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ビジネスDDガイド:コマーシャルデューデリジェンスの実務ポイント 第5回
コマーシャルDDのプロジェクト推進上における留意点とは ~準備フェーズ編~
第1~4回でコマーシャルDDの主要な分析項目に関して説明を行いましたが、本稿では実際にコマーシャルDDのプロジェクトを推進するうえでの留意点について解説します。
I.はじめに
これまで第1~4回で「M&A対象企業の競争力の「効果的な」分析方法とは~競合環境分析」、「顧客動向分析~顧客の主要購買決定要因の特定および対象会社のポテンシャルの評価方法とは」、「市場環境分析~市場分析の方法および外部調査レポートが存在しない場合のアプローチ方法とは」、「事業計画分析~対象会社の事業計画分析時における留意点とは」の解説を行ったが、今回はコマーシャルDDのプロジェクトの中で気を付けるポイントについて解説する。過去、各稿でも断片的に留意点の説明を行っているが、本稿ではコマーシャルDDのプロジェクトを準備、実行の2つのフェーズに分けて、順を追って説明をしたい。
【準備フェーズ】
コマーシャルDDは実際にデータを取得して分析作業に取り掛かるまでに様々な準備を行う必要があるが、ここではキックオフミーティングの実施までを準備フェーズとして定義する。なお、財務DD、税務DD、法務DD、ITDD、人事DD等、DDの種別を問わず同様の準備フェーズを踏むことになるが、本稿ではコマーシャルDDの推進上の留意点を中心に解説をする。
~準備フェーズは各タスクが密接に関係しているため、分業は避けて一貫性を担保する~
準備フェーズは同時並行で進める部分もあり、綺麗にタスクのスケジュールが分かれている訳ではない。例えば、「② スコープおよびタスクの設計」が決まり、「③ スケジュールおよびマイルストーンの設定」を行うが、スケジュールが非常にタイトなM&A案件の場合、スケジュールに合わせてスコープを設計する必要があり、タスク同士が影響しあう関係性にあるため、並行して検討する必要がある。そのため、準備フェーズはプロジェクトの担当者が複数人いたとしても、完全には分業は行わず、全体で一貫性を保てるようにしたい。
① M&Aの目的やコマーシャルDDのゴールの定義
M&Aは社内外含めて様々な関係者が絡んでくるため、三者三様の考え方があり、M&Aの目的に関しても認識のズレが生じている場合がある。コマーシャルDDは目的を達成するために実施するものであり、土台となるM&Aの目的に関する認識が異なると、コマーシャルDDのゴールも異なってくる。そのため、的外れな分析を避けるために、一番初めにM&Aの目的やコマーシャルDDのゴールを定義することは重要なタスクである。
~M&Aの目的はバイヤータイプによっても異なる~
また、買収側の目的によってコマーシャルDDのスコープが変わるため、買収者(バイヤー)のタイプにも留意する。買収者のタイプは、ストラテジックバイヤーおよびファイナンシャルバイヤーに大まかに分類される。
ストラテジックバイヤーとは、戦略的に対象会社を含めた自社全体の事業活動に貢献するということをM&Aの目的とする。基本的に買収後は対象会社の株式を保有し続けて、対象会社が中長期的にも成長することを主眼に置くことが多い。そのため、ストラテジックバイヤーの場合には以下の項目には留意する必要がある。
<ストラテジックバイヤーの留意点(例)>
- 取り巻く外部環境が対象会社の事業に対して、どのように影響を与えるのか?
- 長期的に競争力を維持することが出来るのか?
- 対象会社の事業はどのように業績(トップライン、ボトムライン)やオペレーションに貢献するのか?
- 自社戦略に対象会社を買収することが方向性として合致するのか?
- どのようなシナジー効果が想定されるのか?
