Posted: 15 Nov. 2024 10 min. read

生物多様性COP16で得られた成果とは

~世界のネイチャーポジティブ実現に向けて~

2024年11月2日にコロンビア共和国・カリにて開催された生物多様性条約第16回締約国会議(CBD-COP16)が閉幕した。CBD-COPとして過去最大規模(13,000名超参加)となった本会合では、遺伝資源のデジタル配列情報(DSI)メカニズム、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)モニタリングスキーム、自然保全に向けた資金確保等の議論が為された。本開催期間中には、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)をはじめとしたイニシアティブ等からのレポート公表などもあり、ネイチャーポジティブに向けた機運の更なる高まりが確認された。

生物多様性条約第16回締約国会議(CBD-COP16)の主な成果とは?

CBD-COP16では、遺伝子データに関する合意が成立し、「カリ基金」の創設が決定した。一方で、昆明・モントリオール生物多様性枠組(GBF)の進捗を測るモニタリング・レビューの仕組みや途上国の生物多様性目標達成を支援するための新たな資金メカニズム等の重要議題に関しては議論が難航し、合意が持ち越される結末となった。

会合と並行して実施されたサイドイベント等では、自然関連データ集約、ネイチャー移行計画の策定、強固な生物多様性クレジット市場の構築などのトピックに関して、市場主導のいくつかのイニシアティブによる進展が見られた。 

本記事はデロイトグローバルチームもサイドイベント等に参画のうえ、現地にて得られた情報から、①各種規制、②自然関連開示、③自然関連データ・ツール、④生物多様性クレジットの4つのトピックに分けて、CBD-COP16における成果を紹介する。

トピック①:各種規制

CBD-COP16では、遺伝資源に関するデジタル配列情報(DSI)の利用で利益を得ている企業(製薬、バイオテクノロジー、動植物育種等のセクター)からの自発的な寄付を奨励するグローバル基金「カリ基金」を創設するという合意がなされた。具体的な拠出率や対象企業規模の目安は次回COP17 に向けて引き続き検討される予定だが、締約国がDSI利用者への拠出を促すこと等が決定された。資金の少なくとも半分は、政府、または先住民族や地域コミュニティが特定した機関を通じた直接支払いを通じて、先住民族や地域コミュニティのニーズを支援することが期待されている。

CBD-COP15にて採択されたGBFの実施をモニタリングする枠踏み・指標や、COP17及び19にて実施予定のグローバルレビューの仕組みが議論されたが、会期中の最終合意には至らなかった。各国はGBFを踏まえた生物多様性国家戦略(NBSAP)の策定を奨励されており、現時点では、締約国196カ国のうち43カ国がNBSAP、119カ国が国別目標を提出している(いずれも日本は提出済み)。

また、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)等でも言及されているように、生物多様性保全にとって先住民や地域社会は非常に重要なステークホルダーである。そこで、CBD-COP16では、先住民及び地域社会の生物多様性保全への参画を強化・確保するため、生物多様性条約第8条(j)項に関する常設補助機関の設置が決定された。

トピック②:自然関連開示

CBD-COP16期間中に、TNFDは企業向けのウェビナーやプレスリリース等を行った。自然関連分野に関する企業の報告に勢いが増していることが明らかになり、TNFDフレームに沿った情報開示を約束する企業(=TNFD Early Adopters)が大幅に増加している。 しかし、財政的影響を定量化し、TNFD分析結果から具体的な行動に移すことには課題が残っていることが共有された。日本においては、2024年11月7日時点で非金融企業が102社、金融機関29機関がTNFD Early Adoptersとなっている。

そんな中、TNFDとグラスゴー金融同盟(GFANZ)は、組織が統合された「自然と気候の移行計画」を策定するのを支援するための補完的なガイダンス案を発表した。最終的なガイダンスは、潜在的な市場テストを経て来年発表される予定である。今後は気候変動と生物多様性の損失の相互に関連する性質を考慮し、これらの地球規模の課題に対処する上での相乗効果と潜在的なトレードオフの両方を分析することがポイントとなる。

トピック③:自然関連データ・ツール

さらに、質の高い自然関連データの必要性に対する認識の高まりを背景に、企業や金融機関による自然関連の影響の評価と管理を支援する様々なイニシアティブの動向にスポットライトが当てられた。

