「社会で活躍したい」障がいのある学生・就労移行訓練生がデジタルスキルを育む150日間のインターンシッププログラム

「社会人になりたくて、参加しました」「人と関わることに苦手意識がありましたがグループワークを通して、一緒に仕事をすることが楽しいと思えるようになりました」「就職は難しいと思っていてこれまでは就職が目標だったけれど、インターンを通して自分が得意なことや好きなことを客観的に分析できた。これからは、やりたいことを目標にして頑張りたい」これは、受講生の言葉だ。
では、彼らの気持ちを変えたのは何なのか?それが、デロイト トーマツとKindAgentが今年から始めた150日間のDiverse Abilities インターンシッププログラムだ。

PROFESSIONAL

  • 青野 路子 デロイト トーマツ グループ合同会社 Diverse Abilities Planning マネジャー

要約

  • 障がいを多様な能力と捉えた雇用、活躍推進は日本の経済成長に資する取り組み
  • 障がいのある大学生は福祉サービスの利用に苦慮することも
  • デロイト トーマツとKindAgentは新しいインターンシッププログラムをスタート
  • フルリモートで仕事ができるデジタルスキルを、インターンという形で教える
  • 150日間という異例の長期間インターンシップによって、障がいのある若者たちの心にも変化が起きた
  • プログラムを開発した2人の思いについても聞いていく

障がい者の法定雇用率は段階的引き上げ「雇用・活躍が当たり前」の時代に

インターンシッププログラムを説明する前に、まずは日本の障がい者雇用の現状を見ていこう。まず雇用する側(がわ)の企業からだ。現行、民間企業での障がい者の法定雇用率は2.3%だが、2024年4月より2.5%、2026年7月より2.7%へ段階的に引き上げられる。これに伴い、障がい者を1人雇用しなければならない事業主の範囲も、現行「従業員43.5人以上」から2024年4月より「従業員40人以上」、2026年7月より「従業員37.5人以上」へ広がる。(出典:厚労省 障害者の法定雇用率引き上げと支援策の強化について)

引き上げられる背景には、求職中の障がい者の増加もある。内閣府「令和4年版障害者白書」によると「身体障がい」「知的障がい」「精神障がい」の3区分の数は964万7000人となっている。その数は年々増加傾向で、2006年の調査と比べて300万人近く増加している。同府の言葉を借りると「国民のおよそ7.6%が何らかの障がいを有している」ことになる。

しかも、これは障がい者手帳を持っている人の数だけだ。手帳は持っていないが障がいはあるという人は計算されないままなので、数はもっと多いことが予想される。

グローバルな視点でのビジネス展開や社会の多様性を反映し、多様な人材を生かすことの重要性が認識されつつある中で、障がい者も企業の重要な人材として位置づけられるようになってきている。ただ、課題もあるという。

「日本企業の『障がいのある方を均等に雇用する』という意識はまだ十分とはいえません。障がいのある大学生を『新卒』で雇用する発想は、さらに足りない状況であると知りました」

そう話すのはデロイト トーマツ グループ HR部門の「Diverse Abilities Planning」の青野路子マネジャーだ。青野はデロイト トーマツで障がい者活躍推進に携わってきた。デロイト トーマツの障がい者雇用・活躍推進を目的とした特例子会社トーマツチャレンジド株式会社の企画・推進部長でもある。

デロイト トーマツ グループ合同会社 Diverse Abilities Planning Group Leader / 青野 路子

デロイト トーマツは2021年4月にThe Valuable 500に加盟し、障がいのあるメンバーの活躍推進に取り組むことにコミット。2022年には障がい者のインクルージョンをリードしている組織を表彰する「Disability Matters Asia-Pacific 2022」において「Workplace」部門を受賞しており、これらの取り組みには積極的だ。

先ほど青野が話した「足りない状況」はデロイト トーマツでは、特に新卒採用時にあるという。

「各部門の採用担当者に障がいのある方の話をすると、これができたら雇用するという経験者雇用の目線になりがちです。一般の学生は新卒・未経験でも採用後、研修などを経て働くことになるのに、障がいのあるメンバーの場合には受け入れのハードルが高い。障がいのある学生はどこでそのスキルを手に入れればいいのでしょうか?」

企業・部門側としてはサポート体制を整えることが必要と考え、そのような目線になってしまうのかもしれない。しかし、そういった配慮そのものが学生を追い詰めることにもなりかねない。KindAgent茅原亮輔代表は次のように話す。

