気候変動・生物多様性と金融規制監督:現状整理と金融機関に求められる対応 ブックマークが追加されました
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気候変動・生物多様性と金融規制監督:現状整理と金融機関に求められる対応
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.110
金融規制の動向(トレンド&トピックス)
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
ファイナンシャルサービシーズ
楠田 祥也
金融規制・監督における気候関連リスクや自然関連リスクの重要性が高まっている。バーゼル銀行監督委員会(BCBS)などの国際的な組織や各法域の金融当局は、主に銀行の健全性や金融システムの安定性確保の観点から、官民一般の気候変動リスク対応と平仄を合わせる形で、気候変動がもたらす金融リスクに対する取組みを進めてきた。また、近年では、生物多様性等の自然関連のリスクに対する当局の対応にも注目が集まっている。本稿では、こうした気候関連リスクおよび自然関連リスクに対する国際的な金融規制・監督上の取組みを概観した上で、本邦金融機関に求められる対応を考察する。
気候関連リスクを巡っては、国際的な規制・監督枠組みの整備が進んでいる。BCBSは、銀行のプルーデンス規制の観点から、気候関連金融リスクに関する包括的な取組みを継続してきた。具体的には、国際基準であるバーゼル規制の枠組みにおいて、第1の柱から第3の柱における気候関連リスクの取扱いを検討してきた。こうした検討の前提として、BCBSはメンバー法域における既存の規制・監督上の取組みに関する現状調査を実施し、2020年4月に報告書を公表している。その後、BCBSは2021年4月に2つの分析報告書を公表し、気候変動がもたらすリスク(移行リスクおよび物理的リスク)は従来の金融リスクカテゴリーで捕捉可能であると結論付けた。この分析に基づき、BCBSは2022年6月に、気候関連金融リスクの管理・監督に関する諸原則を公表した。これは、第2の柱に関連するガイドラインの位置付けであり、銀行・監督当局向けの合計18の原則を定めている。また、第1の柱に関しては、国際基準を改訂するのではなく、2022年12月にFAQを公表することで、同リスクが既存の枠組みの中でどのように捕捉されうるかを明確化している。さらに、BCBSは2023年11月に市中協議文書を公表し、同リスクの第3の柱の開示に関する意見募集を実施した。もっとも、このようなバーゼル規制上の取扱いに関する検討に加えて、国際的には気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)や国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)による企業情報開示枠組みの策定が進んでいるほか、各法域では独自の規制・監督上の対応も行われている。
対照的に、自然関連リスクに関する規制・監督上の取組みについては、依然として初期的な段階にある。金融安定理事会(FSB)は2024年7月に、自然関連金融リスクの特定・評価に関する規制・監督上の取組みを調査した報告書を公表した。FSBの報告書によると、一部のメンバー法域の金融当局(例:蘭DNB、仏BdF、欧州ECB)は同リスクに関する独自の分析を実施している一方で、その他の当局は国際的な取組みの動向を幅広くモニタリングする段階にある。もっとも、データ不足の問題や気候リスクの対応を優先する必要性から、自然関連リスクに関する取組みを実施していない当局(例:豪APRA、本邦金融庁)も多くみられる。こうした中、主に欧州における先進的な当局では、ESGリスクに関する広範な取組みの一環として、自然関連リスクに対する規制・監督上の対応を進めている。具体的には、金融機関向けの監督要件・ガイダンスの策定、オンサイト検査やテーマ別レビューを通じたリスク管理慣行の評価、探索的なシナリオ分析の実施などが挙げられる。このほか、一部の当局(例:香港HKMA)においては、気候関連リスクに関する規制・監督の中に、自然関連リスクの要素を統合している例もみられる。なお、こうした一部法域における規制・監督対応と並行して、国際的な組織による取組みも行われている。例えば、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)は、自然関連リスクの開示枠組みに関する最終提言や金融機関向けの開示ガイダンスを公表している。
以上の整理を踏まえると、気候関連リスクに関しては国際金融規制・監督における検討が着実に進んでいる一方で、自然関連リスクの規制・監督に関しては一部の金融当局の取組みに限られていることがわかる。他方、民間企業全般については、例えば欧州において企業サステナビリティ報告指令(CSRD)や欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)が策定されるなど、気候変動・生物多様性の情報開示に関する法域独自の規制化も進展している。こうした国際的な動向に対し、本邦では、生物多様性の損失に起因する金融リスクに先んじて、気候関連リスクに対する金融行政上の対応が進んでいる。例えば、金融庁・日銀は、銀行セクターに対する気候関連シナリオ分析の取組みを継続している。加えて、2024事務年度の金融行政方針では、気候関連リスクモニタリング室の設置などの関連施策が新たに盛り込まれている。これらの動向を踏まえ、本邦の金融機関は、引き続き規制対応の一環として、気候関連金融リスクの把握・管理・開示や取引先支援等の取組みが期待されるだろう。ただし、国内外の規制動向を考慮すると、第1の柱の下で気候関連リスクに対する資本賦課が金融機関に求められる可能性は短期的には低いと考えられる。また、自然関連リスクに関しては、TNFDなどの国際的な議論の動向を注視した上で、各法域の規制・監督要請に合わせた個別対応を進めていくことが重要になるだろう。
(参考図表)気候関連リスクおよび自然関連リスクに関する国際金融規制・監督の動向
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執筆者
楠田 祥也/Shoya Kusuda
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
ファイナンシャルサービシーズ