最新動向/市場予測

インテリジェントエッジ

TMT Predictions 2021

エッジコンピューティングにAIを組み合わせたインテリジェントエッジは、数十年にわたるトランザクションの監視・計測、処理の自動化、およびエッジとクラウド間の接続の用途から発展し、革新的な一連の技術として既に世界中で大手テクノロジーおよび通信企業の変化を引き起こしつつある。

グローバル版:インテリジェントエッジが促進するテクノロジーと通信の成長

グローバル版〔PDF, 675KB〕

日本の視点:インテリジェントエッジのインパクトと新たな事業機会

インテリジェントエッジの概要

インテリジェントエッジの目的は、低遅延が求められるアプリケーションに対して、エッジ側でのリアルタイムのデータ処理とAIによる解析を提供することで、即時性を高めることにある。それに加えて、クラウド上でエッジ側の処理データ・結果を集約・学習することで、特定のサイトや企業内にとどまらず、ベストプラクティスをモデル化・ライブラリ化することが可能となる。

グローバル版本文にあるように、情報システムの進化の流れの中で、インテリジェントエッジは、「クラウド」に続く、大きな潮流にあると考えられる。1960年代から2000年代までは、「メインフレーム」「クライアントサーバーシステム」「クラウド」のように、「集中」「分散」「集中」を繰り返してきたが、2010年代半ばからエッジコンピューティングを活用する動きが出始めた1。インテリジェントエッジは、これまでの変遷に続く「分散」のトレンドで、エッジとクラウドで適切な役割分担を担うようになる。インテリジェントエッジが求められる背景として、大きく分けて5つの事項がある。1点目として、「低遅延・リアルタイム性」が挙げられる。実際のユースケースは後述するが、スマートファクトリーや自動運転等、低遅延が求められるアプリケーションが増加しており、クラウドへの伝送遅延をエッジ側でカバーすることが必要となるようになってきている。2点目として、「データ保護・セキュリティ」がある。データがローカルに保持されることで、分散管理が実現でき、高いセキュリティ強度を持つことが可能となる。3点目として、「消費電力の低減」があり、クラウド(データセンター)側での集中管理の解消・分散が挙げられる。そして、4点目として「ネットワークトラフィックの低減」があり、エッジ(ローカル)での処理とデータ管理による、ネットワークの負荷低減を実現するとともに、5点目として「AI活用による更なる自動化・自律化」が期待されている。
 

考えられるユースケース

インテリジェントエッジは、スマートファクトリー、自動運転、店舗の自動化・省人化、スマート農業、遠隔医療・モニタリング等、多様な分野で利用に向けた取り組みが始まっている。

スマートファクトリー

エッジ側で、画像解析による不具合製品の検証と品質管理の実現、設備データや性能データ、環境データ等の収集・分析を行い、予兆保全等、リアルタイムで適切な即時アクションを実現する。また、特定の工場にとどまらず、全社および企業間で情報・結果をクラウド上で集約・学習することで、各現場に対してベストプラクティスをフィードバックすることが可能となる。

自動運転

自動運転実現に向けて、エッジ側でのリアルタイムの判定・判断の強化が進められている。他の自動車、インフラ、人を高精度で感知し(高精度な車間、路車間通信の実現)、判断することで、適切なアクションを即時に取ることが可能になる。

店舗の自動化・省人化

店舗に入店すると、店内のエッジと連携してコンピュータビジョンや顔認識技術等で顧客を認識し、棚のセンサーやカメラ・RFID等を使い、顧客や顧客が触れた商品を追跡し、退店時には自動的に課金できるようになる。

スマート農業

農作業の現場において、ドローン等で取得した生育状況や天候の情報に基づき、エッジ側でリアルタイムに判定・判断する。それらの結果をクラウド上にアップし、継続的に学習することで、更なる精度向上を図り、作業時間の大幅な削減、作業効率の改善を実現する。

遠隔医療・モニタリング

健康モニタリング(自宅+病院内)として、人体に付けられたエッジデバイスから高い精度で情報を取得し、患者の状態変化を即座に把握し、適切なアクションを実現する。また、手術ロボットを遠隔にいる医師が高精度の映像を確認しながら操作し、高い精度の手術を実現する。エッジ側(遠隔地)で手術の角度・位置のズレをリアルタイムで判定・判断することで、医療ミスの発生を解消する。

 

