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インフレと分断のリスクは続く:2025年の10大リスクシナリオ

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.113

マクロ経済の動向(トレンド&トピックス)

デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎

当方では、2025年の10大リスクシナリオを「図表1」の通り選定した。今月の当メールマガジン記事「不確実性の高まりに直面する世界経済:2025年の主要地域の展望」では、当方の2025年の主要地域経済のベースラインシナリオを提示している。これに対し本稿の10大リスクシナリオは、主要地域経済がベースラインシナリオよりも大幅に悪化するシナリオを10項目選定し、その蓋然性と、日本企業への影響度から評価してランク付けしたものである。以下ではこれらを経済要因、地政学要因、その他の項目に分けて概観する。

図表1:2025年の10大リスクシナリオ

 

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まず、経済・通商政策に起因するリスクとして、「#1貿易戦争によるグローバル経済悪化」を蓋然性・影響度の観点から第1位に挙げた。来年発足する米国新政権の通商政策に係る当方ベースラインの見通しは、まず対中国を中心に品目を徐々に拡大する形で輸入関税を引き上げることで、米国自身の国内経済への影響を緩和する方法を取るというものである。これに対し、仮に米国が対中輸入関税一律60%、他国に一律10%といった大幅な関税引き上げを実施し、更に他国が報復関税を実施して貿易戦争が激化した場合は、グローバル経済にとって大きな下方影響となる。このリスクシナリオでは、輸入関税引き上げに伴うインフレが米国内で高進して景気を悪化させる上、日本などの関係国は対米輸出が大幅に減少して国内経済の悪化をもたらす。東南アジアの一部の国を通じたいわゆる「迂回」輸出や生産拠点シフトに対しても米国は厳格にこれを抑制することになろう。これはグローバルな通商の停滞と供給不足をもたらすショックになりうる。経済・通商起因のリスクシナリオとしては他に、米国新政権のインフレ的政策で金利の高止まりや上昇リスクが顕在化することで金融不安が発生し、2024年に好調だった米国経済が急減速するシナリオ(「#2 米国経済急減速」)、中国政府の経済底支え策が奏功せず不動産市場の再悪化や金融システム危機をもたらし経済が大幅減速するシナリオ(「#3 中国経済大幅悪化」)を上位に選定した。

次に、地政学関連のリスクシナリオとして、「#4 中東での地政学リスク拡大」を上位に挙げた。イスラエル・ハマス問題の長期化に加えて、シリアのアサド政権崩壊により、中東情勢はますます複雑化している。ベースラインとしてはシリアの政権崩壊はイランの中東における影響力低下につながると考えられる。しかし、シリア政権の崩壊は中東におけるトルコの影響力拡大政策を誘発し、更にイスラエルのシリア領内への勢力拡大が進んだ場合にはその対立は深刻なものとなりうる。更にイランが核配備拡大など独自の対外強硬政策に出た場合には、ペルシャ湾の航行の安全性が阻害されて、グローバルな原油供給に大きな影響を与えることとなろう。次に「#6 台湾・北朝鮮有事」は、米国の新政権が台湾支援を継続するというベースラインに反してこれを後退させる場合、また北朝鮮とロシアの提携が想定以上に進む場合、加えて韓国の政治不安定化が北朝鮮や中国の先鋭化を誘発する場合などに顕在化しうるリスクシナリオである。なお、ロシア・ウクライナ問題については、ベースラインシナリオである休戦の実現ののち、ロシアが東欧に再び勢力を拡大するケースを想定する(「#9  ロシア・欧州情勢の均衡崩壊」)ものの、グローバル経済への影響が2025年内に顕在化する蓋然性は相対的に低いとみている。

その他、上記以外のリスク起因のシナリオとしては、米国の金利上昇や欧州の景気悪化など複合要因による「#5 グローバル金融危機」、米国の通商政策や中国景気悪化で日本の輸出が停滞して日本が再びデフレ状態に戻る「#8 日本のデフレ再来」、独仏の内政混乱やナショナリズム台頭による「#10 欧州政治不安定化と経済悪化」などのリスクシナリオを想定した。

なお、より中期的・構造的なリスクではあるものの、中国、グローバルサウス、BRICSなどの国・地域が独自の経済圏を構築してグローバル経済の分断が進み、既存経済圏の通商秩序が機能低下するリスク(「#7 新興国の経済圏構築とグローバル経済の分断・再編」)も10大リスクの一つに選定した。2025年内のリスク顕在化の蓋然性は低いものの、その影響度の大きさに鑑み、今後継続的にモニタリングや企業の事業シナリオプランニングに組み込んでおくことが望ましいと考えるためである。

図表2:2025年の10大リスクシナリオ(詳細)

 

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執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
デロイト トーマツ リスクアドバイザリー合同会社
リスク管理戦略センター マネージングディレクター

リスク管理戦略センターのマネージングディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。 2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同... さらに見る

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