Posted: 28 Jun. 2021 5 min. read

第1回 内部通報制度の周辺環境の変化-WCMS-

連載:内部通報制度の有効性を高めるために【第2部 調査結果から考察する内部通報制度の高度化】

2020年に当社が実施した 内部通報制度の整備状況に関する調査2020年版[1]の調査結果を基に内部通報制度の課題と、有効性を高める可能性のある施策ついてブログで解説します。この調査は2016年から毎年実施しており過去の結果も踏まえた考察となっています。
ブログの前提となる筆者の基本的な考え方は第1部「内部通報制度の有効性を高めるために」[2]で詳述しております。ぜひこちらもご覧ください。

執筆時点の2021年6月において内部通報制度を取り巻く環境は大きく変化しています。
冒頭では法や制度に関する調査結果について触れていきます。

  • 2019年    WCMS(内部通報制度認証制度 自己適合宣言)が開始[3]
  • 2020年6月   公益通報者保護法が改正され、2年以内に施行の予定[4]
  • 2021年3月   改正公益通報者保護法に関連する体制整備義務が生じ、その指針の案が公開[5]
  • 2021年7月   ISO/TC309(技術委員会309)からISO37002が発出される見込み[6]


本調査は改正公益通報者保護法公布後の2020年10月に実施したものです。


WCMS登録を済ませた組織は4.2%

WCMSの登録企業は公開されています。執筆時点では111社となっています(2021年5月27日)。
本調査では、登録に積極的な回答が11%(登録済み、検討中を合算)、様子見が24.4%、消極的な回答が58.5%(グループ全体の制度を利用していて検討しない、念頭にないを合算)となりました。新しい制度であるためか現時点では消極的な回答が過半数を占めます。


図1 所属組織の内部通報制度認証についての方針

※画像をクリックすると拡大表示します


自由記述には改善を要望する内容が寄せられました。現在WCMSは自己適合宣言という形をとっていますが、以下の回答にもあるとおり第三者認証制度が予定されていることが当初から公表されています。今後、第三者認証の開始や、認知度の向上により登録数が増加することを期待します。

  • 知らなかった
  • 認知度が低い
  • メリットを可視化してほしい
  • 求職者、従業員の安心感につながる制度にしてほしい
  • 費用対効果に疑問がある
  • 第三者認証制度の進展がみえない

従業員規模別にWCMSに対する方針を見ると、3,000名以上の規模では登録済みが10%を超えますが、それ以外の層では5%に届きません。
本調査では内部通報制度自体の整備率は全体で9割を超えています。一方で、WCMS登録は現時点では従業員規模の大きな組織に限られているようです。
 

図2 従業員規模(行)と所属組織の内部通報制度認証についての方針(列)

※画像をクリックすると拡大表示します


WCMS登録の活用方法例-求職者からの通報受け付け

前述の通り登録率、認知度ともに低いという結果となりましたが、一定の基準をクリアした証左となる日本で初めての認証制度であり、認知度に課題がある現時点でも活かす方法があるのでないかと考えています。WCMS登録済みの内部通報制度だからこそ効果を期待できると思われる筆者の案を紹介いたします。

こういった認証制度への登録は社内(従業員等)へのアピールにもなりますが、どちらかというと社外(求職者や取引先)に対する効果が期待できるのではないでしょうか。従業員等内部の人に登録を周知することはそれほど難しくはないと思いますが、外部の人にひと目でその状態を告知するのは非常に難しいものです。
そこで、優秀な人材確保を側面から支援する目的で、求職者にWCMS登録済みである内部通報制度を開放することを告知するという利用方法が考えられるのではないでしょうか。一方で、同じ組織外の人であっても、取引先や仕入先に対して開放することについては難しい面があると感じています。それぞれについて以下に述べていきます。

就職活動・採用時のセクシュアルハラスメント、パワーハラスメントの例に、立場を利用して就業とは無関係な性的な質問や要求をする、面接時に不要な圧力をかける、内定を提示したあとにその他の就職活動を終わらせるように強いるなどがあります。
こういった事案が発生した際、求職者側の一般的な打ち手として、応募先企業とは関連のない組織や弁護士等の外部機関を自身のリソースを使って頼る、ということが考えられます。しかし、被害者の中にはこういった面倒な手続や作業を諦めて、泣き寝入りしている方も少なくないのではないでしょうか。このときに、募集企業が求職者にWCMS登録済み窓口を案内することができれば、求職者は安心してその企業の就職活動を進めることができるものと思います。また、その告知を知った社会からの企業に対する信頼感も高まるものと思います。
当たり前ですが、内部通報を受信した後コミュニケーションせずに不採用連絡をしてしまうようでは通報がきっかけで不採用にされたと感じるでしょう。単に窓口を開放するだけでは不十分で、例えば通報があった場合に社内の第三者を介在させる、採用担当者やリクルーターを変更する等の通報受信後の対応方法の事前の具体化は必要になるものと思います。
企業にとっての大きなイメージ低下、損失を防ぎつつ有望な人材を獲得するという目的で、WCMS登録を済ませた内部通報制度を求職者に開放することは有効ではないでしょうか。

