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グローバル調査からみるサステナビリティ開示と投資家からの信頼
サステナビリティ情報に対する投資家からの需要が高まる中、企業はサステナビリティ開示を通じてどのように投資家との信頼を強化することができるでしょうか。本稿では、デロイトとタフツ大学のフレッチャースクールが投資家を対象として実施した調査を紹介します。
I. サステナビリティ開示に関する調査結果
サステナビリティ情報に対する投資家からの需要が高まる中、企業は情報開示を通じて、どのように投資家からの信頼を獲得することができるだろうか。デロイトとタフツ大学フレッチャースクールは、企業がサステナビリティ開示において投資家からの信頼を強化する方法を理解するため、2023年1月から12月にかけて調査1 を実施した。この調査は、北米、ヨーロッパ、日本を含むアジアのアセットオーナー、アセットマネージャー、投資アドバイザー等の1,000人以上の投資家を対象として行われ、また、定量データを裏付けるために10名のサステナビリティ投資家へのインタビューも実施された。本稿では、調査結果の一部を紹介する。
(1)投資判断におけるサステナビリティ情報の取り入れ
世界経済がネットゼロ(net-zero)達成に向けて転換すると、2021年から2070年の間に推定43兆米ドルの世界経済成長が見込まれる2 。そのため、投資家はより一層サステナビリティの要素を投資判断に取り入れ、投資機会を求めるようになってきている。
- 全回答者の83%がファンダメンタル分析にサステナビリティ情報を取り入れている
- 全回答者の79%がサステナビリティ投資方針を導入している (5年前は20%)
【サステナブル (ESG) 投資方針の導入年数】
(2)サステナビリティ情報の信頼性
サステナビリティ情報に対する需要が高まっているにもかかわらず、投資家は、企業によるサステナビリティ情報の明確さ、一貫性、信頼性に大きな障壁があると回答している。世界的に情報の一貫性を高めるための規制や基準が策定されつつあるが、現状では投資家が完全に信頼できる情報が提供されるほど広く導入されているわけではない。したがって、投資家は、社内の独自データシステムや監査/保証済みの開示情報を含む、信頼できると判断する情報、データソースを補完的に利用する可能性が高い。
調査によると、回答者全体、そして日本の投資家ともに監査/保証済みの開示情報を強く信頼しており、データソースとして定期的に利用している。一方で、企業が自主的に開示する未監査の情報についてはあまり信頼されておらず、データソースとして定期的に利用される割合は低くなっている。この傾向は、日本の投資家において特に顕著である。
【データソースへの信頼と利用状況】
II. 投資家からの信頼の獲得に向けて
投資家との信頼関係を戦略的に構築することは、競争上優位な立場を保ち、市場価値を高め、資金調達をしようとする企業にとって重要である。資本市場がよりサステナブルな世界への転換点を迎える一方で、世界的に成熟した開示規制の導入までにタイムラグがある中、企業経営者は、より信頼できる情報の提供と説明を通じて、投資家との関係を強化する戦略的な機会を得ているといえるだろう。企業は、サステナビリティへのコミットメントとその進捗に関する投資家の信頼を獲得するために、積極的な措置を講じることができる。
【サステナビリティへのコミットメントに対する投資家の信頼強化に役立つ4つの行動】
1. 経営幹部間の役割と責任の明確化によるサステナビリティガバナンス機能の強化
企業の各リーダーは、サステナビリティへのコミットメントを確実に実行するために、重要かつ独自の役割を担っている。最高サステナビリティ責任者 (CSO) が組織のサステナビリティ戦略を推進する場合もあるが、全ての経営幹部と取締役会には果たすべき役割がある。経営幹部間の役割と責任を明確化することで、サステナビリティガバナンス機能を強化することができる。
2. サステナビリティの測定や報告のためのシステムへの投資
企業は、サステナビリティ報告に関するシステムとコンプライアンスソリューションに投資することで、より強固で質の高い情報開示が可能となる。投資家との信頼の構築は、「一度きり」の目標ではない。多くの大企業は、差し迫った規制要件を先取りするために、既に高度な報告作成機能の開発を開始している。様子見を続ける企業は、競争上不利になるリスクがあるだろう。
最近の調査では、企業がサステナビリティ指標をトラックし報告するのに役立つソフトウェアソリューションの売上は、2024年には10億米ドルを超える可能性があると示されている。これは、EUおよび米国の報告規制に加えて、アジア、オーストラリア、英国での報告義務が発効し、ESG開示を必要とする投資が増えるためである3 。サステナビリティ報告ソフトウェア市場は、今後5年間で毎年19%から30%に成長すると推定されている4 。
3. 第三者保証によるサステナビリティ開示の裏付け
投資家は、監査/保証済みの開示情報を独自のデータと同様に信頼している(上図表「データソースへの信頼と利用状況」参照)。監査/保証済みの開示情報は、投資家が求めるサステナビリティ情報の透明性を提供する。これらの情報源は信頼性が高いだけでなく、調査では、経験豊富なサステナビリティ投資家ほど、監査/保証済みのデータを採用する傾向があった。これは、他の投資家も経験を積むにつれて、これらのデータソースにより依拠するようになることを示唆している。
4. サステナビリティ・ストーリーの説明と投資家のエンゲージメント
サステナブル投資が拡大するにつれて、より多くの投資家が企業のサステナビリティ戦略と成果を理解するために企業との関わりを求めるだろう。企業は、投資家と積極的に関わり、サステナビリティに関する行動について組織のストーリーを伝えることで、信頼の強化につなげることができる。本調査において、サステナブル投資方針を2年以上実行している回答者は、積極的なサステナブル投資戦略を定期的に行う可能性が1.5倍高いと述べている。これは、彼らが議決権の代理行使や、企業のリーダーとの対話、株主提案を行う可能性があることを意味する。投資家の関与により、企業は、潜在的な問題に対処し、透明性と説明責任を促進し、信頼を獲得する機会を得ることができるだろう。
III. おわりに
サステナビリティ開示を通じて投資家からの信頼を強化するためには、上述のとおり、規制動向を注視しつつプロアクティブな行動をとってゆくことが求められる。その前提として、サステナビリティに関する組織の取り組みの現状を把握し、課題を明確にすることが必要になる。デロイトのTrustIQTMという診断ツールでは、サステナビリティの要素も取り入れた「信頼フレームワーク」に基づき、信頼を定量的に把握し、業界のベンチマークと比較することで注力すべき課題を明確にすることができるが、このような評価ツールを利用することも一案である。信頼の構築・維持・強化は一度きりの対応で終わるものではなく、なすべきことは多いため、限られたリソースの中で、優先順位をつけて対応してゆくことが重要である。
2 Pradeep Philip, Claire Ibrahim, Cedric Hodges, The Turning Point, a Global Summary, Deloitte, May 2022.
3 “Regulations take effect: ESG reporting software sales are expected to soar in 2024,” Deloitte Center for Technology, Media & Telecommunications, October 2023.
4 Verdantix, Market size and forecast: ESG reporting software solutions 2021-2027 (Global), January 2023.
※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。
執筆者
デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック&クライシスマネジメントサービス
荒川 優子 (マネジャー)
(2024.12.11)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。
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