「例えば、学生生活においては、自分自身の特性や傾向について大きく違和感を感じていない学生が、就職活動を通じて初めて他者との違いに気付く事もあります。学生時代と違って、知らない人とも多く出会い、そこで自分の特徴について説明をすることで障がいについて知り、自己認識してしまう。そういった気づきや意識が芽生えた時に、自己受容やキャリア選択への十分なケアが社会に存在していないとも感じています。」

KindAgentは雇用する企業と求職者双方の課題解決につながる雇用の在り方を提案し「障害者雇用率のみが採用・雇用の理由にならない、"誰もが就業を通じた自己実現を目指せる社会"の実現」などを軸にサービスを提供している。学生たちの雇用についても、長年向き合ってきた。

KindAgent株式会社 代表 / 茅原 亮輔氏

茅原代表は衆議院議員の秘書を経て、障がい者雇用のエージェント会社に勤め、現職。仕事としても個人としても視覚障害の方の就労支援をライフワークにしており、コロナ禍で多くの人が職を失ってしまうのを目の当たりにしたという。

「企業内でマッサージなどを行ってきた方々が職を失っていく。何か自分でできないかと思っていました。また同時に障がいを持つ大学生たちの就労支援としてのインターンシップも大きな柱として行っています。自治体によって細かな違いはありますが、基本的には大学生という立場だと障がい者福祉サービスを使えないんですね。彼らは誰からも支援されず、手弁当で就職活動をしているのが現状です。これは課題だと感じ、制度の穴のような場所でもがいている若者たちをなんとか支援できないかと考えていました」

青野も茅原代表も「法定雇用率を超えた雇用、活躍推進の実現」を目指したいと話す。2人が目指すのは「障がいのある方の雇用が普通のことになる」ことだ。また、障がいを障害と捉えるのではなく、多様な能力(Diverse Abilities)と認めあえる社会だ。そのための仕組みこそ、彼らが作り上げたインターンシッププログラムで、茅原代表の「障がいのある若者の就労支援をしたい」という思いがつまっている。

150日間という異例の長期間「Diverse Abilitiesインターンシッププログラム」

そんな青野と茅原代表らが開発、スタートさせたのが障がい学生や既卒者向けにデジタル人材育成と就労支援を行う「Diverse Abilitiesインターンシッププログラム」だ。

これは約5カ月(約150日間)にわたり基礎的なデジタルスキルのインプットからデロイト トーマツ グループでの実践までの3ステージを完全オンラインで提供する独自の取り組みだ。さまざまな障がいの特性を理解した上でそれぞれの個性にも配慮する中期的な人材育成を目指しており、日本全国から参加が可能となる。

インターンシッププログラムは数日から数週間というものが比較的多いが、それでは障がいのある学生たちには時間が足りない。そこで長期間、丁寧に向き合うことで彼らに就職活動における武器を与えようというのだ。

特徴は3ステージの段階的なIT学習プログラムにある。青野が解説する。

「1stステージでは、オンラインIT学習プログラムを受講してデジタル人材としての基礎を身に付けます。実習が主となる2ndステージでは仮想プロジェクトにおいて体験を積みます。インターンシッププログラムの終盤となる3rdステージでは、デロイト トーマツ グループに配属されてのOn the Job Training(OJT)により実践的なスキルを磨いていきます」

1stステージ、2ndステージではディスカッションを含めたキャリア教育もプログラムに組み込み、学習したツールを将来どのように生かせるかなどを意識しながら学ぶという。さらに、講師がそれぞれの能力の特性や個性を尊重しながら、面談による定期的な学習サポートを行う。

「プログラムの期間中、専門医あるいは心理士が定期的にカウンセリングやICTツールを用いて状態を把握し学習のサポートをしていきます。また、安定的に働いていくためのメンタルヘルスケアに関する心理教育をカリキュラムに組み込み、参加者は、自らの特性を理解し、受容した上で対処することを学んでいきます。プログラム全体を通して、自分らしく働いていくために大切なメンタルケア、セルフコントロールの素地(そじ)を養うこと、さらには「将来のありたい姿を描く力」を獲得することを目指します」

デロイト トーマツとKindAgentは日本企業が競争力を強化していくために必要なデジタルトランスフォーメーション(DX)の領域で、障がいの有無に関わらず中長期的な視点で人材を育成していくことが、今後の日本に必ず良い影響を及ぼすと考え、このプログラムを展開しているという。

「デロイトで始める、デロイトから広めていく」

青野はデロイト トーマツ「出戻り組み」(本人談)だ。大学で教育学を学び、大手グローバルのホテル企業に就職したが、もっと人に深くリーチする仕事をしたいと考え大学院へ。臨床心理士の資格を取り監査法人トーマツの人事健康管理担当として入社した。ただ、と青野は苦笑いをする。

