もうひとりの自分「個性を持ったAI」が未来を切り拓く。デロイト トーマツとオルツが目指す、AIによる変革とは ブックマークが追加されました
デロイト トーマツ コンサルティング(以下DTC)は、パーソナルAIの開発および実装に取り組むスタートアップのオルツと、AIクローンの活用、企業ごとの個別LLM(大規模言語モデル)開発などの領域で共同で取り組んでいる。なぜ両者は提携したのか、この提携を通じてどんな世界を目指しているのか、オルツ取締役 CFOの日置友輔氏、執行役員 AX事業開発 兼 ソリューション担当の小村淳己氏、DTC執行役員の福島渉、マネジャーの松尾一希に聞いた。(以下、敬称略)
右からオルツ執行役員の小村淳己氏、CFOの日置友輔氏、DTC執行役員の福島渉、マネジャーの松尾一希
――DTCは生成AI活用においてどのように取り組んでいますか。
松尾:私たちは2022年の生成AIが注目されはじめた初期段階から、積極的に社内で活用を進めてきました。CXO直下に特任チームを設立し、生成AIが提案資料の素案を自動作成したり、FAQに対応するチャットボット型の生成AIツールなどを開発。まずは、社内業務での利用を推進しました。
2024年末時点で業務に生成AIを利用するメンバーはグループ全体で7,300人ほどに広がり、その稼働時間の削減は月約4万時間に達しました。現在は生成AIが自律的にタスクを実行できるAIエージェントの開発ならびに、実装にも取り組んでいます。このようにグループ内で試行錯誤を繰り返し、蓄積してきた生成AIの開発技術やナレッジを武器に、お客様の業務効率化やイノベーション創出を支援しています。
<関連リンク>
福島:従来、AIのユースケースは、大半がコストカットに主眼を置いていました。もちろんコストカットも大事です。しかし生成AIの登場により、AIを活用して人の能力の限界を取り除き、トップラインを伸ばす方向にユースケースを広げていくことができます。業務の手間を減らすだけでなく、アウトプットの質や量を3倍、4倍に上げていくという発想での活用にユースケースが広がりつつあります。
とはいえ我々はコンサルティングの会社ですから、あくまで「クライアントのどんな課題を解決したいのか」が重要となります。しかし生成AIのスタートアップには技術ドリブンの会社も多く、AIができることの限界にとらわれてしまっている印象でした。
そんな中、オルツは「こんなすごい技術があります」ではなく、「こういう世界を目指したい」というビジョンを語ってくれたのが新鮮でした。「労働人口の減少が進む日本において、AIを活用することで一人ひとりの生産性を高め、日本経済の成長を促進する」というオルツのビジョンは、我々DTCが目指す社会課題解決への取り組みとも合致します。そこで協業を進めていきたいと考えました。
<関連リンク>
――オルツのビジョンや独自性について教えてください。
日置:「自分がもう一人いたらいいのに」と思ったことありませんか。私たちは、全人類がもうひとりの自分、AIクローン技術を用いた「パーソナルAI(P.A.I.)」を持つようになることを目指しています。そうすることで、一人ひとりが自分の能力や創造性を最大限に発揮できるような世の中になると考えています。
パーソナルAIはいま世の中で話題となっている汎用的な生成AIとは異なり、その人ならではの思考や言葉づかい、知識などを再現する、まさにその人のクローンのような存在です。このようなAIクローンが社会に浸透し、人間の労働をアシストしたり、業務を担ったりすることで、経済全体の生産性向上につながります。私たちは2030年までに日本の労働人口5000万人分をAIクローンで補うという明確な目標を掲げ、日々研究に取り組んでいます。
オルツは2014年の創業以来、一貫してパーソナルAIというビジョンの実現に向けて、基礎研究を積み重ねてきました。そこが、最近登場している生成AIのスタートアップとは一線を画しているところです。「もう一人の自分を再現する」というのは、いわば月面着陸に匹敵するほどの大きな目標です。だからこそ、この壮大な目標に引かれ、世界中からトップクラスの技術者が集まっており、アカデミックで各領域の第一人者といわれる方々も多数参画しています。
――なぜDTCと提携したのでしょうか。
日置:いよいよ我々が研究してきた要素技術を、ビジネスのユースケースに実装できるフェーズとなってきました。ただし、オルツはこれまで通り基礎研究領域の開発に特化した企業でありたいと思っています。それがビジョンを実現する最短の道のりだからです。
ではオルツが生み出した技術シーズを、どうやって価値に変換するのか。そのためには技術を顧客の課題やペインとかけ合わせ、解決に導いてくれるパートナーが必要だと考えました。顧客に近いところで課題解決に取り組むコンサルティング会社であれば、顧客が何を必要としているかを肌感覚として知っています。DTCは各顧客の課題を精緻に把握していますから、そこから逆算してオルツの技術がどこまで使えるのか、日本発で実証していきたいと思っています。
――具体的にどのような取り組みが進んでいるのか、現在の状況を聞かせてください。
福島:私は保険業界のプロフェッショナルコンサルタントとしてさまざまな課題解決や、イノベーションプロジェクトに、グローバルレベルで取り組んできました。その経験からいえるのは、保険業界が非常に「人」に依存している業界だということです。どんなにデジタルが発達しても、保険契約においては、お客さまは「人」から直接説明を聞いて、理解した上で契約したいと考えている人が大多数です。お客さまが加入するかどうかは、「どんな商品か」というだけでなく、「誰が」「どのように」説明するかに大きく左右されるのです。このため商品を販売する「人」をどう育てるのか、が業界共通の大きな悩みとなっています。
