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ありそうで厳しいリスク:台湾・中東のシーレーン危機
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.102
リスクの概観(トレンド&トピックス)
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎
国際政治や国家間対立がサプライチェーン寸断を通じて企業活動に影響を与えるリスクが高まりつつある。2023年12月付け当レポートの「国際政治変動と金融政策シフトの中で:2024年の10大リスクシナリオ」でも、中国を巡る政治対立によるサプライチェーンリスクやロシア・ウクライナ、台湾、中東の地政学リスクに言及した。現在のところ、各地域での戦争の急激な地理的拡大の可能性は高くはなさそうだ。むしろ、戦争や軍事行動の拡大の潜在リスクの存在自体が経済活動を制約してしまう可能性が短期的には高そうだ。直近の国際政治・地政学のいくつかのエピソードがこうした動きを示唆している。
まず、1月13日に実施された台湾総統選挙で独立派とされる民進党の頼氏が次期総統に当選したことである。総統選の結果は大方の予想の範囲内であり、また国会に相当する立法院は親中派とされる国民党が第一党となり民進党は過半数割れとなった。直後の中国の反応から察するに、中国による台湾侵攻など軍事行動のリスクが急激に高まることはなさそうだ。しかしながら、中国の台湾に対する経済・通商面での圧力や軍事的示威行動は強まりこそすれ後退することはないと思われる。具体的には、中国による台湾製品の関税優遇廃止対象の拡大といった経済的圧力の強化が考えられる。また、台湾近辺の軍事パトロールや軍事演習などを時宜に応じて中国が実施することが考えられる。軍事進攻という究極の事態に至るよりも前に、こうした間接的圧力が、他国をして台湾からの半導体調達や台湾付近経由のサプライチェーン依存を回避する行動を採らしめる可能性は充分にあるだろう。台湾経済への締め付けや軍事的示威行動は、半導体輸入を台湾に依存する日本企業にとって潜在的なリスクである。軍事的示威行動はクロスボーダーの物流に影響する。既に2022年8月には中国による台湾周辺での軍事演習実施の際、一部貨物船が台湾を迂回して航行した。台湾の南側のバシー海峡は、日本にとって中東からの原油輸入ルートとなる重要なシーレーンである。
中東においては、親イラン組織フーシ派と英国・米国の衝突が激化している。ハマス・イスラエル問題以降、フーシ派が紅海を航行する西側の貨物船を拿捕やミサイル攻撃するなどの行動に出たことに英米が反撃したという経緯だ。この動きはイスラエル・ハマス問題の周辺国への波及というリスクの顕在化とも見れるが、ただちにこれがイランなどを巻き込んだ中東戦争レベルの軍事行動に拡大することはなさそうだ。むしろ台湾有事リスクと同様、貨物船が紅海を航行することの危険度が高まり、迂回路による輸送への切り替えを余儀なくされる割合が高まることで経済活動の大きな制約になる可能性がある。フーシ派の行動を受けて既に一部の貨物船は南アフリカの喜望峰経由の迂回路を取っている。紅海では2021年のスエズ運河でのコンテナ船座礁の例があり、離礁までの約1週間、上記迂回ルートが使用されたことがある。紅海やホルムズ海峡における軍事リスクが高まると、その影響はより長期にわたるだろう。
こうしたサプライチェーンリスクの拡大により、企業にとって物資の調達困難、輸送費の急騰など、新たな供給制約要因やインフレ再発リスクが高まることになる。当方の「2024年の10大リスクシナリオ」では、向こう1年の環境変化の可能性も考慮して「台湾有事」や「第5次中東戦争」といった「テールリスク」に近いものを5位以下に掲げている。他方、期中のフォローアップとしてより微視的に、plausible and severe(ありそうで厳しい)現実感の迫るリスクを期中で想定していくことも必要であろう。
執筆者
勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター マネージングディレクター
リスク管理戦略センターのマネージングディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る