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秩序の再構築の年:2023年10大リスクシナリオ

リスクインテリジェンス メールマガジン vol.89

リスクの概観(トレンド&トピックス)

有限責任監査法人トーマツ
リスク管理戦略センター
マネージングディレクター
勝藤 史郎
 

当方では、2023年の10大リスクを図表1の通り選定した。これらは、当方がベースラインと考える2023年のシナリオに対する下方リスク要因を挙げたものである(それぞれのシナリオは図表2参照)。以下ではこれらのリスクをいくつかの背景に分けて概観する。

図表1  2023年の10大リスク

1

 多国間イデオロギー対立の激化

2

 中国景気悪化の加速

3

 米国の金融システム危機

4

 米国のインフレ・利上げ再加速

5

 欧州経済の悪化

6

 各地における政情不安顕在化

7

 エマージング各国の民間債務危機

8

 低所得国のデフォルト連鎖

9

 欧州の政治混乱

10

 ポスト黒田総裁の国内金融政策

出所:有限責任監査法人トーマツ リスク管理戦略センター作成
 

まず、国際政治経済秩序の再構築の動きが加速するリスクである(10大リスクのうちの「1 多国間イデオロギー対立」「6 各地の政情不安」「9 欧州の政治混乱」)。新型コロナウイルス感染症拡大以前の政治経済対立は、主に米国と中国の対立が軸となっていた。その後ロシア・ウクライナ問題の発生で、ロシア対西側諸国という対立が新たに出現した。それぞれの陣営は経済協力枠組みなどを通じて政治・軍事・経済力の確保を図っている。またインドのようにいずれの陣営にも明確には属さず独自の多方面外交を行っている国もある。地域的には中国の台湾に対する姿勢が更に先鋭化している。2023年は、こうしたイデオロギー対立が激化し、国際秩序再構築の動きが進むとみられるが、一方でロシアに対する西側諸国の団結に緩みが生じるリスクがある。共和党が下院の多数を握った米国ではウクライナ支援の財政支出に対する反対論が顕在化する可能性がある。EU内ではロシアへのエネルギー依存の高いドイツが、EUとしての脱ロシア方針に鑑み、中国との接近を図り始めている。欧州の内部でも、ドイツを中心とした団結が崩れるリスクがあり、場合によってはロシアの強大化を招くこともありうる。さすれば、国家間の経済制裁強化や物流の寸断はさらに悪化し、グローバルな経済の動きの不全が起きる可能性がある。これを回避するために各国は新たな経済圏の再構築を急がねばならなくなるだろう。

次に、インフレと金利上昇との戦いである(同「3 米国の金融システム危機」「4 米国のインフレ・利上げ再加速」「5 欧州経済の悪化」)。米国の利上げはFF金利誘導目標約5%で打ち止めとなり、インフレ率は現在の約7%から来年後半には3%レベルに低下するというのが当方のベースラインである。しかし、国際情勢悪化により原油価格が上昇し、再度の利上げ加速のシナリオが考えられる。高金利は住宅ローン返済や企業の資金調達環境を悪化させて米国の金融システムやリスク資産価格を悪化させる可能性がある。また欧州が今冬のエネルギー不足を備蓄で乗り切れたとしても、抜本的なエネルギー改革は途上である。エネルギー危機の再燃は、欧州の消費者の生活のみならず企業の生産活動も抑制して、欧州経済全体の低迷長期化を起こしうる。前段落で見た国家間対立の激化はさらにこうしたリスクをも高める要素になろう。

また、中国・新興国経済の不安定化も要注意である(「2 中国景気悪化の加速」「7 エマージング各国の民間債務危機」「8 低所得国のデフォルト連鎖」)。中国は従前からの不動産産業を中心にした経済悪化のほか、ゼロコロナ政策緩和で経済に不透明感が増している。2022 年の全国大会でよりイデオロギー重視にシフトした中国共産党政権に対し、市民がゼロコロナ政策や政権そのものを批判するという異例のデモが勃発した。政権の権威主義化と国民の民主化要求運動の高まりは、今後の中国の政治と経済の不確実性を高めている。中国以外の新興国では、韓国など民間債務の多い国ではすでに民間住宅ローンや消費者金融などの信用不安の兆しがある。スリランカやパキスタンにみられた国内経済悪化や地場通貨下落、金利上昇が相まったソブリンリスクが更に広範囲に拡大する可能性がある。

