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AI活用による次世代コンタクトセンターの構築

顧客体験(カスタマーエクスペリエンス)が商品・サービスの販売で重要視される傾向が強まるにつれて、コンタクトセンターは、単に商品・サービスの購入・保有に係る顧客サポートの提供拠点ではなく、顧客体験の実現拠点として、経営戦略上、一層重要な役割を担うようになっている。一方、顧客接点のデジタル化に伴い、その業務は複雑化しており、顧客体験には欠かせない一定水準のサービス品質を確保することが難しくなっている。

コンタクトセンターを取り巻く環境の変化

EC市場の拡大やスマートフォンの普及に伴い、企業における顧客接点のデジタル化が急速に進んでいる。購入前の商品情報のWeb検索や、ECでの購入、購入後のSNSでの情報発信はすでに一般的な消費行動として定着化しており、さらに、スマートフォンの普及により、それらの消費行動の時間・場所の制約はもはや取り払われている。このような消費行動の変化に合わせて、企業は、自社Webサイト、Eメール、チャット、SNSなどの多様なデジタルチャネルを顧客接点として構築しているが、これらのコミュニケーションチャネルは単に商品・サービスの情報発信手段ではなく、企業と顧客が相互コミュニケーションを行う場であり、企業にとっては顧客体験(カスタマーエクスペリエンス)の提供手段として位置づけられている。商品・サービスのコモディティ化や経済の成熟に伴い、商品やサービスそのものの特徴よりも、それらを通じて最適な顧客体験をどのようにデザインするかが、商品・サービスの販売に直結する傾向にある中、デジタルチャネルは、もはや欠かせない存在となっている。

顧客体験が商品・サービスの販売で重要視される傾向が強まるにつれて、コンタクトセンターは、単に商品・サービスの購入・保有に係る顧客サポートの提供拠点ではなく、顧客サポートを通じた顧客体験の実現拠点として、経営戦略上、より一層重要な役割を担うようになっている。一方で、顧客接点のデジタル化とともに、その業務は複雑化を余儀なくされており、顧客体験には欠かせない一定水準のサービス品質を確保することが難しくなっている。例えば、コンタクトセンターでは、多様かつ膨大な量のデジタルチャネル経由での顧客の問合せに応対すると同時に、電話を中心とした従来型の問合せチャネルで「緊急時の即時応対」や「込み入った内容の相談」などの応対を並行して行うことが一般的となっている。複数のチャネルからの問合せを同時対応しながら効率的に業務運営を行うには、複数の人材要件、業務プロセス、ITシステムなどを組み合わせて、統合的なセンター運営を行う必要性があり、それには投資が欠かせない。しかしながら、低コストでの業務運営をコンタクトセンターに求める企業がまだまだ多いため、十分な投資が行われない結果、品質の悪化や顧客体験の毀損にまでつながるという悪循環が生じがちである。

業務複雑化に伴うコンタクトセンターの課題

顧客接点のデジタル化に伴い、コンタクトセンターの業務が複雑化していることを述べたが、特に、人材、業務プロセス、ITシステムの3つの観点で、課題が顕在化していると言える。

先ず、人材の観点では、チャネルごとに求められるスキル要件が異なるため、品質保持や顧客体験最適化を実現しにくくなっている。例えば、電話応対業務は複雑な内容の問い合わせが多く、豊富な商品知識と高度な顧客応対品質が求められると同時に、平均処理時間を短縮するなどの効率的な処理能力も必要である。一方で、Eメールやチャットなどデジタルチャネルでの顧客応対では、手際よく短時間で応対するスキルが求められる。そのため、同じ人材が電話もデジタルチャネルも同時応対するのは、品質や顧客体験を最適化する手段とは言えないものの、慢性的な人手不足やコスト削減へのプレッシャーのため、業務シェアが行われることが多いのが現状である。