インテリジェントエッジの事業機会

ここまで見てきたように、インテリジェントエッジには様々なユースケースが考えられるが、その事業機会は「エッジ」側の機能提供にとどまらず、「クラウド」との連携を通じたエンドツーエンドの最適化の実現がカギになっている。ただし、インテリジェントエッジのすべての要素を単独で実現できるプレイヤーはいない(図表1-1)。そのため、全体を捉えた中で、自社の強み・アセットを活かしてコアと位置付ける領域と外部プレイヤーと連携する領域の見極めが必要となる。インテリジェントエッジの全体像において、エッジ側、クラウド側、それぞれで求められる機能は以下と考えられる。
 

図表1-1 インテリジェントエッジの全体像(プラットフォーム)
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エッジ

エッジは大きく分けて、「デバイス組込型」と「ゲートウェイ・コントローラ型」の2種類に分けられる。「デバイス組込型」はデバイス自体をインテリジェント化することであり、デバイスに「AI Chip」「Data Processing」「AI Engine/Algorism」「Security」等のファンクションを組み込む(AI Algorism は、デバイスの予防保全、不具合点検・解析、環境の状況理解等、多岐に渡る機能を指す)。ドローンや自動車等の移動体が主な対象となる。一方、「ゲートウェイ・コントローラ型」はレガシーデバイスのデータを集約し、エッジ側で解析するためのインテリジェント化されたゲートウェイ・コントローラを提供する。ファンクションは図表1-1にある通り、「デバイス組込型」と同様であるが、複数デバイスを管理対象にすることが異なる。多くのロボット・生産設備が設置されるスマートファクトリー等が対象となる。

クラウド

クラウドは大きく分けて、「①エッジ管理」「②データ集約ストレージ・学習用AI Engine」「③学習モデルのライブラリ・マーケットプレイス」の3つのファンクションが必要となる。①は、管理対象のエッジを遠隔で管理(監視・設定)するとともに、クラウド側で学習したモデルをエッジに配信する役割を担う。②は、エッジ側での結果データを自社工場などの同一サイトにとどまらず、複数サイトからクラウドに集約し、継続的に学習することで、ベストプラクティスと学習モデル(AIアルゴリズム)を確立・改善していく。(その学習モデルを①に連携し、自社サイト+他サイトに配信していく)③は、学習モデル(認識モデル+行動モデル)をライブラリ化するとともに、外部向けにマーケットプレイスを構築することで販売するファンクションになる。学習モデルは自社で開発・提供することもあるが、外部のパートナー企業や開発者も参加可能とする。

インテリジェントエッジを事業として確立していくためには、「学習モデルの改善サイクル」と「エコシステム成長サイクル」を両輪で回すことが必要となる。(図表1-2)

「学習モデルの改善サイクル」では、エッジの処理結果をクラウド側で集約し、継続的に学習することで、学習モデル(AIアルゴリズム)を改善する。それをエッジ側にフィードバック(再配信・適用)することで、顧客に対する提供価値を向上し、既存顧客の満足度を高めるとともに、新規顧客の参加を促す。

また、「エコシステム成長サイクル」では参加する顧客企業が拡大する(顧客基盤が拡充される)中で、より多くのパートナー企業の参画を促すことで、提供アプリ・サービスが拡充され、提供価値がさらに向上していく。
 

図表1-2 エコシステムイメージ
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インテリジェントエッジにおけるプレイヤー動向と提言

インテリジェントエッジ領域は多様なプレイヤーがエコシステムを築きながら参入してきており、プレイヤーの出自(クラウド側かデバイス側か)、エッジの処理の種類(デバイス組込型か、ゲートウェイ型か)で図表1-3のように分類できる。
 

図表1-3 インテリジェントエッジの参入プレイヤー例
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まずグローバルのクラウドプロバイダであるAmazon(AWS)、Microsoft、Googleの動きは顕著である。クラウドと従来強みを持つ機械学習ソリューションを生かしてサービスを展開している2。例えば、AWSは産業や製造業の顧客が生産工程にインテリジェンスを組み込む機械学習サービスを展開しており、センサー、ゲートウェイ、機械学習で構成したエンドツーエンドの予防保全ソリューション等がある3。Microsoftは、AzureのラインナップとしてIoTデバイス上でAzureサービスや人工知能(AI)を実行できるようにするサービスや、現場で収集されたデータをAzureのパブリッククラウド上に転送する機能を持つエッジデバイスなどを展開している4。GoogleはエッジでAIを動かすことを目的に専用ASICとして開発したEdge TPUを持つほか、Google Cloud AI機能の拡張となるCloud IoT Edgeを展開している5。3社は5Gを契機に通信事業者にも接近している。クラウドプロバイダ側では現場に至るまでの高品質の通信環境の確保は必須であり、通信事業者からすれば、特に5Gでは低遅延を実現するにはエッジが不可欠であり、5Gネットワークを持つ通信事業者自身が展開することも可能だが、クラウドプロバイダとの連携でユースケースの拡大が容易になる。例えばAWSが5Gネットワーク内に構築するエッジサービスのWavelengthをVerizon、KDDIなどが採用しており、戦略的に提携している6

