第四回:エネルギーと冷却設備の変化 ブックマークが追加されました
これまで本連載では、成長著しいデータセンター市場を概観し、成長ドライバーである生成AI技術の発展とそのイネーブラーとなる半導体技術の進化について取りまとめてきた。第四回では、新たな課題として浮上しているデータセンター向けのエネルギー供給(すなわち電力)と冷却設備や内部部品に求められるニーズの動向について述べていく。
データセンター向けの電力供給については、その莫大な消費電力量をどのように賄うかが今後の課題として注目されている。
データセンター数の増加は言わずもがなであるが、生成AIや暗号資産に対応したデータ処理量・速度を満たすためのセンター当たり電力消費量も大幅に増加しており、その結果としてIEAの試算では世界全体のデータセンター向けの年間電力需要量は2019年の300TWhから2028年には最大1000TWhという、ほぼ日本全体の電力需要量に匹敵すると予想されている1。IT企業のみならず全産業に大きな影響を与えることは疑いの余地がない。
さらに、カーボンニュートラルの視点から、いかに再生可能エネルギーや原子力発電などの非化石電力を確保することがもう一つの課題となっている。その点で再生可能エネルギーを自前設備として保持するタイプのデータセンターが注目されている。インターネットイニシアティブが千葉県白井市に2、東急不動産が北海道石狩市に太陽光発電を取り入れたデータセンターを建設する3など、新たな再生可能エネルギーの投資案件として関心を集めている。
国内では、内閣府主催の有識者会議である「2040GXリーダーズパネル」の中で東京電力パワーグリッドの岡本副社長から電力系統と通信基盤を一体的に整備する「ワット・ビット連携」が提唱され、政府でも検討されており4、特に電力を大量消費するデータセンター事業を早期に拡大するうえで追い風となる施策となることが期待される。
なお、電力系統と通信基盤の整備一体化は海外でも検討されている。例えば、米電力大手のコンステレーション・エナジー/Microsoftによるデータセンター向け電力供給を企図した原発再稼働の発表5や、アマゾン・ドット・コムによるXエナジーへの次世代原発「小型モジュール炉(SMR)」開発資金の提供と将来的な自社データセンターへの電力供給の発表6などが挙げられる。海外で原子力の活用も視野に入れた検討が進められていることは、日本にとっても注目すべき点であると考える。
消費電力の増大に伴い、データセンター内の冷却能力も大きな課題となっている。
サーバーは年率40%で省エネ化されているという日本データセンター協会の報告がある一方7、ハイパースケールやAIなどより高度な要求がGPU/CPUに求められることからサーバーへの負荷は高まるばかりである。実際、IEAからは、従来のグーグル検索のクエリーは平均0.3wh/回であるのに対し、ChatGPTでは2.9wh/回の電力を消費するという報告がなされており8、GPU/CPUを含めた電子部品を搭載するラック周辺の冷却性能がこれまで以上に求められている。
冷却手法については、これまでの主流であった空冷方式では15kW/ラックの冷却が物理的な限界値と言われており、今後の生成AI向けサーバーについては液冷手法の導入が検討されている。
液冷とは、液体をサーバー内もしくは近接地まで循環させることで冷却効率を高め、空冷以上の熱交換を行うことを可能とする手法であり、数10kw/ラック以上の冷却効率性能を持つとされている。主に、サーバー後部に設置する「リアドア方式」と、ヒートシンクの代わりに冷媒循環型の金属製熱交換プレートを設置する「コールドプレート方式」の二つが一般的であり、採用も進んでいる。ただし、特に、コールドプレート方式ついては電子機器の近傍に冷媒を通すことになるので、レイアウト上の問題や漏洩時の電子機器破損のリスクなどが検討、対応すべき課題となっている9。
データ処理の増大やサーバー自体の効率化向上に伴い、さらなる冷却効率向上を実現するため、電子機器を直接冷媒に接触させる「液浸方式」が次世代技術として注目されている。液浸方式の主なメリットは、液冷以上の高効率での冷却を実現することに加え、空調やプレートなど、空冷・液冷方式で必要とする部品が不要で、省スペースでの冷却が可能になる点である。国内では、東京科学大学(旧東京工業大学)のスーパーコンピューターで採用されるなど一部実用が始まっている10。
液浸冷却の実現に際しては、冷却と電子部品が一つの密閉空間に置かれるため、その設計・構築に関するノウハウと、電子材料に悪影響を与えない絶縁性かつ化学的安定性を持つ冷媒が必要不可欠となる。現時点では、溶媒自体のコストや、それをハンドリングするための知見が、実現に当たっての大きなハードルとなっている。
液浸方式についてはVertiv ・GRC(Green Revolution Cooling)11、KDDI・三菱重工業・NECネッツエスアイ12の事例にみられるように、従来のIT関連企業と冷却技術保有企業との提携によるトータルソリューションの提供が進んでいる。
溶媒については、以前からスーパーコンピューター向けの液浸冷却向けとして実績のある3Mのフッ素系溶媒(PFAS13の一種、品名:フロリナート)に期待が集まっていたが、PFASの環境への影響が大きな社会問題となった結果、同社は2025年末までにすべてのフッ素系製品の製造を中止すると発表し14、大きな衝撃が走っている。現状の代替品としては、競合品の生産を行っているSolvayの製品(品名:ガルテン)15や、有機シリコーン系、炭化水素系があるが、特にフッ素系以外の製品は使用実績が乏しく、性能・安全性の面で多少の懸念があるため、今後の開発が待たれるところである。
【シリーズ】AIデータセンター、中長期視点の課題やシナリオ
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化学・石油業界における製品開発・マーケティング・製造分野での15年以上の実務経験を活かし、素材・部材・部品業界を中心とした日系/外資製造業・商社などに対し10年以上のコンサルティング実績を有している。 具体的な案件としては、シナリオプランニングを起点とした全社長期戦略、中期事業戦略、新規事業戦略、新興国市場参入戦略、オペレーション改革などのプロジェクトを数多く支援している。 また、近年では、サステナビリティに対する社会的関心の高まりを反映した中長期事業戦略・R&D戦略立案の支援も手掛けている。 関連サービス ・ 資源・エネルギー・生産財(ナレッジ・サービス一覧はこちら) >> オンラインフォームよりお問い合わせ
エネルギー企業を中心に、ビジョン策定、事業・マーケティング戦略、新規事業戦略、グループ組織再編・M&A等を中心としたコンサルティングに従事。昨今は、エネルギーの自由化を契機に、エネルギービジネスへの参入を検討する異業種向けのサービス、およびエネルギーとの業種間連携による新規事業やスマートシティ領域にも注力し、数多くのプロジェクト実績を有している。 関連するサービス: ・ エネルギー >> オンラインフォームよりお問い合わせ