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不正発生時の開示制度への対応のポイント
上場企業による近年の決算訂正事例などを踏まえて、不正発生時に担当者が押さえておくべき開示制度の内容や実務上のポイントについて解説します。
I.はじめに
2022年不適切な会計・経理を公表した企業数は相応の件数に上り1、上場会社にとって「明日は我が身」とより強く意識せざるを得ない状況が続いている。
【図表1】は、2022年中に不適切会計が行われたとしてプレスリリースを公表した上場企業の事例数を示したものである。公表企業のうち過半数が会社決算発表延期や過年度決算訂正を行ったことが分かる。
【図表1】
<上場企業における不適切会計の公表事例数(2022年)2>
不適切会計による件数 |
うち決算発表を延期 |
うち過年度訂正を実施 |
うち訂正監査を実施 |
うち内部統制報告書を訂正 |
うち決算短信を訂正 |
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35 |
22 |
17 |
17 |
18 |
17 |
本稿では、不正発生時、開示をはじめとする各種ルールにどのように対応すべきかについて、以下テーマごとに実務上のポイントを解説する。
<本稿で解説するテーマと内容>
テーマ |
内容 |
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1.開示書類の提出期限延長 |
|
2.過年度決算訂正 |
|
3.上場への影響 |
|
なお、実務的には会社法や税務等の各種法令対応が必要となる場合も想定されるが、本稿では金融商品取引法(金商法)や取引所ルールに絞って説明する。
II.不正発生時の開示制度への対応のポイント
1.開示書類の提出期限延長
(1)実務上の諸問題
①制度概要
上場企業は、定められた期間内に有価証券報告書等を提出しなければならない(金商法第24条)。企業内容等開示ガイドライン3には以下の通り、有価証券報告書等の開示書類に関する提出期限の延長が許容される「やむを得ない理由」が列挙されている。別に停電により電子計算機を稼働できず債務未確定になった場合なども規定されているが、本稿では、以下に抜粋した過去に提出した有価証券報告書等に虚偽の記載が発見された場合や、財務諸表または連結財務諸表に重要な虚偽の表示が生じる可能性のある誤謬又は不正による重要な虚偽の表示の疑義が識別された場合の、開示書類の提出期限延長に関する実務について解説する。
(企業内容等開示ガイドライン) (有価証券報告書等の提出期限の承認の取扱い) 24-13 法第24条第1項各号に掲げる有価証券の発行者から、同項本文に規定する承認の申請があった場合には、以下の点に留意して、適切な判断を行うものとする。 (1) やむを得ない理由 法第24条第1項各号に掲げる有価証券の発行者から、同項本文に規定する承認の申請があった場合であって、おおむね次の場合に該当するときは、「やむを得ない理由により当該期間内に提出できないと認められる場合」に該当することに留意する。 ③ 過去に提出した有価証券報告書等のうちに重要な事項について虚偽の記載が発見され、当事業年度若しくは当連結会計年度の期首残高等を確定するために必要な過年度の財務諸表若しくは連結財務諸表の訂正が提出期限までに完了せず、又は監査報告書を受領できない場合であって、発行者がその旨を公表している場合 ④ 監査法人等による監査により当該発行者の財務諸表又は連結財務諸表に重要な虚偽の表示が生じる可能性のある誤謬又は不正による重要な虚偽の表示の疑義が識別されるなど、当該監査法人等による追加的な監査手続が必要なため、提出期限までに監査報告書を受領できない場合であって、発行者がその旨を公表している場合 |
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②承認申請書の提出
開示書類の提出期限延長申請を行う企業は、本店所在地を管轄する財務局に承認申請書4を提出する。申請書の記載項目は、企業内容等開示ガイドライン5や各財務局ホームページでダウンロードできる承認申請書の様式が参考になる。ただし、いずれも大まかな内容にとどまるため、具体的な記載例は以下を参照されたい。なお、当該記載例は、実務で用いられる一例に過ぎず、記載すべき内容および項目はこの限りでないことをご留意されたい。