次に、業務プロセスの観点では、チャネルごとの業務受渡しがされず、顧客にとって最適なチャネルでの応対がなされないという課題がある。例えば、Eメールでの問合せに対して顧客が電話での回答を希望する場合や、回答内容が複雑なため、電話での回答のほうが解決しやすい場合がある。また、顧客は問合せの前にWebやSNSで情報収集を行うことが一般的であり、その中には企業発信の公式な情報もあれば、風評などの非公式なものも含まれるため、顧客の持つ情報内容を正確に把握するには、電話での相互コミュニケーションが有効である。顧客接点のデジタル化に伴い、チャネルの種類は増加傾向にあり、顧客の期待するサービスレベルで提供を行うには、どのような場合に一つのチャネルからその他のチャネルに誘導するかなどの基準を設けるとともに、網羅的かつ遅滞なく情報を連携するための、高度な業務設計スキルが要求されるようになっている。

最後に、ITシステムの観点では、業務の変化スピードにITシステムの対応が追い付かず、顧客単位で応対履歴の蓄積がされずにスムーズな顧客応対ができない、という問題が生じている。企業が顧客接点として使用するデジタルチャネルは、自社Webサイトなどの自社プラットフォームから、SNSなどのオープンプラットフォームに急速に移行している。このようなオープンプラットフォームを使う場合、ユーザー特性に合わせて複数のコミュニケーションチャネルを使うことが一般的であるが、その数は増える一方にある。中には顧客個人を特定し難いチャネルもある中、統合的に自社システム内の顧客データと連携させて、同じCRMシステムの中で顧客対応を可能とする機動的なシステム構築が求められる。

AIの特徴的な機能

コンピューターやネットワーク機器の性能向上と、大規模IT企業の台頭に伴い、AI(人工知能)の研究が近年活発化を見せており、ECにおける推奨商品の自動表示や、Webサイトの自動翻訳などの一部領域においては既に実用化段階に入っている。AIはコンタクトセンターの業務領域においても、課題解決につながり得る二つの特徴を持つと考えられる。

第一に、AIはテキストデータを中心とした構造データだけでなく、音声・画像・感情といった非構造データの認識・分析にも長けている。例えば、音声認識機能を使えば、入電時の音声で即座に顧客を特定したり、顧客の感情を推察したりすることができる。また、画像認識機能を使えば、EメールやSNSでの問合せ時に、顧客が添付したスクリーンショットや写真を自動認識して、問合せ対象の商品を特定したり、商品の故障状況を推察したりすることができる。

第二に、AIは学習機能を持ち、自らが最適なアルゴリズムを設計することができる。例えば、AIを使ってコンタクトセンターに保存された大量の音声データを分析することで、平均通話時間を短く抑えながらも顧客の満足度が高い会話パターンを特定する。また、その分析結果を活かし、AI自らが平易なトークスクリプトを作成してオペレーターに伝える。さらに、そのトークスクリプトを使用した結果の顧客の反応を分析することで、トークスクリプトをAI自らが修正して、効果的な会話を提案する。AIの学習機能を活用すれば、このように、継続的な業務改善サイクルをAIが自律的かつ高精度に遂行するということも可能なのである。

従来、コンタクトセンターは電話中心の応対で、応対内容の可視化が難しいことに加え、応対パターンが多岐にわたるため、業務設計、システム導入、センター運営のすべての段階で、人手が多くかかり、自動化や標準化が難しい業務領域と考えられてきた。顧客接点のデジタル化とともに、デジタルチャネルからの問合せ応対は自動化が一部進んだものの、従来型の電話応対と組み合わせたコンタクトセンター業務全体の標準化は、より一層困難となっている。AIは、電話応対に付随する音声分析にも適しており、複数のコミュニケーションチャネルからの問合せ応対が必要なコンタクトセンター業務の複雑性を解消しうる特徴を持つという点で、従来は難しかった省力化によるコスト削減と顧客応対品質の維持、さらには顧客体験(カスタマーエクスペリエンス)実現への貢献をすべて同時に実現しうる。

コンタクトセンターにおけるAIの活用事例

音声認識、画像認識、学習機能といったAIの機能はコンタクトセンターの業務複雑性解消と顧客体験(カスタマーエクスペリエンス)実現につながり得るソリューションであることを述べたが、AIの位置づけを明確化することなしには、顧客体験を最適化することはできないと考える。

