最新動向/市場予測

クラウドマイグレーション

TMT Predictions 2021

クラウドコンピューティングの市場は過去十年間で著しく成長し、2015 年は前年比三桁の成長を遂げるほどの規模だった。大手パブリッククラウドプロバイダの成長率は、2019年末までに年率「わずか」31%に低下し、業界が成熟する2020年と2021年にはさらに緩やかに伸びが鈍化すると予測されていたにもかかわらず、クラウドの成長率は他の多くの分野を上回ってきた。

グローバル版:クラウドマイグレーションの市場予測:Cloudの可能性はCloudy?

グローバル版〔PDF, 639KB〕

日本の視点:クラウド本格活用に向けた課題

日本はクラウド後進国になりつつある

グローバル版本文において述べられた通り、グローバルにおけるクラウド市場は拡大の一途をたどっている。既に海外においては、クラウドは選択肢の一つではない。新たにアーキテクチャを構想するにあたっては、クラウドファーストの原則に則ったアプローチを取ることが、当然のようになりつつある。ガートナーは“2025年までに85%の大企業がクラウドファーストの原則を採用する”と予想している1

その一方で、残念なことに日本におけるクラウド活用は遅々として進んでいないのが現状である。トレンドマイクロ社の調査によると、COVID-19の影響で世界のクラウド利用計画は加速したものの、調査対象国の中で日本は最低順位となっており、ITの利活用をコストと捉える企業が一定いることが見て取れる結果となっている2

実際のところ、日本においてはいまだクラウド導入には慎重な層が一定数存在しており、クラウドを活用できている、という状況からは程遠いのが現実である。ガートナーは”2020年1月に実施した調査の結果、日本におけるクラウド・コンピューティングの導入率は平均で18%”だったとしている3

その最たる理由は、やはりマネジメント層がクラウドを未だに単なるテクノロジー導入のテーマであると認識しており、テクノロジー部門の評価を昔と変わらない物差しで測っていることにあるのではないだろうか。

 

クラウド化の推進は経営マター

日本においてテクノロジーは、「業務効率の改善」、「コスト削減」を主目的として、その導入・改善が進んできた。デロイトの調査では、テクノロジー投資の目的について、グローバルでテクノロジーを活用し変革を推進している企業(以下、テクノロジー先駆企業)の過半数は「新規ビジネスモデルの実行」と回答していることに対し、日本の企業はいまだに「業務モデルの徹底的な見直し」が回答の82%とその多くを占める結果となっている4。なお、約10年前のJUASによる調査によると5、経営層がテクノロジー部門に期待する最優先の領域としては「ビジネスプロセスの変革」があがっており、長らく変化が起こっていないことが見て取れる。

そのようなテクノロジー部門においては、当然ながらクラウド導入時の評価の物差しは効率化・コスト削減観点中心にならざるを得ず、それ以外の価値をクラウド導入に見いだすのが難しい状態となっている。

これはテクノロジー部門のみに原因があるのではなく、経営層のテクノロジーに対する理解の不足によるところも多分にあると考えられる。分かりやすい例をあげると、「経営層は、テクノロジーの動向に明るい」とグローバルのテクノロジー先駆企業の82%が回答したのに対し、日本はわずか46%にとどまる。また、「少なくとも経営層の1人は、テクノロジーの経歴を持つ」との設問に対してはテクノロジー先駆企業が79%、日本企業は40%とやはり大きなギャップがあることが明白になっている6

このように、経営層におけるテクノロジーリテラシーの低さが、クラウドを始めとした新規テクノロジー導入の阻害要因となっており、ひいては日本企業におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)推進上の重要なリスクともなりつつある。

経営層は新たなテクノロジーをいかに自社のビジネス成長あるいは新たなビジネス価値創出に結びつけていくかを自らの重要ミッションとして捉えると共に、テクノロジー部門をその変革パートナーとして位置付け、より緊密に連携しながら変革に取り組む必要がある。

図表2-1 テクノロジー・リーダーと経営層の関わり方
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なぜクラウド・トランスフォーメーションが必要か

とはいえ、なぜクラウド化がそれほど必須となる取り組みなのか、まだ腑に落ちない読者も多いのではないかと思う。まず、大前提としてご理解いただきたいのは、昨今の新規テクノロジーはすべからくクラウドをベースとしてサービス提供されているということ、そしてその傾向は特にビジネス成長に貢献度の高いデジタルと呼ばれる領域において顕著であるということである。