TMT Predictions 2021「既存産業を変えるGAFAM~参入と連携の可能性」(P57~)でも取り上げているように、3社は垂直統合モデル、先述の「エコシステムイメージ」の実現を目指している。つまり、エッジの処理結果を自社のクラウドで集約し、継続的な学習につなげる「学習モデルの改善サイクル」の実現、それをフックにパートナーを誘引する「エコシステム成長サイクル」を実現することである。またAI半導体のプレイヤーでは、NVIDIAがこれまでのクラウド領域での成長をベースとして、エッジ領域を強化している7。エッジデバイスでの画像認識やセンサー融合等のタスク向けの小型で電力効率の高いJetson製品シリーズを展開することで、エンドツーエンドのサポートを実現している8

日本国内プレイヤーにおいても、インテリジェントエッジを新たな事業機会として、取り組みが加速している。

 

クラウド/ICTプレイヤー

富士通では、FPGAベースでエッジAIの組み込みアプリケーションを開発するための環境を提供するととともに、クラウド側で集約⇒(再)学習⇒適用させるための基盤「Sensing Network Cognitive SDK」を展開している9

NTTドコモは、EDGEMATRIXと業務提携し、エッジAIプラットフォームを共同で企画・事業化している。本プラットフォームは、エッジAIを実現するデバイスを一元管理する機能とともに、様々なAIアプリを販売・購入できるマーケットプレイスを備えている。また、プラットフォームの提供にとどまらず、エッジAIデバイスである「Edge AI Box」を提供しており、エンドツーエンドでのビジネス展開を志向している10


デバイス・エッジプレイヤー

オムロンは、制御機能に独自のAI機能を搭載した「AI搭載マシンオートメーションコントローラ(=AIコントローラ)」を展開している11。それに合わせて、直動機構、エアシリンダ、コンベアを対象としたAI予知保全ライブラリ等を提供しており、熟練技能者の勘・経験等の暗黙知を形式知化し、装置状態の変化を超高速・高精度に検出することで、瞬時に発生する品質の不良や設備の停止を未然に防止することを目指している12。オムロンはエッジ領域にフォーカスしており、クラウド側はオープンに外部プレイヤーとの連携を前提としている。沖電気はAIエッジコンピュータの「AE2100」を展開している。本製品はIntelおよびMicrosoftとの協業により実現しており、エッジ領域にフォーカスする自社とクラウドとのシームレスな連携を実現している13


以上のプレイヤー動向を見ると、AWSなどのクラウドプロバイダはインテリジェントエッジにおいても垂直統合に向けた動きを見せているが、全てのプレイヤーが自社で開発・提供していく必要があるわけではない。

オムロン・沖電気はエッジ側に注力し、クラウドは他社との連携を前提としている。一方で、NTTドコモはクラウドプラットフォームの展開だけでなく、無線通信の強みを活かしたエッジ側への拡張も進めているが14、上記のように、インテリジェントエッジでは外部プレイヤーとの連携も1つの選択肢としている。このように、全体を捉えた中で、自社の強み・アセットを活かしてコアと位置付ける領域と外部プレイヤーと連携する領域の見極めが必要となり、その連携を通じて、先述の「エコシステムイメージ」の実現を目指すべきであろう。つまり、エッジの処理結果を自社のクラウドで集約し、継続的な学習につなげる「学習モデルの改善サイクル」の実現、それをフックにパートナーを誘引する「エコシステム成長サイクル」を実現することである。また、現行のプレイヤー動向を見ると、インテリジェントエッジはアーキテクチャを中心とした議論となってしまう傾向にある。それが、ユーザーにとっての導入メリットの理解につながらず、採用検討や受け入れの阻害要因になる可能性がある。今後は、ユーザーにとって有効なユースケースとして具体的にどのようなものがあり、それが垂直的(エッジ+クラウド)にどのように実現されるのかを明確に示していくことが重要であり、結果として、それが他社との差異化戦略につながってくると考えられる。