不正事案が原因で開示書類の提出期限を延長する場合は、「監査法人等の見解」の書面も必要とされる点が他の事由による延長とは異なる。
【図表2】
有価証券報告書の提出期限延長に係る承認申請書の記載例 1. 対象となる有価証券報告書 2. 当該有価証券報告書の提出に関し当該承認を受けようとする期間(延長後の提出期限) 3. 当該有価証券報告書を提出すべき期間の末日(本来の提出期限) 4. 当該有価証券報告書の提出に関して当該承認を必要とする理由 5. 承認を受けた場合および申請理由について消滅または変更があった場合に直ちにその旨を多数の者が知りえる状態に置くための方法 6. 添付書類 |
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③延長できる期限の目安
原則として法令上では、開示書類提出に関する延長期限は特に設けられていないが、実務上は、本来の提出期限から1ヵ月程度が目安とされる。これは、企業内容等開示ガイドラインに提出期限を一ヵ月以上延長する場合、様々な状況や影響を考慮して妥当性を判断するよう示した規定が存在するためである。6
なお、【図表1】で示した決算発表を延期(開示書類の提出期限を延長)した22社のうち、本来の提出期限より1ヵ月を超えて延長した会社は7社である。また、初回の延長承認申請を提出して承認を得たうえで、再延長承認を申請していた会社は4社であった。
2.過年度決算訂正
(1)決算訂正を巡る実務上の諸問題
①制度概要
過年度の決算訂正を行う場合、金商法では訂正報告書制度が定められている。すなわち、有価証券報告書(添付書類含む)ないし四半期報告書に記載すべき重要な事項の変更があるとき、または、当該書類などに訂正を必要とするものがあると認めたときは、訂正報告書を提出しなければならない(金商法第24条の2第1項、24条の4の7第4項)。
②訂正すべき対象期間の考え方
金商法上、過年度の決算訂正に際して、訂正すべき対象期間の直接的な定めはない。実務的には、開示書類の公衆縦覧期間(金商法25条)に従い、ⅰ)有価証券報告書・内部統制報告書は過去5年分、ⅱ)四半期報告書は過去3年分を対象とした訂正が行われているようである。
③内部統制報告書の訂正
内部統制報告書は、期末時点における財務報告プロセス、すなわち、連結財務諸表・財務諸表(財務諸表等)および有価証券報告書等における財務諸表等以外で該当する開示事項(例:有価証券報告書「主要な経営指標等の推移」に記載されている会計数値)の作成に至る過程を評価対象として作成される。そのため、有価証券報告書等の訂正に伴い、実務上は内部統制報告書への影響も検討する必要がある。
例えば、訂正報告書を提出する原因が財務報告に係る内部統制上の不備だった場合、あるいは、評価範囲が不適切だった場合には、内部統制報告書についての訂正報告書が提出されることになる。【図表1】が示す通り、実務上、不適切な会計処理に起因する決算訂正を行った全ての企業において、過去の内部統制報告書の訂正報告書を提出している。これらの企業は決算訂正をするに至った背景・理由を記載したうえで、財務報告上「開示すべき重要な不備」があるとして評価結果を「有効でない」としている。
④訂正報告書に対する再監査
有価証券報告書等を構成する連結財務諸表等の訂正が行われた場合、原則として監査人による再監査あるいはレビューが必要となる(財務諸表等の監査証明に関する内閣府令第1条15号)。7したがって、企業にとっては、追加監査コストに加えて監査対応(資料提供、質問対応等)といった実務上の負担が発生することになる。なお、過去の内部統制報告書を訂正する場合には、監査人による内部統制監査は必要とされてない(内部統制府令ガイドライン1-1)。
⑤過年度遡及修正会計との関係
会計基準8では、財務諸表における誤りを「誤謬」と定義されており、過去の誤謬が発見された場合、過年度の財務諸表を修正し(修正再表示)、当該財務諸表に注記することが求められている。この修正再表示は、財務諸表利用者の意思決定に与える影響を考慮したうえで、重要性があると判断された場合に実施しなければならないとされる。
