケティングコストをかけずとも幅広い地域に情報を広げることができるようになった。つまり話題さえ作れればSNSが“勝手“に広げてくれる。よって店舗×WEB・スマホ×SNSによるオムニチャネルに活路を見出す企業は多い。

オフライン系の少数店舗企業はよりコンテンツにエッジを利かせ、オンライン系の巨大なWeb企業はオンライン送客のための旗艦店として少数店舗を出していく。

あるいは、イギリスではポップアップストアという空き店舗などに突然出店し(ポップアップ)、一定期間で突然消えてしまう期間限定の仮店舗展開手法なども盛んだ。これは社会インフラ型のように「店舗を構えて店舗で稼ぐ」、というよりは「店舗で宣伝する」ということに特化したものだ。リーマンショック時以降、CMより安いのでこの手法を選ぶ企業が増えたが、Webへの集客という意味では、店舗を持つリスクを負わずに展開できることが特徴で、強力なコンテンツ(新商品や奇抜なキャンペーン)を武器に一気に認知の獲得や顧客IDの取得を目指すことができる。 

しかし、長期的に見れば、特にオフライン系の少数店舗企業がコンテンツ特化型で”持続的成長”を行うことは非常に困難であろう。情報を簡単に手に入れることができるようになった生活者の飽きは従来に比べて驚くほど早い。コンテンツ力を強化するための施策は多々あるものの、社会インフラ型が提供するコンテンツより良質であることがコンテンツ特化型の前提なので、1社で良質なコンテンツを出し続けることは次の時代においては並大抵のことではない。

そうなれば社会インフラ型企業にExitしてしまうことを前提にコンテンツ設計することも1つのオプションであるが、もう1つの方法として第3の共同体を作り上げるというものがある。それが最後にあげるマーケティング企業間連合型である。

3. マーケティング企業連合型オムニチャネル

前述のコンテンツ特化型の考察から、社会インフラ型のオムニチャネルに対抗するため、そうでない企業同士(特にオフライン系の少数店舗企業)が持続的成長を望む場合は”企業間で手を組もう”という話が今後一層加速してくだろう。

しかし、複数企業をまたいで「いつでも・どこでも・なんでも買える」というような商品・決済・物流など物理的レイヤーで連携していくことはハードルが高い。

しかし、マーケティング領域であれば比較的取り組みやすい。インフラレベルでは連携してなくても、顧客接点領域で連携し“顧客が求める世界を見せること”にのみ特化して連携するのである。以下に2つの例を挙げる。

  • 複数企業間ディスプレイ

これからの時代では物そのよりも、物によって提供されるシーンを購入するようになっていくといわれている。そうであるならば、例えばデジタル上で複数の企業の商品を使って、同時に1つのシーンとして表現していくことが可能となる。

例えば、ある日店舗に訪れると、デジタルサイネージに、Facebookで友達となっている友人のサプライズパーティを企画するディスプレイが表示されている。そこでは自社だけでは取り扱えないさまざまな商品での組合せが提案されている。社会インフラ型であればその場でそれぞれの商品の購入までできてしまうわけだが、これはマーケティング企業間連合なので各店舗への送客ということになる。

ポイントとなるのは顧客にとってワクワクできる世界観を、顧客目線で自社のコンテンツ(商品・サービス)に囚われずに作りこむことである。小売であれば百貨店などが元々この編集機能を得意としているわけだが、従来の百貨店は仕入れた商品でディスプレイするのに対し、ここでは仕入れていない商品でもデジタルサイネージというチャネル上で統合されている。

これは小売の世界だけではなく”ライフタイムイベント”という軸で編集すれば引越や結婚のタイミングでの「不動産×自動車×保険」といった新しいチャネル間連携もありえる。デジタルの進化が従来では考えられなかった企業間オムニチャネルの実現を促進していく。
 

  • 複数企業間での顧客捕捉

オムニチャネルでは、顧客がどこにいっても自分用に編集された世界を見せることが重要となるわけだが、オフラインとオンラインの融合しそれらを結びつけるキーとなるのは顧客IDである。これは、特にオフラインの店舗でIDを取得する方がオムニチャネルの実現の場合は有効だという話はo2oの章で記述したが、店舗でのレジを通る際、顧客が商品を手に取りスマホでチェックする際などリアル店舗にはID取得のチャンスが多々ある。しかし、店舗数が十分でない企業などはIDが確保できなかったり、そもそもIDを取得するポイントカードやスマホアプリなどの機能が弱かったりすることが多い。

だから共通ポイントやOpenIDを活用していくことが一般的手法なのだが自社のデータがどの企業に使われるのかが分からないことに加え、ブランドテイストが自社と合わないケースもあるため敬遠されることも多い。

だからこそある程度、自社と顧客セグメントやフィロソフィーが似ている企業同士で手を組み、ポイントカードやスマホアプリを共同で作り込み、自社だけでは得ることのできなかったより多くの情報を取得することができるようにすることで、顧客への提供価値を向上させる。

