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正常化への第一歩:日本銀行マイナス金利解除
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.104
リスクの概観(トレンド&トピックス)
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎
日本銀行は、3月19日の金融政策決定会合で、マイナス政策の解除とイールドカーブ・コントロール(YCC)の撤廃を決定した。このタイミングでの決定は、4月の解除を見込んでいた当方の予想よりもやや早いものの、今後2%の物価上昇が安定的・持続的に見通せることになったことに伴う金融政策の正常化の第一歩を今春中に踏み出したという意味で当方の見通しに沿ったものである。
賃金上昇を伴う形での物価安定の持続的・安定的な実現を見通してみよう。まず、今年の春闘における賃上げ率は昨年を大幅に上回るペースでスタートしている。日本労働組合総連合会の3月15日時点集計によれば、全体が5%台、うち中小企業が4%台の賃上げ回答をしている。3月上旬の春闘スタート時点では、賃上げ要求を上回る回答を示した企業もあり、今後の回答がこの水準を維持できるとは限らない。しかし今年の賃上げ率が当初見込んでいた水準よりも大幅に上振れして着地することは確実であり、結果今年は、インフレ率を上回る賃金上昇による実質賃金の伸びのプラス転化を見込む。
図表1 春闘における賃上げ率の推移
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一方インフレ率は、生鮮食品を除く総合消費者物価指数(コアCPI)が2月時点で前年比2.8%と物価安定の目標を再び上回った。足許の伸び率の拡大は電気・ガス料金抑制策の一巡の影響が大きく、当方では今後伸び率の低減を見込んでいる。しかし、賃金や原材料を含む生産コストの価格転嫁が今後も進むであろうこと、また経済全体で日本経済のマイナス需給ギャップがまもなく解消して需要超過になるであろうことから、概ね2%の持続的な物価上昇は実現できるだろう(図表2)。デフレ状態から脱却して日本銀行が今後徐々に金融政策を正常化する素地は整ったといえる。
図表2 日本の需給ギャップとインフレ率
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他方、このままデフレ状態を安定的に脱却できるシナリオには下方リスクもある。3%を超える賃上げはすでに昨年時点で実現しており、また日経平均株価が史上最高値を更新しているにもかかわらず、消費者はこれらを「実感なき」賃上げや株高と見ていることも事実である。内閣府の景気ウォッチャー調査や消費者態度指数などの街角景気や消費者センチメントを表す指数は、2020年のコロナ拡大や2022年の物価急上昇による大幅悪化からは回復しているものの、コロナ前のアベノミクスによる好景況感の水準には回復していない。ここで日本銀行が必要以上に早いペースで金融引き締めを行うと、日本が再びデフレに回帰するリスクなしとはしない。日本銀行も3月の決定会合後の声明文で、当面の間緩和的な金融環境を維持すると述べている。当方では、金融政策の正常化は慎重なペースで実施されると見込み、日銀は賃上げ状況や個人消費の動向を見極めつつ、来年にかけて次の利上げ時期を探ると見ておきたい。
今後の金融市場については概ね従前の見方を維持する。長期金利については、YCC撤廃後の日本の長期金利の均衡水準を当方では約1%と見ている。今後長期金利はこの水準に向けて徐々に上昇基調をたどるとみる。為替市場は主に米国のFRBの金融政策に依存するものであるが、当方では今年の半ばにFRBが利下げに転じるとみており、今後その期待が高まることで為替は円高方向に転換するとみる。
執筆者
勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター マネージングディレクター
リスク管理戦略センターのマネージングディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る