最新動向/市場予測

デカップリングの可能性:日米の金融政策

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.100

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎

日本銀行による金融政策正常化への地ならしが進んでいる。日銀は10月の金融政策決定会合で、イールドカーブ・コントロール(YCC)をさらに緩和して1%超の長期金利を容認する決定をした。会合後の声明文では「今後の情勢変化に応じて、金融市場で円滑な長期金利形成が行われるよう、長短金利操作の運用において、柔軟性を高めておくことが適当である」とされ、植田総裁は会合後の記者会見において、YCCの「副作用」にも言及している。YCCの継続が今後の金融政策の自由度を狭めうることと、金融機関や機関投資家の資金収益を抑制するという悪影響とを、日銀が強く意識していることがうかがわれる。

実体経済においては、インフレ率が引き続き高水準を保っている。10月時点で、生鮮食品を除く総合消費者物価(コアCPI)の伸び率は前年比2.9%と、エネルギー価格の安定化を背景に徐々に低下しているが、生鮮食品およびエネルギーを除く総合CPI(コアコアCPI)は同4.0%と引き続き高水準にある。コアコアCPI上昇率が高水準にあることは、エネルギーなどの短期的価格変動の影響を受けない本来的なインフレ圧力が依然強い可能性を示唆している。

これらの観点から当方では、来年の春に日本銀行がマイナス金利政策を解除するとの見通しを維持する。賃上げの継続や経済全体の需給の引き締まりによって、日本経済にはインフレ圧力が持続的にかかる状態が続こう。CPI上昇率、GDPデフレーター、需給ギャップ、単位労働コストを基準にした政府による「デフレからの脱却」宣言も2024年には可能であろう。日本銀行は依然、物価安定の目標の持続的・安定的な実現に向けて金融緩和を「粘り強く」継続するとのスタンスを維持している。しかし、10月の「経済・物価情勢の展望」レポートによれば、来年2024年度のコアコアCPI上昇率の政策委員見通し中央値が+1.9%と、7月時点よりも+0.2%ポイント上昇したことは、政策委員も持続的なインフレ実現の蓋然性の認識を高めていることを示唆している。

他方、上記の見方に対するリスク要因もある。まず、短期的な経済回復にやや息切れ感が見えることである。7-9月期のGDP成長率は予想を上回るマイナスとなった。家計消費が2四半期連続の前期比マイナス成長になっていることは、インフレの影響が家計消費を抑制している可能性を示唆している。またこの結果、4-6月期に需要超過に転じたGDPギャップが再び小幅に需要不足になっている可能性が高い。しかし、今回のマイナス成長には在庫投資による押し下げなど一時要因とみられるものもあるため、景気回復の基調は不変とみる。次に、実質賃金の伸び率が依然マイナス圏にとどまっていることである。2023年の春闘では大企業・中小企業ともに前年比3%を超える賃上げが実現したにもかかわらず、厚生労働省の9月時点の統計による名目賃金の伸び(きまって支給する給与)は前年比0.9%にとどまっており、結果として実質賃金の伸びは同-2.6%のマイナス圏にある。しかし、毎月勤労統計はその統計の方法の影響もあり、実態よりも低めに出ている可能性がある。様々な企業サーベイの結果からは、企業は人材確保やウェルビーイングの観点から当面の間は賃上げを継続するであろうことが示唆されていることから、実質賃金の伸びのマイナス幅が着実に縮小する方向は間違いないであろう。

なお、米国では、FRBは11月のFOMCで2会合続けて追加利上げを見送った。実体経済面では、ストの影響もあって雇用など足元の経済指標に軟化がみられる。これらは、利上げの影響で来年にかけて米国経済が大幅減速するとの当方見通しに沿ったもので、当方は米国経済の大幅減速見通し、および来年半ばにFRBが利下げに転じるとの見通しを維持する。日米の金融政策がかかる軌道をたどるとすれば、来年には、日本では金融引き締め、米国では金融緩和という、いわば金融政策のデカップリング状態が示現することになる。現実には米国経済減速の日本への影響などの波及も考えられるため、日米金融政策が完全に反対方向に動くとは限らない。しかし、日米欧英という先進国の中では唯一日本がこれまで金融緩和政策を維持してきた経緯からは、正常化のサイクルについても他の先進国とのデカップリングの可能性は十分にあると考えられる。これが為替市場に与える影響等については留意が必要であろう。現在は日米金利差で円安傾向が続いているが、来年にかけては徐々に円高方向への転換が見込まれる。

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ マネージングディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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