実際に企業のテクノロジー投資において、クラウド以外のテクノロジーに対する収益規模や成長率は頭打ちに近い状態になり、その一方でクラウド市場は拡大の一途を辿っていることからも、テクノロジーがクラウドに収斂しつつあることが見て取れる。ガートナーは2020年8月のレポートで”企業のパブリッククラウドへのIT 支出の増加は続く。テクノロジーおよびサービスプロバイダはCovid-19をきっかけに、2020年から2024年にかけて企業IT 支出がクラウドへ移行するという変化する市場のダイナミクスに順応していく必要がある” としている7。最早クラウドは企業にとって避けられない選択肢であり、どう共存・活用していくべきなのか早急にその戦略を考え、クラウド・トランスフォーメーションを進めなければならない時期に差し掛かっているのである。ここまで日本は遅れているとの見解を示してきたが、その一方で明るい兆しも見えている。デロイト トーマツ ミック経済研究所によると、レガシーシステムのマイグレーション市場は近年拡大傾向にある8。クラウド化ならびにDXを進めるにあたって、既存レガシーシステムの存在を避けることはできず9、そこにメスを入れる動きが加速している点は、日本におけるクラウド化が前進する上で、非常にポジティブな傾向と捉えることができる。

ただし、「業務効率の改善」・「コスト削減」を主目的においたモダナイゼーションのアプローチを取ることは、往々にしてレガシーシステムの機能をクラウド上に単純移植するだけにとどまり、ビジネス成果を得られないケースに陥りがちである。クラウドを始めとした新規テクノロジーの果実を得るためには、新たに創出したいビジネス価値起点でのアプローチを取ることが肝要であり、それこそが真の意味でのクラウド・トランスフォーメーションでありデジタルトランスフォーメーションにつながると言える。

とはいえ、その取り組みは非常に難易度が高く、一朝一夕で進むものではない。ここでトランスフォーメーション推進に向けたポイントについて触れていきたいと思う。キーワードは、「強いリーダーシップ」・アーキテクチャの再定義」・「トランスフォーメーション機能の集約」の3点である。

 

強いリーダーシップを発揮すべし

まず、トランスフォーメーション推進にあたってとりわけ重要となるのが、「強いリーダーシップ」である。ここで言う「リーダー」には、これまで論じてきた通り、経営層に加えてCIOを始めとしたテクノロジー・リーダーが含まれる。

デロイトの調査によると、DXを強く推進している企業のエクゼクティブの62%が”Strong Leadership” がDXに重要な要素であると考えている10。DXを推進する上で、トップダウンでそのビジョンを示しつつ、強いリーダーシップのもと、強力に改革を推し進めていく必要があると実感しているエクゼクティブが数多く存在することが見て取れる。では、実際にどのようなリーダーシップがDXには求められるのだろうか。

経営層は、大胆なビジョンを持ち、革新を好む野心的なテクノロジー・リーダーを求めている。今後3年間で成功するテクノロジー・リーダーの特徴について、経営層の69%が「変化」、「ビジョン」、「革新的」などのキーワードを挙げている11。このような資質を持ち、高いテクノロジーケーパビリティとリーダーシップを発揮する人材を、デロイトは”Kinetic Leader(レジリエントな変革推進リーダー)”として定義している。その一方、上記同様の問いに対する日本の経営者の回答は、やや傾向が異なり、リスクや変化を恐れ、ビジネス・テクノロジー戦略に関連する資質・能力の重要性認識が比較的低い。

まずKinetic なLeadershipを強く発揮する必要性を認識することが、クラウド・トランスフォーメーション、DXを進める日本企業に求められていると言えよう12。なお、経済産業省の調査によると、DX銘柄に選定されている企業200社のうち、3年平均のROEが8%を超えている企業の57.7%が「経営トップが企業価値向上のためのDX推進について、強くコミットしている」のに対し、「経営トップの関与は少ない」と回答した企業は38.9%にとどまるなど、明らかにStrong Leadershipが経営のパフォーマンスに影響を及ぼしている13,14。DXへの強いコミットは、経営者の責務であると言える。

 

