最新動向/市場予測

8K

TMT Predictions 2021

4Kテレビを保有している視聴者にとっては、お気に入りの番組や映画、ビデオをシャープな画質で視聴することが日常化しているだろう。しかし今後数年で、その映像はさらに高精細になるかもしれない。

グローバル版:テレビのNew Year's Resolution:8Kの波が到来

グローバル版〔PDF, 652KB〕

日本の視点:日本における8K市場の展望

日本の8K市場の現状

グローバル版本文ではB2Cのホームユースを主眼に置いた8K市場の発展可能性について、市場規模を中心に分析しているが、本稿では日本における8K利用の展望と、日本発の技術展開の可能性について、より具体的なB2B用途までスコープを広げる形で検討する。

前提として日本における8K放送の現状について概観しておきたい。日本では2018年12月1日にBS/110度CSで4K・8K衛星放送の本放送が開始された1。8Kについては2021年3月現在、NHKのみがBS左旋で放送を実施しており2、コンテンツ数も限られている状況である。

総務省が2014年時点で公表した4K8Kロードマップ3 は、開始時期の前倒しと、スマートテレビと一体となった推進により、日本の強みであるテレビ製造事業の活性化とグローバル市場における競争力の強化を図り、成長戦略につなげていくことを目指すことを目的としてスタートした。この中では2020年までにはオリンピックも相まって「4K・8K放送が普及し、多くの視聴者が市販のテレビで4K・8K放送を楽しんでいる」ことが目標とされていたが4、オリンピックがOVID-19の影響で延期となっていることもあり、従前に描かれていた普及の見通しと現状には差異が生じている状況にある。

放送サービス高度化推進協会(A-PAB)が定期的に実施している調査結果を基に日本における消費者向けの4K8K端末の普及状況を見ると、2020年5月時点の調査で4K・8Kテレビ所有者は4.4%、テレビ所有者の内訳では、4Kチューナー内蔵テレビが7.7%、4K対応テレビが6.0%、8Kチューナー内蔵テレビは1.6%、8K対応テレビは1.2%となっている5。また、同団体の前年の調査で4K・8Kテレビの今後の購入意向について尋ねた結果では、4割程度が購入意向を示しているものの、非購入の理由として「価格が高い」「テレビにお金を使いたくない」「アンテナを引く工事が大変そう」の3つが上位を占め、特にコスト面でのハードルがあることが伺える6

 

8K普及のハードル

コストハードル

2017年12月の発売当初は100万円超えも珍しくなかった8Kテレビだが、その価格は徐々に下落しつつあり7、現在では20万円程度で入手できる端末も出てきている8。コストハードルという面では、従来のHDTVや4Kテレビとの差異が縮まりつつある状況にあると言える。

とはいえ、8Kの視聴には対応受像機の購入と受信環境の確認が必要なため、家庭における視聴環境の整備は引き続き大きな課題になる可能性が高い。現状で8K放送を受信するためには、「8K解像度のテレビ+対応チューナー」の組み合わせ、または「対応チューナーを内蔵した8Kテレビ」のどちらかが必要である9。それに加えて直接受信の場合、対応するチューナー、左旋偏波対応のアンテナ、分配器に加えそれらの設置工事等の費用を負担する必要があるため、8K受信の目的でそれだけのコストと手間をかける消費者がどのくらいいるかが問題になる。一方でケーブルテレビや光回線(フレッツなど)経由であれば、自宅がサービスの範囲内であればチューナーの交換等のみの対応で済む場合も多いため、アンテナ工事・設備交換よりは手軽であり、現実的な選択肢になるかもしれない。このような前提を踏まえつつ、4K8K放送の視聴者を増加させるためには、そもそもの4K8Kへのアクセス方法をどのように一般に周知して広げていくかを具体的に検討し、施策に取り組む必要があるだろう。

 

4Kとの比較ハードル

普及へのハードルとして挙げられるもう一つの点が、8Kの画質である。

「ホームユースでは8Kのレベルまで高精細なものは求められないのではないか」、「4Kまでで十分なのではないか」という指摘も聞かれるが、そもそも8Kの視聴経験がない人が多い10ため、経験を経たうえで映像の微細さの魅力を訴求できれば普及する可能性もあるという見方もできる。B2Cの8K普及を目指す場合は、消費者が8Kに触れるきっかけや場所を提供することが必要になるだろう。コロナ禍の環境下では直近では難しいかもしれないが、パブリックビューイングなど8Kならではの魅力を伝え需要を喚起するような、中長期的な展望を含めた施策を検討する必要がある。

