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DEI時代のコミュニケーション戦略

変革が迫られるコミュニケーション戦略とリスク管理の在り方

近年、企業の情報発信の必要性はますます高まっている。対外的な情報発信には保守的な態度をとってきた金融機関も発信に力を入れようとしている。しかし、DEI(多様性・公平性・包摂性)が重視されるようになった現在、配慮に欠けた発信によって経営者が謝罪や辞任に追い込まれる「炎上」リスクを無視できなくなっている。本稿では、危機管理広報の観点から金融機関に求められる情報発信の在り方について考察する。(週刊金融財政事情 2024.12.17掲載記事)

I. 情報の円滑な伝達には顧客との信頼関係が重要

2023年3月、米国のシリコンバレー銀行(SVB)が経営破綻した。報道によると、一部のファンド等がSVBから資金を引き揚げるよう顧客に助言し、それらの情報がSNSで一気に拡散したことで預金の取り付け騒ぎに至ったという。SVBの場合、顧客の大半がスタートアップやベンチャーキャピタルなどの法人に偏っていたことなど特有の事情を差し引いて考える必要がある。しかしながら、SNSにおける情報拡散のスピードや影響力は、他の金融機関も軽視できるものではない。かつて預金取り付けといえば、銀行の店頭に預金者が殺到するものであった。しかし、昨今の金融取引のデジタル化により、パソコンやスマートフォンで預金を移動できる手軽さが預金流出を加速させた。こうしたデジタル化時代の預金取り付けは「デジタル・バンクラン」と呼ばれ、日本の金融機関にとっても対岸の火事ではなくなっている。

誤った情報拡散に対して、企業ができることの一つは、公式情報を発信することだ。ただし、SVBのケースでは、SVBが資本増強策を公表した後にSNSの騒動が発生した。SVBとしては顧客らに安心材料を提供する意図で情報公開したと思われるが、効果的に機能しなかったのだ。こうした公式情報に対してステークホルダーが意図した通りに反応するとは限らないし、かえって火に油を注ぐような結果になり得る。SVBの事例は、平時から顧客との信頼関係を構築するコミュニケーションが必要であることを示唆している。

II. 経営トップの意思と連動させた発信に

広報活動とは、企業がメッセージを発信し、それを受け取ったステークホルダーの行動や意識の変容を促すものである。企業が意図する反応をステークホルダーから引き出すためには、メッセージの首尾一貫性が極めて重要だ。世界的に著名な複数の多国籍企業においてコーポレートコミュニケーションがどのように機能しているかを調査した研究iによると、コミュニケーションを担う部署や担当者はCEO(最高経営責任者)の直下に置かれていることが多い。組織の中枢にコミュニケーション機能を設置することで、意思決定と連動した一貫性のあるコミュニケーションを実現できるからだ。もとより経営の考えを現場に浸透させることは容易ではない。経営トップの思いと社内外への発信情報が一致するようにコミュニケーションの工夫を凝らすことは、戦略の推進に有効だといえる。

しかし、多くの日本企業ではコミュニケーション機能は経営の中枢から外れがちだ。広報部は、恒例行事等のプレスリリースで手いっぱいというケースも少なくない。デジタル化、少子高齢化、ESGの推進など、新たな課題に向けて経営戦略の見直しや転換が図られる今こそ、金融機関は顧客や社会とのコミュニケーションをよりいっそう重視する方向にかじを切るべきではないだろうか。コミュニケーションの手段は、広告やプレスリリースだけではない。組織のトップによる社内外での言動をはじめ、事業や組織の実態そのものがメッセージとして機能し得る。例えば、「多様性の尊重」をうたいながら、組織の重役を男性ばかりが占めていれば、ステークホルダーの共感や納得を得るのは難しい。自社のミッションを遂行するためには、誰に何を伝えるべきか、いかなる手段がメッセージの伝達に効果的かというコミュニケーション戦略も事業戦略の一環として実行していくことが肝要だ。

III. 平時でも有事でも必要な「一貫性」

企業が発信すべき情報は、ポジティブな情報に限らない。ネガティブな情報の取り扱いは、企業イメージに大きく影響する。米国のアパレル企業が小売企業で初めて社会的責任に関するレポートを発表した際、労働者の人権などに関する問題点も公にしたことで、一部メディアはこの企業の実態を批判した。だが、問題を包み隠さず公表して改善に努めようとする真摯な姿勢が人権や環境保護の関連団体などから称賛され、他社の開示姿勢にも影響を与えた。ii 仮に経営改革が思いどおり進捗していない場合、それを公にすれば経営手腕を批判される可能性はあるだろう。もちろん情報発信を控えるのは一つの手段だ。ただ、勇気をもってネガティブな状況を率直に開示すれば、応援してくれるステークホルダーが増え、それを追い風に目標に近づける可能性もあることをこのアパレル企業の事例は示した。