一方でファイナンシャルバイヤーが買収会社の場合には、投資時点よりも対象会社の価値が最大限に高まるようにし、売却時に投資収益を得ることに主眼を置いている。ファイナンシャルバイヤーはプライベートエクイティファンド、プリンシパルインベストメント、ベンチャーキャピタルが該当する。投資収益を得るということは、潜在的に業績改善が期待できてバリューアップの余地がある企業を買収する、もしくは発展途上の企業に投資して成長に合わせて対象会社の成長による利益を享受するという傾向があるともいえるだろう。その背景を踏まえ、ファイナンシャルバイヤーの場合には以下の項目には留意する必要がある。
<ファイナンシャルバイヤーの留意点(例)>
- 株式取得に対してどのようなアップサイドの可能性があるのか?
- 何が潜在的なダウンサイドリスクとして懸念されるのか?
- キャッシュフローは安定しているのか?
- 業界内での成功ルールは存在しているのか?
- 対象会社は何のバリューを提供し、どのように競合企業と戦っているのか?
~買収タイプが異なれば、当然のことながらM&Aの目的も異なる~
M&A対象企業が同業種なのか異業種なのか、機能が近いのか遠いのかで買収のタイプが異なるため、M&Aの目的もそれに伴って異なることには留意する。例えば、同業種で機能が遠いという対象会社の場合には相対的に外部環境分析よりも内部環境分析の方が重要性が高くなると考えられる。
② スコープ/タスク設計
M&Aの目的やコマーシャルDDのゴールを決めた後は、どこまでをスコープ(作業範囲)とするのか、どのようなタスクに分けて進めるのかを設計する必要がある。コマーシャルDDの実施目的に従って何を明らかにする必要があるのか定義し、そのために必要なタスクを設定する。コマーシャルDDで何を明らかにするのか?という問いを間違えると、その答えが的外れになるため、常に何のためにコマーシャルDDを行っているのか考えながら進める必要がある。
コマーシャルDDのプロジェクトを遂行するのは難易度が高く、かつ、労力も必要となるが、一つ一つのタスクを定義し、全体の流れのなかで上手く関連させることが出来れば、各タスクを遂行する担当者にとっては、実行の難易度は易しくなる。
~時間や予算がタイトな場合、制約条件に合わせてスコープの調整が必要~
なお、コマーシャルDDのスコープはM&Aプロセスのスケジュールがタイトな場合には重要性や作業量の2つの軸を考慮して優先度をつけて相対的に劣るものはスコープから外すことも必要になる。また、外部アドバイザーに依頼するのであれば調査予算によってスコープを調整する必要がある。本来は外部有識者へのインタビューも含め、競合環境、顧客動向、市場環境、事業計画分析を行うのが望ましいが、時間や予算の制限から買い手側として買収前に知っておくべき事項をピンポイントに絞り、その部分だけの調査を実施するという方法もある。ただし、それぞれの分析項目が密接に関連しているため、ピンポイントでスコープを絞ると分析結果も限られたものになる可能性が高い点は事前に理解しておく必要がある。
マイルストーンは全体スケジュールの中で節目となるもので重要なものに対して設定をする。例えば、LOI(Letter of Intent:基本合意書)締結、キックオフミーティング、DD中間報告、DD最終報告、SPA(Stock Purchase Agreement:株式譲渡契約書)締結、クロージング等があげられるが、これらのマイルストーンに合わせた形でスケジュールは設定されている必要がある。
③ スケジュールおよびマイルストーンの設計
スケジュールを決める際には当たり前にも思えるが、全体工程の中でボトルネックとなるものを先に終わらせるように組み立てる必要がある。例えば、アポイントメント設定に比較的時間がかかる有識者インタビューはまず適切な有識者のリストアップを行い、簡易的なアジェンダのみを送付する。そして、詳細な質問項目は後日送付するという流れにして、まずはアポイントを取り、他のタスクは同時並行して進めるような工夫で全体スケジュールを短縮することができる。
④ チーム体制の構築
~業界に知見があると作業を効率化できる~
コマーシャルDDのプロジェクトチームの体制構築では、可能であれば業界知見のある人材をチームにアサインした方が良い。通常、時間的および予算的に余裕がある場合には有識者インタビューを行うため、業界知見は一定程度補える部分はあるものの、チーム内に有識者がいると、業界の勘所を分かっており、より効率的に検討課題を特定することが出来る。もし、対象業界がニッチで社内に有識者がいない場合には仮説ベースで検討課題を洗い出し、それが正しいのか有識者に確認するという流れを踏むことになる。
~全体管理が出来る人材も必要~