一方で、金商法上、訂正報告書を提出するための重要性の考え方が示されており、上記会計上の定めと別に存在していることから、過去の誤謬への対応方法が問題となる。
この点、金商法の開示訂正については、修正再表示では解消することができないと一般的に解されており9、実務的には修正再表示を行うとともに訂正報告書を開示することが一般的である。【図表1】 で示した事例いずれにおいても、過年度決算修正に係る訂正報告書が提出されている。
(2)決算短信の訂正
金商法上の法定開示書類と同様、決算短信についても訂正すべき事項が発生した場合、直ちに修正しなければならないとされる。実務的には、有価証券報告書や四半期報告書の各法定開示書類の訂正報告書を提出するのと同じタイミングで訂正後の決算短信を公表する。決算短信の訂正対象期間も訂正報告書と同じである。
3.上場への影響
(1)背景
決算延長や過年度決算訂正について、もっぱら投資家に対する開示を適切に行うための対応方法を実務上の観点から説明した。
投資家にとって基本的には取引所における取引が唯一の換金手段であることを踏まえると、投資先の企業で不正が発生し、仮に上場廃止に至った場合、投資家は大きな損害を被りかねない。企業は、株主から提訴される可能性もあるだろう。そのような事態を避けるためには、上場企業が上場適格性を判断する取引所のルールを理解するのは当然として、取引所に対して適切に説明や開示を行うことも重要である。それらは、企業および投資家の利益にもつながると考えられる。
以下では、不正発生時に想定される日本取引所グループ(JPX)の措置ルールを概括し、改善報告書の対応などJPXが行うモニタリング上のポイントについて解説する。
(2)不正発生時のJPXによる主な措置
JPXは、上場企業が遵守すべき有価証券上場規程の実効性を確保するため、当該企業による規程違反行為について、必要に応じて【図表4】に示す措置を決定できるとされる。さらには、上場適格性を喪失しているおそれのある企業については、上場廃止基準10にしたがい、上場廃止に該当するかを判断する。
【図表3】
<主な措置の内容>
措置 |
内容 |
---|---|
公表措置 |
|
上場契約違反金 |
|
改善報告書の提出 |
|
特設注意市場銘柄への指定 |
|
次のセクションでは、上記措置のうち、一定期間JPXによるモニタリングを受けることになる「改善報告書の提出」および「特設注意市場銘柄への指定」について対応上のポイントを述べる。
(3)JPXによるモニタリングへの対応のポイント
①改善報告書の提出
改善報告書受領後、対象企業は改善措置の実施状況および運用状況を記載した改善状況報告書を通じてJPXからモニタリングを受ける。後に詳述するが、このモニタリング結果によっては、当該企業の上場株券は特設注意市場銘柄の指定を受けることもあり、上場廃止リスクがより高まることになる12 。
改善報告書上の改善措置については、実務的にはⅰ)不正発生原因の分析、ⅱ)再発防止策の内容、ⅲ)実施スケジュール に分けて記載する企業が多い。【図表5】で項目別の記載ポイントを整理しているので、実務上の参考にされたい。また、改善状況報告書の記載にあたっては「いつ、誰が、何を、どのようにして、実施したのか」を意識し、改善措置の実施状況や運用状況の説明に主眼を置くとよいだろう。さらに、報告時点で一定の改善実績がみられる場合には、それも合わせて記載する。
【図表4】
<改善措置の記載上のポイント>記載項目
記載項目 |
記載上のポイント |
---|---|
ⅰ)不正発生原因の分析 |
不正の発生原因について、企業風土や内部牽制上の問題などの区分ごとに具体的に分析を行う(これを十分に行わない場合、有効な再発防止策を策定することができない) (分析例)
|
ⅱ)再発防止策の内容 |
上記分析を踏まえた具体的な再発防止策を記載する (具体例)
|
ⅲ)実施スケジュール |
再発防止策の項目別に、準備・計画(整備)に要する期間および実施・運用開始時期を明確にしたスケジュールを作成する |
なお、改善報告書および改善状況報告書のいずれも正式なひな型はないものの、公衆縦覧に供されているため(有価証券上場規程第502条・503条)、JPXのホームページにて実際の記載内容を確認することができる。
②特設注意市場銘柄への指定
JPXは内部管理体制確認書の提出を受けて審査を行う。審査結果に基づく対応は、以下のパターンが想定される。
