Posted: 15 Sep. 2023 7 min. read

Social Impact委員会 第5回ゲスト対談企画 「精神・発達障がい者の経済的自立の実現–ビジネス×ソーシャルセクター連携の可能性–」

ゲスト:認定NPO法人Switch 代表理事 今野純太郎氏、株式会社ローランズ 代表取締役 福寿満希氏、 NPO法人 障がい者雇用支援戦略会議 代表理事 今野雅彦氏 2023年5月9日開催

持続可能な社会の実現に向けた貢献がビジネスセクターに求められる中、デロイト トーマツ コンサルティングでは、ビジネスコンサルティングファームとしての専門性と知見を活用した社会課題解決活動「Social Impact」を推進しています。

その一環として、社内会議である「Social Impact委員会」では、当社のネットワークから社会課題解決の分野で活躍されるゲストをお招きし、当社CEOをはじめとするプロフェッショナルとの対談企画を実施しています。

開催レポート

デロイト トーマツ コンサルティング(DTC)では、持続可能な社会の実現に向けて、ビジネスコンサルティングファームとしての専門性と知見を活かした社会課題解決活動「Social Impact」を推進しています。

その一環として有志社員が参加する社内会議「Social Impact委員会」では、社会課題解決の様々な分野で活躍されるゲストをお招きし、当社代表執行役社長をはじめとするプロフェッショナルとの対談企画を実施しています。過去のゲスト対談の開催レポートについてはこちらをご覧ください。

2023年5月9日に開催した第5回Social Impact 委員会ゲスト対談企画では、「精神・発達障がい者の経済的自立の実現 –ビジネス×ソーシャルセクター連携の可能性-」と題し、認定NPO法人Switchの代表理事である今野純太郎氏、株式会社ローランズの代表取締役である福寿満希氏、およびNPO法人障がい者雇用支援戦略会議の代表理事である今野雅彦氏をお招きしました。当日はDTC Social Impact Officeに所属する山田雪穂がモデレーターを務め、パネルディスカッションを実施しました。

ゲストプロフィール

 

登壇者ご講演:精神・発達障がい者の経済的自立における課題・取組

NPO法人Switchの精神・発達障がい者に対する就労・自立訓練支援

今野純太郎氏(以下、今野(純)):NPO法人Switchは、2011年3月2日、障がいをもつ方もそうでない方も、同じように学ぶこと、働くことを実現できる社会を目指して設立されました。私自身は、高校生のときに路上生活をされている方や、日雇い労働者と接する機会があり、社会の中の格差や不平等に問題意識を持ったことが現在の活動の原点になっています。法人設立から1週間で東日本大震災が発生したということもあり、仙台市、石巻市そして沿岸部も含め、震災後に発生した若者を取りまく様々な地域課題に向き合っています。 

Switchでは、障がいを抱える方々や、こころに病のある方々が就学・就労に希望を持って臨んでいける機会の場を提供することを目的とし、障がい者の就労移行支援(一般企業への就職に必要な知識やスキル向上のためのサポートの提供)、精神科や心療内科へ通院することができていない方や障がい自認ができていない方など、就労移行支援の対象外となる若者サポートとして、ユースサポートカレッジ事業(高校生・専門学校生・大学生等へのメンタル面のサポートと就職活動のサポート)、オンライン上の居場所、そして高校内に居場所カフェなどを提供しています。Switchの支援の特徴としては、「ご本人の望む働き方」を最優先とし、一般就労※1から障がい者雇用まで、障がいを持つ人・持たない人を区別せず、幅広い選択肢から進路を決定する、伴走型のサポートに取り組んでいます。また、最低賃金以上での雇用を目指し、障がいの有無に関係なく、同じ環境で活躍・活動できる働き方を目指しています。

※1「一般就労」とは、企業や公的機関などに就職して、労働契約を結んで働く一般的な就労形態を指します。それに対し、福祉的なサポートを受けながら働く障がい者の就労を総じて「福祉的就労」と呼びます

今回の対談テーマは「精神・発達障がい者の経済的自立の実現」ですが、経済的自立を阻害する現状の課題として、収入格差があります。精神・発達障がい者は障がい者人口の半数を占めるものの、企業の雇用割合や平均月収は、身体障がい者と比較して低くなっています。

