第6回 映画業界 -各業界セクターの事業リスクと財務諸表分析- ブックマークが追加されました
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第6回 映画業界 -各業界セクターの事業リスクと財務諸表分析-
テクノロジー・メディア・通信業界に関する業界レポートの一部として、映画業界における「事業のリスク」「主要プレーヤーの財務諸表に関する特徴分析」を取り扱います。全13回シリーズの第6回。
はじめに
本稿は、テクノロジー・メディア・通信業界に関する業界レポートの一部として、映画業界に関する「事業のリスク」、「主要プレーヤーの財務諸表に関する特徴分析」を取扱うものである。
なお、本稿の意見にわたる部分は筆者の私見であり、筆者の所属する法人の公式見解ではないことを申し添える。
事業のリスク分析
映画業界のリスク分析について記載するにあたり、対象会社としては、映画業界の基本的な構成要素である「製作」「配給」「興行」という3つの機能を有する国内の映画会社3社(東宝、東映、松竹)を取り上げることとする。
まず、映画業界における3つの機能(図表1参照)を確認する。
- ここでの「製作」とは、主としてコンテンツとしての映画の制作を意味し、企画、撮影、編集が行われて、映画が完成する。
最近の邦画は「製作委員会」方式により制作されるのが主流であり、映画会社、テレビ放送局、広告代理店、出版社、ビデオメーカー等が出資して、投資回収のリスク分散を図っている。 - 「配給」とは、映画館を運営する興行会社と交渉して映画の上映を手配し、また映画の宣伝を行う機能である。
- 「興行」とは、映画館で映画を上映し、入場者に対して映画の鑑賞サービスを提供する機能である。
このように映画を「配給」、「興行」することにより、入場者が入場料金を支払って映画館で映画を鑑賞することになるが、この利用フェーズは「一次利用」と呼ばれている。また、映画は映画館での上映(一次利用)の後も、DVDの販売(セル)、レンタル、テレビ放送、インターネット動画配信、商品化などの「二次利用」がなされることが通常である。
映画制作に投下した資金は、このような一次利用、二次利用により回収していくことになるが、回収できるかどうかは映画がヒットするかどうかに左右されることになる。映画がヒットすると興行収入、配給収入だけでなく、二次利用による収益も期待できるが、ヒットしなかった映画は二次利用もふるわず、制作費、宣伝費の回収ができないこともある。このため、リスク分散を目的の一つとして「製作委員会」方式が取られることが多いのは前述のとおりである。
映画会社3社の有価証券報告書における事業のリスクは図表2のとおりであるが、いずれの会社も映画の当たり外れというリスクである「劇場用映画の公開に係るリスク」に当たるものを挙げている。
その他映画業界特有のリスクとしては、映画興行施設に係るリスク(他社出店のシネマ・コンプレックスとの競争激化によるリスク)、知的財産権の侵害に係るリスク(海賊版や模倣品による権利侵害によるリスク)などが挙げられている。映画興行施設に係るリスクについては、2013年にイオンシネマズとワーナー・マイカルが合併(イオンエンターテイメントに社名変更。現在、スクリーン数トップである)、2014年にローソンの子会社であるローソンHMVエンタテイメントがユナイテッド・エンターテインメント・ホールディングス(シネマコンプレックスチェーンのユナイテッド・シネマの親会社)を買収といったように小売業の興行網への参入が目立っていることも影響していると考えられる。
現状で言われているリスクは以上のとおりであるが、以下では今後の映画業界の視座について記載する。
- コンテンツとしての映画の質が挙げられる。2000年以降の興行収入の推移を見ると、2,000億円前後の水準を維持しているが、邦画にフォーカスを当てると、大幅に規模を拡大し、2006年を境に洋画を上回る水準となっている(図表3参照)。邦画低迷期を経て、リスク分散を図る製作委員会方式が一般化するとともに、テレビ放送局が映画事業に参入し、テレビドラマやテレビアニメの人気コンテンツを映画化したヒット作が多く生まれたことが邦画復活の一因となった。一方で洋画については、2000年以降低迷が続いた。
映画業界はハイリスクなビジネスであり、安定した収益が見込めるコンテンツ(人気原作・コミック、シリーズもの)に偏る傾向がある。また、日本の製作委員会方式はメディア大手企業で出資者が固定化される傾向があり、企画がパターン化される懸念があるとも言われている。
2015年、2016年の作品別の興行収入ランキング(図表4-1,4-2)を見てみると、人気原作・コミック・ドラマの映画化作品が、多く上位を占めているものの、旬な原作や新しい企画作品がヒットし、邦画の好調は継続している。また、洋画についてもディズニー作品を中心に復調傾向となっている。
2016年度においても新開誠監督の「君の名は。」が200億円を超える記録的大ヒットとなっているが、このような新鮮で良質な作品を提供し続けることが、映画業界全体にとって好循環をもたらすことは間違いないだろう。
- 映画コンテンツを楽しむ「場」も大きく変化すると言われている。