  • TNFDによるバリューチェーンデータ課題に関するロードマップ案公表

    企業や金融機関からの高品質な自然データに対する需要の高まりに対応するため、TNFDはバリューチェーン全体のデータ課題に対処するための中長期的な優先事項を概説するロードマップ案を発表した。今後は各種協議を踏まえて、最終的な優先事項は2025年後半に決定される予定である。 
  • TNFDと世界自然保護基金(WWF)提携:ネイチャー・データ・パブリック・ファシリティ(NDPF)に着手

    加えてTNFDはWWFと提携し、NDPFの世界的な開発に着手。企業や金融機関が自然関連の問題を効果的に特定、評価、開示、管理できるようにし、さまざまなパートナー組織とともにデータバリューチェーンに沿った自然関連データの長期的なアップグレードをサポートすることが目的。
  • 持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)によるネイチャー・メトリクス・ポータル立ち上げ準備に着手

    WBCSDは企業が自然に与える影響の測定と報告を合理化するイニシアティブを主導しており、2025年11月のCOP30でネイチャー・メトリクス・ポータルを立ち上げ予定。持続可能性の専門家が環境への影響を評価し、開示するのに役立つ主要な規制の枠組みに沿って厳選された一連の指標へのアクセスを提供することが狙い。

トピック④:生物多様性認証・ネイチャークレジット

より一層のネイチャーポジティブ促進にあたって注目されるスキーム「生物多様性認証・ネイチャークレジット」に関しても複数の情報発信が為された。ファイナンス面の促進にあたって、デロイトは国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)と共に金融機関の役員が自然関連のリスクと機会が戦略的使命と責任にどのように影響するかを包括的に理解するためのレポート“Nature in the Boardroom: Guidance for boards of financial institutions in asking the right questions”を公表し、共催でサイドイベントを実施した。

  • 欧州委員会によるポジティブな自然保護活動を促進するための生物多様性認証・ネイチャークレジットに関する調査研究発表

    資源を動員し、企業が自然にプラスとなる目標を設定するのを支援し、農家、林業家、漁業者、先住民族及び地域社会を含む自然を保護し回復する人々に報いるための資金源拡大に向けた金融手段ツールボックスの一部として、生物多様性認証とネイチャークレジットの可能性と課題に関する調査研究を発表。本研究では、フランス、エストニア、ペルーのアマゾン等でのパイロットプロジェクトが多様な国際パートナーと共に進行されており、生物多様性の棄損を相殺または補償するのではなく、自然にプラスの貢献をするように考案されている。
  • 世界経済フォーラム(WEF)等による自主的な生物多様性クレジット市場のためのガイドライン案公表

    WEF、生物多様性クレジット・アライアンス、生物多様性クレジットに関する国際諮問委員会は、フランスと英国の支持を得て、自主的な生物多様性クレジット市場のためのガイドライン案を公表した。ガイドラインの目的は、生物多様性クレジット制度が高い完全性基準を設定するのを支援し、プロジェクト開発者が質の高い生物多様性クレジットを生成できるように導き、クレジットの購入者が十分な情報に基づいて選択できるようにすることである。 透明性と説明責任も重要であると認識されており、プロジェクトのガバナンスと実施に関する情報が提供されている。

COP16の成果を踏まえて、企業が今後注目すべきは?

GBFが採択された前回のCBD-COP15と比較すると、今回のCOP16は目立った成果に乏しいという声も聞く。一方で、もともとは締約国同士が生物多様性について議論する国際会議として位置づけられているCBD-COPの現場に、金融・非金融のビジネス関係者が3,000人近く参加したことは注目すべきことといえるだろう。2022年に開催された前回COP15の後、2023年9月のTNFD最終リリースを経て、ビジネス参画が3倍近くに達したことは、生物多様性・自然に対する企業からの関心の高まりを反映している。

COP開催期間にあわせて多くの団体が様々な情報やレポートを発信したが、中でもTNFD対応に着手した企業の多くにとってハードルが高い、バリューチェーンデータの把握、評価・測定手法や指標の一元化、移行計画に向けた考え方の整理といった領域で各団体が動きを加速させていることからは、TNFDを単なるフレームワークではなく実行的に課題に対応できる取り組みにつなげようという意思を感じる。LEAPアプローチに沿った分析結果を開示対応に留めず、リスク管理やビジネス戦略といった経営判断への示唆まで昇華させるためにも、今後の企業における取り組みにとって有益なアウトプットになりうるこれら動向に引き続き注目していきたい。

