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減速傾向が強まる欧州経済:景気低迷が続く可能性をどう見るか
リスクインテリジェンス メールマガジン vol.111
リスクの概観(トレンド&トピックス)
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
廣島 鉄也
欧州の景気が冴えない。本来、欧州経済のけん引役であるはずのドイツ経済は、主力の製造業の不振が長期化し、先行きに対する不安感が消費面にも影響を及ぼす姿となっている。また、コロナ禍からの経済再開の過程で、観光などサービス業の回復から欧州経済全体の下支え役となってきた南欧諸国でも、徐々に息切れ感で出てきたほか、フランスでパリ2024オリンピック特需がはく落したこともあって、弱めの動きが見え始めている。
物価を含む各種経済指標の下振れが目立つ中で、ECB(欧州中央銀行)は10月の政策理事会で、9月会合に続く連続利下げを決定した。これまで、ECBは多少景気に弱さが見られても、物価の粘着性(物価がなかなか下がりきらない可能性)に配慮して慎重に利下げを進めるスタンスであったが、そうは言っていられなくなったということだろう。世界経済は、米国経済が高めの成長を続け、中国経済の不振を打ち返す形となっていたが、この間、欧州経済が粘り腰で一定の成長速度を維持してきたことも、下支えに寄与してきた。その意味で、欧州経済の先行きは、世界経済全体を見る上で重要な要素だが、やや構造的に低迷が続く可能性がある点には注意を要する。
まず、ドイツ経済が低迷を続けるリスクがある。ドイツ政府は、2023年に続き、2024年もマイナス成長となるとの見通しを示している。背景の一つは中国経済の不振である。ドイツは政府、産業界共に長年にわたって中国との関係を深め、中国市場における強さが製造業の強さの一つの源泉となっていた。このため、中国経済が弱めの動きを続けていることや、自動車業界では、むしろ中国メーカーによる低価格攻勢を受けていることの影響が強く出ている。中国は潜在成長率が低下傾向にあるほか、先進国との通商、安全保障上の問題が山積しており、ドイツの対中依存度の高さはマイナス要素となってしまっている。また、エネルギーコストの上昇も大きな問題となっている。ドイツでは再生可能エネルギーのシェアが相応に高まっているが、その他のエネルギーの内、元々は安価で安定供給されるはずであったロシアからの天然ガスに頼れない状況となっている。これに伴うエネルギーコストの上昇や、エネルギー供給面の不安は、経済の下押し要素となっている。
もう一つは、ドイツを含む欧州全体として、次の成長エンジンが見つかっておらず、既存の産業の不振を他の産業がカバーして成長が加速する道筋が見えていないことである。欧州に関しては、規制の多さや労働市場の柔軟性の低さなど、経済のダイナミズムを抑制する要素が多いことが知られているが、近年、グローバルな環境変化の中で、一段と競争力が低下しているのではないかといった危機感が強まっている。去る9月9日、ECBの元総裁でイタリアの首相も務めたマリオ・ドラギ氏が作成した「欧州の競争力の未来」という題名の報告書が公表され、話題を呼んだ。この中では、欧州が米国や中国に比べて生産性の面で後れをとっていること、その背景に生成AIなどデジタル分野での大きな遅れがあること、欧州が議論をリードしてきた脱炭素化の分野でも、技術の事業化、大規模化などの面で問題を抱えていることを指摘。競争力強化のために8,000億ユーロ規模の投資が必要であるほか、規制改革が必要と訴えている。しかしながら、巨額の投資資金確保のために提唱されているEU共同債構想については強い反対論があるほか、規制改革も一筋縄ではいかない性質のものであり、こうした提言の実現可能性は必ずしも高いとは言えない。
欧州では、ドイツが東西ドイツ統合のコスト負担などから経済の不振に喘いだ「欧州の病人」と呼ばれた状況を、その後の強力な労働市場改革などによって乗り越えた実績を持つ。また、ユーロ圏は深刻な欧州債務問題も切り抜けてきた。ただこうした改革や危機対応においては、政治の強いリーダーシップが必要となる。この点、ドイツやフランスの内政がやや安定性を欠く状態となっており、強力なリーダーシップの発揮が難しそうに見えることは気がかりである。欧州が経済的にも政治的にも問題を抱える状態が続けば、米国が内向き志向を強めていることと相まって、既存の国際秩序の流動化、複雑化を加速させることにも繋がる。今後の欧州の動向には十分な注意が必要であろう。
index
- 減速傾向が強まる欧州経済:景気低迷が続く可能性をどう見るか(廣島)
- 先行指標においつく景気減速:米国経済動向(勝藤)
- トランプ再選とハリス当選:米国の金融規制政策の行方(楠田)
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執筆者
廣島 鉄也/Tetsuya Hiroshima
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター マネージングディレクター
リスク管理戦略センターのマネージングディレクターとして、マクロ経済、地政学リスク、リスク管理高度化など、幅広いアドバイザリー業務を提供する。
日本銀行で、金融政策運営のほか、グローバル経済や内外の金融市場の調査、金融機関のモニタリングといった、幅広い政策関連業務に従事。国際部門の業務やIMFへの出向などを通じ、国際金融分野の仕事も多く経験。...さらに見る