一時利用の場である映画館では、2009年の「アバター」等の3D映画を契機として急速にデジタル化が進み、近年では4D技術を活用した体感型シアターシステムへの投資も加速している。また、上映機器のデジタル化・ネットワーク化は、ODS(other digital stuff)と呼ばれる映画以外のコンテンツ(コンサート、スポーツ中継など)を映画館で提供することを可能とし、規模を拡大している。
二次利用については、ここ数年DVDのセル・レンタル市場が急速に縮小しており、NetflixやHuluなどの有料動画配信サービスの今後の動向が注目される。また、以前から言われているとおり、テレビの高画質化(4K/8K)、スマートテレビ化(放送連動型)の影響も見逃せないだろう。 - 海外市場の開拓にどのように取り組んでいくかもポイントとなろう。東映の子会社である東映アニメーションは、アニメコンテンツの海外輸出を加速しており、海外売上高は2014年度に68億円、2015年度に115億円と増加している。また、東宝が2015年4月14日に公表した「TOHO VISION 2018 東宝グループ 中期経営戦略」において「重点投資領域」として「海外市場開拓のビジネスモデルの確立」が挙げられている。具体的には「自社および国内の「企画」を、積極的に海外に売り込み、有力なパートナーとの共同開発・製作へ」とある。映画自体ではなく、「企画」としている点が興味深いが、今後の動向が注目される。
財務諸表分析
映画の一次利用による主な損益項目としては、以下のようなものが挙げられる。
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配給 |
興行 |
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主な収益 |
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主な費用 |
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配給では、興行会社より受け取る配給収入が主な収益となり、映画製作費、映画の宣伝費、製作委員会への分配金などが主な費用となる。
興行では、入場料金の累積である興行収入が主な収益となり、配給会社へ支払う映画料(いわば映画の仕入代金に相当する。配給会社にとっては配給収入となる)、映画興行施設の減価償却費、人件費などが主な費用となる。
映画業界全体が好調であれば、自社の保有する映画館での興行収入が増加し、また自社配給作品がヒットすれば配給収入が増加する。
映画会社3社の収益性(営業利益率)を比較すると、東宝、東映、松竹の順で並ぶ。東宝と東映の利益率が高くなっているが、それぞれに強みは異なる。
図表5から分かるとおり、東宝は映画コンテンツの1次利用(興行・配給)において売上高、利益率ともにNo.1である。最近では、邦画トップ10のほとんどを東宝配給作品が占めており(図表4参照)、映画がヒットすれば、収益性が大きく向上することが如実に表れている。
東宝は映画の1次利用において、No.1の存在となっているが、映画のヒットは「作品の質」「公開劇場数」「宣伝」によって左右される。このため、作品の企画力・劇場への営業力・宣伝力が東宝の強みとなっていると考えられる。なお、「ドラえもん」「名探偵コナン」などの定番アニメ作品などのヒット作品シリーズを抱えていることや、TOHOシネマズ(東宝の連結子会社)の興行網も東宝の強みの一因となっていると考えられる。
東映は子会社である東映アニメーションの持つ「ONE PIECE」「プリキュア」「ドラゴンボール」等のアニメ作品を中心としたコンテンツに強みがある。これらの作品は映画興行収入のヒットのみならず、版権事業(玩具・ゲーム・雑貨等のキャラクター展開や海外での商品化権)も大きな強みとなっている。版権事業の2016年3月期の業績は売上高138億円、営業利益61億円と業績に大きく寄与している。
松竹は、以前は「男はつらいよシリーズ」や「釣りバカシリーズ」といったヒット作品を抱えていたが、現在は定番のヒットシリーズが多くなく、売上や利益面では上記2社に比して規模は小さくなっている。作品としては2015年に公開した「母と暮らせば」(興行収入未公表)のような温かみのある日本映画に定評がある一方、最近では、アニメ作品にも力を入れている。アニメ作品は特定のファン層に向けた作品で、公開劇場数も絞ったものが多いが、2015年では「ラブライブ」がヒットしている。また、松竹の事業の柱である歌舞伎との連携として、シネマ歌舞伎をODS配給しているのも特徴である。このようなターゲットを絞ったラインナップを充実させることで、映画事業の利益率は改善傾向にある。
映画会社は、映画の配給において宣伝を行うため、宣伝費が多額になる傾向にあるが、売上高に占める宣伝比率を見ると、東宝が8~10%程度に対して、東映は2~3%程度、松竹が6~8%程度と各社にばらつきがある。公表情報からこのばらつきの確たる理由を挙げることは難しいが、上記のとおり、配給作品の宣伝ターゲットが異なることが要因となっている可能性がある。
これまで概観してきたとおり、現在の映画3社の収益性では東宝が抜きん出ているが、ヒットの可能性の高い企画を映画化する製作委員会に出資し、その映画の配給権を握ることができるか否かが、現状での収益性の分かれ目になっていると思われる。
執筆者
公認会計士 パートナー 男澤 江利子
公認会計士 パートナー 佐瀬 剛
公認会計士 マネジャー 倉林 洋介