不正や不祥事が発覚した直後に別の不適切な事案が発見された場合も、すぐに公表するか、ある程度調査のメドがついてから開示するかという選択を迫られる。新たな不祥事を公表すれば、傷付いた企業イメージはさらにダメージを受けるだろう。一方、公表を先延ばしにしていることがメディアに露呈すれば「問題を隠蔽した」として、レピュテーションをさらに大きく毀損することになる。ネガティブな情報を「開示しない」という選択肢をとる場合、ステークホルダーの協力を得るチャンスを逃すリスクや、事態が悪化するリスクがあることを考慮しなければならない。緊急時に情報を積極的に開示するか否かの方針は、平時に検討し定めておくべきだ。方針を定めないまま危機に直面すると、対応が迷走する。社内の議論が紛糾し、時間だけが過ぎた結果、対応が後手に回ったり、ステークホルダーに不誠実な印象を与えて信頼回復が困難になったりする。平時でも有事でも一貫した情報発信ができるように体制を整えておくことが望ましい。

IV. 「正解」がないDEI時代の発信

情報発信の重要性が増す一方で、いわゆる「炎上」が生じるリスクも高まっている。DEIの価値観は社会に浸透し始めており、多様性への配慮に欠けた言動は企業のレピュテーションを毀損する。広告や対外発表資料の内容はもとより、経営層や管理職の言動も批判の対象になる。意図せずとも結果的に相手を傷つける「マイクロアグレッション」(無意識の差別)は、注意しておくに越したことはないだろう。例えば、相手を励ましたり、褒めたりするつもりで「男性なんだからもっとできるはず」「女性なのに素晴らしい」などと伝えれば、性差別的な意識があると見なされ、聞き手を不快にさせる可能性がある。公の場における言動だけでなく内輪向けの発言もSNS等で拡散する恐れがあり、油断ならない。バックグラウンドや世代が異なる人々に、自分の言葉がどのように受け止められるのかを検証する機会を持てるとよいだろう。また、取引先が発信するメッセージにも注意を払う必要がある。ESGへの意識の高まりも背景に、企業にはサードパーティーを適切に選定し、管理することが求められている。企業トップの不適切な言動などが明らかになった際、当該企業に加え、取引をしていた企業にも消費者やメディアからの批判が寄せられる事例が相次いでいる。各企業は、慌てて取引先の状況把握や契約の見直しに奔走しているが、応急措置的な対応であり、理想的な対応とは言い難い。本来であれば、契約の開始前や契約開始後に適宜、取引先の状況を確認し、自社の価値観と相容れない状態ならば、取引先に是正を要求して問題解決を図るべきだ。

DEIの観点から、企業がジェンダー平等を訴える広告やマーケティング活動を展開したり、LGBTの権利擁護を支援するイベントに協賛したりする事例も増えている。しかし、これらの活動へ反対の立場を取る人々もおり、米国では、不買運動や販売の妨害活動も発生している。広告や商品を取り下げ、支援規模を縮小した企業もあれば、毅然と対応し、支援を継続した企業もある。絶対的な正解はなく、各企業が自らの理念や信念とステークホルダーとの関係などを考慮し、適切な対応策を検討する必要がある。自社の価値観や行動原則の共通認識を組織内で醸成していれば答えを導きやすいだろう。

V. 法の趣旨までくみ取り関連法令の理解を

リスク回避のため、関連法令の変化は理解しておくべきだ。まず、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」に基づき、ビジネスと人権の考え方が浸透してきている。日本政府も「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定し、企業に対して人権尊重に取り組むよう促している。このほか「改正労働施策総合推進法」(パワハラ防止法)では、事業主がパワハラの防止対策を講じることが義務となっている。パワハラは、上司が部下に精神的な攻撃を行うものだけでなく、性的指向や性自認に関する嫌がらせ行為も含まれることが明確化された。性的指向や性自認に関する侮辱的な言動は「SOGIハラ」(ソギハラ)iiiと呼ばれ、本人の同意なく性的指向などを第三者に暴露する「アウティング」もハラスメントに該当する。また、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」(LGBT理解増進法)により、LGBTの理解浸透、就業環境の整備、相談機会の確保が事業主の努力義務とされている。さらに、「改正障害者差別解消法」では、これまで努力義務だった「障害者への合理的配慮の提供」が事業者の義務になった。このように、多様性を尊重する社会に向けて法令も変化している。法令順守にとどまらず、法の趣旨をくみ取った積極的な対応がステークホルダーから求められるだろう。

VI. 広報戦略の策定には他者の目線を意識せよ

それでは、具体的にどのように情報発信を強化できるのだろうか。対応すべき事項をステップに分けて説明する。


Step1(棚卸し)