ところで、内部通報制度の通報者保護とは通報した人を不利益取扱いから守ることです。例示した、就職活動過程でのハラスメントが企業に通報された場合、求職者に対して不利益取扱いができるのは応募先の企業自身です。
一方、求職者と同じ”外部の人”ではありますが取引先の従業員からの通報を受け付ける場合は、企業自身が不利益取扱いを行うことは難しく、それゆえに不利益取扱いから通報者を保護することも困難になります。つまり、求職者のケースとは異なり、通報を受けた企業が退職者や取引先の従業員を不利益取扱いから守ることができるのか、という問題が生じます。もし、取引先の経営者が、内部通報した従業員を解雇したとしても、それを防いだり地位を回復したりすることは非常に困難です。
つまり、求職者には有効に機能する可能性はありますが、取引先からの内部通報は通報者保護の観点で有効に機能させることは困難ではないかと考えます。

また、当ブログ第1部第13回[7]で述べている通り、筆者は「被害者が組織外の人であるか組織内であるか」で対応する制度を分けるべきと考えています。
求職者はその時点では自組織外の人であるため、私どもが考える“内部通報制度”で対応すべき通報ということになります。そして、企業側がより大きな力を有していると考えられるため、より立場の弱い人を保護し公益に資する制度を運営しようとする社外へのアピールにもつなげられるものと思います。

現時点でのWCMSの認知度はそれほど高くはありませんが、たとえばこのような活用方法には一定の有効性があるのではないでしょうか。

[1] 内部通報制度の整備状況に関する調査2020年版を公表https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/risk/articles/srr/survey-report-2020-whistleblowing-system.html

[2] 連載:内部通報制度の有効性を高めるために 第1部https://www2.deloitte.com/jp/ja/blog/risk-management/2020/wcms-definition.html

[3] 公益社団法人商事法務研究会 内部通報制度認証 Whistleblowing Compliance Management System (外部サイト)
https://wcmsmark.secure.force.com

[4] 消費者庁 公益通報者保護法の一部を改正する法律 概要(PDF, 311KB, 外部サイト)https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/whisleblower_protection_system/overview/assets/overview_200615_0001.pdf

[5] 消費者庁 公益通報者保護法に基づく指針等に関する検討会報告書 内 公益通報者保護法第 11 条第1項及び第2項の規定に基づき事業者がとるべき措置に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(案)(PDF, 536KB, 外部サイト)https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/meeting_materials/review_meeting_001/assets/review_meeting_001_210421_0001.pdf

[6] ISO(International Organization Standardization) Whistleblowing management systems—Guidelines(外部サイト)
https://www.iso.org/standard/65035.html

[7] 連載:内部通報制度の有効性を高めるために 第1部 第13回https://www2.deloitte.com/jp/ja/blog/risk-management/2020/wcms-effectiveness.html
 

関連するリンク

デロイト トーマツ リスクサービスでは、グローバルホットライン(内部通報中継サービス)をご提供しています。

従業員、家族、取引先などからの内部通報を適切にお客様企業の担当部門へ中継し、お客様の回答を通報者へ伝達します。

本稿に関するお問い合わせ

本連載記事に関するお問合せは、以下のお問合せよりご連絡ください。

お問い合わせ

執筆者

亀井 将博/Masahiro Kamei
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
ISO/TC309 37002(Whistleblowing)日本代表兼国内委員会委員、元内閣府消費者委員会公益通報者保護専門調査会委員。
金融機関、自動車関連、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業など業種業態規模を問わず内部通報の外部窓口サービスの提供、および内部通報制度構築を支援。
その他、リスクマネジメント体制構築支援、J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
外部セミナー、インハウスセミナー講師を始め内部通法制度に関する寄稿記事の執筆多数。

 

和田 皇輝/Koki Wada
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー株式会社

J-SOX関連業務支援、内部監査業務支援、事業継続計画(BCP)策定などを経験。
2010年より内部通報制度関連業務およびソーシャルメディアコンサルタント業務に従事。
金融機関、自動車関連、建設業、製造業、製薬業、保険業、食品製造業、サービス業、ITなど業種業態規模を問わず企業の対応を支援。
現在インハウスセミナー講師を始め内部通法制度構築助言や通報対応業務、ソーシャルメディア関連助言業務を担当。

 

※所属などの情報は執筆当時のものです。