また、ネイチャークレジットの議論が高まりを迎えている。背景として、自然資本が豊富な途上国に適切な資金を提供する仕組みが必要であること、それに向けては厳格なルールを設定する必要性があること(グリーンウォッシュを回避する必要性)が挙げられる。生物多様性に関する市場メカニズムのルール整備を通じて、真に自然資本・ネイチャーポジティブに向けた取り組みを評価する仕組みが構築され、そこに投資の呼び込みを通じた”ネイチャーポジティブ市場”ができれば、世界全体での自然資本の維持・拡大が可能となろう。デロイトはネイチャーポジティブ経済の活性化に向けて、今後もネイチャークレジットに着目して動きを加速していく予定である。

執筆者

■関崎 悠一郎(デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社 ストラテジックリスク&サステナビリティ マネジャー)

企業のサステナビリティに関わる環境分野の分析・評価や戦略策定から自然再生プロジェクトの実行まで、特にビジネスと生物多様性の分野で10年以上のコンサルティング経験および生態学研究の経験を有する。「TCFD関連・シナリオ分析サービス」や「生物多様性に関する包括的戦略策定サービス」、TNFD対応など主に気候変動・生物多様性領域を担当。著書『TNFD企業戦略 ―ネイチャーポジティブとリスク・機会』等。

■中村詩音(デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 サステナビリティ マネジャー)

気候変動経営、ネイチャーポジティブビジネス戦略をはじめとした自然資本・生物多様性領域のコンサルティングに従事。環境省「ネイチャーポジティブ研究会(令和5年度)」事務局、「生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)」の支援等を実施。著書『TNFD企業戦略 ―ネイチャーポジティブとリスク・機会』等。

※所属などの情報は執筆当時のものです。

プロフェッショナル

丹羽 弘善/Hiroyoshi Niwa

丹羽 弘善/Hiroyoshi Niwa

デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員 Sustainability Unit Leader

サステナビリティ、企業戦略、及び中央官庁業務に従事。製造業向けコンサルティング、環境ベンチャー、商社との排出権取引に関するジョイントベンチャーの立ち上げ、取締役を経て現職。 システム工学・金融工学を専門とし、政策提言、排出量取引スキームの構築、経営戦略業務に高度な専門性を有す。気候変動・サーキュラーエコノミー・生物多様性等の社会アジェンダの政策と経営戦略を基軸とした解決を目指し官民双方へのソリューションを提示している。 主な著書として「グリーン・トランスフォーメーション戦略」(日経BP 2021年10月) 、「価値循環が日本を動かす 人口減少を乗り越える新成長戦略」(日経BP 2023年3月)、「価値循環の成長戦略 人口減少下に“個が輝く”日本の未来図」(日経BP 2024年4月)、「TNFD企業戦略 ― ネイチャーポジティブとリスク・機会」(中央経済社 2024年3月)など多数。 また官公庁の委員にも就任している。(環境省 「TCFDの手法を活用した気候変動適応(2022) 」タスクフォース委員、国交省「国土交通省 「気候関連情報開示における物理的リスク評価に関する懇談会(2023)」臨時委員 他) 記事 ・ 地球はこのままでは守れない──デロイト トーマツが考える「環境と経済の好循環」とは 関連するサービス・インダストリー ・ 政府・公共サービス ・ サステナビリティ &クライメート(気候変動) >> オンラインフォームよりお問い合わせ

船越 義武/Yoshitake Funakoshi

船越 義武/Yoshitake Funakoshi

有限責任監査法人トーマツ パートナー

サステナビリティ関連アドバイザリー業務に20年以上にわたり従事し、サステナブル経営高度化に資する多数のプロジェクト責任者を務める。担当する専門領域は、非財務情報開示レギュレーション対応(SEC、CSRD、ISSB)、マテリアリティ特定、中長期目標・KPI策定、GHG排出量マネジメント、TCFD、TNFD、人権デューデリジェンスなど多岐にわたる。金融から商社、運輸、製造業など幅広い業種のクライアントに対して、経営戦略と統合したサステナビリティ関連のアドバイザリー業務を多数提供している。 >> お問い合わせはこちら