特に、精神障がいには様々な種類があり、幻覚や妄想を中心とした症状を持っている方や、気分に波のある方、急な環境の変化が得意でない方などがいらっしゃいます。そのため、雇用に伴う環境整備に高い負荷がかかると想定した企業の多くが採用を控え雇用が進まなかったり、雇用後に待遇差や賃金格差が生まれたりしています。

精神・発達障がいと一口に言っても様々な方がいらっしゃる中で、企業の都合で障がい者の職業や職場を決めるのではなく、個人の希望や強みを引き出し、職場環境を整えることが求められます。障がい者が、自身の希望を重視する働き方が実現できれば、より良い業務パフォーマンスにつながると考えています。

株式会社ローランズの障がい者雇用促進における取組

福寿 満希氏(以下、福寿):ローランズは、排除なく誰もが咲き誇れる社会を作ることを目指し、花や緑を中心としたサービスやフラワーカフェを都内5拠点で運営しています。従業員65名中45名が障がいや難病と向き合う当事者です。

私は特別支援学校の教員免許を取得しており、障がいと向き合う子どもたちとの関わりの中で、子どもたちから「ケーキ屋さんになりたい、お花屋さんになりたい」といった夢を聞いていました。一方で、当時の障がい者の就職率は低く、選択肢が非常に少なかったため、子どもたちの夢をかなえられるような大人になりたいと思ったことが会社設立のきっかけです。

会社設立当初は、障がい者の雇用課題に加え、障がいや難病と向き合う子どもたちが陥りがちな二次障がいとしての心の障がいに対応することを目的に花の事業を選択してスタートしました。現在は、当事者の得意領域を伸ばすことで、業務効率を上げることに重点を置いています。そのために、業務を細分化し適性に合わせて業務分担をすることで、自分の得意分野を活かせるような仕組みづくりをしています。例えばローランズでは、結婚式場と契約して装飾などを請け負うこともありますが、プロの方が作成したデザインを形にしていく工程を細分化し、障がいの適性に合わせて作業を分担しています。一般的なお花屋さんの業務は受注・制作・運搬の3工程に分割されますが、受注業務も3分割、制作業務も5分割といった具合にさらに細分化し、細分化された各業務のプロフェッショナルを育成することを心がけています。

ある業務のプロフェッショナルになった方は次の業務にも挑戦してみる…といったように、できることを増やすことで、自分を肯定できるシーンを仕事上で増やしていける仕組みを構築しています。

中小企業の課題を解決する共同雇用の仕組み「ウィズダイバーシティプロジェクト」

福寿:先ほど今野(純)さんから障がい者間での賃金格差の問題を提起いただきましたが、日本企業の障がい者雇用率自体が未だ低く、法定雇用達成企業の割合は48%(2022年時点)です。特に小規模企業ほど雇用できていない割合が高くなっています。

障がい者雇用を進める上で企業側が一番の課題と感じている点は、社内に適切な仕事がないことです。その他にも、雇用ノウハウが不足しており、何から始めて良いかわからないというケースや、職場の安全面が適切か判断できず、受け入れ後に事故が起きてしまうのではないかという懸念から雇用に踏み出せないといったケースもあります。このような課題が積み重なり、現在、約350万人の障がい当事者が働けていない状況にあります。

上記の課題に対応する方法の1つとして、特例子会社制度があります。

一定の要件(障がい者の人数や割合など)を満たした子会社が雇用した障がい者数を親会社の法定雇用率として合算できる仕組みです。制度開始から35年が経ち、これまで579社が活用し、43,857人の雇用が生まれています。

しかし、この制度は子会社を複数持つ大規模企業によって利用されているケースがほとんどです。その結果、障がい者雇用率の未達企業の9割を中小企業が占めていました。

そこで、私たちは特例子会社で実現していることを中小企業でも実現できるよう、「ウィズダイバーシティプロジェクト」を発足しました。

ウィズダイバーシティプロジェクトは、中小企業による障がい者の共同雇用の仕組みです。具体的には、複数の中小企業(異業種も可能)や福祉団体が協同事業を行う協同組合を組成し、障がい者の仕事の確保・発注と障がい者の雇用管理の役割を分担しています。厚生労働大臣の認可を受けた協同組合とその組合員である中小企業で実雇用率※2 の通算が可能です。

