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最新動向/市場予測
利上げは着実かつ慎重に:日本銀行の金融政策
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.109
マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎
日本銀行の、7月金融政策決定会合における利上げ決定(無担保コールレート(オーバーナイト物)の誘導目標を0.25%程度に引き上げ)は、10月追加利上げを予想していた当方にとってもサプライズであり、市場でも直後に株価急落や急激な円高の進行がみられた。しかし、当方では今後も日本銀行は1%程度の中立金利に向けて、着実にかつ慎重なペースで利上げを継続すると見る。次回の利上げは12月、その後は半年に1度程度のペースを予想する。このように考える背景は以下の通り、経済のファンダメンタルズやインフレ構造に照らして、日本経済はいま継続的な金利引き上げが十分に正当化されると考えるためである。
まず、利上げ決定直後の急激な金融市場の変動は一時的なものとみる。この市場変動の背景は、日本銀行の追加利上げについて市場が9月またはそれ以降の決定を予想していたこと、米国のパウエルFRB議長による9月利下げ示唆発言や一部の経済指標軟化から米国金利低下と経済悪化観測が市場に広がりつつあったこと、更にこれらがいわゆる円キャリートレードの巻き戻しを誘発したと考えられること、など複数の一時的要因が重なったことにある。現実には予想より早い日本の0.25%への利上げが日本経済や企業業績見通しに大きな影響を与えるものではない。米国経済指標の軟化も、これまでのやや過熱気味の経済拡大ペースがFRBの引き締め策によってソフトランディングに向かっていることを示唆するに過ぎない。円キャリートレードの状況を示すとされるシカゴマーカンタイル取引所のIMM通貨先物の建玉も既に円ロングに転じており、一旦キャリートレードは概ね解消したことになる。実際金融市場は、内田日本銀行副総裁の発言もあって一定の落ち着きを取り戻した。
次に、経済ファンダメンタルズ視点に立ち戻ると、日本経済は循環的にはまもなく需要超過の経済状態になることが見込まれる。日本の実質GDP成長率は1-3月期のマイナス成長から想定通りに回復して4-6月期は前期比年率3.1%のプラス成長となった。認証問題による自動車生産の停止という一時要因は想定通り剥落し、再び日本経済は堅調な成長ペースに回帰したといえる。1-3月期に-1.4%にまで拡大していた需給ギャップ(内閣府推計)は、4-6月期には-1%以内に縮小したとみられる。今後年末にかけて潜在成長率を上回る成長が続けば、年内にはマイナスの需給ギャップは徐々に解消していくことが見込まれる。
さらに、インフレ率についてはより構造的な変化が見られる。中期的な日本の需給ギャップとコアCPIインフレ率との関係を示すシンプルなフィリップス曲線を描いてみると、2021年を境に曲線が大幅に上昇シフトしている、つまり同じ需給ギャップの状態でも高いインフレ率が実現する構造に日本のインフレが変化したことを示唆している(図表)。この背景には日本の持続的物価上昇をもたらす構造的な要因があると考えられる。一つは企業の生産コスト価格転嫁の動きであり、もう一つは企業の賃上げの動きである。いずれもこれまでの日本の永い企業行動慣行からの構造的な変化であり、今後数年単位で継続すると考えられる。デロイトによる企業最高財務責任者(CFO)を対象とした意識調査では、コロナ危機以降「人材・労働力不足」が関心事の上位を占めているほか、各種企業サーベイでも人材確保のための賃上げを今後も継続する企業のスタンスが明瞭である。もちろん、2021年以降のインフレ率上昇には、原油価格上昇や円安という市場変動要因もあろう。しかし、原油価格は2022年半ばをピークに低下に転じたのちに現在は安定推移している。また、円安によるこれまでのインフレ率押上げ効果はインフレ要因の一部にとどまると当方では考えており、相対的には影響の大きい為替要因が剥落しても日本のフィリップス曲線が2021年以前の状態に戻る可能性は低そうだ。
図表:需給ギャップとコアCPIインフレ率[日本]
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こうして、日本の「脱デフレ」は、短期的な市場変動や景気循環に左右されない持続的なものと言うことができる。従って、日本銀行はもはや量的緩和やゼロ金利政策等の非伝統的金融緩和政策に依存する必要はなく、景気循環やインフレの状況に応じて短期金利を調節する伝統的金融政策でインフレをコントロールする体制に整斉とシフトできる局面にいる。需要と供給がほぼ均衡し、インフレ率が目標とする2%近辺で推移する現状では、いちはやく政策金利を中立水準にもどすことが理論的には得策であろう。もっともそのタイミングは、利上げによる景気や市場への想定以上の下方影響がないことを確認しつつ行う配慮も必要であろう。今後の利上げペースが着実かつ慎重に、となると見る所以である。
index
- ハードランディング論再び?:米国経済を巡るリスクの点検(廣島)
- 利上げは着実かつ慎重に:日本銀行の金融政策念(勝藤)
- 暗号資産に関するプルーデンス規制の枠組み:自己資本規制と開示における取扱い(楠田)
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執筆者
勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター マネージングディレクター
リスク管理戦略センターのマネージングディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。 2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同... さらに見る