また、全体タスクを管理できる人をアサインすることも重要となる。市場環境分析、競合環境分析、顧客動向分析、事業計画分析、シナジー分析を1人で行うことは時間的な制約があるなかでは困難であるため、スコープによるものの通常は複数人でコマーシャルDDのチームを組成することが多い。各分析項目で関連する部分があり、各担当者が見えない部分で遅延が発生し、連鎖的に全体スケジュールに影響が出ることもあるため、全体管理は重要となる
~案件の特性に合わせて必要な人材をアサイン~
なお、海外に拠点を有する対象企業を買収する場合には、クロスボーダーM&A案件の知識、経験を持つ人材をアサインするのが肝要である。国によってビジネス、商慣習が異なり、進め方にも留意が必要となる。例えば、東南アジアの一部の国では資料の提出期限が守られないことが多く発生し、日本ではビジネス上で当たり前と思っていることであっても、常識が通じないことが発生する。
⑤ キックオフミーティングの実施
M&Aには買収会社内の様々な部署から担当者やアドバイザーがアサインされるため、後々認識相違によって手戻りが発生することを防ぐためにキックオフミーティングを設定する。一般的にLOIを締結した後にDDを開始するため、DDのキックオフミーティングはこのLOI締結後に実施するケースが多い。
~キックオフミーティングでは目的や今後の進め方について共通認識を持つ~
キックオフミーティングで決めるべき事項は一般的には以下の事項を共有および議論することとなる。
<キックオフミーティングのアジェンダ(例)>
- M&Aの目的やゴールの共有
- タイムラインおよびマイルストーンの設定
- 各担当者の紹介およびコミュニケーションルートの確立
- プロジェクト名、コードネーム、パスワード(内部用、外部用)の決定
※パスワードを内部用および外部用に区別するのは、内部限りの情報が外部に流出してしまうリスク低減を目的としている。
~対象会社の担当者との認識共有も重要~
対象会社の担当者にコマーシャルDDの資料準備を行ってもらうため、資料依頼の目的や具体的にどのような資料が欲しいのか説明を行った方が良い。DD過程では様々な資料を用意する必要があるが、資料依頼リストだけだと、認識の齟齬が発生する可能性がある。M&Aに慣れていない対象会社の担当者が資料を準備するようなケースであれば、個別に説明した方が良い場合もある。
当然、NDA(Nondisclosure agreement、守秘義務契約)を結ぶものの、どの部署に対して、どのような資料を依頼するのか、インタビューを設定する許可を得た方が良い。対象会社に対してどのようにDDを進めるのか、今後のスケジュール、具体的な依頼事項やその背景を説明する方が納得感が得られやすい。
II.総括
本稿ではコマーシャルDDのプロジェクト推進上での準備フェーズにおける留意点の解説を行った。準備が不十分だと実施フェーズで手戻りや遅延が発生することに繋がるため、念入りに準備を行うことを推奨する。次回は実際にプロジェクトの実施フェーズに関して解説する。
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
<略語>
DD:デューデリジェンス(Due Diligence)
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス
ヴァイスプレジデント 中山 博喜
※2017年7月からタイのメンバーファームであるDeloitte Touche Tohmatsu Jaiyos Advisory Co., Ltd.に駐在中
コーポレートストラテジー部門にて、各業種のクライアントに対して主にビジネスDD、コマーシャルDD、オペレーショナルDDを提供。クロスボーダー案件の経験も数多く、現在は在タイの日系企業を中心にM&A案件に関するアドバイザリー業務を提供。
監修
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
コーポレートストラテジーサービス統括
パートナー 初瀬 正晃
主にM&A戦略、統合型デューデリジェンス(ビジネスDDを含む)、事業計画策定支援、事業価値評価、交渉支援、PMI支援、Independent Business Review (IBR)、Corporate Business Review (CBR)、Performance Improvement (PI)に従事。大手商社の経営企画部に出向し、国内外の投融資案件を多数支援した経験を有する。
(2019.10.9)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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