※2 実雇用率とは、自社が雇用する従業員全体のうち、障がい者が占める割合

本制度の活用により、個々の中小企業では障がい者雇用を進めるのに十分な仕事量の確保が困難だったところを、複数の中小企業が協同して障がい者の雇用機会を確保することが可能になります。

図:「ウィズダイバーシティプロジェクト」全体像 福寿氏の講演資料より抜粋

プロジェクトの成果として、これまで10の組合企業で4,000万円分の仕事を集め、13人の新しい雇用を生み出しました。今年はさらに輪を広げ、2億円分の仕事を作り出し、80人の雇用を生む見込みです。

今後、中小企業版の特例子会社を作っていくための方法や、中小企業で業務を集約し雇用を創出する施策などについて、特例子会社の皆さまとも情報交換をしながら仕組みを広げていきたいと考えています。

障がい者雇用における企業の意識改革の必要性

今野雅彦氏(以下、今野(雅)):昨年、NPO法人障がい者雇用支援戦略会議を立ち上げ、現在は特例子会社の設立支援など幅広い活動を行っています。

弊団体では、障がい者の一般就労を目指し、企業カルチャーと障がい者の「得意」のマッチングに取組んでいます。

障がい者雇用においては、単に法定雇用率を満たすだけでなく、障がいのある方々が意欲を持って働ける企業を増やすことが重要です。そのためには、障がい者の得意なことや配慮が必要な点を正しく評価し、適切な仕事を割り振ることが求められます。

現状の障がい者支援の課題として、企業の障がい者雇用を支える制度が少ないことが挙げられます。日本で障がい者の就労を支える社会資源(支援のための制度やサービス)は現状ハローワークがメインとなっており、今後は企業と支援学校の連携など、企業を支えるネットワークを強化していく必要があります。

パネルディスカッション

 

※画面右上から時計回りに、福寿満希氏、今野雅彦氏、今野純太郎氏、山田雪穂

精神・発達障がい者の経済的自立の実現に向けて

未だ障壁の多い精神・発達障がい者雇用

山田:企業による精神・発達障がい者の雇用には、まだまだ改善の余地があると理解していますが、雇用に積極的な企業とそうでない企業の違いはどこにあるのでしょうか。精神・発達障がい者の就労移行支援を行っている経験から今野(純)さんにお伺いしたいと思います。

今野(純):大きな違いは業務の切り出しやすさだと思います。大企業のように仕事が多く業務の切り出しがしやすいと、障がいがあっても働きやすい環境を実現できるため、自然と雇用率も上がります。

他方、専門職よりも営業職・販売職のような一般職やゼネラリストを求める企業の場合、1人が営業や接客サービスなど幅広い業務をこなすことが求められるため、特定の業務を切り出して依頼することが難しく、雇用に消極的になってしまうのが実態です。

また、採用に際してコミュニケーション力を重視する企業が多く、コミュニケーション力に不安がある方々は一般就労とは別枠で捉えられてしまう傾向にあります。しかしこれでは、特定の業務について専門性がある、集中力が長時間持続するなど、当事者がもつ他の優れた要素やスキルが見過ごされてしまいます。コミュニケーション力に不安があるというだけで、決して能力が低いわけではなく、企業の活かし方次第で活躍は可能なのです。
 

障がい者の職場定着を図るには、個々の「得意」を理解して活かすことが鍵

山田:採用は単なる「入り口」に過ぎない中で、いかに障がい者を職場に定着させ、離職を防げるかという点も重要だと思います。定着に成功している事例にはどういったものがありますか。

今野(純):障がい者の採用、職場への定着に成功している企業は、本人が何をしたいのか、得意なことは何か、どういうキャリアを目指したいのかを聞き取り、配慮した職場環境を整備しています。このような視点で雇用している企業は、本人の意向に寄り添ったサポートを提供できるため、障がい者も自身の希望している専門性を向上させることができ、企業の中で戦力になっていると感じます。

支援する・される、のような関係ではなく、自分たちと同じ場所で働く仲間として育成する考え方が重要です。

山田:障がい者の「得意」に焦点をあてて本人のキャリア形成を考えていけば、パフォーマンスを発揮して職場に定着させることが可能と理解しました。

ここで福寿さんにお伺いしたいのですが、ローランズでは従業員の7割が障がい者ということですが、職場への定着を図るために行っている取組みをご共有いただけますでしょうか。