まずは、自社の広報活動の棚卸しを行う。必要不可欠でないのに惰性で公表しているようなものはないか。新たな取り組みとして行ったものや、評判の良かったものはどれか。こうした観点から、過去に発信した情報を性質ごとに分類する。そうすると、社外から見える自社の現状が浮き彫りになるだろう。

Step2(ギャップ分析)

目指す姿と現在の差異を分析する。会社が目指すものやステークホルダーに伝えるべきことを明確にした上で、それがどれほど伝わっているか、伝わっていないのならばなぜそうなのかを分析し、対処すべき課題を洗い出していく。目指すべき姿を特定するには、経営陣とコミュニケーション(広報)の担当者らが議論を重ねる必要がある。定期的な議論の場の設定や、指揮系統の変更なども効果的だ。

Step3(体制整備)

情報発信を円滑に行い意図せぬ炎上等を防ぐため、公表基準やマニュアルを整備する。このようなツールがないと、人事異動で広報担当者が変わるたびに判断がぶれ、混乱する原因となる。また、対外発表前の審査体制を構築しておくことも重要だ。公表内容のチェックは、複数人で行う体制を組む。審査に携わるのが同質性の高いメンバーに限られていたり、自由な意見交換が難しい雰囲気だったりすれば、審査の実効性を確保できないため、多様性のあるメンバー構成で審査を行う。また、予期せぬ騒動に備えて、SNSやメディアモニタリングを実施し、判断に迷った場合に相談できる専門家とのリレーションを構築しておくことも有効だ。さらに、トレンドを学ぶ勉強会や記者会見トレーニングなどの機会も設けることが望ましい。

Step4(情報発信)

体制が整ったら情報発信を活性化していく。ステークホルダーにどのように行動してほしいのかという目的を定め、目的達成に最適な手段を検討する。発信したい情報が増えると、一貫性の維持が難しくなる。広報担当者は、各メッセージの間に矛盾が生じていないか、情報発信の順序は適切か、クオリティーは担保されているかなど全体の統制に細心の注意を払うべきだ。

このように体制を整備していても、炎上に巻き込まれることはある。炎上状態になった場合、取り得る手段は大きく三つある。まず、明らかに自社に非がある場合は速やかに謝罪するべきだ。自社の対応が不適切だった場合には、不快な思いをさせたことなどを詫びるとともに、なぜそのような対応になってしまったのか、なぜ事前に防ぐことができなかったのかという原因を究明した上で再発防止策を講じる。初動対応が遅れれば、その点も批判されるだろう。ただし、対応を焦るあまり、謝罪文が誤字脱字だらけになったり、謝罪すべき相手を見誤ったりしないよう慎重を期すべきだ。次に、自社の対応は適切だったにもかかわらず炎上した場合、静観か情報発信するかの二択となる。例えば、自社としては誠実かつ適切に対応したものの、対応に不満を抱いた顧客がSNSに経緯を投稿して炎上したケースはどう対応すべきか。事実と異なる情報が拡散しているか、他の顧客に迷惑が生じているか、自社の対応に改善の余地があるかなどの観点から総合的に検討し、静観するか否かを検討する。SNSの投稿者に連絡して投稿内容の削除を要請することもあるが、企業と投稿者の個別のやり取りが表沙汰になり新たな火種となるケースも散見される。自社の非は素直に認め、偽情報には毅然と対応するような公式メッセージの発信が望ましい。

ウォーレン・バフェットの言葉に「信用を築くには20年かかるが、それを失うのは5分」というものがある。SNSの発展で、この言葉の現実味が増しているばかりか、信用を失うまでの時間はどんどん短くなっている。世界の名だたる企業や有名ブランドもSNSの炎上に巻き込まれているように、発信した情報が企業の思惑どおりに社会に受け止められるとは限らない。とりわけ金融業界は、正しいことをして当たり前、不適切なことがあれば他の業界以上に批判される傾向があり、情報発信には引き続き慎重であるべきだ。しかし、慎重であることと、何もしないことは同義ではない。激しく変化する現代に適応し、さらなる飛躍を目指すためには、さまざまな配慮をしながら戦略の策定・実行と一貫したコミュニケーションが求められよう。

i ポール・A・アルジェンティ、ジャニス・フォアマン、企業評価レビュー” How Corporate Communication Influences Strategy Implementation, Reputation and the Corporate Brand: An Exploratory Qualitative Study”
ii パトリック・M・ライト、コーネル大学産業労働関係学部高度人材研究センター、ワーキングペーパー“Corporate Social Responsibility at Gap: An Interview with Eva Sage-Gavin,”(06年)
iii SOGI=Sexual Orientation Gender Identity

※本文中の意見や見解に関わる部分は私見であることをお断りする。

 

執筆者

デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社
フォレンジック & クライシスマネジメントサービス 
パートナー 中島 祐輔
マネジャー 阿部 麻実

 

週刊金融財政事情(2024.12.17掲載)
※上記の社名・役職・内容等は、掲載日時点のものとなります。

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