また、かつてHD登場時に「過度に高画質で大きなディスプレイは、小さな居住空間の日本では普及しない」と言われていたにもかかわらず普及した経緯を鑑みると、8Kに関しても世の中のコンテンツの標準画質が上がっていくと、同様の事象が起こることも想定される。グローバル版では、高精細で大画面のディスプレイが消費における差別化の目的で所有され、ある種の「ステイタス」として自宅のリビングに置かれる側面にも言及されており、日本でも同様の場面で一定の需要喚起が見込まれるかもしれない。

 

日本における8Kのユースケース

日本における8Kの市場は、B2Cの放送/映像配信市場にとどまらない。8Kの超高精細な画像を伝送可能という利点を生かす場合、B2Bのより実用的な場面での利用にこそ活用の余地と市場発展の可能性があるという考え方もできる。また、B2B用途での利用が進み8Kディスプレイの需要が拡大することで、パネルの生産量が増えてコストが落ちていき、民生用機器まで含めて価格が割安になり普及の起爆剤となる可能性もある。

事例としてまず注目されるのは8K技術の医療分野への応用で、2013年ごろから段階的に試行が続けられている。直近の活用事例の代表例には、遠隔手術支援システムの実用化を目指したプロジェクトがある。国立がん研究センターとNHKエンジニアリング、オリンパスが共同で取り組んでいる遠隔腹腔鏡手術システムの開発研究では、8K技術を用いた高精細画像を活かし、「拡張現実感」を保持した形で手術映像を伝送し、遠隔地における手術状況の詳細把握と手術支援を実現している11

防災分野での8Kの利活用の実証実験も行われている。三菱総研、富士通、アストロデザインが主体となって実施している事例では、緊急災害時にドローンなどで撮影した8K映像をライブ配信して救助や避難誘導に活用する実証を行っている12。8Kを利用すると2Kの16倍の高精細度で被災エリアを撮影できるため、正確で広範囲な状況把握に役立つことが期待されている。

通信の観点からも、5Gのユースケースの一つとして8Kが重視されている。NTTドコモは前述の防災分野での実証実験などに段階的に参加しているほか、5Gソリューションの一つとして8KVRのライブ配信をサポートする8K ROIカメラシステムを提供している13。KDDIも競馬等に用いられる軽種馬の育成・トレーニングに8K映像を5G伝送するソリューションを活用する実証実験などに取り組んでいる14 ほか、ソフトバンクもバスケットボールの試合の8Kのマルチアングル映像を5Gで配信する実験15 などを実施している。

機器メーカーも8Kと5Gを組み合わせたエコシステムを模索する方向にあり、シャープは医療、セキュリティ、インフラ保守、検査システムのそれぞれの分野での8Kカメラ導入と5G伝送によるシステム連動を提案している16

これらの8Kの技術を生かした展開はいずれも、コロナ禍におけるコミュニケーションのオンライン化とも相まって、その有用性が注目されている分野であり、技術の応用と実用化に伴う市場規模の拡大が期待される。

 

日本発の8K展開の可能性

日本において進んでいる8K利用のユースケースの事例を見ると、放送事業者、機器メーカー、研究機関、通信事業者など国内の様々なステークホルダーが関与し、8Kの高精細な品質を活かして医療や防災等の多様な場面で実務に応用する取り組みを進めていることが分かる。とはいえ現時点では実証実験にとどまるものが多いうえ、確固とした用途やビジネスモデルが確立されているわけではなく、全体を牽引するような主役の不在感も否めない。

8Kはそもそも世界に先駆けて開発された日本発の次世代映像技術である。基礎研究から応用研究に至る過程で培われた技術力の下地にアドバンテージがあるうえ、唯一放送波で8K放送を実施している国でもある。その土壌を活かし、8Kを日本の由来技術として世界にアピールしていくこともできるのではないだろうか。その場合、8Kだからこそ実現するコンテンツの魅力や用途の有用性を発信し、市場の発展可能性を主体的にリードするような施策が必要になってくると想定される。

これまで日本で世界に先駆けて開発された技術があっても、基礎研究とビジネス化の間に断絶があり、その間に海外プレイヤーにスピード感をもって追い越されてしまった事例が複数あったと考えられる。日本で生まれた技術を世界でデファクト化させるにあたっては、組織連携や他社連携が不可欠であるが、日本に閉じた形でプロジェクトを進め、内容を固めてから海外へ出す形では時間を要してしまい、スピード感を持って取り組む欧米や中国のプレイヤーに先を越されてしまう場合もあるだろう。それよりも、海外のプレイヤーとも連携しながら、積極的に主導権をもって日本のステークホルダーが市場をけん引するような動きを取ることもできるはずである。8Kはグローバルに訴求できる市場性を持った技術であり、日本のプレイヤーがデファクトを握り市場拡大に資する動きの中心となれる可能性を秘めた分野であることを再認識したうえで、広い視野でビジネスチャンスを広げていくための施策が求められるタイミングが訪れているのではないだろうか。