- 内部管理体制等に問題があると認められない場合:特設注意市場銘柄の指定を解除
- 当該確認書の提出を遅延した場合や、期限内に提出したが内部管理体制確認書の内容が明らかに不十分であると認められた場合:内部管理体制等に問題あり(※上場廃止とするか、モニタリングを継続するかどうかはJPXの判断による)
- 内部管理体制等について改善がなされない、あるいは、改善の見込みがなくなった場合:上場廃止
内部管理体制確認書については、改善報告書および改善状況報告書と異なり、公衆縦覧の対象ではないため、実際の記載内容を確認することはできない。ただし、取引所の定めにより、基本的には「新規上場申請のための有価証券報告書(Ⅱの部)」に準じた書面(または取引所が定める書面)を内部管理体制確認書として提出しなければならないとされる(有価証券上場規程施行規則503条)。
そのため、該当する上場会社は、一般に公開されている「Ⅱの部記載要領」にある記載上のポイントを参考にしてコーポレート・ガバナンス、監査体制、適時開示体制、有価証券報告書の作成体制といった経営管理体制などについて記載することになる。
III.おわりに
冒頭で述べたように不正公表件数が過去最多を記録するなど、いずれの企業にとっても不正やそれに伴う開示制度への対応は無関係ではいられない課題である。むろん不正が起きないよう対策を取ることが肝要ではあるものの、不測の事態に備えて、不正発生時の開示制度および上場への影響、ならびにこれらに関する実務を事前に理解することは上場企業担当者にとっては有意義なものと考えられる。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメント サービス
ヴァイスプレジデント 穂坂有造
脚注
1 東京商工リサーチ「不適切な会計・経理の開示企業」調査(2023年4月26日公表)による
2 図表1は、不適切会計を公表した企業のうち委員会(社内、第三者等)を設置し、報告書を公表した事例数をデロイト トーマツが集計した(非上場企業を除く。集計期間は2022年1月~同年12月末)
3 企業内容等開示ガイドライン24-13(1)
4 「企業内容等の開示に関する内閣府令第15条の2第1項に規定する有価証券報告書の提出期限延長に係る承認申請書」
5 企業内容等開示ガイドライン24-13-(2)承認を必要とする理由を証する書面
6 企業内容等開示ガイドライン(有価証券報告書の提出期限の承認の取り扱い)24-13(3)
7 【図表1】で示した事例のほか、実際の訂正報告書提出状況を見ると、財務諸表等の修正(注記修正含む)の場合、監査報告書が付されていないケースもあるため、実務的には重要性に応じた判断がなされているものと考えられる(日本公認会計士協会東京会監査委員会研究報告書「訂正報告書の事例分析」(2017年6月)参照)
8 企業会計基準第24号「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」及び企業会計基準適用指針第24号「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準の適用指針」参照
9 新起草方針に基づく改正版「監査基準報告書第63号『過年度の比較情報―対応数値と比較財務諸表』」前文
10 株式数や時価総額といった基準に加えて、債務超過や有価証券報告書等の提出遅延・虚偽記載などが上場廃止基準として挙げられている(有価証券上場規程第601条等)
11 上場廃止基準に該当するおそれがあったものの、最終的に該当しないとJPXが認める場合のほか、有価証券報告書等の虚偽記載を行った場合、あるいは財務諸表等に添付される監査報告書等において、公認会計士等による監査意見として「不適正意見」または「意見の表明をしない」旨が記載された場合などが該当する(有価証券上場規程第503条)
12 上場会社が改善報告書の提出の求めに応じない場合、あるいは、改善報告書の提出を求めたにもかかわらず、会社情報の開示の状況等が改善される見込みがないと認められた場合、上場契約について重大な違反を行ったものとして、上場廃止となる(有価証券上場規程601条第1項第9号)
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