これについては、協業のための各社の資金負担額の取り決めや、セキュリティレベルの担保が重要となってくるだろう。

第三章:オムニチャネルのさらなる成功のために

ここまででオムニチャネル登場までの歴史と3つのオムニチャネルの方向性を提示してきた。最後にオムニチャネルの究極的な目的である「顧客に選ばれ続ける」ことを達成するために必要な、顧客の”『心動』を創生”していくことについて説明したい。

繰り返しにはなるが、”心動”というのは小さなワクワク感、驚き、新しい発見による心の動きのことを示すオリジナルワードである。心動の一例として「茶道」を最初に取り上げた。茶道は非日常の提供ではあるものの、何年、何十年も"継続的"に続けられる方がいらっしゃる日本の文化的価値の根幹をなす行為であり「目的の達成よりも、目的に至る過程に焦点を当てる」といった要素がオムニチャネル考察の上でのヒントを提供してくれる。

では「心動」を作るにはどうすればいいか。もう一度茶道を参考にして、一例を提示したい。

共動・共心と想像力

茶道には『一定の手続きに基づく心のやりとり』と呼ばれるように、茶を飲むための手続きが多々ある。これらの決まった一定の手続きに基づているからこそ、熟練者は余計なことに頭を使うことなく、お手前を通じて本当に考えたいことに頭を向け、精神的な世界に足を踏み入れていくことが可能となり、普段の生活では気づくことのできなかった自分と向き合うことができる。そして決まったやり取りだからこそ、客人は亭主の小さな心配りに気づくことが可能となる。季節を感じる花、加減のよい茶、降らずとも用意された傘。亭主の思いとそれを受け取る客人の間には言語によるやりとりは必要なく、相手の思いを想像し汲み取り、感謝する。ここに茶道における心動の創り方が見て取れる。

こういった「その場にいる人々が次にどう動くか、次にどう考えるか」が共有されている状態、つまり『共動・共心』だからこそ、常時との違いがより分かり、心動が生じるというのは様々な事柄にて見受けられる。例えばお笑いなどもそうだ。誰もが普通の状態が何かを共有されているからこそ、普通と違う状態をボケという形で人工的に作り出し、ツッコミがその違いを端的に是正するから「笑いを狙って生み出す」ことができる。つまり心を動かすことができるのだ。

茶道における心動創生には『共動・共心』だけでなく、『想像力喚起』というポイントも重要である。その実現手法の1つが村田珠光が確立した『侘』という概念である。「月も雲間のなきはいやにて候」というように、あえて美を隠し、あえて明かさないという思想。美を完成させるのは対象物ですべて満たすのではなく、対象物と鑑賞者との相互作用によって完成させるというのである。そのためには『imperfect beauty』でないといけないというわけだ。

このように茶道は「手続き」により『共動・共心』の状態を作り上げ、「侘」を通じて『想像力喚起』を行い心を動かしていく。繰り返し行われる手続きがあるからこそ、それが非言語でのコミュニケーションとして成立するようになり、そこを基点として心の動きを増幅させていくのである。特に「相手の想像を活用する」という考え方は非常に参考になる。個々の想像力を活用すれば無限のパターンのストーリーを生み出すことができる。

それではこれらを踏まえてどのようにオムニチャネルに活用するか。例えば『共動・共心』の状態の作り方として、毎回必ず行う行為、毎回通る店舗の入り口、必ず買っていくコーヒーなど"定番の行為"を活用する。そして、そこにいつもと違うギミックを差し込む。それは茶道であれば生花や生菓子を媒介にして生あるものへの感謝の気持ちを連想させるわけだが、マーケティング企業間連合型オムニチャネルで取り上げたFacebook例などのように、友人の誕生日や特別なイベントなど心を動かしやすいイベントの活用するのがよいだろう。そしてここでの情報の伝え方では、ダイレクトに友人の誕生日を伝えるのではない。その人への「感謝」や「何かしてあげたい」と想像力を掻き立てる情報の伝え方が必要である。そこにはibeaconやNFCといった新しいモバイルテクノロジーも1役買うだろう。

最後に

オムニチャネルは、マルチチャネル・o2oの時代を経てなお、今だ絶対的な成功事例がまだない分野である。しかし人々の購買行動やライフスタイルは明らかに変化をしており、この領域での成功モデルを作ろうという各企業の流れは自然なものとなっている。すでに先行投資している企業の投資領域を見極め、将来を予測し、それに対して自社はどのように攻防していくのかを検討していくことが今後より重要となっていくだろう。その際に今回提示した3つのオムニチャネルのパターン別の特徴を抑えたうえで、『心動』というアクセントを1つ加え、一歩前を行くオムニチャネルが実現されることを願いたい。

当考察がご検討の一助になれば幸いである。

筆者) デロイト トーマツ コンサルティング マネジャー 熊見 成浩

お役に立ちましたか?