最新動向/市場予測

複合要因に留意:欧米の金融政策と実体経済

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.103

リスクの概観(トレンド&トピックス)

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎

当方では、米国連邦準備制度理事会(FRB)やユーロ圏の欧州中央銀行(ECB)のいずれもが、今後利上げ効果による景気減速が顕在化することを背景に今年半ばまでに利下げに転じると見ている。利上げによる影響は、すでに商業用不動産ローンや住宅ローンなど一部の貸出の縮小や延滞増加にも表れている。一般事業会社も、ゼロ金利時代に拡大した資金調達を高金利下では見送り、事業拡大を一旦減速させる可能性がある。銀行の貸出条件は、コロナ支援融資による緩和の反動もあり、厳格化されている。利上げの影響は少なくとも一部セクターでは波及しつつあるようだ。

他方、上記の見通しに対して利下げ時期が後倒しになる可能性を示唆する要因が出てきている。まず、FRB議長やECB総裁は一連の利上げを停止したのち、市場の早期利下げ期待をけん制する趣旨の発言を行っている。これらは市場の将来インフレ期待を低位に抑制するためのアナウンスメント効果を狙ったものともいえるが、実際に利下げ実施の条件と考えられる経済減速やインフレ率の更なる低下が確実視される状況にないことも確かである。米国の実体経済は、生産・消費・雇用のいずれの面でも依然好調である。インフレ率は欧米ともに低下してはいるが、中東地政学要因によるサプライチェーンの寸断など、今後インフレ率は再び上昇するリスクを孕んでいる。インフレ・実体経済・金融政策のいわば転換期に当たる2024年は、上方・下方のリスク要因が交錯する時期になる可能性がある。

こうした転換点を的確に見極めるためには、金融システムや実体経済の状況に加え、政治対立や戦争など外部要因のほか各国の国内要因にも目を配る必要があろう。たとえば、米国の商業不動産貸出に対する懸念である。不動産事業は金利上昇の影響を受けやすく、また最近では一部の日米欧の銀行の株価が不動産貸出の与信費用懸念から急落するなどの事態も起きている。ただ、米国では商業用不動産貸出は主に中堅・中小銀行が担っており、他方大手銀行の経営は依然健全であることから、商業用不動産問題が単独で経済危機や金融システム危機を引き起こす可能性は低い。しかし、金利上昇による実体経済の悪化、住宅ローン・消費者ローンの不良債権化や事業貸出の延滞増加、欧州の銀行資産悪化、好調な株価の反落など、複数の要因がこれに重なったときには金融危機を引き起こしうる。

過去の金融危機は、設備投資、株価の上昇、住宅ローンの拡大等の過大なバブルが、金利引き上げを一つのトリガーとして崩壊することによって生じたケースが多い。現在のグローバルな経済・金融市場には(好調な米株がかなり買われ過ぎ水準にあることを除き)さほどバブルの要素はなく、金融引き締め策による景気抑制効果も適度なペースで示現している状況である。かかる環境下では、単独要因の影響は大きくはなくとも、複数の要因の同時発生で経済や金融市場が悪化するリスクを注視する必要があるだろう。

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター マネージングディレクター

リスク管理戦略センターのマネージングディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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