 

 

筆者

中村 智行
Tomoyuki Nakamura

デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
アソシエイトディレクター

日系情報サービス会社を経て現職。電機・ハイテク産業を中心に、新規事業・サービス企画、経営管理・組織再編、業務改革、技術戦略等、幅広いプロジェクトを手掛けている。

 

 

1. 総務省「, 情報通信白書 令和元年版」, 2020: https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/html/nd111140.html
2. Amazon, Google, and Microsoft take their clouds to the edge, InfoWorld, 2020/9/14:
https://www.infoworld.com/article/3575071/amazon-google-and-microsoft-take-their-clouds-to-the-edge.html
3. 同社は「Amazon Monitron」等をリリースしている; AWSがエッジへの浸透強める、製造業が求める予知保全とAIカメラを実現,MONOist,2020/12/3:
https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/2012/03/news053.html
4. マイクロソフト、「Azure IoT Edge」の一般提供を開始, ZDNet, 2018/6/28: https://japan.zdnet.com/article/35121583/
月8万円で始めるエッジコンピューティング、MSがクラウド連携端末を国内初披露,Monoist, 2019/12/4: https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1912/04/news069.html
5. Google announces Edge TPU, Cloud IoT Edge software, ZDnet, 2018/7/25;
https://www.zdnet.com/article/google-announces-edge-tpu-cloud-iot-edge/
6. 5GはAWSやMS、グーグルに飲み込まれるのか、エッジ覇権の行方,日経XTECH,2020/6/16: https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01273/00005/
7. デ ロイト トーマツ, エッジAI,「 TMT Predictions 2020」 :
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/technology-media-and-telecommunications/articles/et/tmt-predictions-2020-ai-chips.html
8. エッジAIを加速する「Jetson」、次モデルは「Nano Next」と「Orin」に,MONOist,2020/4/22: https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/2004/21/news133.html
9. 富士通コンピュータテクノロジーズ, ~クラウドとエッジの連携で成長する組込み専用のAI基盤~Sensing Network Cognitive SDK Powered by Zinrai , 2021/2/8アクセス:
https://www.fujitsu.com/jp/group/fct/products/sensingnetworkcognitivesdk/
10. EDGEMATRIXとドコモがエッジAIプラットフォームの事業化に向け、出資および業務提携に合意,NTTドコモ,2019/8/29:
https://www.nttdocomo.co.jp/info/news_release/2019/08/29_01.html
11. AI搭載マシンオートメーションコントローラの開発(1),OMRON,2019/3/25: https://www.omron.com/jp/ja/technology/omrontechnics/2019/20190315-mioki.html
12. 予知保全を実現し設備の稼働率を向上する「AI予知保全ライブラリ」を発売,OMRON,2018/10/1, https://www.omron.co.jp/press/2018/10/c1001.html
13. 「ないから作った」、OKIが発売する20万円以下のAIエッジコンピュータ,MONOist,2019/10/4: https://monoist.atmarkit.co.jp/mn/articles/1910/04/news053.html
14. ドコモとNTT東に聞くキャリアのエッジコンピューティング, 月刊テレコミュニケーション2020年10月号

日本の視点:インテリジェントエッジの普及とサイバーセキュリティ

インテリジェントエッジにおけるリスクの分散

「メインフレーム」「クライアントサーバーシステム」「クラウド」のように、「集中」「分散」「集中」を繰り返してきた歴史は、リスクの集中と分散を繰り返してきた歴史でもある。従ってインテリジェントエッジが普及することは、情報の収集・分析・処理を行うコンピューティングリソースの所在が分散すると同時に、関連するサイバーセキュリティリスクも分散することを意味している。

サイバー攻撃者から見ると、ネットワークに接続されたエッジデバイスに高度な情報処理を行うためのコンピューティングリソースを搭載すれば、それだけ攻撃するポイント(Attack Surface:攻撃可能な箇所)が増えるということになる。攻撃者は常に最も脆弱な部分から攻撃の突破口を作り、そこからシステムに侵入して最終的な目的(情報の窃取やシステムの改ざん、サービスの妨害・停止等)を達成しようとするため、全てのエッジデバイスに対して同じセキュリティレベルを維持する必要がある。また、スマートファクトリーや自動運転といった高度な安全性と即時性を求められるユースケースにおいては、攻撃を受けた場合に他のインテリジェントエッジが自律的に動作を継続できるような仕組みを構築し、サービス全体に及ぼす被害を最小限にとどめる必要がある。