福寿:私たちは障がいを中心に考えるというよりも、その人にどういう特長があるのか、どういう業務で強みを発揮するのかを重視しています。

冒頭にお話しした、細分化した業務のプロフェッショナルを育成し、チャレンジを後押しすることで自己肯定感を高めることを意識していることに加え、障がいの有無にかかわらず、個人の特長や業務上の強みを重視し、長期的な雇用を促進するために就労者が抱く課題やトラブルを丁寧に分析しています。

これらの取り組みで、ローランズでは障がい者の職場における定着率が全国平均の約1.5倍と高くなっています。 
 

義務としてではなく、自社を発展させるための「戦略的視座に基づく障がい者雇用」を

山田:「障がい者」として見るのではなく、一個人として接しながら小さな成功体験を積み重ねていくのが非常に重要だと認識しました。

ローランズのように障がい者雇用に積極的な企業がある一方で、日本全国では、精神・発達障がい者の雇用率が18%に留まっているのが現状です。法定雇用率など障がい者の雇用を後押しするルールがある中で、精神・発達障がい者の雇用が普及しない障壁として何があると考えられますか。

今野(雅):企業と福祉のそれぞれの観点で障壁が考えられます。

まず企業に関しては、法定雇用率があることで、雇用率の達成にのみ着目して雇用対象を選択してしまいがちです。そうではなく、「自社を発展させ、より良い会社にするために障がい者を雇用する」という戦略的な視座を持つことが重要です。

次に福祉に関しては、業務を確保するために、障がい者の能力に応じた適切な配置を後回しにしているケースもあります。一般企業での就労が困難な人に働く場を提供する就労継続支援制度には、企業と雇用契約を結び就労をサポートするA型事業所、雇用契約を結ばず軽作業などの就労訓練を行うB型事業所、また就職に必要な知識やスキル向上をサポートする就労移行支援事業所がありますが、特にB型事業所での業務を立ち行かせるために、本来は一般就労できる能力のある人がB型事業所に多くいることを目にしてきました。

山田:企業が戦略的な視座を持って雇用を行う重要性に言及いただきましたが、そのために企業はどのようなアクションをとるべきでしょうか。

今野(雅):アクションとしては、大きく3つ考えられます。1つ目は既存のツールを適切に活用すること、2つ目は障がい者雇用ルートの枠を広げること、3つ目は障がい者雇用実績のある企業等からのノウハウ提供を受け、社内環境を整備することです。

1つ目のツール活用に関して、障がい者雇用の組織活性度診断等のアセスメントツールを適切に活用することは一手です。例えば、NANAIROと呼ばれる組織診断ツールがあります。各50項目で構成された調査項目から多角的に解析を行い、障がい者雇用を取り巻く組織の現状を数値化・グラフ化することで問題の可視化が可能です。加えて企業のどこに障がい者雇用の余地があるか、障がい者雇用によって企業にどのような成長が見込めるかが診断でき、障がい者の能力特性を業務と組織に活かすこともできます。

2つ目の障がい者雇用ルートに関して、大学を卒業した障がい者の採用に目を向けることも重要です。現状、障がい者の新卒採用では、特別支援学校から知的障がいのある高校生を採用することが多いです。コミュニケーションの取りづらさを理由に精神・発達障がい者の雇用を敬遠するのではなく、業務中のコミュニケーションを円滑化するシステム等を活用すれば、採用の幅も広がります。例えば、大阪の奥進システムという団体が開発したSPISと呼ばれるWebの日報システムでは、利用者に日々自身の体調や精神状態を数値として記録してもらい、自動的にグラフ化を行います。その結果、当事者の体調や精神の変調が上司や支援者に伝わることで適切なケアを行うことが容易になります。こうしたツールを活用するなど、障がい者雇用の世界でもDX 化を進める必要があると考えています。

最後の社内環境の整備に関して、まずは特例子会社が有する経験やノウハウを企業に提供していくことが重要です。実は、2024年4月から、障がい者の就労支援を行う事業者を対象とした新しい助成金制度「障害者雇用相談援助助成金(仮称)」が始まります。支給対象には特例子会社も含まれており、親会社や地域の中小企業に対してコンサルティングを行う場合に助成金が支給されます。