Digital Enterprise Architectureを再構築せよ

一方で、たとえ強いリーダーシップを発揮したとしても、誤った方向にその舵を切れば失敗につながる。リーダーシップのみならず、変革の羅針盤となる"一貫性ある優れたデジタルビジョン・戦略" の存在は欠かせない。デロイトの別調査においても"一貫性ある優れたデジタルビジョン・戦略" が重要であると、"Strong Leadership" を上回る65%の経営層が回答している15

新たなデジタルビジョン・戦略の立案にあたっては、今こそクラウドファーストの原則に則り、新しいテクノロジー活用を前提として、どのビジョン・戦略を実現できるかを考える必要がある。新規テクノロジーを前提とした戦略を描くために、従来のエンタープライズ・アーキテクチャ(以下、EA)をこの変革のタイミングで再定義をするべきである。

再定義にあたって考慮するべきポイントとしては2つある。まず1点目は、アーキテクチャは進化するものであると捉え、その変化を許容し、新テクノロジーを積極的に自社の中に取り込んでいくことである。従来型のEAは中長期的な展望に基づき描かれた計画に沿って、標準利用すべきと規定されたテクノロジーを中長期的に利用することが前提となっていた。しかしながら、この数年のテクノロジーは日進月歩であり、正確な予測は困難である。よって、予め変化を許容し備える構えを整える必要がある。新たなデジタルサービスや事業を次々と展開している企業は、クラウドネイティブな先進的なテクノロジーを積極的に取り入れ、Digital EAモデルを革新し、さらにアジャイル手法と組み合わせることで、素早く変化し続ける世の中で競争するための環境を整えている16。これらの新興競合企業に競争優位をもたらしているDigital EAの確立は喫緊の課題と言えよう。

次に2点目、そのDigital EA はダイレクトにビジネス成果に結びつくものでなければならない。単純にテクノロジースタックを再定義するにとどまらず、自社ならではのDigital EA を構築することがどのようなビジネス成果につながるかを戦略的に検討した上で、再構築に取り組むべきである。ガートナー社では、”ビジネスおよびITリーダーがすぐに採用しアクションに移せる助言をもたらすことに終始した、EAをサポートする実践的なアプローチ” を”Business-Outcome-Driven EA”と呼んでいる17。同社が実施した別のリサーチによると、”従来型のEAを実践しているのは調査対象企業の43%にとどまった。つまり、57%の企業は異なるタイプのEAを進化させ、実践している。また、76%の企業において、EAに関する取り組みに着手(または再着手)したり、もしくは全く新しいものに切り替えようとしている。これはEAに何か問題があるのではなく、むしろ従来型のEAはビジネス上の付加価値が限定され、デジタルビジネスの需要を満たせないためである”としている18。デジタルビジョンと戦略の実現に向けて、新たなDigital EAおよびそれを実現するアーキテクトの役割がより重要となっていると言えよう。

 

トランスフォーメーション機能を集約するべし

リーダーシップ、アーキテクチャに加えて、トランスフォーメーションを推進する上での最後の重要なポイントが包括的な推進体制の構築である。これまでの一般的なテクノロジー関連プロジェクトは、ビジネスが出した要件が計画通りにシステム化されているか、その状態を定量的に把握・レポートすること、リスク管理や関係者コミュニケーションを行うことが主な役割であった。


一方ここまで述べてきた新たに定めたデジタル戦略・ビジョンに基づく、ビジネスモデルそのものの大きな変革やEAの再構築・新規テクノロジーの活用、徹底的なビジネス成果の追求、そしてこれら取り組みの全社レベルでの組織横断の取り組みを進めるとなると、従来のPMO型でトランスフォーメーションを進めるには限界がある。新たに権限と変革機能を集中させた機能組織体を立ち上げることが必要と言える。トランスフォーメーション全体のオペレーションに係る司令塔の役割と、戦略・戦術の立案・調整を担う役割の双方を配置することで、機動的に複雑な事象や状況変化に対して対応できる新たな組織機能のことを、デロイトは"Transformation Nerve Center≒変革の中枢"(以下、TNC)と呼称している19


TNCはその呼称の通り、トランスフォーメーションの中枢神経として、あらゆる情報伝達のハブとなりながら、各業務ファンクションや目的別のクロスファンクション、あるいは経営層とつながりながら変革を自ら推進する非常に高度な役割が期待される組織になる。よって、中核となるリーダーはStrong Leadershipが必要なのはもちろん、参画するプロジェクトメンバの獲得・育成は必要条件であり、その資質や過去の変革成功体験などの見極めも重要となる。TNCの具体的な検討のポイントについては、当社の別レポートに詳述されており、参考にしていただきたい20

