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事業変化に貢献するキーテクノロジー「デジタルツイン」

レジリエンス経営を支えるビジネスプラットフォームとは <第2回>

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により、企業は今まで以上にレジリエントな経営が求められる。ビジネスに柔軟性や即時性などをもたらし、環境変化への対応力を高められる「デジタルツイン」について、具体的な適用領域の事例を示しながら詳述する。

前回の振り返り

前回、ネットワーク型のデジタルビジネスプラットフォームはデジタルコアと定義した機能で構成され、従来型ビジネスプラットフォームでは困難であった、全体最適観点の柔軟かつ迅速な取組の試行ならびに実践という課題を解決し、ビジネスの俊敏性や継続性など環境変化への対応力を高められることを紹介した。これらの取り組みはGAFAなど先進的な企業ではすでに実践されており、デジタルコアを活用したビジネスプラットフォームはCOVID-19の影響を最小限に食い止めたことでその有効性や堅牢性を証明している。

業界や企業によってデジタル化の成熟度は異なるものの、多くの企業でこれまでのERPやCRM、その他の情報システムを導入し、業務プロセスに関するデータを蓄積している。デジタルビジネスプラットフォーム上で活用するためには、こうして蓄積されたデータがデジタルコアを構成する機能レイヤーのどこに位置づけられ、活用可能か把握しておく必要がある。今回は、実現テクノロジーとその機能レイヤーに目を向けて、どのようにしてデジタルコアが有用な機能を司るかを紹介する。

 

デジタルコアの実現テクノロジー「デジタルツイン」

あらゆるプロセスがネットワーク型のビジネスプラットフォームにつながることで、様々なビジネスシーンにおいて恩恵を受けることができる。その一例として挙げられるのは、ビジネスプロセス全体の可視化や、サプライヤーやメーカーなどのパートナーを含めた需給の最適化、また機器や製品の使用状況・状態の把握による予測メンテナンスなどだ。その中でも代表的な例としてよく示されるのは「ビジネスプロセス全体の可視化」である。可視化の過程において整備されるデータは、前回デジタルコアの機能として紹介したシミュレーションやインサイト創出に欠かせない基本要素である。

では、デジタルコアはどのように成り立っているのだろうか。デジタルコアの機能は、サイバー空間、サイバーフィジカル空間、フィジカル空間で実装される。フィジカル空間とは、リアルの物理世界であり、主にはヒト、時には機械やロボットによって、設計開発や製造、物流、サービスといった活動が行われる。フィジカル空間における活動の結果は、サイバーフィジカル空間を介して、サイバー空間にデータとして記録され、分析・シナリオシミュレーションにより最適アクションをフィジカル空間に促すという流れだ。この一連の流れを実現するテクノロジーは複数あり、たとえばサイバー空間でのアナリティクスを担うAI、フィジカル空間でのデータ収集を担うIoTなどが挙げられるが、これらの3つの空間に関連するテクノロジーを組み合わせ、物理世界の活動や行動をデジタル上に精度高く表現できるのがデジタルツインである。図表1ではデジタルコアとデジタルツインの関係性を示しているが、デジタルツインはデジタルコアの全ての機能と有機的に結びつけて実現され、様々なユースケースを可能にしている。
 

図表1:デジタルコアを有効化するデジタルツインの実現レイヤー
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デジタルツインは、物理世界をサイバー空間に正確に再現することが可能であり、図表1に示す通り、センサー、インテグレーション、データ、アナリティクス、アクチュエータの5つのレイヤーで構成される。根幹となるデータレイヤーにおいては、企業がこれまで取り組んできた3DモデルエンジニアリングやERP、MES、CRMの導入といったIT化により蓄積されたデータに、フィジカル空間に存在するモノやヒトからセンサー/ネットワークレイヤーを介して取得した情報を加え、統合することで今まで以上に正確かつリアルタイムに可視性を高めることができる。これらの統合的なデータを基にアナリティクスレイヤーにおいて、過去に起きた事象を明らかにする記述的分析や事象の原因を明らかにする診断的分析、また、今後起こりうる事象を予知する予測分析、予測される事態に応じて最適解を導出する処方的分析などが行われる。