筆者

清水 武
Takeshi Shimizu

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
執行役員

メディア業界向けに、企業ビジョン/戦略策定、コンテンツ戦略策定、デジタルサービス戦略と実行、経営管理、プライバシーなどの各種法制度対応などを含む幅広い領域でのコンサルティングサービスを多く手掛ける。国内大手IT 事業者、国内コンサルティングファーム、ベンチャー企業経営などを経て現職。

 

石橋 洋平
Yohei Ishibashi

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
マネジャー

早稲田大学大学院法務研究科卒(法務博士)。メディア領域を中心に、戦略策定、システム導入、人事制度関連な幅広い領域でのプロジェクト経験を有する。デロイトUSへの出向を経て、近年は放送・メディア企業で制度設計関連のプロジェクトを中心に参画している。

 

柳川 素子
Motoko Yanagawa

デロイト トーマツ コーポレートソリューション合同会社
マネジャー

メディア関連シンクタンクでの調査研究業務を経て現職。Research & Knowledge Management(RKM)のTMTセクター担当として、関連インダストリーの調査・情報収集や「TMT Predictions」をはじめとするレポートの編集・発行等に携わっている。

 

1. 総務省,“4K放送・8K放送情報サイト”, 2021/3/4アクセス: https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ictseisaku/housou_suishin/4k8k_suishin.html
2. NHK BS8K, 2021/3/4アクセス: https://www.nhk.or.jp/bs4k8k/8k/
3. 総務省, “4K8Kの政策 -4K放送・8K放送の推進-”, 2021/3/4アクセス: https://www.soumu.go.jp/menu_seisaku/ictseisaku/housou_suishin/4k8k_suishin/policy.html
4. Ibid.
5. 4K・8K放送市場調査結果のまとめ(2020年5月調査), 放送サービス高度化推進協会(A-PAB), 2020/7: https://www.apab.or.jp/release/pdf/release_200720_01.pdf
6. 4K・8K放送市場調査結果のまとめ(2019年7月調査), 放送サービス高度化推進協会(A-PAB),2019/8: https://www.apab.or.jp/release/pdf/release_190830_01.pdf
7. 8Kテレビが25万円、もう夢じゃない次世代テレビ, BCN+, 2019/7/19: https://www.bcnretail.com/market/detail/20190719_129027.html
8. 2021年3月時点の市場価格で、50~60インチほどのサイズで2~30万円台で流通しているものがある; kakaku.com, 2021/3/4時点アクセス: https://kakaku.com/search_results/8k%83e%83%8C%83r/
9. https://av.watch.impress.co.jp/docs/topic/1201950.html
10. 2020年5月時点の調査で、4K8K放送を「見ていない」「わからない」の合計は全体の94%を占める: Op.cit., 一般社団法人放送サービス高度化推進協会(A-PAB), 2020/7
11. 8Kスーパーハイビジョン技術を医療応用する国家プロジェクト第二弾 新しい遠隔手術支援型腹腔鏡手術システムでの実用化を目指す, 国立研究開発法人国立がん研究センター,2020/2/3: https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2020/0203/index.html
12. 地震、津波、水害などの緊急災害時に、8K映像を5Gライヴ配信し、救助や避難誘導などをより正確に、迅速に行うための技術実証実験を実施, 映像配信高度化機構・三菱総合研究所・富士通・アストロデザイン, 2021/2/19: https://pr.fujitsu.com/jp/news/2021/02/19.html
13. NTドコモ, “Live EX 8KVR™”, 2021/3/4アクセス: https://www.nttdocomo.co.jp/biz/service/le8kvr/
14. 5Gで軽種馬を育成支援、8Kライブ映像を活用した実証試験を実施, KDDI, 2019/11/13: https://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2019/11/13/4137.html
15. 5Gを活用して、バスケットボールの国際試合を8K映像でマルチアングルライブ配信する実験に成功, ソフトバンク, 2019/8/23:https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2019/20190823_01/
16. SHARP, “8K+5G Ecosystem”, 2021/3/4アクセス: https://corporate.jp.sharp/brand/vision/8k/8kecosystem.html

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