この制度を活用して特例子会社などが中小企業などにノウハウを提供していくと、多くの企業が持つ障がい者雇用への不安や障壁が取り除かれ、障がい者がよりパフォーマンスを発揮しやすい環境整備が進むのではないかと思います。
 

障がい者のスキル習得機会の提供と、活躍できる環境整備を通して経済的自立を後押し

山田:精神・発達障がい者の経済的自立を実現するには、障がい者のスキルを伸ばしていく等、賃金上昇を実現するためのキャリア構築が必要だと思います。

ローランズの原宿店舗では最低賃金が全国の平均値を上回っていると伺っていますが、実現に至った背景をお伺いしてもよろしいでしょうか。

福寿:障がい当事者の業務効率を向上させる仕組みを作ったことが影響しています。大企業の場合はある程度の仕事量があり、障がい当事者に依頼する業務も切り出しやすいですが、ローランズ単体では規模が小さく、障がい当事者1人、2人に任せられるだけの十分な量の業務の切り出しが困難です。障がい当事者の得意なことに合わせて業務を細分化しようにも、まとまった量の仕事が必要です。

そこで、ウィズダイバーシティプロジェクトを通して中小企業と障がい者福祉団体でチーム(組合)を結成し、組合に所属している企業がそれぞれで行っていた仕事を集約して細分化しました。その結果、これまではマルチタスクが求められた障がい当事者が一つの業務に集中することができ、その業務のプロフェッショナルになれたことで業務効率が向上しました。この経験を通じて、仕事を集め、障がい者の「得意」を考慮し適切な業務に配置することの重要性を実感しました。

今野雅彦さんが先ほど特例子会社立ち上げ支援について紹介くださいましたが、ウィズダイバーシティプロジェクトのように、LLP(有限責任事業組合)※3で小さな企業がグループになって雇用を促進していけるような仕組みの促進もぜひお願いしたいです。

※3 LLP(有限責任事業組合):2016年5月、国家戦略特区において成立した障がい者雇用の特例制度。障がい者雇用率の通算が可能となる

山田:障がい者も適切な環境さえ整えばパフォーマンスを発揮でき、それが売上に貢献して自身の収入にも反映される証左となる事例かと思います。こうした取り組みを拡大させていくために、ソーシャルセクターとして実施可能な施策やビジネスセクターとの連携の可能性はありますか。

今野(純):我々の取組としては、若者に向けたIT関連のトレーニング提供、農業分野での就労支援や起業支援などを実施しています。専門に特化したスキルを伸ばし、活かすために、海外のNPO等による若者支援の現場では、就職だけではなく、起業やフリーランスといった働き方も視野に入れたサポートで経済的な自立を後押ししています。日本でも、もう少しソーシャルセクターの役割を拡大して捉え、ビジネスセクターとの接点を強化することが重要です。
 

精神・発達障がい者が働きやすい社会の実現には、企業・個人の理解と協力が不可欠

山田:最後に、我々コンサルティングファームとして、またはコンサルタント個人として精神・発達障がい者が働きやすい環境を構築するために取るべきアクションについて、皆様からご意見を頂戴したいと思います。

今野(純):就労支援イコール就職支援ではない、と最近は考え始めています。AIが台頭してきている中、切り出せる作業にも限界が来るような難しい時代になっているのではないかと思います。今後は「雇用される」という選択肢だけでなく、自分なりのビジネスを考えることや、法律のような専門性に特化した知識やスキルを身につけるなど、より高度な形で本人の目標を達成できる場が必要だと考えます。そのような機会をコンサルティングファームと共に創れると面白いと思います。

福寿:精神・発達障がい者の方々が業務に活かせるスキルを見つけるのが、マネージャーや共に働く人の役割だと思います。業務上のトラブルが起きた場合でも、できていないことばかりに目を向けず、突出している能力を見つけそれを伸ばす方法を考えていければ前向きに一緒に働くことができると思います。また、定着支援サービスという企業が無料で活用できる福祉支援もあり、障がい当事者が長く働き続けられるよう定期的なモニタリングを専門家が実施してくれます。企業や個人でもそのようなサービスを導入し、活用いただけると良いと思います。

今野(雅):法定雇用率を満たすためだけの雇用率ビジネス、あるいは雇用率代行ビジネスというワードが障がい者雇用の世界では良くも悪くも話題になっていますが、 私は障がい者の働き甲斐追求と包摂を目指して活動する中で、その流れと逆行する雇用率ビジネスのような取り組みを防ぐべく手を打っています。

