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トランプ再選とハリス当選:米国の金融規制政策の行方

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.111

金融規制の動向(トレンド&トピックス)

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
ファイナンシャルサービシーズ
楠田 祥也 

2024年11月の米国大統領選挙の行方に注目が集まっている。仮にトランプ氏が再選した場合には、米国の金融規制政策の方針が大きく変更される可能性がある。米国では、2008年の金融危機以降、政権が交代するごとに金融規制強化と緩和が繰り返されてきた。オバマ政権では、金融危機の教訓を踏まえたドッド=フランク法が成立するなど、包括的な金融制度改革が実施された。しかし、その後のトランプ政権は経済成長の促進を重視し、同法の一部改正をはじめとした規制緩和を推進した。現在のバイデン政権では、2023年春に発生した一連の銀行破綻を受けて、再び金融規制を強化する動きが進んでいる。本稿では、トランプ前政権で実施された主な金融規制政策を振り返った上で、同氏が再選した場合の今後の規制緩和の可能性を検討する。

2017年1月に発足したトランプ政権は、中小銀行の規制緩和をはじめとした様々な金融規制の見直しを実施した(図表1)。まず、トランプ大統領は2017年2月に、金融規制の基本原則に関する大統領令に署名した。この大統領令は、7つの原則を提示した上で、財務長官に同原則に基づく既存の規制・規則等の見直しと報告を要請した。これを受けて、財務省は2017年6月、銀行規制の改革案を示す第1弾の報告書を公表した。具体的には、自己資本・流動性規制、ストレステスト、破綻処理計画、外国銀行規制、ボルカー・ルール等に関する幅広い規制の見直しが提言された。こうした大統領令を踏まえた規制改革の動きに加えて、米国議会では2017年6月に、金融選択法案が下院で可決された。同法案は、オバマ政権時代の2010年7月に成立したドッド=フランク法の諸規定(ボルカー・ルールを含む)の撤廃を目指すものであった。しかし、最終的には上院を通過せず、法案の成立には至らなかった。

その一方で、2018年5月には、経済成長・規制緩和・消費者保護法(EGRRCPA)が成立した。これは、ドッド=フランク法を一部改正するものであり、主に中小銀行の規制緩和が図られた。特に重要な改正内容は、厳格なプルーデンス(健全性)基準(EPS)が適用される銀行持株会社の閾値を連結総資産500億ドル以上から2,500億ドル以上に引き上げた上で、連結総資産1,000億ドルから2,500億ドルの銀行持株会社に対するEPS適用の裁量を連邦制度準備理事会(FRB)に与えたことである。こうした背景の下で、FRBは2019年10月に、テーラリング・ルールと呼ばれる最終規則を公表した。この規則は、EPSの対象となる連結総資産1,000億ドル以上の米国銀行・外国銀行をリスク・プロファイルに応じて4つのカテゴリーに分類した上で、カテゴリーに応じて厳しさの異なる自己資本・流動性規制等を課すプルーデンス枠組みを確立した。このように、EGRRCPAやFRB規則によって中堅銀行の規制負担軽減が実現したが、こうした制度変更は2024年春にシリコンバレー銀行等の破綻を招く一因になった。

また、トランプ政権下では、ドッド=フランク法の改正に加えて、ボルカー・ルール規則の一部緩和も行われた。ドッド=フランク法によって導入されたボルカー・ルールは、主に銀行による自己勘定取引を原則禁止し、ヘッジファンドやPEファンド等への出資を制限するものである。2013年12月には、金融規制当局(FRB・OCC・FDIC・SEC・CFTC)によって、ボルカー・ルールの施行規則が最終化された。しかし、同規則の要件は過度に複雑であり、銀行による規制遵守の負担が重いという課題があった。こうした中、同当局は、2018年5月にボルカー・ルール規則の簡素化を図る改正案のパブリックコメントを開始し、2019年10月に最終規則を公表した。この規則改正によって、自己勘定取引制限に関するコンプライアンス要件が簡素化され、銀行が許可される活動も明確化された。さらに、2020年6月には、ボルカー・ルール規則における規制対象ファンド(カバード・ファンド)に関する見直しを行う規則も最終化された。この規制緩和を通じて、銀行はベンチャーキャピタル・ファンドへの投資等が許可されることになった。

以上のように、トランプ前政権は、金融危機後のオバマ政権で導入された厳格な金融規制の一部緩和を推進し、とりわけ中小銀行に対する規制負担の軽減に取り組んだ。2024年の大統領選挙でトランプ氏が再選した場合には、こうした金融規制緩和の方針を維持する可能性が高いと考えられる。特に影響が大きいと予想される規制領域は、米国におけるバーゼルⅢ最終化の実施に関する国内ルールの策定であろう。FRB等の銀行規制当局は2023年7月に関連する規則案を公表したが、銀行業界は自己資本要件の強化に対して激しい反発を示してきた。その結果、足元では、当初案から大幅に緩和された規則案について、再度意見募集が行われる見込みとなっている。これに対して、英国・欧州等の他法域では、国内実施ルールの整備が概ね完了している。トランプ氏が再選した場合には、規則案の更なる緩和や撤廃、米国における実施時期の延期など、大手銀行の負担軽減を図る政策を推し進めると考えられる。米国でこうした規制緩和が実現した際には、他法域でも同様のルールの見直しが進む可能性もあろう。他方で、ハリス氏が当選した場合には、バイデン政権の方針を引き継ぎ、金融規制強化を継続するとみられる。例えば、米銀規制・監督の再強化(トランプ政権下で緩和されたEPS適用に関する閾値の見直しなど)や、破綻処理計画の対象拡大、ストレステストの見直しといった施策が想定される。こうした中、金融機関は、トランプ氏再選による規制緩和とハリス氏当選による規制強化の両シナリオを想定した上で、米国における今後の規制対応戦略を検討していくことが求められるだろう。

 

図表1 トランプ政権下で実施された主な金融規制政策

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執筆者

楠田 祥也/Shoya Kusuda
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
ファイナンシャルサービシーズ

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