最新動向/市場予測

数値で見る米国政治の分断化と企業への影響

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.102

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター
シニアマネジャー
市川 雄介 

2024年入り後早々、米国大統領選の火蓋が切られた。1月中下旬に行われた共和党の党員集会や予備選では、トランプ前大統領が改めて強さをみせつけた。11月の本選では共和党・民主党以外の第三極候補が複数出馬する見込みであり、二大政党いずれにとっても撹乱要因となる可能性には留意が必要だが、トランプ氏が異例の返り咲きを果たすシナリオはかなり現実味を帯びてきていると言えよう。トランプ氏はウクライナ支援や脱炭素関連政策などを巡って現職のバイデン氏と正反対の姿勢を示すことが多く、当選した場合には政策枠組みが大きく方向転換する可能性がある。

もっとも、裁量が比較的広く発揮できる外交を別にすれば、大統領の政策推進力は議会の状況によっても大きく左右される。近年の米国議会では二極化(党派の分断)が指摘されて久しいが、仮に与野党の議席が拮抗し、歩み寄りが基本的に見込めないのであれば、誰が大統領になっても政策運営は困難を伴うものとなろう。

ここで、議会における分断の深まりについて詳しくみてみよう。米国の学術プロジェクトであるVoteviewは、米国議会史上の全ての投票行動をデータベース化し、各議員のイデオロギー的な立ち位置(保守・リベラル)を数値化した尺度を算出している。図表1はこのデータを用いて、オバマ政権末期の2015−17年議会(破線)、トランプ政権後半期の2019ー21年議会(薄い線)、そしてバイデン政権下の直近2023ー25年議会(実線)におけるイデオロギーの分布を図示したものだ。これを見ると、もともと党派によってイデオロギーが綺麗に二分される構図の中で、足許にかけて特に上院の共和党が右寄りにシフト(=保守化)し、民主党との距離が一段と開いていることが分かる。民主党においても、数値が0付近の共和党に近い議員の割合が低下し、その分左寄りの議員が増えるという変化は観察されるが、分断拡大への寄与という意味では共和党の右傾化が大きい。

図表1 米国議員のイデオロギー分布

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こうした党派の分断はいつ頃から進んだのだろうか。再びVoteviewのデータを用いて、戦後におけるイデオロギー尺度の平均値を民主党・共和党議員ごとにプロットしてみよう(図表2)。共和党は上下院いずれにおいても1970年代からほぼ一貫して保守化が進んでおり、特に上院では2010年代以降にそのペースが加速していることがうかがわれる。一方の民主党は、リベラル色が1950年代・60年代に緩やかに強まったあと、上院では2010年代まで、下院では90年代まで大きな動意は見られなかったが、その後は共和党との距離が開く方向に再びシフトしている。

図表2 民主党・共和党議員のイデオロギー尺度(平均値)

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このようにみると、2党間の分断の深化、特に共和党の保守化は数十年にわたる長期的なトレンドであることが分かる。そうした歴史の潮流の中に位置付ければ、2016年のトランプ氏当選によって党派対立が強まったというより、党派対立の強まりという潮流がトランプ氏の当選に寄与した、と考えることができる。今年の選挙の後も、結果にかかわらず、分断の深まりは続くこととなりそうだ。

最後に、以上のような党派対立の深刻化が経済活動に及ぼす影響を考えてみよう。連邦政府の債務上限への対処を巡って対立が続き、米国債のデフォルトリスクが度々意識されることに表れるように、政治的な分断は政策の停滞とそれによる不確実性の高まりをもたらす。不確実性の高まりは金融市場の重石となるほか、設備投資や人員の採用といった企業行動の先送り・取りやめに繋がりうる。

特にどのような政策分野で影響が表れやすいかを見たのが図表3である。これは、図表2で示した2党間の平均値の差分(分断の代理変数)と、関連キーワードを含む新聞記事数を元に算出される分野ごとの経済政策不確実性指数(EPU)との相関を調べたものであり、相関が強いほど、党派対立の強まりと当該政策分野の不確実性の高まりが連動していることを示す。EPUが算出されている1985年以降の平均的な相関関係であることや、当然ながら因果関係を示すものではないことに留意は必要だが、ヘルスケアや各種給付といった国民生活に直結する分野、企業活動に大きな影響を及ぼす各種の規制、さらにはイデオロギーの違いが表れやすい移民問題や気候変動の分野において、不確実性が高まりやすいことが示唆されている。EPUの対象にはなっていなが、最近では性の多様性や人種問題を含む教育分野なども、党派対立の影響を受けやすいと考えられる。

図表3 民主党・共和党のイデオロギー距離と分野ごとの政策不確実性指数の相関

 

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既にESG投資やLGBTQへの対応をめぐっては、企業が保守・リベラルの世論や政治家の板挟みにあうといったケースが見られるが、党派対立の強まりを前提とすれば、こうしたリスクは今後ますます高まっていくと考えられる。米国の大統領選はトランプ氏の当選による政策の激変リスクが注目されがちだが、当面の企業レベルへの影響という観点では、同時に実施される議会選挙の重要性にも注意を払う必要がある。

執筆者

市川 雄介/Yusuke Ichikawa
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター シニアマネジャ

2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。

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