ぜひ情報を正しく把握し、障がいのある人もない人も共に協力し合いながら働いていく共生社会を皆さんと共に目指していきたいと願っています。

Q&Aセッション

「思い切り」が障がい者雇用とビジネスの両立に繋がった

山田:ここからは、本対談を視聴している参加者からの質問にご回答をお願いします。

福寿さんが障がい者支援を志して起業した背景や、その道のりまでのエピソードについてお伺いできますか、という質問をいただいておりますが、いかがでしょうか。

福寿:23歳で起業したのですが、24歳になった年に、プロ野球選手のマネジメントを行う今とは全く異なる業種の企業に就職し、2年間勤めました。選手が社会貢献活動に取り組んでいるのを見て、「仕事」と「誰かの役に立つこと」を組み合わせられるんだと気づいたのがきっかけになり、学生時に夢見た障がい者の雇用課題解決とビジネスの両立を実現できると感じました。その結果、後先考えずに起業してしまったというのが正直なところですが、その行動に後悔はありません。
 

受け入れ~キャリア形成の要となるのは本人との細やかな対話

山田:続いての質問です。

業務の中で苦手な分野について、障がい特性として配慮すべきなのか、本人の努力で伸ばせるものなのかの見極めが難しいと感じます。一概に障がいを持つことを理由に不得意を業務から排除すると障がい当事者のキャリア形成は難しいのではないかと思いますが、今野(純)さん、今野(雅)さん、ご意見いただけますでしょうか。

今野(純):得意・不得意な点は本人との対話の中で極限まで引き出すようにしています。不得意なことをある程度排除すればキャリア上の不利益も当然出てきますが、それも含めて細かく対話を重ねた上で、最終的な判断は本人に委ねるのが正しいと思います。できること、できないことを正確に洗い出し、結果がどうなるか正確に共有することを意識しています。

今野(雅):質問者の方が指す「障がい特性」とは、目で見て捉えられる部分を指しているのではないかと推察します。しかし、重要なのは表面的な障がいの特性ではなく、その方を本質的に理解した上で、情報保障※4をしていくことです。仮に同じものを複数の人で見た場合、視覚優位か聴覚優位かによって認識は変わってきます。障がい当事者の方の認識の仕方を理解すれば、指示・依頼・確認の仕方も変化すると思います。

※4  情報保障とは、障がいのある人が情報を入手するにあたり必要なサポート(代替手段を用いる等)を行い、情報を提供することを指す

クロージング

山田:それでは最後に、本日のゲストの皆さまに、障がい者とはどんな方たちなのか、一番近くで接されている立場からの思いを伺いたいと思います。

今野(雅):どんな人にも得意なこと・苦手なことそれぞれに上振れ下振れがあります。私見ではありますが、この振れ幅が大きい人が障がい者といわれるのだと思っています。人の得意なことの「上振れ」の捉え方が重要で、人間関係をつくる際にもその人の良いところを10個探すことを常に意識していれば、障がいの有無に関わらず親しくなれます。周囲にいる人が「障がい」を通して人を見るのではなく、個人として良いところを探していくことができれば、障がいへの理解も進んでいくのではないかと思います。

福寿:障がいの有無に関わらず、一人ひとりをよく見ていくことが大切だと思っています。現場で起きるトラブルや課題の原因の多くはコミュニケーション不足にあるので、誰にでも分かりやすい指示やコミュニケーションを工夫できれば良いと思います。 

私も勉強を重ねながら、引き続き皆さんと成長していけたらと考えています。

今野(純):今野(雅)さんのお話にもあったように、「上振れ」・「下振れ」の振れ幅が障がいと判断される中で、どこからが「一般」でどこからが「障がい」なのかは、明確にしづらい部分だと思います。それをもって誰かが良い・悪いという判断をするのではなく、そういった決めつけから少し離れて俯瞰して見ることで、障がいのある人もない人も同じ場で働けるような社会になっていけるのではないかと思います。そのために、今後もソーシャルセクターの分野から働きかけを行っていきます。

Social Impact 委員会では、今後もテーマに応じてソーシャルセクター等で活躍するゲストを招いた対談企画を開催していく予定です。

【問合せ先】Deloitte Social Impact 事務局: JP DTC social impact (R)