Posted: 08 Sep. 2021 5 min. read

第3回 11条指針に基づく体制整備における注意点

連載記事:内部通報制度の有効性を高めるために~体制整備の指針と基準~

第2回では11条指針[1]案のパブリックコメント[2]に対する消費者庁参事官(公益通報・協働担当)室(以下「消費者庁所管部署」とする)からの回答を診ることで、今後公開される予定の「指針の解説」(11条指針案を策定した検討会の報告書[3]4ページ目に記載)の位置づけや分量を予測してみました。
今回は第1回、第2回記事の分析も参照しつつ、内部通報制度の体制整備を行っていくうえでの注意点に関する議論を進めます。


公益通報者保護法の本質的な要求と11条指針に対する関心事のズレ

公益通報者保護法は文字どおり公益通報者を保護するために制定・施行された法律です。2020年6月の改正も2021年8月の11条指針の公開も、その目的をさらに進めるために行われた施策のはずです。
しかしながら、第1回記事[4]で示したように、11条指針案に対するパブリックコメント196件のコメント中、51コメントが従事者(公益通報対応業務従事者)もしくは範囲外共有に関するものでした。筆者の知る限りにおいて、現在組織の中で内部通報制度の運営を担当している方は、ほぼ他の業務との兼務者です。そして、受信する通報のほとんどは、被通報者が通報者を類推しやすい、つまり範囲外共有を疑われやすい、職場の人間関係の悪化に起因するハラスメント被害軽減(あるいは労務条件の改善)要望です。いつ受信するかわからない通報の対応に、常に範囲外共有の刑事罰におびえながら携わることは、もはや苦行でしかないでしょう。日本企業の内部通報制度ご担当者の関心の多くが、従事者の定義と範囲外共有に集まってしまう気持ちはとてもよくわかります。
しかし、公益通報者保護法の目的は、失敗した従事者を罰することではなく、通報者を保護することです。従事者の明確な指定やその従事者への刑事罰の可能性は、通報者を保護するためのひとつの手段でしかありません。


あるパブリックコメントに対する消費者庁所管部署の回答

11条指針案に対するパブリックコメントP52に、「法改正の最重要な点は従事者の組織の長その他幹部からの独立性でもなく、公益通報者を特定する情報の守秘でもなく、公益通報者が保護されることであって、もし公益通報者が不利益な取扱いを被ったら、応分のペナルティを受ける通報者保護の責任者の指名こそが必要なのではないか」という趣旨のものがあります。そのコメントに対する消費者庁所管部署の回答は以下のように要約できると思います。
 

  • 11条指針 第4の1(1)で、公益通報対応業務の責任者を明確に定めることを求めている
  • ガイドライン[5]Ⅱの1(1)に、経営幹部を責任者とし、部署間横断的に通報を取り扱う仕組みを整備するとともに、これを適切に運用することを記載している
  • [6]第12条および11条指針第3の1により、従事者が公益通報者を特定させる事項を漏らした場合には、当該従事者には刑事罰が科される
  • 指針第4の2(1)イで、公益通報者に対し不利益な取扱いが行われた場合には適切な救済・回復の措置をとることを求めている
  • 指針第4の2(1)ロで、当該不利益な取扱いを行ったものに対しては懲戒処分を求めている
  • これらの一連の措置により公益通報者の保護を図っている


この回答からも、やはり公益通報者保護という目的のために複数の施策が講じられているのであって、従事者による漏洩に対する刑事罰は通報者保護のための施策のうちのひとつにすぎないということが明確に読み取れます。
この回答を尊重しつつ、公益通報に対応する担当者が“苦行”から解放されて、公益通報者を適切に保護しながら公益通報対応業務を進めていくための筆者の一案を以下に示します。


内部通報制度と従業員個人被害軽減制度を明確に分離する

図表4は、筆者が常々主張している[7]内部通制度と通報者の個人被害軽減要望に対応する制度を切り分けるイメージ図です。


図表4 内部通報制度と通報者の個人被害を軽減する制度の整理のイメージ

※画像をクリックすると拡大表示します


まず、内部通報制度に関しては以下を従業員に周知します
 

  • 通報事案の被害者は顧客、消費者、投資家、仕入先および社会等の社外のステークホルダーであり、自組織ではないことが条件となること
  • 匿名通報は可能だが、通報者保護および調査協力のために一部必須の担当者には匿名が解除されること
  • 匿名の希望有無に関係なく、通報したことを理由とした不利益な取扱いは行わないこと