 

クラウド・トランスフォーメーションは急務である

ここまで多くの課題を論じてきた通り、トランスフォーメーションは一朝一夕でなし得る取り組みではなく、また単純に構築して終了というものではない。その変革の第一歩となるクラウド・トランスフォーメーションの遅れは、将来のビジネス価値損失や、自社の衰退にもつながりかねない生命線ともなる取り組みである。未だ、本格的にトランスフォーションに取り組めていない企業においては、ぜひ本稿で取り上げたポイント等を参考に、今すぐ本気で自社の変革に取り組んで頂くことを願ってやまない。

図表2-2 テクノロジー・リーダーが持つべき資質・能力
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1. Gartner, Predicts 2021: Building on Cloud Computing as the New Normal, Gregor Petri, et al., 2020/12/14
2. トレンドマイクロ,「 クラウド利用に関する実態調査 2021」, 2021/1/20:https://www.trendmicro.com/ja_jp/about/press-release/2021/pr-20210120-01.html
3. ガートナープレスリリース「ガートナー、日本におけるクラウド・コンピューティングの導入率は平均18%との最新の調査結果を発表」、ガートナー・ジャパン, 2020/5/14:https://www.gartner.co.jp/ja/newsroom/press-releases/pr-20200514
4. デロイト トーマツ,「 Deloitte Tech leadership study 2020」, 2020: https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/technology/articles/tsa/global-technology-leadership-study.html
5. 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS),「 企業IT動向調査 2011」, 2011/2: https://www.juas.or.jp/cms/media/2017/02/11itdoukou.pdf
6. Op. cit. Deloitte Tech leadership study 2020
7. Gartner, Market Trends: Cloud Shift ― 2020 Through 2024, Michael Warrilow et al., 2020/8/13
8. デロイト トーマツ ミック経済研究所,「 DX実現に向けたマイグレーション市場動向 2020年度版」,  2020/7/31:https://mic-r.co.jp/mr/01860/
9. 経済産業省, 「 DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~」, 2018: https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/digital_transformation/20180907_report.html
10. Pivoting to digital maturity, Deloitte, 2019/3/13: https://www2.deloitte.com/us/en/insights/focus/digital-maturity/digital-maturity-pivot-model.html
11. Ibid. Deloitte
12. Op. cit. Deloitte Tech leadership study 2020
13. Designing the modern digital function CDO key to digital transformation journey, Deloitte Insights, 2021/1/8: https://www2.deloitte.com/xe/en/insights/focus/industry-4-0/chief-digital-officer-digital-transformation-journey.html
14. 経済産業省・株式会社東京証券取引所,「 デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)2020」, 2020/8/25: https://www.meti.go.jp/policy/it_policy/investment/keiei_meigara/report2020.pdf
15. デロイト トーマツ, 「デジタルトランスフォーメーションを成功に導くために], 図10, 2020: https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/human-capital/articles/hcm/pivoting-to-digital-maturity.html
16. デロイト トーマツ, “アーキテクチャの覚醒”,「 Deloitte Tech Trends 2020」, 2020: 
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/technology/articles/tsa/tech-trends-2020-6-systems-architecture-design-awakens.html
17. Gartner, 8 Steps to Start or Restart a High-Impact, Business-Outcome-Driven EA Program, Saul Brand", 2020/10/22
18. Gartner, The Future Direction and Evolution of Business-Outcome-Driven Enterprise Architecture, Saul Brand et al., 2020/9/18
19. What it takes to execute large-scale and lasting transformations, Deloitte, 2020/11/23: 
https://www2.deloitte.com/us/en/insights/focus/industry-4-0/digital-transformation-nerve-center.html
20. Ibid. Deloitte

筆者

梅津 宏紀 Koki Umetsutte
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 執行役員

長年に渡り、ハイテク、メディア、製造、物流、小売りほか、多様な業界のクライアントに対して、テクノロジーを起点としたコンサルティングサービスを提供。テクノロジー戦略・構想策定、エンタープライズ・アーキテクチャのグランドデザイン、モダナイゼーション企画・構想から、大規模変革プログラムの実行推進に至るまで、CIO/CDOに対してのEnd to Endでの包括支援を得意とする。

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