最新動向/市場予測

2024年の日本経済:「金利のある世界」のイメージ

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.101

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
市川 雄介 

2023年の日本経済は、企業の成長期待が高まる中で賃上げ率が30年ぶりの高水準に達するなど(図表1)、日本経済が長期停滞から脱却することへの期待が高まった1年であったと言える。賃上げ率の上昇にも関わらず実質賃金はマイナスが続き、日本銀行の掲げる2%インフレ目標が安定的に達成されたと言える状況にはまだなっていない。それでも、少なくとも明確なプラス圏のインフレと賃金上昇率が定着したことは、日本経済にとって大きな構造変化であった。

図表1  企業の期待成長率と賃上げ率

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2024年の春闘も今年並み、もしくはそれ以上の賃上げを目指す機運が既に労使双方から高まりつつある。海外経済の変調など大きな外的ショックが生じなければ、来春にかけて国内景気の回復基調とインフレ率の高止まりが続く可能性が高く、賃上げ率が一段と拡大する環境は整うだろう。同じ頃には、政府の重視する4指標(消費者物価、GDPデフレーター、単位労働コスト、需給ギャップ)のプラス転化が実現し、デフレ脱却の公式宣言も視野に入りそうだ。

賃上げ率が2年連続で30年ぶりの高水準で推移する見込みが立ち、デフレ脱却が宣言されたとなれば、日本銀行による金融政策も正常化に向けて転換していくこととなる。当方では、日銀がイールドカーブ・コントロール(YCC)を緩和した今年7月以来、2024年春のマイナス金利解除(とYCCの撤廃)をメインシナリオに据えてきたが、いまやそうした見方はほぼコンセンサスとなりつつある。

問題は、マイナス金利の解除にとどまらず、ゼロ金利の解除を含めた更なる利上げが実施されるかどうかだ。日本銀行による10月時点の見通しでは、インフレ率(生鮮食品を除くベース)は2023・24年度とも2%を大幅に上回った後、25年度には1.7%に低下することとなっている。インフレ2%割れが見込まれる状況では利上げは選択肢にならないという考え方もありうるが、そうした「2%目標絶対主義」をとると、インフレ率が2%を継続的に超えるようになった際、今度はインフレの発散を防ぐべく一気に利上げを行う必要が出てくる。政策の急転換は、漸進的な利上げを進める場合と比べて企業や家計にとって予見可能性を低下させ、投資や消費への悪影響は(金利上昇そのものの影響以上に)拡大しやすくなる。YCCの柔軟化に表れているように植田日銀総裁が漸進的な修正を好むスタイルであることも踏まえれば、日銀のインフレ見通しが予測期間を通じて2%を上回らずとも、徐々に利上げが行われることを想定しておいたほうが良いだろう。

いつ、どの程度まで利上げが行われるかを具体的に予想することは難しいが、ここでは一つの目安として、古典的な金融政策ルールであるテイラー・ルールに基づく試算を行ってみよう。テイラー・ルールは、インフレ率や景気(需給ギャップ)の状況をもとに政策金利が決定されると想定する単純な方程式であるが、10月時点の日銀見通しを代入すると、2024・25年度とも1%強の政策金利が正当化される結果となる(図表2)。

図表2  テイラー・ルールに基づく政策金利の試算

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これは内外の金融システムの状況などを勘案していない機械的な試算であり、特にマイナス金利解除という大きな政策転換を行った後は、日銀はその影響を見極めるべくしばらく政策を据え置く可能性が高い。したがって現時点では、24年中に1%超まで利上げが行われると想定することは現実的ではない。それでも、中期的には短期金利1%超という世界が現実味を帯びてきていること、そして2024年がその始まりの年になりうるということは、改めて意識しておいたほうが良いと考えられる。

こうした「金利のある世界」に、日本経済は耐えられるだろうか。超低金利の長期化にも関わらず、企業のバランスシートに占める有利子負債のシェアは低下が続き、家計も借入の割合はほぼ横ばいにとどまっていることから、金利上昇ペースが緩やかなものにとどまる限り、当面デフォルトの急増という強いストレスは避けられる可能性が高い。むしろ家計については、金利上昇は利子所得の大幅な増加をもたらすというプラス面もある。足許で大手行を中心に定期預金金利を引き上げる動きが既にみられているが、中期的に1%まで短期金利が上昇すれば、利子所得は十兆円単位で増加することが見込まれる。このところ個人消費が力強さを欠いているのは、賃上げの恩恵を受けにくい高齢世帯が実質所得の目減りに直面していることも一つの要因と考えられる。利子所得の増加は金融資産の大半を保有する高齢世帯の所得を押し上げ、個人消費を下支えすることにつながろう。

もっとも、金利上昇の影響がその時々では限られ、場合によってはプラスの効果があるとしても、時間が経つほど景気や金融システムに対するストレスが蓄積していくことには留意が必要である。1四半期だけ金利が上昇するのと、金利の高止まりが1年継続するのとでは、その影響は大きく異なってこよう。また、本格的な金利上昇を数十年経験していなかったのは企業・家計だけでなく、金融市場や政策当局者も同様であり、先行きへの見方が割れる中で市場の変動が大きくなる可能性もある。2024年は日本経済が本格的な「金利のある世界」に向けて動き出すことが試される1年になるが、それが円滑に進むかどうかは、企業・家計・金融市場が金利のある世界を前提にしたマインドセットへ転換できるどうか、そのためには日銀・政府から丁寧な情報発信がなされるかどうかが、大きなポイントとなりそうだ。

執筆者

市川 雄介/Yusuke Ichikawa
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター シニアマネジャ

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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