Posted: 28 Jun. 2021 5 min. read

第2回 内部通報制度の周辺環境の変化-公益通報者保護法の改正その1-

連載:内部通報制度の有効性を高めるために【第2部 調査結果から考察する内部通報制度の高度化】

第1回のWCMSに続いて内部通報制度の周辺環境の変化について述べていきます。第2回は公益通報者保護法の改正についてです。


改正公益通報者保護法の内容について「知っているものはない」が34.5%

公益通報者保護法は、300名を超える組織に内部通報制度の体制整備を義務付ける、通報の対応にあたる担当者が守秘義務違反をした場合に刑事罰が与えられる等の改正がなされ、2022年6月までに施行予定となっています。
本調査では「知っているものはない」という回答が全体の34.5%となりました。一方でそれを超える回答は「担当者に守秘義務を課す」の45.4%、「300名超の事業者に体制整備義務を課す」の39.9%の2つでした。

 

図1 改正公益通報者保護法のうち認知している事項(複数回答)

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リスクの高い「担当者の守秘義務違反による刑事罰の導入」は28.6%

これは内部通報の対応にあたる担当者(法では公益通報対応業務従事者、以下「担当者」と言います)にとって悩ましい法改正です。
「担当者の守秘義務違反による刑事罰の導入」は今回の法改正で筆者が最もリスクが高いと考えている一方で、知っているという回答は28.6%となりました。従業員規模の別なくすべての事業者に適用される内容であるにもかかわらず、高い認知率とは言えません。重要なのは刑事罰であり、対象が個人であるという点です。
この改正は担当者の故意あるいは過失で通報者の情報を、通報された人(以下「被通報者」と言います)や部外者に漏らしてしまうことを防ぐ大きな動機になります。この面ではとても有効な改正であると言えます。

一方、影響が大きいと考える理由は、特にハラスメントなどの個人被害を訴える匿名通報の場合、担当者は解決に向けた行動が起こしにくくなると考えるからです。具体的には、担当者が被通報者に接触した時点で通報者を類推される可能性が高く、通報されたことに気づいた被通報者が、通報者に対して内部通報したか確認したり何らかの仕返し(不利益取扱い)をしたりするおそれがあります。
この場合法改正により、個人を特定できる情報の守秘義務を怠ったとして、通報者が被通報者ではなく担当者を刑事告発する選択肢が生じ得ます。
他方、担当者が把握しているのは被通報者の情報だけであるため、担当者の対応の選択肢は必然的に少なくなります。被通報者に直接ヒアリングをすることを除外すると、例えばポスターの掲出やハラスメント防止の周知メールを全社員に送付する、といった具体性を欠いた対応策にならざるを得ません。現行法下の現在における読者の中にも同様の経験をした担当者や通報者は少なくないはずです。
通報の大多数を占めるハラスメントなどの個人被害を訴える通報を処理する担当者は、通報者の不満解消と担当者自身が告発される可能性を天秤にかけるような選択を迫られるかもしれません。


影響の大きい「300名超の事業者への内部通報制度設置義務」は多くの事業者の認知度が50%に満たない

従業員規模別にみると、300名を超える従業員規模の事業者に体制整備が義務付けられますが、下図で示したとおり10,000名未満の組織では認知率が50%に届きません。

 

図2 従業員規模(行)と改正公益通報者保護法のうち認知している事項(列・複数回答)

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第2回で述べた担当者への刑事罰が課される法改正については、通報が発生しなければそのリスクは顕在化しません。一方で、体制整備義務については内部通報の有無に関係なく300名超の規模の事業者であれば対応が必要です。

内部通報制度は自浄作用に期待するものです。つまり組織の恥部に対処できない、したくない企業が制度を作ると逆効果です。信じて利用した通報者が期待を裏切られる、最悪の場合は報復人事等の不利益取り扱いを受けることが考えられます。
一方で、人数で区切るのか、売上で区切るのかなどの議論はありますが、全ての事業者に体制整備義務を課さなかったのは合理的であると筆者は感じています。
筆者は以前従業員規模200名程度で、親会社などの関連会社もない組織に勤務した経験があります。当時互いにほぼすべての人の顔と名前が一致しているような状況で、内部通報制度は人事担当の取締役が一人で担当していました。その制度を利用したことはありませんが、仮に重大な不正を見つけた場合でも同僚に相談したと思います。内部通報担当者の顔と名前を知っているだけに、あえてその人には通報せず話しやすい人に相談する方がよいと思ったでしょう。よほど積極的に制度の利用を促さない限り、私と同様の理由で制度を利用する人は少ないのではないでしょうか。筆者の実感からして、200名程度の組織では有効に機能させることが難しいのではないかと感じています。
また、今回の法改正の根拠となった公益通報者保護専門調査会の議論[1]では、過去の消費者庁が実施した内部通報制度のアンケート調査で300人以下の事業者で内部通報制度を整備している比率が顕著に低かったことが挙げられています。つまり、すでに一定の比率で整備が済んでいるという点で、300名超の事業者に制度設置の義務を課しても、負担はそれほど大きくならないという点も考慮されたのではないかと推測しています。

今回の調査でも、300名以上(本調査は300名超ではなく以上で設定)の事業者で通報窓口がないと回答したのは最多でも3%台と、0から制度設計が必要な事業者は少ないという結果が出ています。しかし、窓口があると回答した事業者であっても、既存の制度と今後公表される指針に齟齬がないかを確認することは必要になります。

 

図3 従業員規模(行)と内部通報制度の設置状況(列)

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調査実施時点では指針は検討段階の案であり、そのために指針の認知率が低かったのかもしれません。執筆時の2021年6月には、後述のとおり指針の案が消費者庁から公開されており、今後は注目度が高まって、有効な内部通報制度の整備・運用に役立つことを期待しています。

[1] 内閣府 第20回公益通報者保護専門調査会 議事録より(外部サイト)https://www.cao.go.jp/consumer/history/05/kabusoshiki/koueki/020/shiryou/index.html

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執筆者

亀井 将博/Masahiro Kamei
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
ISO/TC309 37002(Whistleblowing)日本代表兼国内委員会委員、元内閣府消費者委員会公益通報者保護専門調査会委員。
金融機関、自動車関連、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業など業種業態規模を問わず内部通報の外部窓口サービスの提供、および内部通報制度構築を支援。
その他、リスクマネジメント体制構築支援、J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
外部セミナー、インハウスセミナー講師を始め内部通法制度に関する寄稿記事の執筆多数。

 

和田 皇輝/Koki Wada
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
2010年より内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
金融機関、自動車関連、建設業、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業、ITなど業種業態規模を問わず企業の対応を支援。
現在インハウスセミナー講師を始め内部通法制度構築助言や通報対応業務、ソーシャルメディア関連助言業務を担当。

 

※所属などの情報は執筆当時のものです。