例えば、24時間365日の迅速な顧客応対を顧客体験にとって重要な要素と見なす場合、AIを「オペレーターの代替ツール」として位置づけ、AIが直接的に顧客対応を行うことが有効となる。また、人間による臨機応変な顧客応対や詳細説明を重要要素と見なす場合、「オペレーターの支援ツール」としてAIを活用する方法が考えられる。さらに、顧客の問い合わせ背景を深く理解することが重要要素となる場合は、AIを「分析ツール」として位置づけ、顧客との会話分析結果を随時業務にフィードバックしていく仕組みの構築が有効である。

上記のとおり、AIの位置づけは、(1)「オペレーターの代替ツール」、(2)「オペレーターの支援ツール」、(3)「分析ツール」の大きく三種類に分類され、それぞれの実用例を、顧客体験最適化の観点から、以下に紹介する。

(1) 「オペレーターの代替ツール」としてのAI
大手ECサイトでは人工知能型チャットボットでの問い合わせ応対が既に実用化されている。自社サイト内においてテキストベースのチャット形式で、オペレーターに代わり、24時間365日リアルタイムで顧客の問い合わせに対応することで、省人化効果をもたらすだけでなく、24時間365日の顧客サポートを実現し、顧客満足度向上にも寄与している。

(2) 「オペレーターの支援ツール」としてのAI
大手金融機関では、コンタクトセンターのオペレーターの顧客対応時間短縮を目的としてAIを活用している事例が増えている。例えば、顧客の電話での問い合わせ内容をAIが音声認識し、文字データに変換後、回答例を検索し表示する。オンライン取引の普及など、金融業界においても顧客接点のデジタル化は進んでいるものの、複雑な商品特性のため、Webサイト上での商品説明には限界があり、オペレーターによる商品説明も長時間化する傾向にある。顧客対応時間を短縮することで、オペレーターの負担軽減と応答率改善による顧客満足度向上を同時に実現することができる。

(3) 「分析ツール」としてのAI
コンタクトセンターの業務改善のための分析ツールとして、AIを導入する企業も徐々に増加傾向にある。オペレーターが入力したテキスト分析を行うことで、問い合わせ内容という「事象」についての分析を行うことは既に一般化しているが、さらにAIによる音声分析を導入することで、「事象の背景」にまで分析対象を広げることができる。結果、Webサイト上のFAQの充実を行い、応答率改善を実現している。

上記の三つの事例の共通点として、いずれの企業も顧客接点において、顧客が何を重要視しているのかを把握した上でAIを活用している点があげられる。これは、AIは単なる業務効率化の一ツールとしてではなく、顧客体験を最適化するツールとして、企業経営上の重要な位置づけとなることを示唆している。「AIによって何ができるか」という企業視点ではなく、「顧客が企業に何を望むか」という顧客視点で顧客体験をデザインし、その中でAIを活用することが重要である。

AIの導入に向けた提言

これまで、コンタクトセンターにおけるAI導入の有効性について述べてきたが、その技術を最大限に活かすには、要件定義の精密化や自社システムとの連携が必要で、導入・運用面においてまだまだ高価な技術と言わざるを得ない。そのため、コンタクトセンターでAIの導入範囲を具体的に検討するにあたっては、その費用に対して、自社の顧客体験(カスタマーエクスペリエンス)上の課題を解決する効果が十分にあることを見極めたうえで、投資の判断を行うべきである。

AIの投資効果を見極めるためには、AI自体の機能を理解することに加えて、自社が競合企業に対して優位性を発揮するために、AIが自社の顧客体験の強化に貢献する領域を見極めることが欠かせない。具体的には、次のような手順が考えられる。

(1) 先ずは、カスタマージャーニーマップを作成し、商品・サービスの購買前後に係る顧客の行動を一貫した行動として可視化する。
(2) 次に、マーケティング部門、製品部門、オペレーション部門などさまざまな部門が横断的に議論を行い、現在の自社の顧客接点が提供する顧客体験価値の強み・弱みを把握する。
(3) さらに、その強み・弱みが競合企業に対する差別化要素となることを踏まえた上で、より重点的に強化すべき顧客体験領域を特定する。
(4) 最後に、音声認識・画像認識・学習機能といったAIの機能が、その顧客体験の強化にとって有効なソリューションとなることを確認する。

以上の手順をとおして、AIの投資効果を認識できて初めて、AIを兼ね備えた「次世代コンタクトセンター」の構築が現実的なものとなる。

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