国内のあるタイヤメーカーでは、クラウド型情報処理エンジン、センサーによりタイヤの空気圧、温度をリアルタイムで遠隔監視し、タイヤのトラブルをいち早く検出、予測するサービスの展開により従来のモノ売りビジネスからの転換を図っている。このケースでは、タイヤの性能に関するデータをフィジカル空間から収集し、これまで蓄積してきたタイヤのトラブルに関するデータと突き合わせてデジタルシミュレーションとアナリティクスを適用することで、トラブルの予兆を引き出す仕組みを構築している。

このように、デジタルツインは目的とするビジネスシーンにあわせて各レイヤーがそれぞれの役割を担い、物理世界をサイバー空間に正確に再現し、物理世界で起きている事象の可視化や示唆、指示を与えることができる。次は、デジタルツインの適用領域について紹介する。貴社においても、デジタルツインを業務に適用できる領域があるはずだ。

 

デジタルツインの適用領域

デジタルツインの本質は、テクノロジーで時空を超え、ナレッジやノウハウをグローバルの「もの・サービス」、「プロセス」、「ヒト」などあらゆる世界に応用でき、また、データ活用・分析を繰り返すことにより精度の高いフィードバックシステムとして洗練し続けるモデルに高度化できることにある。図表2は、デジタルツインを「もの・サービス」、「プロセス」、「ヒト」に適用した事例を示している。

図表2:デジタルツインの適用領域
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まず、製品(もの・サービス)においてデジタルツインを適用するケースについて見てみよう。デジタルツインを使用することで、設計シミュレーション、高度な製造、予測メンテナンスなど、ネットワークに接続されたビジネスをサポートすることが可能となる。以前より、デジタルテクノロジーの活用に積極的な米国のある製造業企業では、ビジネスプラットフォームだけでなく製品においても「デジタルネイティブ」を掲げて開発・製造に取り組んでいる。こうして開発された製品はネットワークに接続されているため使用状況を常に把握でき、ソフトウェアを製品価値の中核に据えることで、機能追加や保守などタイムリーな価値提供を実現している。

次に、デジタルツインをプロセスに適用するケースを見てみたい。ある工業メーカーは、製品の品質とメンテナンスのダウンタイムを改善するために、デジタルツインを利用して製造プロセス全体の可視性を高めた。このケースでは、製品開発プロセスの非効率性を特定し改善の洞察を得るために、製造プロセス全体にパフォーマンスセンサーを設置してデータを収集した。このデータを基にデジタルツインのシミュレーションを活用して改善シナリオを導出することで、手戻り作業を15~20%削減させることができた。プロセス全体の状態を把握できない場合、事後対応的な行動により、オーダーの遅延、在庫不足、収益の損失が発生する可能性があるため、ビジネスプロセス全体の可視化は、ネットワーク型のビジネスプラットフォームにおいて重要な考え方であり、まず着手すべきビジネスシーンだ。

最近は、ヒトに対してデジタルツインを適用する試みも始まっている。心臓科の研究室では、研究室で作成した心臓のモデルと、一般の人々の心臓の状態を比較することで、その差異がどのような健康上の結果をもたらすかについて正確に予測することを期待している。このような、人体のメカニズムを研究する学者によって蓄積されるナレッジベースは、最終的には医療専門家が遺伝性疾患や障害を制御または予防するのに役立つデジタルシミュレーションに貢献するだろう。詳しくは、2020年にデロイト トーマツ グループが発行したTech Trends 2020でも紹介しているので参考にしてほしい。

デジタルツインは、一朝一夕で構築できるものではない。例えば、ビジネスプロセスの可視化に取り組むといっても、課題を解消するためにはどのようなデータが必要なのか、どのようにしてデータを取得すればよいのかを検討する必要がある。また、可視化により導出し実施したシナリオが本当に効果的だったのかを評価することも重要だ。デジタルツインを構築し、その効果を刈り取るには、自社の戦略上の目指すべきゴールを明確にし、これまでの自社のIT化の取り組みを踏まえたロードマップを作成した上で、実証検証を繰り返す必要がある。デロイト トーマツでは、デジタルツイン導入構想、実証検証、本格導入までを、Think Big/Start Small/Scale Fastの推進アプローチで支援する。


次回は、デジタルツインのようなテクノロジーをどのようにして導入・推進していくべきか?デロイト トーマツが、これまで多くのお客様との取り組みにおいて得たナレッジとともに紹介する。

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