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最新動向/市場予測
ハードランディング論再び?:米国経済を巡るリスクの点検
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.109
リスクの概観(トレンド&トピックス)
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
廣島 鉄也
7月末から8月の初めにかけて、グローバル市場が極めて大きな変動を示した。米国では、景気減速への警戒感がくすぶっているところに、弱めの製造業の活動指標や雇用統計が続いたことで、一気に景気後退懸念が強まった。また、日本銀行が7月の金融政策決定会合で短期金利を0.25%に引き上げると同時に、物価の上振れリスクへの言及や、経済物価が見通し通りに推移すれば金利のさらなる引き上げを行うとの情報発信をし、為替相場の急変動、投資家のポジション調整につながった。この内、一連の米国の経済指標は、弱めではあったものの、非連続的に景気が落ち込むことを示唆するものではなかった。また日本銀行の情報発信は、その後、「金融資本市場の急激な変動が見られるもとで、極めて緩和的な金融環境によって、経済を支えていく」とのトーンに転換した。これらを受け、市場は比較的短期間で、一定の落ち着きを取り戻したように見える。
連邦準備制度理事会(FRB)が2022年の春から急速な利上げを実施して以降、繰り返し唱えられてきた米国経済のハードランディング論は、その後、実績として、良好な雇用環境と堅調な個人消費が続く下で、次第に勢いを失っていった。しかしながら、金利が高めの状態が一定期間続いてきたこともあり、再び、累積的な利上げの効果がどこかで非連続的に出るのではないかといった議論が意識されやすくなっている。この点に関しては、足元までの経済指標や、企業や家計のバランスシートが平均的には過去に比べて悪化している訳ではないといったことを見る限り、景気のペースダウンはあくまでも緩やかなものに止まるというのがメインシナリオと言える。また、FRBも強調しているように、経済の下振れに対する政策対応余地はそれなりに大きいと考えられる。しかしながら、労働市場がじわじわと緩和方向の動きを示し、消費者が価格に敏感になっているといった情報も増える中、景気急減速への警戒感は払拭され難い。市場では神経質な状況が続くと考えられる。
このように、現状、米国経済の下振れリスクに関心が集中する下で、物価については低下トレンドを所与として市場の期待が形成されている。確かに、物価指標を住居関係や純粋なサービスなどに分解をすると、これまでに比べて、FRBが期待するような低下方向の動きが見られている。また、米国の労働市場では移民労働者の本格的な回復に伴い、労働需給が正常化に向かっており、インフレへの警戒感の低下につながっている。一方で、やや長い目で見た、インフレを巡る構図は、過去に比べて物価が上昇しやすくなっている可能性を示唆している。グローバル経済の分断や相次ぐ地政学リスクの顕現化は、企業が最適なサプライチェーンを構築することを難しくし、コストアップにつながっている。各国の国内政治・社会の分断は、どの勢力が優勢となっても財政に対して拡張的な力が及ぶことを意味する。さらには、主要国における高齢化の進展や、移民を抑制しようとする動きは、労働コストの上昇を招きやすい。
これらは、既に広く指摘されてはいるが、そこまで強くは意識されていないように見える。しかしながら、米国の大統領選挙を巡る今後の展開や、中東やウクライナなど地政学リスクに動向によっては、こうした要素が急速にクローズアップされ、市場が不意を突かれる可能性もある。今後の動向には、十分な注意を払いたい。
index
- ハードランディング論再び?:米国経済を巡るリスクの点検(廣島)
- 利上げは着実かつ慎重に:日本銀行の金融政策(勝藤)
- 暗号資産に関するプルーデンス規制の枠組み:自己資本規制と開示における取扱い(楠田)
リスク管理戦略センターの活動内容については、以下よりご覧ください
CRMSの専門家による著書、執筆記事、ナレッジなどを紹介します。
執筆者
廣島 鉄也/Tetsuya Hiroshima
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター マネージングディレクター
リスク管理戦略センターのマネージングディレクターとして、マクロ経済、地政学リスク、リスク管理高度化など、幅広いアドバイザリー業務を提供する。
日本銀行で、金融政策運営のほか、グローバル経済や内外の金融市場の調査、金融機関のモニタリングといった、幅広い政策関連業務に従事。国際部門の業務やIMFへの出向などを通じ、国際金融分野の仕事も多く経験。...さらに見る