 

インテリジェントエッジのプラットフォームとサイバーセキュリティ

インテリジェントエッジのプラットフォームはクラウド、ネットワーク、エッジから構成されているため、それぞれの構成要素において必要なサイバーセキュリティ対策を講じる必要があり、さらにクラウドやエッジに搭載されるAIへの攻撃にも備える必要がある。

エッジ

エッジには生産設備やプラントなどを制御するOT(Operation Technology)、センサー等のIoT、スマートフォンなど従来のIT機器が存在する。OTによる制御システム・IoT機器には、搭載されるソフトウエア等に関するセキュリティ対策が必要であるが、一般的なPCやスマートフォン等と異なり、CPU、メモリ等のリソースが必要最低限しか搭載されないためその実装が難しい。またIT機器に比べて長期間使用され、ハードウエアも含めた製品のライフサイクルが長い。このことを前提に、設計段階から体系的なリスクの洗い出しと対策の取捨選択、適切な実装とテストが必要になる。また、稼働後にソフトウエアの脆弱性(セキュリティ関連のバグ)が発見された場合、迅速にアップデートが可能な仕組みを用意しておく必要がある。
 

図表1-4 インテリジェントエッジのプラットフォーム要素ごとの攻撃想定
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OTに関連したセキュリティについては「制御システムのセキュリティリスク分析ガイド」がIPA(独立行政法人情報処理推進機構)によって発表されている1。IoT関連のセキュリティについては経済産業省と総務省が「IoTセキュリティガイドラインver1.0」を発表しており2、他にもIPAによる「IoT開発におけるセキュリティ設計の手引き」3やOWASP(The Open Web Application Security Project)による各種のプロジェクト4、米国NIST(The National Institute of Standards and Technology)による「Foundational Cybersecurity Activities for IoT Device Manufacturers」5など、国内外で多くの取り組みが行われている。また、これらの設計・実装を体系的に実施するための国際標準として近年IEC62443が注目されており、「Security by Design」(企画・設計段階においてセキュリティ脅威を洗い出し、そのセキュリティ対策を検討しようというもの)はその要素として位置付けられている。

こうした各種のガイドライン等を参照しながら安全なエッジの設計・開発を行う必要があるが、一方で各種のセキュリティ対策を実装したために高価な機器になってしまっては意味がない。適正な価格で提供できるようなコストとのバランスを考えた設計・開発と実装を行うことが重要である。

ネットワーク

あらゆるエッジが接続されるネットワークは、工場などでは従来通りの有線による構内ネットワークが使われているケースもあるが、そのコストや運用のしやすさ等から無線LANによる接続も増えている。また今後は通信事業者が提供する5Gネットワークやローカル5G(局所的に5Gによるプライベートネットワークを構築して利用する、自営の5Gネットワーク)による、より高速・低遅延のネットワークを利用することも増えると予想される。5G、IoT、クラウドを使ったネットワークのセキュリティについては総務省サイバーセキュリティタスクフォースから「IoT・5Gセキュリティ総合対策2020」6が発表されている。この文書で基本的な考え方が示されているように、5Gネットワークを構成するソフトウエア、ハードウエアの両面からサイバーセキュリティ対策を考えていかなければならない。

さらにインテリジェントエッジが普及すると、エッジが接続されるネットワークと通常の情報システム(業務系システム等)が利用しているネットワークは、何らかの形で相互接続されることが想定される。エッジで収集・分析した各種データがクラウド側のAIに送られ、その分析結果を情報システムで活用する今後の方向性を考えれば、「工場などのネットワークは外部のネットワークに接続されていないから安全」という考え方は既に過去のものになりつつある。情報システム側のネットワークからの攻撃を防ぐために、相互接続の境界を明らかにして適切なアクセス制御を実施する等のセキュリティ対策が重要となる。

図表1-5 IEC62443要求事項のイメージ
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クラウドで動作するAI

近年、AIに対する攻撃手法が確立され、その脅威が現実のものになりつつある。例えば画像を認識・分析するAIに対して、その認識を誤らせるような攻撃が可能であることは既に知られている。JVN(Japan Vulnerability Notes)7では「勾配降下法を使用する機械学習モデルに、誤った識別をさせるような入力を作成することが可能な問題」8などが報告されている。これはカメラ画像を利用している自動運転システムに対しては大きな脅威となると考えられるし、誤った学習をさせることでスマートファクトリーの動作を阻害することができる可能性もある。従って、利用する学習モデル等を特定し、想定する脅威を分析した上で、適切な設計・実装を行うことで、AI機能部分を保護していく必要がある。エッジにAIを搭載する場合も同様の対策を考えなければならない9

