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EBPMの留意事項とは?

特集 EBPM(エビデンスに基づく政策立案)

行政では、その特異性により「EBPM(エビデンスに基づく政策立案)」をモデル通りに行うことが難しい場合があります。本記事では、EBPMを行政で行う際に参考となる留意事項について解説します。

1. EBPMの定義

本記事では、行政においてEBPM(エビデンスに基づく政策立案)を導入する際の留意事項について解説します。なお、EBPMが何かについては前章をご参照ください。

【関連記事】
特集 EBPM(エビデンスに基づく政策立案) ①EBPMとは?

2. EBPMの留意事項

EBPMを導入する際の留意事項としては、以下の事項が挙げられます。

(1)「はじめに事業ありき」の発想から脱却すること
(2)「行政の無謬性」に固執しないこと
(3)「原因」と「結果」の関係性を慎重に整理すること
(4)「アウトカム」や「インパクト」まで見据えること
(5)エビデンスが存在しない場合は実践を通じて蓄積すること
(6)ナッジを活用すること

(1)「はじめに事業ありき」の発想から脱却すること

行政の現場の実情として、政治判断等で事業の実施が確定事項となっており、その事業の必要性は後付けで整理されるようなケースも多く見受けられます。このような「はじめに事業ありき」の発想では、本来目的達成の「手段」である事業を行うこと自体が「目的」と化し、事業の事後評価や見直しが形骸化することにつながります。

EBPMでは、客観的なエビデンスに基づき政策の必要性を分析検討したのち、政策目的を達成する手段として事業を決定する、というプロセスをたどります。限られた行政資源を活用するうえでは、政治判断、前例踏襲などによらず、達成すべき政策目的のために真に有効な手段として事業を決定することが望まれます。

(2)「行政の無謬性」に固執しないこと

行政を取り巻く環境として、「行政の無謬性」の意識が社会に根強く浸透していることが挙げられます。このような環境下では、行政主体は、住民等の利害関係者から行政の失敗について批判を受けないように行動してしまいます。例として、政策立案・実施の場面では、次の図のような「行政の無謬性」を意識した行動がとられやすくなります。
 


EBPMではロジックモデルを使用した仮説設定に基づき政策立案を行い、必要に応じて仮説自体の見直しを行うことが前提となっています。他方、「行政の無謬性」が強く意識された環境下では、「仮説設定自体間違っていない」ことを前提に事業が進められ、本来見直しを行うべき課題が見直されないまま、EBPMが形骸化するおそれがあります。

この点、まずはEBPMの概念を理解・浸透させ、行政主体及び利害関係者双方の理解を深めることが重要です。批判を避けて抽象的な政策しか立案・実行しないのではなく、ロジックモデルに基づき、政策の必要性、解決手段としての事業の適合性、事後評価の手法や結果等について根拠をもって明確に説明を行うことで、無用な批判を避け前向きな議論を促すことに注力することが望まれます。

 

(3)「原因」と「結果」の関係性を慎重に整理すること

ロジックモデルを使用した仮説設定において、「原因」と「結果」の関係性(因果関係)を適切に整理することが重要です。類似の概念として「相関関係」がありますが、相関関係は要素同士が互いに関係しあっていることを指す概念であり、同一の概念ではない点について留意が必要です。


政策立案の現場では、相関関係と因果関係を混同していたり、因果を逆に捉えていたりするなどの例が見受けられます。例えば「PRポスター掲示場所の増加により、公共スポーツ施設への来館者数が増加した」というケースの場合、両者の相関関係は認められうるものの、因果関係とまでは言い切れないものといえます。施設への来館者数増加の要素として、他の広報手段も拡充していなかったか、公共交通機関等アクセス手段に変化はなかったか、公共施設内の設備更新やイベントの開催内容などに変化がなかったか、健康意識の向上につながる社会環境の変化がなかったかなど、様々な要素が考えられ、いずれが来館者数の増加の主要因であるかが判別できないためです。