「デロイト トーマツで、自分の理想をぶつける姿勢を続けてしまい、思い通りにならない悔しさから別の業界へ転職してしまいました。そこで外に出てみたら、デロイト トーマツの良さが分かってしまった。私がやろうとしていることは、デロイト トーマツでできるのではないかと思い、恥ずかしながら戻ってきました」

戻ってきてすぐに特例子会社の担当になった青野は「なぜ障がい者雇用は特例子会社に任せるのか」という疑問を持ったという。「私自身、特例子会社で働く障がいのあるメンバーに助けてもらうことも多々ありましたし、私より優れているところもたくさんある。彼らを特例子会社の中だけで活躍させるのはもったいない。最近では、ニューロダイバーシティー(神経多様性)とITスキルの親和性が注目されるようになり多様な能力が認められつつある。日本では足りないとされているデジタル人材として活躍できる素地(そじ)のある人たちがいるならば、しっかりと育てて、一般の事業会社で垣根なく働けるのではないでしょうか」

青野はこの思いを社内でぶつけてみた。「デロイト トーマツでは、自分の思いを伝えた時にそれぞれ専門性を持った人たちがその知見を基にアドバイスしてくれる多様性がありました。それならやってみてもいいのではないかということになり、今回のプロジェクトにつながっています。ここでなら、私の思い描く社会をつくるきっかけができるかもしれない」と感じたという。

「今の私は社内のメンバーや茅原さんをはじめとした同じ志を持つみなさんと、障がいのある学生を含めた就職を希望する人たちの雇用を生み出し、日本の経済社会を変えていくことを目指しています。現在、特例子会社のトーマツチャレンジド株式会社も任されていますが、デロイト トーマツ社内でも障がい者の雇用はトーマツチャレンジドだよね、という人はまだまだいます。そうではなく、障がいのある人もそうでない人も、同じように働ける場を創り出すことを目指したい」

デロイト トーマツで始めたインターンシッププログラムをモデルとし、他の企業にも横展開していく。それによって、日本の社会を変えていくことができるのではないか。青野はいま、その可能性を信じてまい進している。

「2人に出会えて、前向きな気持ちを持つことができるようになった」

「社会人として自立したいと思っていますが、ホウレンソウ(報告・連絡・相談)を含めて自分の気持ちを表に出すことが私にとってはハードルが高いものでした。それが、青野さん、茅原さんと出会って時間を過ごして、プロジェクトも経験していく中で自分の気持ちや都合を表にだすことができるようになってきました」

そう話すのは四年制大学理工学部情報工学科を卒業し、大学院で理工学研究科の修士課程を経た山本真さんだ。自閉症スペクトラムとうつ病の障がいがあり、複数の業務に自分一人で優先順位をつけながら進めていくことが難しいのだと感じ就労移行支援事業所に通所することを選択。インターンに参加し、グループワークではファシリテーターを務めることも。自分の都合や希望を少し人に伝えても良いんだと思えるようになったと言う。

もう1人、取材に答えてくれたのは澤田有梨さん。彼女は四年制大学文学部を卒業しているが、在学中に語学留学でバンクーバーへも留学している。算数障害とAPD(聴覚情報処理障害)の発達障害を持ち、数量を量ることなどが苦手だという。

「私はもともとプログラミングとか一切やってこなかったし、苦手だと思っていました。ただ、課題を自分で見つけてその解決策を探るというのは、大学で学び、自分も好きだった考古学に似ているように思えました。分からないことは山本さんのような経験者の方に聞いたりして、今はPythonでプログラムを組む練習をしています」

左が澤田さん、右が山本さん

澤田さんはバンクーバーへの留学時に自立した生活をしたいと強く思ったという。「だからこそ、会社員になって働きたい。働いて1人暮らしをしたい」と目を輝かせる。「青野さんは、面白い人。自分の失敗談も話してくれて、距離を近づけてくれる。こうやって人とコミュニケーションしてもいいんだってお手本になる。茅原さんは、とにかく熱い人。2人と向き合っていると自分も前向きな気持ちになれます」

数日間のインターンシップでは得られない関係性が生まれ、その関係性が学生たちの成長を促していく。「あなたは1人ではない、私たちが全力で支える」という思いを青野と茅原が行動で示すことで、彼ら一人ひとりに変化を与え始めている。2人が目指す「当たり前の世界」は地平線上の遠くから、視界へと入ってきた。

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