米中貿易の実態:増加する貿易額と強まる分断 ブックマークが追加されました
最新動向/市場予測
米中貿易の実態:増加する貿易額と強まる分断
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.91
マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)
有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネジャー
市川 雄介
米中を中心とする経済的な分断が懸念されて久しい。米国の事実上の禁輸リスト(エンティティー・リスト)に追加される中国企業は増加の一途を辿っているほか、昨秋には米国が中国に対して広範な半導体輸出規制の実施を表明した。直近でも、中国の大手通信機器メーカーに対する禁輸措置を全面的に広げることが米国で検討されている模様だ。
こうした政治的な動きがある一方で、米中間の貿易が全体として収縮している様子はなく、経済的な依存関係は強固であるとの指摘がある。実際、2022年には米国の対中輸出・輸入とも増加し、合計した貿易額は4年ぶりに過去最高を更新した。米国の対中貿易赤字も高水準にあり、米国の中国離れはごく一部の品目に限られる、という見方もできるところだ。
もっとも、昨年は世界的にインフレが進んだことも踏まえれば、貿易額が膨らむのはある程度自然であり、それだけで米中の依存関係が深まっていると結論づけることはできないだろう。そこで、単純な輸出入額ではなく、米国の貿易総額に占める中国のシェアに着目してみよう。図表1をみると、対中輸出の金額は2022年に過去最高を更新する一方で、輸出全体に占めるシェアは低下していることがわかる。2022年は欧州向けのガス輸出が大きく増加したことで中国のシェアが低下した面もあるが、過去5年程度でみても中国シェアは概ね横ばい圏で推移している。輸入にいたっては中国シェアの低下が目立っており、2022年のシェアは2008年以来の低水準にある。輸出入とも、トランプ政権時代の貿易摩擦を受けて2019年に大きくシェアが落ち込んだのは共通しているが、その後一定程度反発した輸出とは対照的に、輸入の対中シェアはコロナ禍後に一段と低下した形となっている。
図表1 米国の対中貿易
※画像をクリックすると拡大表示します
より詳細に米国の対中貿易を見たのが図表2だ。横軸に対中輸出・輸入に占める品目の構成比、縦軸にその品目の対中依存度(ある品目の輸出・輸入総額に占める中国向け輸出・中国からの輸入のシェア)をとっており、面積が大きい品目ほど米国にとって中国が大きな役割を果たしていると言える。中国への輸出について5年前の2017年と比較すると(上段)、農産品や資源、医薬品の構成比が拡大していること、一方で航空機を筆頭に機械類の構成比が低下していることがわかる。特に機械類は縦の高さも総じて下がっており、対中依存度が低下している。中国からの輸入についても(下段)、機械類のプレゼンスが低下しつつ、玩具を除けば全体として対中依存度も下がっている。要するに、米国は対中貿易の重点を機械類から原材料等へとシフトさせており、大雑把に言えば低付加価値化が進んでいるほか、全体として対中依存度も低下しつつあるということになる。このようにみると、金額だけから受ける印象とは異なり、経済的な分断は強まりつつあると言えそうだ。
図表2 米国の対中貿易の変化(2017年・22年)
<輸出>
<輸入>
※画像をクリックすると拡大表示します
なお、日本やEUの対中貿易は、米国ほど明確な変化がみられるわけではないが、やはり経済依存関係の深まりに歯止めがかかりつつある。すなわち、日本の輸出に占める中国のシェアは概ね横ばい、輸入のシェアはコロナ禍後低下気味であるほか、輸入シェアの上昇が目立っていたEUも、2022年は一服傾向がみられる(図表3)。
図表3 日本・EUの対中貿易シェア
※画像をクリックすると拡大表示します
各国の企業にとって中国市場の重要性は変わらず、今後も多くの企業が中国ビジネスの拡大に進む可能性が高い。ただし、中国ビジネスの目的は、中国における需要に応えるという「地産地消」の側面がますます強くなり、中国・先進国にまたがるグローバルなサプライチェーンの活用を目的とした企業活動は徐々に勢いを失っていくと考えられる。対中経済関係のシフトは米国で先んじて現れつつあるが、今後それがどの程度他国で進み全体として加速していくのかが、国際経済を巡る当面の注目点となろう。
執筆者
市川 雄介/Yusuke Ichikawa
有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター マネジャー
2018年より、リスク管理戦略センターにて各国マクロ経済・政治情勢に関するストレス関連情報の提供を担当。以前は銀行系シンクタンクにて、マクロ経済の分析・予測、不動産セクター等の構造分析に従事。幅広いテーマのレポート執筆、予兆管理支援やリスクシナリオの作成、企業への経済見通し提供などに携わったほか、対外講演やメディア対応も数多く経験。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにて修士号取得(経済学)。