そこで、オルツのAIクローン技術を使うことで、この問題にアプローチしています。例えば、人材育成に長けた指導員のAIクローンをつくることで、これまでより多くの人材を育成できるようになります。あるいはお客様のクローンをつくることで営業担当者の練習相手として活用できるかもしれません。
小村:多くの人が使っている生成AIは、テキスト対話のやり取りが大半です。しかし教育領域では、テキストによる指導だけでは不十分です。感情を伴う投げかけや、心理的安全性を担保したサポートが必要となります。
そこで我々は自然言語に加え、音声、画像、感情認識など、これまで培ってきたAIの要素技術も用いることで、個人のニーズにパーソラナイズされた指導員のAIクローンをつくる取組も進行中です。また、音声対話のシーンでは、モニター上のAIクローンがおだやかな表情と声色で話しかけ、自然な対話を通じてノウハウを伝えられるものも提供できる予定です。
オルツでは私や日置、米倉(オルツ代表取締役社長の米倉千貴氏)も含め、全社員のAIクローンがつくられていて、日々の業務をこなしています。私の場合は提案や面接、Slackでのやり取り、コーディングといった業務の一部をAIクローンに任せていて、私自身にしかできない業務のみを自分で行っています。
実際、弊社が上場した際の記者会見では、米倉に対する質疑応答に米倉のAIクローンが対応しており、多くのメディアで取り上げられました。AIクローンは人と違い24時間働けますから、デジタル上で実施可能な仕事であれば、労働時間や場所の制約があるリアルな社員よりも生産性を期待できるのです。
日置:実はDTCのマネジャー30人のAIクローンをつくるプロジェクトも動いています。「AIクローンに何をさせたいのか」を明確にした上で、そこから逆算してクローンをつくることがポイントです。
小村:プレゼンテーションでAIクローンを使うのもおすすめです。例えばAIクローンなら中国語や英語など、外国語も流ちょうに話すことが可能です。日置も海外の投資家向けのプレゼンテーションにAIクローンを使っています。
日置:本当に、AIクローンは人間拡張として神経が増えたような感覚です。「自分がもう一人いる」というのは、実践してみないと分からない感覚かもしれません。
――DTC、オルツの取り組みを社会に浸透させていくために、どのような活動をしていますか。
松尾:例えば当社の東京 丸の内オフィスにある共創型AI体験施設「AEC(Deloitte Tohmatsu AI Experience Center)」はひとつのモデルケースになるでしょう。現在、日本企業の多くはChatGPTなどの生成AIを一通り使い、「こんなものか」と理解したところなのではないでしょうか。それを踏まえ、今後どのように自社でAIを活用して付加価値を生み出すのか、AECはビジネスリーダーの皆様と共に創造し、ビジネスを進化させるための場所です。オルツにもぜひ参画してもらい、ワークショップなどを通じてクライアントが抱えている課題を解決し、新たな価値を生み出すきっかけになればと考えています。
<関連リンク>
小村:我々のAIクローン技術を使えば、実在の人物の思考と音声や外観を再現したAIクローンをつくることができます。そんなAIクローンとの対話を体験して、どんな場面で活躍できるのかを一緒に考えていきたいですね。
日置:AIは、世の中を変える力を持つ強力なツールです。しかしその潜在能力を最大限に活用するためには、自分自身も殻を破っていかなければなりません。高い理想を掲げ、そこに向けてテクノロジーをふんだんに活用する。そんな高い視座で考える必要があるでしょう。目先の業務改善や利益獲得も大切ですが、それだけでは世の中を変えることはできません。
一方で、日本企業がそのような旧態依然の思考や文化という殻を破ることができれば、蓄積された膨大なデータや、世界でも類を見ない優れたオペレーションという強みが生きてきます。日本人にしかつくれない、グローバルでも競争力があるAIクローンをつくれるようになるのではないでしょうか。
福島:私もすでに自分自身のAIクローンを作成し、レポートの執筆業務などを任せています。実は上がってきたレポートの質は今ひとつだったのですが、それは私自身を忠実に再現しているからかも知れません(笑)。
冗談はともかく、実際プロジェクトを通じて、オルツのような優れた技術を使うことに加えて、今まで暗黙知として曖昧なまま組織で使われている概念を如何に構造化し言語化し、形式知化できるかが非常に重要であることを実感しています。更に日置さんがおっしゃったとおり、AIの力を最大限活用していくためには、クライアントのマインドセットや企業文化から変えていく必要があることも痛感しています。これらの要素はまさに我々のコンサルティングスキルが価値を発揮するところであり、そういった意味でも、先進的な技術を持つオルツと我々デロイト トーマツが一緒に取り組んでいくことの意義があると考えています。
<関連リンク>
保険業界において豊富な経験を有し、主に保険業界に対する戦略立案・実行支援を得意とする。近年では保険業界のイノベーション推進に注力し、イノベーション戦略策定、組織デザイン、アライアンス、M&A、人材マネジメントなど多様な分野で活躍している。 また世界のイノベーションエコシステムにおいて幅広いネットワークを有しており、先端ビジネスモデル、先端技術の発掘・導入、オープンイノベーションといった分野において世界各地でプロジェクトをリードしている。 関連するサービス・インダストリー ・保険 >> オンラインフ…