そして、GM(Grievance Mechanism)に関しては以下を従業員に周知します。
 

  • 被害者が通報者自身や同僚等の自組織内に存在する場合はGMで対応すること
  • GMへの通報に匿名は許容されないこと、
  • GMに通報したことを理由とした不利益な取扱いは行わないこと
  • 被通報者を含めた当事者同士の話し合いを、担当部門立ち合いの下で実施する場合があること
  • 解決策として当事者いずれかの異動が起こりえること
  • GMの担当者は従事者ではないこと
  • ハラスメントや労務規程違反の疑いが強い事案に対する取り扱いは、公益通報対応業務に移管される場合があること


そして、内部通報制度に関しては、万一の範囲外共有発生に対する刑事罰が一担当者に集中することを防ぐために、内部通報制度の従事者には必ず経営幹部の責任者を据え、通報対応における情報取り扱いの重要な局面では必ず責任者の承認を得るようにしておきます。
また、GMを内部通報制度から明確に切り離すことによって、圧倒的多数のハラスメント被害を主張するタイプの通報には、かなり機動的に対応することが可能になるとは思います。しかし、公益通報の対象の法令には、たとえば「パワハラ防止法」[8]も含まれており、通報者自身の被害軽減を訴求する通報のすべてを、一律かつ機械的に公益通報ではないと断定することはできません。ですので、ごくごく稀ではありますが、基本的人格権の侵害行為などを客観的な証拠に基づいて告発するような通報には、従事者と相談しながら慎重に対応を進めていく必要があると考えます。
また、両制度に共通した対策として、通報者への不利益な取扱いが疑われる事案を組織の危機管理体制の発動条件に加えておくとよいと思います。通報者への不利益な取扱いはもはや現場の問題ではありません。企業名公表等の行政罰の対象にもなりえる企業危機のひとつであるとの認識が必要で、不利益な取扱いの実施者には懲戒処分も求められています。
図表5にこれらの案のプロセスを整理したイメージを示します。

 

図表5 2つの制度で受信した通報に対応するプロセスのイメージ

※画像をクリックすると拡大表示します


第4回以降では、内部通報制度に関する外部基準とその活用法について議論を進めていきます。

[1] 公益通報者保護法第11条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針:https://www.caa.go.jp/notice/assets/consumer_research_cms210_20210819_02.pdf

[2] https://www.caa.go.jp/notice/assets/consumer_research_cms210_20210819_05.pdf

[3] 公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会報告書:https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/meeting_materials/review_meeting_001/assets/review_meeting_001_210421_0001.pdf

[4] 第1回 11条指針の公表~パブリックコメントに見る社会の関心事~https://www2.deloitte.com/jp/ja/blog/risk-management/2021/publication-of-guidelines.html

[5] 公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン :https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/overview/pdf/overview_190628_0004.pdf

[6] 公益通報者保護法の一部を改正する法律(令和2年法律第51号):https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/overview/assets/overview_200615_0003.pdf

[7] 連載記事内部通報制度の有効性を高める 第13回「内部通報制度の有効性を高める方策」:https://www2.deloitte.com/jp/ja/blog/risk-management/2020/wcms-effectiveness.html

[8] 労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(令和二年法律第十四号による改正):https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=341AC0000000132_20210401_502AC0000000014
 

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執筆者

亀井 将博/Masahiro Kamei
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
ISO/TC309 37002(Whistleblowing)日本代表兼国内委員会委員、元内閣府消費者委員会公益通報者保護専門調査会委員。
金融機関、自動車関連、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業など業種業態規模を問わず内部通報の外部窓口サービスの提供、および内部通報制度構築を支援。
その他、リスクマネジメント体制構築支援、J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
外部セミナー、インハウスセミナー講師を始め内部通法制度に関する寄稿記事の執筆多数。

 

和田 皇輝/Koki Wada
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
2010年より内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
金融機関、自動車関連、建設業、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業、ITなど業種業態規模を問わず企業の対応を支援。
現在インハウスセミナー講師を始め内部通法制度構築助言や通報対応業務、ソーシャルメディア関連助言業務を担当。

 

※所属などの情報は執筆当時のものです。