因果関係が適切に把握されなければ、本来は効果がない政策について「政策効果あり」と結論付けてしまい、行政資源が無益に費消されることにつながります。他方、上述の通り、一つの政策をとっても相関関係になり得る要素は多く、慎重な見極めが必要となります。因果関係の見極めに関しては、RCT(ランダム化比較試験)等のデータ分析の手法を活用するなどが有用です。

(4)「アウトカム」や「インパクト」まで見据えること

前段の例を用いてロジックモデルを整理すると、次の図のイメージとなります(便宜上、矢印で示される要素間の因果関係は成立しているものとします)。前段では「原因」として「ポスター掲示場所の増加」、「結果」として「公共施設スポーツ施設への来館者数」という例を示しましたが、来館者数自体は行政主体が直接的にコントロール不可能な成果(アウトカム)といえます。また、行政主体にとっては来館者数の増加はあくまで中間的な成果であり、最終成果(インパクト)としては住民の健康指標の向上など、より高次元の目標達成が想定されているものと考えられます。

行政主体としてはこれらの直接的にコントロール不可能なアウトカム、インパクトまで想定し、政策立案を行うことが必要です。なお、繰り返しになりますが、例示のモデルは便宜上因果関係が成立しているものとしていますが、現実の政策立案の場面ではこの因果関係の整理自体が難航することが想定されます。特にアウトカム、インパクトと高次になるほど、より多くの相関関係となり得る要素が想定され、そのなかから特に重要な因果関係を識別するまでには、相当な手間と時間を要することが予想されます。事業開始当初から「間違いのない」ロジックモデルを整理することは非現実的であり、「行政の無謬性」に固執せず、繰り返し見直しを行っていくことが重要である点、改めてご留意ください。

(5)エビデンスが存在しない場合は実践を通じて蓄積すること

EBPMはエビデンスに基づく政策立案ですが、実務においてはエビデンスが存在しない状態で政策を行わなければならない場合も想定されます。そのような場合には、政策を小規模で開始し、政策の実践を通じてエビデンスを蓄積していくことになります。

出典:小倉將信『EBPMとは何か』中央公論事業出版、2020,p.87-109を参考に筆者作成

(6)ナッジを活用すること

ナッジ(nudge)とは「肘でつつく」という意味で、行動経済学を利用することにより強制することなく人々を望ましい行動に誘導するアプローチのことを指します。ナッジの具体例としてレジ前の足跡マークが挙げられます。私たちは「こちらに並んでお待ちください」と言われたわけではないのに、なんとなくその足跡に合わせて立ち止まり、自然に整列してレジを待っています。このように、人々の行動性質から自発的に行動することを促すために、肘でコツンとつつくように少しだけ工夫をするのがナッジです。

それではEBPMとナッジが組み合わさるとどのような効果が期待されるのでしょうか。ナッジには、比較的短期間で費用をおさえて臨機応変に実行できるという強みがあります。(5)に記載のようにEBPMに必要なエビデンスがない場合には多大な時間や予算をかけて効果検証を行いながらエビデンスを創出していく必要がありますが、ナッジによればそのコストを抑えることができます。またすでに取り組みを開始している政策であっても、運用レベルでナッジを取り入れることが可能であるため、政策の建付けを大幅に変える必要もありません。このようにナッジを活用することでEBPMのハードルを下げることが期待されます。

自治体におけるナッジ導入の事例としては、健康診断やがん検診の受診勧奨への活用があります。定期的な受診により住民の健康維持、医療費抑制が期待されるため、受診率向上は自治体にとって重要な目標であり、その目標を達成するために受診勧奨を効率的かつ効果的に実施する必要があります。

厚生労働省では、ナッジ理論に基づく受診率向上施策の好事例を集めたハンドブックを公開しています。例えば、東京都八王子市の事例では、「得る喜びよりも、失う痛みを回避しようとする」人の性質を踏まえた施策として、「検診に継続していかないと、これまで無料でもらえていた検査キットがもらえなくなる」という通知を出すことにより、受診率向上につなげています。このように、自発的な行動を促すようなナッジ理論の活用により、ロジックの立案・実施・効果検証というEBPMの一連の流れが比較的容易に実践可能となります。

出典:厚生労働省「受診率向上施策ハンドブック(第2版)」(外部サイト)

以上

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