図表1-6 AIに対して報告されているサイバー攻撃の手法
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インテリジェントエッジのトータルなセキュリティ

クラウド、ネットワーク、エッジのうち、いずれの要素に攻撃を受けてもインテリジェントエッジのプラットフォーム全体に影響が及ぶのであるから、要素ごとのサイバーセキュリティ対策と合わせて、サービス全体での対策を考える必要がある。例えば、エッジのセキュリティ対策を突破されて被害が出た場合、他のエッジやクラウド部分への影響を最小限にとどめるためには、早期に攻撃を検出し、被害が確認されたエッジをいったんネットワークから切り離す必要があるかもしれない。また一部が切り離された場合でも他のエッジが自律的に動作を続けて、残った他の部分は稼働できる等、「全体の稼働を止めない仕組み作り」が重要になる。今後インテリジェントエッジが普及し、多くのビジネスのドライバとなっていくためにはそれを支えるサイバーセキュリティを組み込んでおくことが必要である。この際、コンピューティングリソースがエッジに分散することで攻撃されるリスクも分散しているが、管理・運用・サイバーセキュリティ対策は全体を俯瞰的にみて、全体最適を目指し、一元的に管理・運用することが必要である。

 

1. 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「,制御システムのセキュリティリスク分析ガイド」,2020/3: https://www.ipa.go.jp/security/controlsystem/riskanalysis.html
2. 総務省・経済産業省,「IoTセキュリティガイドライン ver 1.0」,2016/7: 
http://www.iotac.jp/wp-content/uploads/2016/01/03-IoT%E3%82%BB%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3ver1.0%E5%88%A5%E7%B4%99%EF%BC%91.pdf
3. 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「,IoT開発におけるセキュリティ設計の手引き」, 2019/4: https://www.ipa.go.jp/files/000052459.pdf
4. OWASP,InternetofThings,2021/3アクセス: https://owasp.org/www-project-internet-of-things/
5. Foundational Cybersecurity Activities for IoT Device Manufacturers, NIST, 2020/5: NISTIR 8259,Foundational Cybersecurity Activities IoT Device Manufacturers|CSRC
6. 総務省,「IoT・5Gセキュリティ総合対策2020」, 2020/7: https://www.soumu.go.jp/main_content/000698567.pdf
7. JVN(Japan Vulnerability Notes): 日本で使用されているソフトウエアなどの脆弱性関連情報とその対策情報を提供し、情報セキュリティ対策に資することを目的とする脆弱性対策情報ポータルサイト。脆弱性関連情報の受付と安全な流通を目的とした「情報セキュリティ早期警戒パートナーシップ」に基いて、2004年7月よりJPCERTコーディネーションセンターと独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が共同で運営している; 2021/3アクセス: http://jvn.jp/nav/jvn.html
8. JVNVU#99619336 勾配降下法を使用する機械学習モデルに、誤った識別をさせるような入力を作成することが可能な問題, JVN,2020/03/25: http://jvn.jp/vu/JVNVU99619336/
9. AIに対するサイバー攻撃は、こちらも参照された; Society 5.0時代の新たなサイバー攻撃,「TMTPredictions 2020」, デロイト トーマツ: 
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/technology-media-and-telecommunications/articles/et/tmt-predictions-2020-cybersecurity-of-society-5.html
10. Ian J. Goodfellow, Jonathon Shlens & Christian Szegedy, EXPLAININGAND HARNESSING ADVERSARIAL EXAMPLES, 2025: https://arxiv.org/pdf/1412.6572.pdf

筆者

北野 晴人
Haruhito Kitano

デロイト トーマツ サイバー合同会社 パートナー

通信機器ベンダ等を経て、RDB、アイデンティティ管理を中心にセキュリティ関連製品の販売戦略・ビジネス開発などを担当。セキュリティ技術と法律、マネジメントをつなぐコンサルティングを実施。情報セキュリティ大学院大学博士後期課程修了。博士(情報学)、公認情報システムセキュリティプロフェッショナル(CISSP)、(ISC)2アジア・パシフィック・アドバイザリーカウンシルメンバー。

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