第五回:AIデータセンターを支える不動産・建設市場の動向 ブックマークが追加されました
AIデータセンター連載では、トレンドや市場状況、半導体関連の動向、そしてエネルギーと冷却設備の変化について解説してきた。第五回の本稿では、生成AI需要の急増を背景に注目を集めているAIデータセンターそのものを支える不動産・建設市場の動向について詳述していく。
データセンターの建設用地には、断層や海岸、河川から離れており地盤が強固であること、データ消費地に近くレイテンシ(通信遅延)が低いこと、高圧電力が安定供給されることなどの条件が求められる。特に、AIデータセンターに配備されるGPUは、それ自体が高消費電力であることに加え、高発熱対応の冷却設備が必要となるため、高圧電力の安定供給に対するニーズが従来型データセンターより高い。従って、AIデータセンター建設においては、発電所が近隣にある、複数変電所からの電力引き込みが可能であるといった電力要件が用地選定において不可欠である。米国テキサス州では電力逼迫への対応として、州当局がAIデータセンター建設を希望する企業に対し、自前で新たな発電所を建設するよう求めるほどだ1。千葉県印西市は、地盤の強固さ、災害リスクの低さ、交通アクセスなどの好条件から国内データセンターの集積地となっており、これまでも新京葉変電所と印西変電所の2カ所から電力を引き込んでいたが、AIデータセンターニーズの高まりによるさらなる電力供給に応えるため、2024年急ピッチで大規模変電所を新設した2。強固な地盤、低いレイテンシ、電力安定供給と3拍子揃ったデータセンター建設用地は国内でも限られており、データセンターの争奪戦は激しさを増していくことが想定される。
用地と同様、建物についても要件がある。耐震・免震構造、電源・冷却・通信・セキュリティ設備の具備である。特にAIデータセンターでは、GPU高発熱に対応する冷却設備として水冷ラックや液浸冷却設備を備える必要があるため、従来型データセンターと比べ高い床耐荷重性能が必要となる。また、AIデータセンターに配備する多種多様なチップ、サーバーに応じて、建物の建設要件やファシリティが変動するのが通例である。ハイパースケーラーは自社クラウドサービスやチップ、サーバーに適合した自社固有の建物設計書と、電源・冷却・通信・セキュリティなどの設備・装置のグローバル標準を持っており、その多くの設備・装置をグローバルで一括購入し、それらを各国データセンターに持ち込むため、建設受託側であるゼネコンにとっては収益源となる設備調達工程が無くなってしまいうまみが少ない。多様な建設要件に応じなければならず、AIデータセンター建設に関与するゼネコンは薄利多売を強いられているのが現状だ。
第二回の連載でも述べたように、データセンターの主要顧客層はハイパースケーラーである。データセンター市場ではハイパースケーラーの垂直統合が進んでおり、それに伴いデータセンター建設形態にも変化がみられている。かつては、データセンター事業者がハイパースケーラーの需要を予測、あるいはハイパースケーラーからの受託によりデータセンターを建設するケースがほとんどだった。この建設形態ではデータセンター事業者が設計会社、ゼネコン、サブコンなどの下請けに多層的に発注していくため中間マージンがかさむ上、テナントであるハイパースケーラー側の細かい要求が伝わりにくいというデメリットがあった。そこで近年では、ハイパースケーラー自身が設計会社、ゼネコン、サブコン(専門工事会社)と直接契約し、自社クラウドサービスに適合したデータセンターをBTS型3で自社開発する形態も出てきている。この建設形態では、中間マージンをカットできる上、ハイパースケーラーがそれぞれの業者に対し直接要求を伝えることができる。加えて、ハイパースケーラーにとっては、誘致による莫大な税収増加を期待した自治体から電力融通を受けやすくなること大きなメリットとなっている。一方、ゼネコンには、ハイパースケーラー固有のグローバル標準の建物設計書を日本仕様の免振耐震・階層構造に適合させる力が求められる。
建設業界の2024年問題とは、「働き方改革関連法」4が2024年4月より建設業にも適用され5、時間外労働上限規制によって、さらなる労働力不足が引き起こされることを指す。データセンター建設ラッシュで需要が急増する一方、慢性的な労働力不足に悩まされる国内建設業にとって、需要に対応する労働力をいかに集め、ハイパースケーラーのグローバル標準と日本基準の適合力を持った人材をどうやって育て上げるかが成功のための重要ポイントとなる。
短期的にはデータセンター建設ラッシュが続くとみられるが、長期的にはデータセンター建設需要も落ち着き、半導体プラント建設など、他の市場も安定することで、労働力も戻ってくることが予測される。不動産・建設業界にとって、データセンター事業を継続的なものとするためには、まず、ハイパースケーラー固有のグローバル標準を理解し、彼らが日本国内に展開する上での考慮すべき日本固有の事情や環境をよく理解したうえで、競合との差別化を図りながら事業を展開していくことが肝要だ。
板部 茉莉子/Mariko Itabe
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社
マネジャー
マーケティング企業にてデジタルマーケティング・データマネジメント戦略立案に従事し現職。AI・量子技術などのエマージングテクノロジーからデータセンター建設、半導体製造まで、コンピューティング技術に関わる幅広い領域にて新規事業戦略策定や事業ポートフォリオマネジメントのプロジェクトに従事している。
【シリーズ】AIデータセンター、中長期視点の課題やシナリオ
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大手通信会社の海外M&A部門を経て現職。AI・5G・ロボティクス・デジタルツインなどのエマージングテクノロジー領域の新規事業戦略策定・実行支援、中長期のイノベーション戦略策定、R&D戦略・ポートフォリオマネジメントなど多数のプロジェクトに従事している。 関連するサービス・インダストリー ・通信・メディア・エンターテイメント >> オンラインフォームよりお問い合わせ