最後に、日本銀行の金融政策にかかるリスクを取り上げる(「10 ポスト黒田総裁の国内金融政策」)。日本銀行は12月20日の金融政策決定会合で、長短金利操作(イールドカーブコントロール=YCC)における長期金利の目標幅を上下0.25%から同0.50%へ拡大することを決定した。日本銀行の黒田総裁は会合後の記者会見で、本決定の目的は市場機能の改善が目的であって、賃金上昇を伴う2%の物価安定の目標の持続的な実現は見通せていないとして、量的・質的緩和は継続する意図を表明した。当方でも、黒田日銀総裁の退任と新総裁への交代後少なくとも1年程度は金融政策のスタンスにさらなる大きな変更はないと考えている。しかしながら、今後日本銀行による金融緩和の点検の中で、YCCが2%の物価安定を実現する効果と副作用との勘案や、市場が要求する長期金利水準との乖離に鑑み、YCCを完全に解除する可能性は否定できない。仮にそうなった場合は、日本国債売りや株価下落といった市場への影響が相当に出る可能性がある。12月のYCC緩和決定はこうした激変リスクを未然に緩和するための伏線とも考えられるが、日銀のさらなる政策修正や変更は、常に潜在的なリスクをはらんでいると言わざるを得ない。
 

図表2  2023年10大リスク(シナリオ)

1

多国間イデオロギー対立の激化​

中国が内政で権威主義色を強め、外交では親交国との政治経済圏構築を推進。台湾の地政学リスクも高まる。米国はNATOやIPEFの枠組みでこれに対抗するが、ウクライナ支援に消極的になり欧州との団結が緩む。インドはこれらの間で独自の多方面外交を進める。結果、世界の政治経済の分断が進み、経済制裁強化やサプライチェーンの一層の分断によりグローバル経済が長期停滞に陥る。​

2

中国景気悪化の加速​

中国のゼロコロナ政策復活など統制強化により経済活動が停滞、不動産企業倒産とローン延滞が増加して金融システム危機に至る。地方政府の財政収支も悪化して財政破綻を招く。結果中国経済が失速しその影響が海外にも及ぶ。​

3

米国の金融システム危機​

金利上昇により米企業の財務が悪化して雇用調整が広範囲な業種に及び、レバローンなど信用市場が悪化。住宅市況の悪化がモーゲージ系ノンバンクの連鎖破綻を招き、銀行部門にも危機が波及。信用収縮が米国や世界経済を大きく下押しする​。

4

米国のインフレ・利上げ再加速​

米国のインフレが収まらずFRBが想定以上に利上げを継続、これが株価と債券の下落を招き金融市場発の信用不安と景況感の悪化をもたらす。結果、米国の景気後退が長く深刻なものとなり、世界に波及する。​

5

欧州経済の悪化​

欧州のエネルギー危機が深刻化してインフレ率が再度上昇、ECBも想定以上の利上げを継続。結果、生産面、消費面ともに欧州経済のファンダメンタルズが悪化し、本格的かつ長期のスタグフレーションへ突入​。

6

各地における政情不安顕在化​

アフリカで食糧危機が深刻化し、治安悪化が加速する。アジア等でも長期の物価高や景気低迷で市民の不満が高まる中、反政府運動の高まりにより政情が不安定化し、場合によっては他国介入などにより社会不安と経済停滞が拡大。​

7

エマージング各国の民間債務危機​

2010年代の超低金利下で民間債務が膨張している韓国やタイ、トルコなどで、金融引き締めの継続による債務負担の増大が連鎖的なデフォルトや金融システム不安を引き起こす。​

8

低所得国のデフォルト連鎖

一部新興国で、米国の利上げによる地場通貨下落が継続しインフレが加速、利上げ継続で経済活動が低下。観光業の低迷や資源高で経常赤字が嵩むなか、通貨防衛で外貨準備が激減し、流動性危機に陥る。

9

欧州の政治混乱​

対中姿勢などを巡ってドイツがEU内で政治的に孤立、移民問題でもEU内対立が激化、対ロシアを巡る若干の温度差も拡大する。各国内政ではポピュリズムやナショナリズムが再度台頭する。EUの財政規律やエネルギー政策も破綻し、ソブリンリスクが顕在化して市場混乱をもたらすほか、EUをめぐる海外との通商やサプライチェーンが混乱して世界経済の停滞を招く。​

10

ポスト黒田総裁の国内金融政策​

日銀新総裁のもとで異次元緩和の総括検証が実施され、副作用の軽減や適切な長期金利誘導目標を設定するのが困難であることなどを理由に、物価目標達成途上でイールドカーブコントロールが解除され、これが日本の長期金利の急上昇を招く。住宅ローンや中小企業向け融資のデフォルトが相次ぐほか、財政悪化懸念から日本円、日本株売りにつながる。​

 

執筆者

勝藤 史郎/Shiro Katsufuji
有限責任監査法人トーマツ マネージングディレクター

リスク管理戦略センターのディレクターとして、ストレス関連情報提供、マクロ経済シナリオ、国際金融規制、リスクアペタイトフレームワーク関連アドバイザリーなどを広く提供する。2011年から約6年半、大手銀行持株会社のリスク統括部署で総合リスク管理、RAF構築、国際金融規制戦略を担当、バーゼルIII規制見直しに関する当局協議や社内管理体制構築やシステム開発を推進。2004年から約6年間は、同銀行ニューヨー...さらに見る

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